通帳の出金だけでは、使い込みとは決まらない。誰が引き出し、何に使い、本人の承諾があったかを、資料で確かめる。
以下は架空の姉弟の例で、人物・金額は説明用だ。600万円全額を使い込みとする前に、出金の日付と使い道をつなごう。
母の通帳を見た洋介は、ここ一年の出金合計が600万円に上ると気づいた。母の介護と預金管理をしていた姉の真理は「施設費も病院代も私が払っていた」と答える。洋介には大きすぎる金額に見え、真理には自分の苦労を疑われたように感じられた。
預金は相続人の間で分ける基になる財産だ。無断の取得をそのままにすれば他の人の権利が失われる一方、本人の介護費まで返せと求めれば、必要な世話をした家族へ負担を重ねる。両方の不公平を避けるために、疑いと確認済みの事実を分けて整理する。
生前と死亡後の出金で、請求の根拠を分ける
最初に、母が亡くなる前の出金と、亡くなった後の出金を分ける。誰のどの権利に基づいて返還を求めるかが変わるためだ。
亡くなった後の引き出し
母が亡くなった後に、相続人の一人が無断で払い戻し、他の相続人の取り分を法律上の根拠なく取得した場合、返還を求められることがある。これが不当利得返還請求の問題だ(民法703条)。
また、引き出した意図や態様によっては、民法709条の「不法行為に基づく損害賠償請求」が問題になる可能性もある。
生前の引き出し
生前の出金では、母が依頼したのか、権限なく引き出されたのかを確かめる。
判断能力の低下した時期に、介護していた家族が管理していた場合も、母の意思、管理を任せた範囲、使い道を調べる。出金の時期や金額だけで、使い込みと決めない。
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何を確認するか。証拠になりうる四つのポイント
確認する資料と、その資料から何が分かるかを四つに分けよう。
- 取引履歴の対象期間:手元の通帳で足りない期間を確かめ、銀行へ取引明細を求める。保存されている期間や取得条件は銀行ごとに確認する。一律に10年分が必ず取れるとは限らない。
- 出金の時期と金額:大きな出金や繰り返しを、入院や要介護の時期と並べる。その一致だけで使い込みと決めない。
- 使い道:領収書、施設・介護サービスの明細、振込先から、母の介護・医療・生活費だったかを確かめる。
- カードの管理と操作:誰が保管し、誰が操作でき、実際に誰が引き出したかを区別する。
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洋介は、相続人であることを示す資料を用意し、銀行へ母名義の取引履歴の開示を相談した。最高裁2009年1月22日判決は、共同相続人の一人が単独で開示を求められると判断している。
必要な戸籍や本人確認資料、対象期間、保存状況、費用は銀行へ確認する。権利の濫用に当たる請求等の例外もある。他人の暗証番号を使って調べる方法ではない。
真理も、施設からの請求書、病院の領収書、自分が立て替えた金額を持ち寄った。二人は最初から出金を赤く塗るのではなく、「資料で確認できる」「説明はあるが資料が足りない」「使途が不明」の三つに分けることにした。
母の介護費・生活費だったかを確かめる
介護のための支出と、管理していた家族自身が受け取ったお金を区別しよう。
施設費、おむつ代、通院交通費、食費等は、母のために使われた可能性がある。姉が管理していたからといって、その全額を姉の取得とは決められない。
日々の小口支出では、領収書が残っていないこともある。施設の利用明細、通院記録、振込先等、ほかの資料で確認できるかを調べる。
「使い込みだ」「介護したのだから説明は要らない」と決めず、確認できる支出と、まだ分からない支出を分ける。
日付順の出金表に資料の番号を書き、説明と合うかを一件ずつ確かめよう。
600万円のうち、施設・医療費360万円、生活費120万円が、母のための支出と確認できたとする。残る120万円は、追加で調べる金額だ。真理の私的使用が確定した額ではない。
洋介と真理の説明用の例。施設・医療費と生活費は、実際の支出と母のための使用を資料で確認できたと仮定する。
施設・医療費:360万円
生活費:120万円
合計:480万円
出金600万円−確認できた480万円
=120万円
現金の手残り、別口座への移動、重複や追加資料を確認する。
120万円は、使い込みが確定した額ではない。
無断取得を裏付けられても、誰がどの権利を持つかを別に確認する。
出金全額を洋介一人へ返す計算ではない。母が亡くなる前の請求権を相続する場合と、死亡後に他の相続人の権利が侵害された場合も分けよう。
仮に120万円が母の承諾のない真理の取得だと裏付けられても、洋介が600万円全額を自分へ返すよう求められるわけではない。生前なら母に発生した返還請求権を誰がどれだけ相続するか、死亡後なら他の相続人のどの権利が侵害されたか、請求額と根拠を確かめる。
返還請求の時効と、早めに資料を集める理由
仮に、確認の結果として「使い込みの可能性が否定できない」という状況になったとき。返還請求という選択肢が浮上する。
不当利得の返還を求める権利は、原則として、権利を使えると知った時から5年、または使える時から10年で時効となる(民法166条)。
財産侵害の不法行為による損害賠償は、原則として損害と加害者を知った時から3年、または不法行為の時から20年だ(民法724条)。
古い出金には改正法の経過措置が関わる。いつから数えるかと、時効の完成を待ってもらったり期間を数え直したりする「完成猶予・更新」も、個別に確認する。
時効に余裕がありそうでも、資料が手に入るうちに調査を始めよう。
時間がたつと、記録を集めたり記憶を確かめたりすることが難しくなる。
取引履歴の保存期間には限りがある。現金の行方も、時間がたつほど追いにくい。
分割の話合いを進めるときも、使い込みの問題をどこまで解決したのか、まだ残るのかを明確にしよう。
取引履歴を取得し、使途の説明がつかない引き出しを一覧にすると相談しやすい。ただし、時効や財産処分が迫る場合、資料の廃棄が心配な場合は、全体像が見えるまで待たずに弁護士へ相談する。
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自分でできるアクション、この順番で動く
- 通帳・取引履歴をすべて手元に集める
手元にある通帳を確認し、不足している期間は銀行に取引明細の開示請求をする。 - 出金日・金額・入金先を一覧にする
Excelでも手書きでも構わない。「説明がつく支出」「説明がつかない支出」に色分けする。 - 介護費・生活費に関する領収書を探す
仏壇の引き出し、段ボール、押入れ。領収書・請求書・通院記録など、支出の痕跡を集める。 - 死亡前後で引き出しを時系列に整理する
故人の死亡日を軸に、前後の引き出しを分けてリスト化する。これが最初の分析軸になる。 - 全体像が見えたら、弁護士への相談を検討する
ある資料と不足する資料、急ぐ期限を伝える。時効や処分の危険があるときは、全資料がそろうのを待たない。
死亡後、分割前に遺産が処分された場合、まだ遺産として存在するものとみなして分割できる制度がある(民法906条の2)。
相続人が処分したなら、その人の同意は要らないが、ほかの共同相続人全員の同意が必要だ。生前の出金すべてに、この仕組みを使えるわけではない。
ほかにも確認する手続がある場合は、財産調査・名義・使い込みの関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
死亡後に引き出された預金は、必ず返還してもらえますか?
必ずしも返還が認められるわけではなく、無断での引き出しであること・使途が正当な支出でないことなどの事実を整理する必要がある。民法703条の不当利得返還請求が根拠となりうる場合があるが、個別の事情によって判断が異なる。
生前の引き出しについても返還請求できますか?
故人の判断能力が低下した時期に、本人の意思によらず引き出されたと認められる場合、返還請求が問題になる可能性があるとされている。ただし、故人が依頼して引き出しを委託していた場合は正当な行為となりうるため、「誰の意思による行為か」の整理が重要になる。
返還請求の時効はどのくらいですか?
不当利得返還請求権(法律上の理由なく他人の損失によって得た利益を返してもらう権利)は権利を使えることを知った時から5年・権利を使える時から10年(民法166条)、財産侵害の不法行為は原則として損害および加害者を知った時から3年、または不法行為の時から20年だ(民法724条)。ただし時効の期間を数え始める時点の解釈は事案によって異なる場合がある。
介護していた相続人への請求はできますか?
介護費・生活費・医療費など正当な支出として使われた金額については、返還請求の対象とならない可能性がある。一方で、説明がつかない引き出しについては確認・請求の余地が生じる場合がある。領収書や介護記録などの証拠が、双方の主張を整理する上で重要になる。
使い込みが疑われる場合、遺産分割協議を先に進めても問題ありませんか?
使い込みの問題が未解決のまま遺産分割協議を成立させると、後から使い込み分を主張しにくくなる可能性がある。遺産分割協議と使い込み問題は別の法的論点であるとされているが、実務的には先に使い込みの整理をしてから協議に臨む方が、全体の見通しがつきやすくなる場合がある。
洋介と真理は、600万円の出金表に領収書の番号を付けた。洋介は金額だけで姉を責めず、真理は「介護したから」と一括りにせずに説明する。不明な120万円は、結論を付けず追加調査の欄に残した。
次に相談する際は、確認済みの支出、なお不明な支出、死亡前後の区別、期限を示せる。返還を求めるためにも、正当な介護費を説明するためにも、最初の一歩は同じだ。出金の数字を、誰の何の支出だったかを確かめられる資料へつなげる。
この記事は一般的な情報を説明するものだ。個別の判断は、家族関係、取引履歴、支出と管理の記録等を示して、弁護士・税理士等へ確認しよう。



