相続した非上場株式は、評価額が書かれていても、その額ですぐ現金に換えられるわけではない。誰が何株を売るのか、誰が買うのかを先に確認しよう。
価格だけでなく、会社の承認、税金、代金が入る日までそろえて、納税や生活に使えるお金を見通す。
父の会社を継ぐのは弟の誠、会社で働いていない姉の紗季は、協議で単独取得した株式を売りたい。相続税の申告に使った評価額を見て、「この額のお金になるなら納税にも使える」と思っていた。
ところが、会社の口座にお金があっても、すぐ買えるとは言ってもらえない。誠も、会社の仕入代金や従業員への給与を残す必要がある。姉に意地悪をしているわけではない。ここからは、相続した非上場株式(証券取引所に上場していない会社の株式)を現金に換えるまでを考える架空の姉弟だ。
同じ株式でも、評価額・売却価格・取得費は別の数字になる
| 数字の種類 | 使う場面 | 確認する資料 |
|---|---|---|
| 相続税評価額 | 相続税を計算する | 株式の評価明細、相続税申告書、決算資料 |
| 売却価格 | 買い手と代金を交渉する | 会社の収益・純資産、議決権、配当、買い手の条件 |
| 取得費 | 売却益に対する所得税を計算する | 故人の購入契約書、払込資料、増資・株式分割等の記録 |
相続税では、取得する人の株主区分や会社規模などによって評価方法が変わる。大会社は原則として類似業種比準方式、小会社は純資産価額方式、中会社は両方式の併用が基本となる。同族株主以外の一定の株主には配当還元方式が用いられ、土地保有特定会社などでは別の扱いもある。
一方、買い手は、実際に配当を受けられるか、経営に関与できるか、将来売却できるかも考える。少数の株式と会社の経営権をまとめて取得する場合では条件が違うため、相続税評価額で必ず買い取ってもらえるとは限らない。
評価の入口は国税庁「取引相場のない株式の評価」と、非上場株式の相続税評価で確認できる。会社が価格を提示したときは、金額だけでなく計算の前提も尋ねたい。
紗季の株の相続税評価額が3,000万円でも、売却代金は2,000万円で合意する場合がある。父がその株を買った費用は200万円だったと仮定しよう。
3,000万円は相続税の評価、2,000万円は売買の代金、200万円は父から引き継ぐ取得費だ。数字が違うだけで売値が適正かどうかは決まらない。どの目的で、どの条件から計算した金額かを確かめる。
税務の評価額をそのまま現金と数えると、手元のお金が足りなくなる。売買価格を決めるときも、会社から示された数字へすぐ署名せず、どの資料と条件に基づく価格かを確かめる。
交渉の前に、誰がどの株式を売れるのか確かめる
株主名簿、株式数、株式の種類、株券発行の有無を確認し、遺言書や遺産分割協議書(遺産の分け方について相続人同士で合意した内容を書く書類)と照らし合わせる。故人名義だから一人の相続人が全部売れるとは限らない。遺産分割前なら、売却に関与すべき相続人と処分方法を先に整理する。
- 会社の定款と登記事項証明書。
- 株主名簿、株券が発行されていれば株券。
- 直近の決算書、法人税申告書、勘定科目内訳明細書など、確認できる会社資料。
- 故人の購入契約書、設立・増資時の払込資料、過去の申告資料。
- 遺言書、遺産分割協議書、相続税申告書と評価明細。
会社の内部資料をどこまで見られるかは、株主としての権利や請求条件による。必要資料が出てこない場合は、直ちに会社の提示額へ同意せず、資料の請求方法と評価の依頼先を検討する。
買い手は既存株主・第三者・発行会社に分けて検討する
既存株主や経営者に売る
後継者や既存株主は、株式を集めて経営を安定させたい場合がある。買い手の資金、支払いの時期、売却後の議決権割合を確認する。親族間の取引でも、価格の根拠と代金の支払方法を文書に残す。
第三者に売る
事業承継やM&Aの一環として売る方法だ。会社全体の経営権を売るのか、少数株式だけを売るのかで買い手や価格が変わる。会社の債務(借金など、支払い等をしなければならない義務)、保証、許認可、取引先との契約に、株主の変更をきっかけとする制限がないかも確認する。
契約上、売り手が会社の状態を保証したり、後から発覚した問題を補償したりすることもある。経営に関与していない相続人が、把握していない事項まで広く保証する契約には慎重な検討が必要だ。
発行会社自身に売る
発行会社が買い取る方法は自己株式の取得に当たる。会社の意思決定、他の株主との関係、分配可能額という財源の制限を確認する。会社の預金が多いことと、法律上その全額を買取りに使えることは同じではない。
税務では、売却対価の一部が「みなし配当」となる場合がある。第三者へ売る場合と同じ税率を代金全体へ当てはめず、後述の特例を含めて試算する。
紗季へ2,000万円を払うのが、誠個人か会社かで、資金の出どころ、必要な決議、税金の計算も変わる。
会社に預金3,000万円があっても、近く仕入れと給与に2,000万円を使うなら、姉の株へ2,000万円を払うと営業資金が足りなくなる。これは資金繰りの仮定だ。法律上いくらまで支払えるかという「分配可能額」の計算とは、別に確認する。
自己株式取得に財源の制限があるのは、株主へ払った後に会社の債権者等へ支払えなくなる問題にも関わる。家族全員が賛成したからといって、会社のお金を自由に家族の精算へ回せるわけではない。
売却益の計算では、故人の取得費を調べる
非上場株式は、所得税では一般株式等に分類される。第三者等への通常の譲渡では、売却代金から取得費と譲渡費用を差し引いた利益を、他の所得と分けて計算する。2026年分の原則的な税率は、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%だ。売却年の制度は申告時に確認する。
相続した株式の取得費は、限定承認などの例外を除き、故人の取得費を引き継ぐ。相続税の申告で1株10万円と評価しても、故人が1株1万円で取得していたなら、取得費が自動的に10万円へ上がるわけではない。株式分割や増資等があれば調整も必要になる。
取得費が分からない場合、同一銘柄ごとに売却代金の5%を取得費とする方法も認められている。ただ、実際の取得費がそれより高いと分かれば計算結果が変わる。契約書が見つからないという理由だけで調査を終えず、会社の払込記録や故人の申告書も探す。
一般株式等の損失と上場株式等の利益は、原則として自由に相殺できない。証券口座の上場株式で利益が出ているから非上場株式の売却損を全部差し引ける、という前提で売却を決めない。国税庁No.1463とNo.1464で基本的な扱いを確認できる。
相続税額の取得費加算は、売却した株式に対応する部分を計算する
相続税が課された人が、相続や遺贈(遺言で財産を渡すこと)で取得した株式を一定期間内に売るなどの条件を満たすと、相続税額の一定部分を取得費へ加算できる。納付した相続税の全額を、今回売った株式の取得費に加える制度ではない。
期間は、亡くなった日の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までだ。一般に約3年10か月と説明されるが、正確な末日は亡くなった日と申告期限から計算する。特例を使う前の譲渡益が加算額の上限となり、この特例だけで譲渡損失を作ることはできない。
売却代金2,000万円、父から引き継ぐ取得費200万円、売るための費用50万円と仮定する。利益は、2,000−200−50=1,750万円だ。
この株について取得費に加算できる相続税額が100万円と確認できれば、利益は1,650万円になる。相続税評価額3,000万円を取得費にして、売却損1,000万円と計算するのではない。
2026年分の通常の譲渡所得として他の調整等がなく、原則税率20.315%を用いる概算なら、この1,650万円に対する税金は約335万円。代金2,000万円から費用50万円とこの税金を引いた残りは約1,615万円となる。既に払った相続税などをすべて差し引いた最終手取りではなく、比較のための概算だ。発行会社へ売る場合は、次のみなし配当の扱いも確認してから計算する。
適用には確定申告と所定の計算明細等が必要になる。国税庁「相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」を確認し、売却前に相続税申告を担当した税理士へ試算を依頼すると、価格交渉の目安を持ちやすい。
発行会社への売却では、譲渡日までの届出を忘れない
発行会社へ売る場合、通常は対価のうち、その株式に対応する資本金等の額を超える部分がみなし配当となり得る。一方、所定の相続株式について特例を使えば、みなし配当課税をせず、対価の全額を株式譲渡の収入として扱える。
- 売り手が相続または遺贈により財産を受け取った個人で、その相続等について納付すべき相続税額がある。
- 売る非上場株式が、その相続税の課税価格の計算の基礎に算入されている。
- 亡くなった日の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までに、発行会社へ譲渡する。
- 譲渡日までに、決められた届出書を発行会社へ提出する。
この特例は、相続した株なら無条件に使えるものではない。必要な届出を確定申告まで待たず、売る前に準備する。
売り手は譲渡日までに発行会社へ、会社は譲り受けた年の翌年1月31日までに所轄税務署へ提出する。期限も提出先も違うので、会社へ渡した日が分かる控えを残しておく。
この特例と取得費加算は、各条件を満たせば併用できる。国税庁No.1477と届出手続A2-31を基に、売り手・会社・税理士の誰が何を用意するかを決めてから実行する。
相続税の納税資金を作るために相続株を発行会社へ売る場合でも、通常の自己株式取得としてみなし配当の課税が生じると、想定した手取りと違うことがある。この特例は、一定の相続と期間内の譲渡について、その部分を株式譲渡の収入として扱う仕組みだ。相続した株式をすべて無税で換金できる制度ではない。
紗季と誠は、契約書への署名日だけでなく、譲渡日と届出書を会社へ渡す日を予定表へ書く。個人から会社への届出と、会社から税務署への提出では期限が違う。「税理士が確定申告のときに何とかするだろう」と後回しにしない。
本文の適用条件を満たし、相続した非上場株式を発行会社へ売る場合の届出だ。
所定の届出書を譲渡日までに提出する。
株式を譲り受けた年の翌年1月31日までに提出する。
売り手の確定申告まで待つ手続ではない。届出書を会社へ渡した記録を残し、会社側の担当者と提出方法も確認する。届出だけで、ほかの適用条件が不要になるわけではない。
納税猶予を使っている場合は、手取りを別に試算する
事業承継税制による納税猶予は、相続税が最初からなかったことになる制度ではない。株式の譲渡などにより、猶予税額の全部または一部と利子税の納付が必要になることがある。利用している制度、認定書、継続届出書を確認し、継続・免除等の条件を整理する。
売却代金から、譲渡に伴う税金、専門家費用、必要に応じて猶予税額等を差し引いた額を計算する。分割払いなら、税金を納める時期までに必要な現金が入るかも確認したい。
契約前に決めておくこと
- 売り手、株式数、種類、遺産分割の状況を確定する。
- 定款と必要な承認・決議、株券や名義書換えの手順を確認する。
- 価格の根拠、代金の支払日、分割払いなら回収条件を整理する。
- 取得費、取得費加算、みなし配当特例、納税猶予の影響を試算する。
- 譲渡期限と届出期限を日付で管理し、提出担当者を決める。
- 契約上の保証・補償の範囲と、税金を引いた手取りを確認する。
紗季は、評価額3,000万円を納税資金の欄にそのまま書くのをやめた。買い手、価格、承認、税金、入金日が決まって初めて、使えるお金を見通せる。誠も、姉へ説明する資料と会社に残す資金を整理する。家族の精算と会社の継続を、一つの数字だけで済ませないことが売却準備の出発点になる。
譲渡承認を求める場合は、不承認の後の手続も確認する
譲渡制限株式を第三者へ任意に売る場合、会社法136条以下と定款に沿って承認を求める。株式数・種類や譲受人等の情報に加え、不承認の場合に会社または指定買取人の買取りを求めるかという請求内容も重要になる。
単に「売りたいので相談した」という打診と、法定の事項を備えた承認請求は同じではない。不承認時に買取りを求める内容を含めたか、いつ請求が到達し、会社がどう通知したかを記録する。承認しなかったから常に自動で現金が払われるわけではない。
会社や指定買取人が買い取る手続では、決議、通知、供託、株券発行会社の場合の株券の供託等が関係する。価格協議ができない場合の会社法144条の申立期間は、原則として所定の買取通知を受けた日から20日だ。
この144条の手続で、期間内に協議が調わず価格決定の申立てもない場合の価格は、法定の純資産額を基礎とする計算となる。後述の相続人への売渡請求で、請求そのものが失効する扱いと同じではない。20日という日数だけで両者を覚えない。
会社の承認通知等の期限、承認したとみなされる場合も会社法145条に規定されている。定款や合意等の影響もあるため、到達記録と通知、株券の有無を持って速やかに確認する。期間が過ぎても一般的な相談を続けていれば大丈夫、とは考えない。
会社からの相続人への売渡請求は、別の制度
会社法174条は、相続等で譲渡制限株式を受け取った人へ、会社が売渡しを請求できる旨を定款で定める制度だ。経営に関与しない相続人への株式の分散等に対応する仕組みであり、相続人が同条を根拠に会社へ買わせる権利ではない。
定款の規定だけでなく、株主総会で対象者と株式数等を決める必要がある。対象となる相続人の議決権の扱いにも条件がある。会社が一般承継を知った日から1年以内という請求期間を確認する。相続日から機械的に1年と数えるわけではない。
会社法177条では、売渡請求の日から20日以内に裁判所へ価格決定を申し立てることができる。期間内に協議による合意も申立てもなければ、売渡請求は効力を失う。税務評価額がそのまま売買価格に決まる制度ではない。
相続人が会社から文書を受けた場合、通常の買取提案なのか、譲渡不承認に伴う買取通知なのか、174条の請求なのかを最初に確認する。根拠、日付、対象株数、定款と決議をそろえ、それぞれの価格手続と期限へ対応する。
株主名簿・経営の引継ぎと、放棄の判断も分けて考える
株主名簿の書換え、株式を誰が受け取るか、役員を誰にするかはそれぞれ別の手続になる。株券の有無、定款、登記・株主名簿等を照らし合わせ、相続税の10か月をすべての売却・会社手続に共通の期限と扱わない。
売れない株式を取らないための遺産分割案と、家庭裁判所での相続放棄は別だ。借入れや保証等も調べ、株式だけを捨てて他の相続財産を受け取る放棄ができるとは考えない。
あわせて確認する手続と資料
- 会社法174条以下
- 相続株式を会社に買い取ってもらう手順
- 遺産分割協議の進め方|まとまらない時の手順と注意点
- 非上場株式を相続したときの手続|評価・遺産分割・株主名簿
- 相続手続きの流れと期限|調査・判断・申告を並行して進める
- 非上場株式の相続でトラブルになる前に知っておきたいこと
- 相続手続きの費用はいくら?戸籍・相続登記・税理士・弁護士の目安
- 相続税の無申告に気づいたら|加算税・期限後申告・納付相談
- 相続手続きの期限一覧|3か月・4か月・10か月・1年・3年
- 非上場会社の少数株を相続したら売れる?買取相談と価格の決め方
- 非上場株式の事業承継
- 名義株の相続財産性
- 会社経営者の相続、自社株と連帯保証が変える財産の全体像
- 相続税の路線価と時価の乖離で変わる、申告の数字と税務リスク
- 国税庁:物納と管理処分不適格財産
ほかにも確認する手続がある場合は、会社・株式・事業承継の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
相続税評価額で必ず売却できるか
必ずその価格で売れるわけではない。相続税評価額は税務のための評価であり、売却価格は会社の収益、議決権、譲渡制限、買い手の条件などを踏まえて交渉する。
相続税評価額を所得税の取得費にできるか
原則としてできない。限定承認などの例外を除き故人の取得費を引き継ぐ。条件を満たすと、売却株式に対応する相続税額の一定部分を取得費に加算できる。
会社に売る場合も税率は常に20.315%か
常に同じではない。みなし配当が生じる場合と、その課税を外す特例が使える場合で計算が異なる。2026年分の通常の一般株式等の譲渡益は原則20.315%だが、売却先と適用制度を確認する。
みなし配当の特例は確定申告のときに手続すればよいか
決められた届出書を発行会社へ譲渡日までに提出する必要がある。会社から税務署への提出期限とは異なるため、契約前に担当者と提出日を決める。
会社が買い取ると言えばすぐ契約してよいか
価格だけでなく、会社法上の決議や財源、税金を計算するときの特例、代金の支払条件を確認する。会社からの売渡請求であれば、任意の売却交渉とは別の手続も検討する。
本記事は一般的な情報を示すものである。具体的な手続や税務は、亡くなった日、財産、資料などを確認して判断する必要がある。



