20人の相続放棄を当事務所で担当した話

相続放棄とは、相続人が被相続人の財産(プラスの資産だけでなく借金などの負債も含む)を一切引き継がない意思表示をする手続きであり、家庭裁判所への申述によって効力が生じるとされています(民法938条)。

結論から言うと、被相続人に多額の借金がある場合、子・父母・兄弟姉妹・甥姪と相続順位が順送りになるため、最終的に20名以上の相続放棄手続きが必要になる可能性があります。全体の相続人を早期に把握し、一人ひとりに期限内に連絡を取ることが、全員を負債から守る最短ルートになり得ます。

「あなたには関係ない話ではないですよ」と、手紙を送り続けた話

先日、ある依頼者がこう言った。

「弁護士さんから突然手紙が届いて、最初は詐欺だと思いました。」

そうだろうとも。オレオレ詐欺が世間を席巻しているこの時代に、見知らぬ弁護士事務所から「あなたは相続人です」などという手紙が届いたら、大半の人間は「来た、これが例のやつだ」と身構える。無理もない。

だが残念ながら、それは詐欺ではなかった。本物の話だった。「他人事だと思っていた多額の負債」が、突然、法律という名の重力に引き寄せられ、あなたの足元に降ってくる話である。

驚き顔

え、なんで自分が?ほとんど会ったこともない親戚なのに……。

今回は、当事務所で実際に担当した「相続放棄20名案件」の話をしようと思う。実務の最前線で何が起き、何がそんなに大変なのかを、包み隠さずお伝えする。


借金まみれの相続、その「順送り」という仕組みを事前に把握しておきたい

まず、前提を押さえよう。

被相続人(亡くなった方)が多額の借金を抱えていたとする。当然、相続人はその負債ごと引き継ぐことになる。

で、結論から言うと、これを回避する唯一の武器が「相続放棄」だ(民法938条・939条)。家庭裁判所に申述することで、最初から相続人でなかったことになる。話し合いで「私は放棄します」と宣言するだけでは、法的には一切効力がない点に注意が必要だ。

問題は、ここからだ。

相続には「順位」というものがある(民法887条・889条・890条)。

  • 第1順位:子(および代襲相続人)
  • 第2順位:父母(直系尊属)
  • 第3順位:兄弟姉妹(および代襲相続人)

子どもたちが全員、相続放棄をした。よし、これで終わりだ──と思ったら、大間違いだ。次の相続人が繰り上がってくる。父母が健在ならまだわかりやすい。しかし現実は、被相続人が高齢であれば父母はすでに鬼籍に入っていることが多い。

すると何が起きるか。

第3順位、すなわち「兄弟姉妹」に相続権が降ってくるのだ。そしてその兄弟もすでに亡くなっていれば、代襲相続によって「甥・姪」にまで繰り下がる(民法889条2項)。

これが、知っておくと役立つ相続順位の連鎖反応である。

図解

相続手続きの流れを知らなかった人間の、3ヶ月後

相続手続きの流れとは、被相続人の死亡後に発生する一連の法的・税務的手続きの総称で…

相続手続き
相続手続きの流れを知らなかった人間の、3ヶ月後

20名の相続人を、一人ずつ追いかけた

当事務所に持ち込まれたその案件、最終的に相続放棄が必要な人数は——20名を超えた。

子どもたちは比較的スムーズだった。状況を理解している。被相続人とも近い関係だ。話が早い。

問題は、その先だ。

兄弟姉妹。そして甥・姪。ほとんど親戚付き合いがない。場合によっては、被相続人の顔すら覚えていない人もいる。そういう方々に、いきなり「あなたは相続人です。多額の借金があります。放棄してください」という手紙を送りつけるのだ。

相手の反応は、大体こうだ。

  • 「詐欺じゃないのか」と疑う
  • 手紙を無視する(封を開けない方も複数いた)
  • 「なぜ私が」と困惑して電話をかけてくる
  • 弁護士に委任することを家族が猛反対する

無視は、命取りになる。

相続放棄の期限は、「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」(民法915条)だ。重要なのは被相続人の死亡日からではなく、「自分が相続人になったと知った時」から3ヶ月、という点である。とはいえ、のんびりしている余裕はない。知らずに期限を過ぎれば、気づいた瞬間には「相続承認したとみなされる」可能性がある(民法921条)。そうなれば、他人の借金が、自分の借金になる。

これが、相続放棄という名の「期限付き手続き」の怖さだ。手紙を受け取ったら、まず開封して内容を確認することが、自分を守る第一歩になる。

相続手続きの期限を過ぎた瞬間、借金が降ってくる

相続手続きの期限とは、相続が発生した後に法律で定められた各種手続きの締め切りのこ…

相続手続き
相続手続きの期限を過ぎた瞬間、借金が降ってくる

委任状を送り続けた日々

具体的に、何をしたか。

まず、相続人の調査だ。戸籍を徹底的に辿る。被相続人の出生から死亡までの全戸籍を収集し、兄弟姉妹の存在を確認。さらに兄弟が亡くなっていれば、その子(甥・姪)まで追いかける。この戸籍の旅が、すでに相当な手間だ。

次に、全員への連絡と委任状の送付。

手紙を送る。電話をかける。「詐欺ではありません、本物の弁護士です」と、一人ひとりに丁寧に説明する。中には「弁護士が送ってくる委任状なんて怪しい」と、最初から聞く耳を持たない方もいた。そりゃそうだ。オレオレ詐欺のマニュアルに「弁護士を名乗る」というパターンが存在するのだから。

それでも、どうにかこうにか。

一人また一人と、話を聞いてもらい、事情を理解してもらい、委任状に署名をもらい、家庭裁判所への申述書を提出した。

図解


全員の手続きが、完了した話

「もう諦めよう」と思う瞬間は、何度もあった。連絡がつかない。手紙が届かない。期限が迫る。

だが、そこで諦めれば誰かが負債を抱える。

そのプレッシャーが、背中を押した。

結果として、20名全員の相続放棄が無事に受理された。誰一人、他人の借金を背負わずに済んだ。

この案件で痛感したのは、「早い段階で相続人全体の把握に動く」ことの絶大な効果だ。子どもたちが最初に相談に来た時点で、すぐに全体の相続人調査に着手できたからこそ、全員に余裕を持って連絡できた。これが遅れていれば、期限切れ続出という最悪の事態になっていた可能性がある。「まず誰が相続人になりうるかを洗い出す」——これが、自分と周囲の人間を守るための、最初の具体的アクションだ。

ホッとした顔

早めに動いてよかった。自分一人で抱え込もうとしてたら、絶対パンクしてた……。

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よくある質問

相続放棄は、相続人同士で「放棄する」と合意するだけでは有効になりませんか?

残念ながら、口頭や書面での合意だけでは法的効力はないとされています。相続放棄は必ず家庭裁判所への申述が必要です(民法938条)。相続人間での「放棄の約束」は法的拘束力を持たない点にご注意ください。

相続放棄の3ヶ月の期限は、被相続人が亡くなった日からカウントされますか?

民法915条によると、起算点は「自己のために相続の開始があったことを知った時」とされています。被相続人の死亡日ではなく、自分が相続人になったと知った時点からのカウントになる場合があります。ただし、具体的な判断は個別の状況によって異なりますので、専門家へのご相談をお勧めします。

兄弟姉妹が亡くなっている場合、その子ども(甥・姪)まで相続放棄が必要になるのですか?

民法889条2項の規定により、兄弟姉妹が相続人となる場合、その兄弟が先に亡くなっていれば甥・姪が代襲相続人になる可能性があります。その場合、甥・姪にも相続放棄の手続きが必要になることがあります。

相続放棄の申述は、どの家庭裁判所に行えばいいのですか?

被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申述するとされています(家事事件手続法201条)。複数の相続人がそれぞれ別の地域に住んでいても、申述先は被相続人の住所地の家庭裁判所が基本となります。

期限内に財産調査が終わらない場合、相続放棄の3ヶ月の期限を延ばすことはできますか?

民法915条1項ただし書きにより、家庭裁判所に申し立てることで熟慮期間の延長が認められる場合があります。ただし延長が確実に認められるとは限りませんので、できる限り早期に専門家へ相談されることをお勧めします。


動けるのは、今だけだ

相続は、待ってくれない。

そして「自分には関係ない」と思っている遠い親戚の元にも、法律は容赦なく牙を剥く。今回の案件のように、ほとんど面識のない甥・姪にまで、多額の借金が届いてしまうケースは、現実に存在する。

もし「被相続人が借金を抱えている可能性がある」と少しでも感じたなら、まず相続人の範囲を戸籍で確認し、期限(知った時から3ヶ月以内)を頭に入れた上で、必要な人数分の手続きを洗い出す。動くのは、今この瞬間だ。

自分だけではなく、兄弟の子どもたちまで守るために。早めに動き出してほしい。

けっこうオススメです。早めの確認。伝わりましたかね。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。

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