代償分割の進め方:家を取る人と現金を受け取る人

遺産分割の代償金が払われないとき|協議書・調停調書別の請求と回収

父の遺産分割で、兄の健一が自宅を取得し、妹の美緒へ代償金(遺産を多く受け取る人から、ほかの相続人へ渡す調整のお金)1,000万円を払うことになった。支払期日は過ぎたが、入金はない。健一は「家はまだ売っていないから払えない」と言い、美緒は「それなら分割協議をなかったことにしたい」と考えている。

これは説明用の架空の家族である。代償金の不払いでは、まず約束の内容と、どの書面で決まったかを確認する。支払請求、家庭裁判所への履行勧告、強制執行はそれぞれ使える条件が違う。入金がないことだけで、家の所有権が自動的に元へ戻ると考えず、回収の道筋を調べる。

最初に、支払期日と未払額を一枚にする

遺産分割協議書(遺産の分け方について相続人同士で合意した内容を書く書類)、調停調書、審判書、公正証書などの原本・正本と、変更合意があればその書面を確認する。誰が誰へ、いくら、いつ、どの条件で払うかを読み直す。

美緒の例で、期日までに1,000万円を一括で払う合意なのか、家が売れた後に払う条件なのかでは、請求の前提が変わる。分割払いなら各回の期日、支払済み額、期限の利益を失う条件等を確かめる。相手の説明だけで期限を延ばしたことにしない。

入金の履歴、相手とのメールや手紙、催促した日と返答を保管する。相続財産の評価額と代償金の額、受け取った現金を別々の欄にし、同じ1,000万円を二重に請求しない。

書類によって、次にできる手続が変わる

署名押印した協議書があることと、その書類だけで差押えができることは同じではない。法的な請求を基礎づける証拠と、強制執行のための債務名義(強制執行のもとになる、判決や調停調書などの文書)を区別する。

決めた書面 主に確認すること
家族間の遺産分割協議書 合意と支払義務の証拠。任意に払われなければ、訴訟等で債務名義を得る手続の検討が必要になる。
家庭裁判所の調停調書・審判書 条項や裁判の内容、確定等を確認。履行勧告と、債務名義に基づく執行を区別して検討する。
公正証書 すべてが直ちに執行できるわけではない。一定額の金銭支払、執行認諾など、執行証書の条件を確認する。

相続人同士で作った協議書を裁判所へ持っていけば、すぐ銀行口座を差し押さえてくれるという手続ではない。書類の表題だけでなく、書かれた義務と執行の条件を確かめる。

支払いを求める連絡は、内容と届いた記録を残す

支払期日、未払額、振込先、回答を求める日などを、合意書と照らして具体的に伝える。争いがあるなら、相手が支払義務自体を否定しているのか、金額が違うのか、単に資金がないのかを分ける。

内容証明等で通知する場合も、それだけで強制執行ができる書類へ変わるわけではない。時効への効果は、請求権とこれまでの経過により検討する。催促の手紙を繰り返せば永久に時効が来ないとは考えない。

美緒は、家族への不満を一度に書き連ねる代わりに、協議書の該当条項、期日、入金なしという事実をそろえることにした。再合意で支払時期や金額を変える場合も、何が変更され、何が残るのかを書面で明らかにする。

家庭裁判所の取決めなら履行勧告を検討する

家庭裁判所の調停(裁判所で調停委員を交えて話し合う手続き)や審判等で決まった事項については、取決めをした家庭裁判所へ履行勧告を申し出る制度がある。裁判所が調査のうえで、相手へ約束を守るよう促す。

履行勧告の手続には費用がかからないが、相手が応じなければ支払いを強制することはできない。家族間の協議書や公正証書だけで決めた事項について、同じ履行勧告を利用できるわけでもない。

勧告を利用するか、執行の準備を並行するかは、相手の返答と財産の状況、処分のおそれなどを踏まえて検討する。手紙の回答を待つ間にも、必要な期間管理は続ける。

強制執行では、債務名義と相手の財産を確認する

確定判決、調停調書、所定の公正証書等の債務名義がある場合は、その内容と必要な執行文・送達証明・確定証明等を確認する。必要な証明は書類の種類で異なるため、すべてに同じセットを用意するものではない。

預金、給与、不動産などのどの財産へ、どの範囲で執行するかも問題になる。請求額が認められていても、回収できる財産がなければ同じ額の現金をすぐ受け取れるとは限らない。費用、他の権利者の存在、処分状況も確認する。

相手の財産を自力で無断調査したり、相手の口座へ勝手にアクセスしたりしない。財産開示や第三者からの情報取得等の制度を使えるかは、その条件と資料を確認する。

不払いを理由に、協議が自動的に解除されるわけではない

成立した遺産分割協議(遺産の分け方を決める相続人同士の話し合い)について、他の相続人が約束した債務を履行しない場合でも、債務不履行を理由に自動的に協議を解除できるとはされていない。支払請求と回収を検討する必要がある。

相続人全員による合意解除や、錯誤・詐欺等を理由とする別の問題は、条件も効果も異なる。最初からの合意内容、条件、財産移転と税務も確かめる。詳しくは遺産分割協議の合意解除で扱っている。

美緒が「払わないなら家は私のもの」と一方的に決めて登記を変えたり、家へ立ち入って物を持ち出したりすれば、別の争いになるおそれがある。目的が支払いを受けることなのか、別の分割案へ合意し直すことなのかを先に整理したい。

相談では、書面・入金・財産・期限をそろえる

持参したいのは、取決めの書面一式、支払いの履歴、連絡記録、相手の財産について法律に反しない方法で集めた資料、これまでの裁判や執行の記録である。時効は亡くなってから一律に数えるものではなく、支払期日、権利行使できる時期、判決等の有無、承認や裁判上の手続も確認する。

美緒は協議書と通帳を持って相談し、健一の資金説明だけを待ち続けず、必要な請求と回収の準備を始めることにした。これから代償分割(一人が家などを受け取り、ほかの相続人へ調整のお金を払う分け方)を決める家族は、同じ問題を避けるため、代償分割の支払いに使うお金・期限の決め方も確認しておきたい。

確認に使える法令・公的資料

ほかにも確認する手続がある場合は、遺産分割・調停・紛争の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。

よくある質問

協議書があれば、そのまま差押えできますか

通常の家族間の協議書は、支払義務を示す証拠となっても、それだけで差押えを行う債務名義とはならない。訴訟等の必要と、書面に応じた手続を確認する。

履行勧告は公正証書の約束にも使えますか

家庭裁判所の履行勧告は、同裁判所の調停・審判等で定めた事項が対象。公正証書や家族間の協議だけで決めた事項には利用できない。

履行勧告を申し出れば、必ず回収できますか

勧告は約束を守るよう促す手続で、応じない相手へ支払いを強制する力はない。執行できる書面と回収対象の財産を別に確認する。

支払われなければ分割協議を一方的に白紙にできますか

債務不履行だけで自動的に解除できるとはされていない。支払請求、全員の合意による解除、別の無効・取消しの問題を区別して検討する。

代償金は相続から10年まで請求できますか

亡くなってから一律10年と決めず、支払期日、権利行使できる時期、判決等で確定した権利か、承認や裁判上の手続等を確認する。

この記事の読み方

相続の制度は、家族の状況と財産の中身で結論が変わります。

法律と税務を分けずに確認

相続税申告、相続登記、不動産処分、遺産分割が同時に動く場面を前提に、弁護士・税理士の両面から整理しています。

個別事情で変わる点を重視

期限、特例、評価、分割方法はケースによって変わります。本文では一般的な考え方を示し、個別判断が必要な箇所は留保しています。

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