「半分ずつにしよう。それなら公平だろう」
兄の言葉に、うなずきかけて止まる。今ある預金を半分にする。その計算に間違いはない。けれど、兄が家を買ったときに父が出したお金や、自分が通院の付き添いを続けた年月は、どこへ行くのだろう。
これは、兄弟間の相続で起こり得る場面だ。「同じ額」と「納得できる分け方」が、ぴたりと重ならない。
親の遺産を子である兄弟が相続する場合、法定相続分は原則として同じだ。ただし、生前の特別な援助、財産の維持・増加への特別な貢献、遺言の内容によって、検討すべき分け方は変わる。何が不公平なのかを一つずつほどいていけば、話し合うべき金額と、金額だけでは収まらない気持ちを見分けられる。
まず、「誰の兄弟なのか」で相続分が変わる
親が亡くなり、子である兄弟が相続する場合と、兄や姉が亡くなり、その兄弟姉妹として相続する場合。この二つを混ぜると、出発点から数字が違ってくる。
- 父の相続で、相続人が子2人だけなら、法定相続分は各2分の1。長男だから多く、家を出た娘だから少なくなる規定はない。
- 父の相続で、母と子2人が相続人なら、母が2分の1、子は残りを分けて各4分の1となる。
- 亡くなった人の配偶者と兄弟姉妹が相続人なら、配偶者が4分の3、兄弟姉妹全体で4分の1。そもそも兄弟姉妹が相続人になる順位にあるかを先に確認する。
父母の一方だけが同じ兄弟姉妹の法定相続分を、父母双方が同じ兄弟姉妹の2分の1とする規定もある。ただし、これは亡くなった人の兄弟姉妹として相続する場合の話だ。父の子として相続する2人の母親が違うから、片方の取り分が半分になるわけではない。
先に亡くなった子の子、前婚の子などが関わると、参加者も変わる。戸籍による確認とあわせて、法定相続人の範囲と順位を整理しておきたい。
「兄だけ家を買ってもらった」は、今ある遺産の外にある問題
目の前の預金だけを半分にすれば、生前に大きな援助を受けた人は、その援助に加えて遺産を受け取ることになる。そこで検討するのが、特別受益だ。
民法903条は、共同相続人に対する遺贈や、婚姻・養子縁組のため、または生計の資本としての贈与を考慮する仕組みを置いている。住宅購入資金や独立開業のためのまとまった資金などは、確認したい項目になる。
もっとも、親から受け取ったお金が全部当てはまるわけではない。日常の扶養、進学費用、病気の際の援助などは、目的や額、家庭の資力などによって判断が分かれる。「自分はもらっていない」だけで結論を出すと、次の話し合いも同じ場所で止まってしまう。
6,000万円を3,000万円ずつ、で終わらない例
計算を単純にするため、相続人は兄と妹だけ、遺産は預金6,000万円、兄への住宅資金の贈与は相続開始時の評価で2,000万円の特別受益と認められた、と仮定する。遺言、持戻し免除、寄与分、債務などの別の問題はなく、分割まで価額も変わらない例だ。
- 遺産6,000万円に特別受益2,000万円を加え、計算上の財産を8,000万円とする。
- その2分の1は、各4,000万円。
- 兄はすでに受けた2,000万円を差し引き、今回の遺産から2,000万円。妹は4,000万円となる。
兄に現金2,000万円をいったん返してもらう、という計算ではない。今回分ける遺産の取り分を調整している。贈与の評価や他の条件が違えば、結果も変わる。
また、親がその贈与を相続分に持ち戻さない意思を示していた場合は、持戻し免除の検討が必要だ。詳しい対象や資料は、特別受益の持戻しで確認できる。
「私がずっと介護した」は、どうすれば分け方に届くのか
通院に付き添った日、仕事を休んだ日、夜中に電話が鳴った日。介護した人が覚えているのは、領収書の合計だけではない。
その負担を家族の話し合いで考慮することはできる。一方、法律上の寄与分として認めてもらうには、介護や事業への協力などにより、亡くなった人の財産の維持・増加に特別の寄与をしたことが必要になる。通常期待される扶養や協力をしただけで、必ず相続分が増える制度ではない。
「何年面倒をみたか」から、もう少し具体的な記録へ進めたい。要介護の状況、実際の介助内容、頻度、外部サービスとの分担、報酬を受けていたか、支出を誰が負担したか。介護記録、予定表、領収書、口座の履歴が、その説明を支える。
自分が立て替えた費用の精算と、寄与分による相続分の調整も同じものではない。同じ支出を二重に数えないよう、何を請求したいのかを分けておく。
遺言で兄に多く渡す、と書いてあったら
法定相続分が同じでも、有効な遺言によって取得内容が変わることはある。ここで「形式が整っているから、もう何もできない」と急ぐ必要はない。
遺言の種類に応じた方式、本人が作成したものか、作成時に遺言能力があったか、後の遺言で変更されていないか、財産の一部だけを定めたものかなどを確認する。不公平に感じる内容というだけで無効になるわけでも、日付や押印があるだけで有効と決まるわけでもない。
有効な遺言を前提にしても、親の子として相続する人には遺留分の問題が残り得る。2019年7月1日以後に始まった相続では、侵害された遺留分に相当する金銭の請求が基本だ。「兄名義になる家の半分を当然に取り戻せる」という意味ではない。
請求権は、相続の開始と遺留分を侵害する贈与・遺贈を知った時から1年行使しなければ時効によって消滅し、相続開始から10年の制限もある。調停の申立てだけで相手への権利行使を済ませたと思わず、通知の内容と到達の証拠を確認する。遺留分の請求方法を参照し、期限が近い場合は資料集めより先に相談したい。
なお、亡くなった人の兄弟姉妹や、その代襲相続人である甥・姪には遺留分がない。「兄弟で争っている」という呼び方だけでは、使える制度を判断できない理由がここにもある。
不動産の値段と、使途の分からない出金も別々に確かめる
「実家は2,000万円で計算しよう」と言われたとき、その2,000万円は何の数字だろう。固定資産税の評価額、相続税評価額、不動産会社の査定額では、意味が違う。
現実に分ける遺産の評価は、原則として分割時の価額を基準にする。特別受益などを反映した具体的相続分の計算では相続開始時の価額が問題になるため、評価の目的と時点をそろえる必要がある。相続税の申告に使った額を、そのまま兄弟間の精算額にするとは限らない。
また、通帳から大きな出金が見つかっても、直ちに兄の取り込みと決めつけることはできない。父の生活費、施設費、贈与、貸付け、無断の出金では、扱いが違う。出金日と相続開始日の前後を確認し、説明と裏付けを求める。
相続開始後に処分された遺産については、民法906条の2による取扱いが問題になることもある。どの金額も遺産分割だけで回収できるとは限らず、返還請求など別の手続が必要になる場合もある。
「落ち着いてから」にも、確認しておきたい期限がある
特別受益や寄与分を争うなら、相続開始から10年という期間を放置できない。民法904条の3により、10年経過後の分割では、原則としてこれらによる調整をしないルールがある。
期間内に家庭裁判所へ遺産分割を請求した場合などには例外がある。期間満了前6か月以内に請求できないやむを得ない事由があり、その消滅後6か月を経過する前に請求した場合の例外もあるが、「親族ともめたくなかった」という事情だけで延長されると考えない方がよい。
2023年4月1日より前に始まった相続にも適用されるが、経過措置がある。この場合、相続開始から10年を経過する時と2028年3月31日の、いずれか遅い時までの家裁への請求が重要になる。古い相続を一律に「もう間に合わない」と判断してはいけない。
期間が過ぎても、全員の合意で特別受益や寄与分を考慮して分けることはできる。ただし、相手の合意が得られない場合まで同じではない。相続開始前の贈与を遺留分に算入する「10年」とも別の制度なので、死亡日を示して確認したい。
次の話し合いには、「不公平」の中身を持っていく
兄弟の性格や昔からの関係を、短い話し合いで変えることは難しい。それでも、次に確かめることは小さくできる。
- 住宅資金の援助なら、いつ、誰から、何のために、いくら渡ったのか。
- 介護の負担なら、何をどの程度担い、財産の維持にどうつながったのか。
- 実家の評価なら、いつの、どの資料に基づく金額なのか。
- 遺言なら、全文と作成時の事情、通知や請求の期限はどうなっているか。
話し合いが進まなければ、家庭裁判所の遺産分割調停を利用する方法がある。相続人の一部から、他の相続人全員を相手方に申し立てることができ、不成立の場合は原則として自動的に審判へ移る。遺言の有効性や財産の帰属など、別に解決すべき争点がある場合は、その順序も検討する。
相談のために、すべての証拠をそろえる必要はない。遺言や通帳の写し、兄弟から来た提案、死亡日と気になる期限が分かるものを持ち、何が手元にないかも伝えればよい。
「半分なら公平だろう」に、その場で答えを返せなくてもかまわない。何を半分にしているのか。すでに受け取ったものをどう考えるのか。そこまで言葉にできれば、次の話し合いは、前と同じ半分ではなくなる。
公的資料・根拠
よくある質問
兄と弟では、兄の相続分が多いのですか
親の子として相続する場合、長男・次男などの出生順で法定相続分は変わらない。遺言や特別受益、寄与分などによる調整は別に確認する。
兄だけ住宅資金をもらっていたら返してもらえますか
特別受益として取り分を調整できるかを検討する。贈与の目的や額、持戻し免除の有無などによる。受け取った金銭を当然に返還する制度ではない。
親を介護した分は必ず多く相続できますか
必ずではない。寄与分には、財産の維持・増加への特別の寄与が必要だ。介護の内容、頻度、報酬、費用負担などを確認する。
兄弟には遺留分がないのですか
亡くなった人の兄弟姉妹にはない。一方、親の遺産を子である兄弟が相続する場合は、子としての遺留分が問題になる。
相続から10年たつと特別受益は一切考慮できませんか
家裁への請求時期等の例外と、2023年4月1日前の相続の経過措置を確認する。期間経過後でも、相続人全員の合意によって考慮して分けることはできる。
本記事は一般的な情報提供です。個別の対応は、相続開始日、遺言や財産の資料、当事者間のやり取りを示して弁護士等へ確認してください。



