相続した非上場株式は、上場市場で自由に売ることができません。株式数・相続税評価・譲渡制限を確認し、既存株主、第三者または発行会社との間で価格と手続を決めます。
売却税の取得費は原則として被相続人の取得価額を引き継ぎ、相続税評価額へ自動的に置き換わりません。発行会社へ売る場合は通常のみなし配当課税と、相続株式についてこれを外す期限付き特例・事前届出を先に確認します。
相続した非上場株式は4段階で売却を検討する
- 株式数、株主名簿、定款、遺産分割を確認する
- 相続税評価額と、売却の交渉価格を分けて把握する
- 既存株主・第三者・発行会社から買い手を検討する
- 譲渡承認、売買、名義書換え、確定申告を行う
非上場株式には証券取引所の市場価格がなく、会社の定款で譲渡を制限していることも多いため、上場株式のように証券会社の画面から売却することはできません。
また、相続税を計算する評価額、当事者間で決める売却価格、譲渡所得を計算する取得費は同じ数字とは限りません。ここを分けることが出発点です。
最初に株式と会社の資料を確認する
売却交渉の前に、少なくとも次の資料を集めます。
- 株主名簿、株券が発行されている場合は株券
- 会社の定款、登記事項証明書
- 直近の決算書・法人税申告書・勘定科目内訳明細書
- 被相続人が株式を取得した時の契約書、払込資料、申告資料
- 遺言書、遺産分割協議書、相続税申告書
誰が何株を相続したか未確定のままでは、売却主体、譲渡承認、税額計算を確定できません。遺産分割と相続税申告の状況を同時に確認します。
相続税評価額と売却価格は別に決まる
相続税では、取引相場のない株式を国税庁の財産評価基本通達に従って評価します。取得者が同族株主等に当たるか、会社が大会社・中会社・小会社のどれに当たるかなどにより、原則的評価方式または配当還元方式を使います。
- 大会社:原則として類似業種比準方式
- 中会社:類似業種比準方式と純資産価額方式の併用
- 小会社:原則として純資産価額方式
- 同族株主以外の一定の株主:配当還元方式
正確な区分や特定の評価会社の扱いは、国税庁No.4638「取引相場のない株式の評価」と、非上場株式の相続税評価で確認してください。
この相続税評価額は、相続税を計算するための価格です。第三者や発行会社との売却価格は、会社の収益力、純資産、議決権、配当、譲渡制限、買い手の有無などを踏まえて交渉します。相続税評価額で必ず売買しなければならないわけではありません。
売却先は既存株主・第三者・発行会社の3つ
既存株主や経営者へ売る
会社の経営権を外部へ出したくない場合、既存株主や後継経営者が買い手になることがあります。買い手の資金、売却価格、支払時期、議決権への影響を確認します。
第三者へ売る
第三者承継やM&Aの一環で株式を売る方法です。株式の一部だけを売るのか、会社支配権を含めて売るのかで、価格と調査範囲が大きく変わります。簿外債務、保証、許認可、契約上のチェンジ・オブ・コントロール条項も確認します。
発行会社へ売る
発行会社自身が株式を取得する「自己株式の取得」です。会社法上の手続、会社の分配可能額、他の株主との関係を確認します。税務上は、第三者へ売る場合と異なり、通常は売却対価の一部がみなし配当となることがあるため、後述の特例を売却前に検討します。
譲渡制限株式は会社の承認手続を確認する
定款で譲渡制限がある株式を譲渡する場合、会社法136条以下の承認手続を確認します。承認機関は会社の機関設計や定款で変わるため、定款と会社法を照合してください。
会社が譲渡を承認しない場合には、会社または指定買取人による買取りの手続へ進む場合があります。通知、供託、価格決定申立てなど期限のある手続が含まれるため、単に「承認されなければ会社が必ず希望価格で買う」とは考えないでください。
e-Gov法令検索「会社法」(107条、136条以下)で現行条文を確認できます。
第三者へ売ったときの譲渡所得
非上場株式は、所得税上「一般株式等」に区分されます。譲渡益は、上場株式等とは別の区分で申告分離課税により計算します。
譲渡所得等=売却代金-取得費-譲渡費用
税率は、原則として所得税15%、復興特別所得税、住民税5%を合わせて20.315%です。詳しくは国税庁No.1463「株式等を譲渡したときの課税」を確認してください。
取得費は相続税評価額ではなく、被相続人の取得価額を引き継ぐ
相続で取得した株式の取得費と取得時期は、原則として被相続人のものを引き継ぎます。被相続人が設立時に払い込んだ金額や購入代金などを資料で確認します。
相続税申告で1株10万円と評価したから、売却時の取得費も1株10万円になるわけではありません。相続税評価額と譲渡所得の取得費は別の制度です。
取得費が分からない場合、国税庁は同一銘柄ごとに売却代金の5%相当額を取得費とする方法も案内しています。ただし実際の取得費がこれより高い資料を見つけられれば税額が変わるため、会社の増資資料、株式譲渡契約、被相続人の申告資料を探します。国税庁No.1464「譲渡した株式等の取得費」も参照してください。
相続税額の取得費加算には期限と要件がある
相続または遺贈で取得した株式を一定期間内に売り、取得者に相続税が課されているなどの要件を満たす場合、相続税額のうち一定額を譲渡所得の取得費へ加算できます。
対象期間は、相続開始日の翌日から、相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までです。死亡から単純に3年ではなく、通常は約3年10か月の範囲になりますが、正確な末日は各相続の起算日から計算してください。
特例は自動適用ではありません。確定申告書へ「相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書」などを添付します。国税庁No.3267「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」で要件と計算方法を確認してください。
発行会社へ売る場合は、みなし配当の特例を売却前に確認する
個人が非上場株式を発行会社へ売ると、通常、売却対価のうち対応する資本金等の額を超える部分が配当所得とみなされることがあります。残る部分との課税区分が分かれるため、第三者への通常の株式譲渡と同じ計算にはなりません。
ただし、相続または遺贈について納付すべき相続税額がある個人が、次の要件を満たして相続税の課税対象となった非上場株式を発行会社へ売る場合、みなし配当課税をせず、売却対価の全額を非上場株式の譲渡所得の収入金額とする特例があります。
- 相続または遺贈で財産を取得し、その相続について納付すべき相続税額があること
- 売る株式が、その相続税の課税価格の計算の基礎に算入された非上場株式であること
- 相続開始日の翌日から、相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までに発行会社へ売ること
- 譲渡日までに所定の届出書を発行会社へ提出すること
この特例と相続税額の取得費加算は併用できる場合があります。詳しくは国税庁No.1477「相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例」と届出手続A2-31を確認してください。
事業承継税制を使っている株式は、売却前に猶予継続を確認する
非上場株式等について相続税の納税猶予・免除制度を利用している場合、株式の譲渡等によって猶予税額の全部または一部と利子税の納付が必要になることがあります。通常の取得費加算・みなし配当特例だけで判断せず、認定・届出・継続要件を確認してください。
売却前のチェックリスト
- 株主名簿、株式数、株券の有無を確認した
- 遺言・遺産分割により売却する人が確定している
- 相続税評価額と売却価格を区別した
- 定款の譲渡制限と承認機関を確認した
- 第三者・既存株主・発行会社のどこへ売るか決めた
- 被相続人の取得価額を示す資料を探した
- 取得費加算の期限を日付で計算した
- 発行会社へ売る場合、みなし配当特例の要件と事前届出を確認した
- 事業承継税制の納税猶予を利用していないか確認した
よくある質問
相続税評価額を売却時の取得費にできますか
原則としてできません。取得費は被相続人の取得価額を引き継ぎます。相続税が課され、期限内に売却するなどの要件を満たせば、相続税額の一部を取得費へ加算できる特例があります。
取得費が分からない場合はどうしますか
会社の増資資料、株式譲渡契約書、被相続人の確定申告資料などを探します。確認できない場合は、同一銘柄ごとに売却代金の5%相当額を取得費とする方法もあります。
非上場株式の売却税率は何%ですか
第三者等への通常の譲渡による譲渡益は、一般株式等の申告分離課税として原則20.315%です。ただし、発行会社への売却ではみなし配当が生じる場合があり、特例の適用有無で課税区分が変わります。
発行会社へ売れば必ずみなし配当になりますか
通常は売却対価のうち対応する資本金等の額を超える部分がみなし配当となり得ます。一方、相続税が課された非上場株式を期限内に売り、譲渡日までに届出書を提出するなどの要件を満たせば、みなし配当課税を行わない特例があります。
相続した非上場株式は約3年10か月以内に売ればよいですか
約3年10か月は目安です。取得費加算とみなし配当を外す特例の期間は、相続開始日の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までです。死亡日、相続を知った日、申告期限から正確な末日を計算し、各特例の他の要件も確認してください。
本記事は一般的な制度説明です。株式の種類、取得者の株主区分、売却先、価格、相続税額、取得費、事業承継税制、会社法上の手続によって結論が変わります。売買契約や自己株式取得を決議する前に、税理士・弁護士等へ資料を示して確認してください。



