財産の説明が足りないときは、協議書へ署名する前に、残高証明や取引履歴等で確かめよう。調査できていないことと、使い込みがあったことは、分けて考える。
遺産分割協議書は、相続人同士で、分け方の合意を書く書類だ。通帳が見られない、説明が変わった、残高が少ない等の疑問を、資料で調べる。
父の死後、妹の香織は、兄の正樹が示した財産表では、口座の範囲が分からず、協議書への署名をためらった。
正樹は、父の資料を預かるが、すべて整理したわけではない。以下は、説明用の架空の家族だ。
香織は、隠されたのか確かめたい。正樹は、説明の不足と疑われている点を、分けて考えたい。
ほかの家族が資料を持っていても、相続人が自分で、銀行や法務局へ照会できるものはある。
財産の所在が不明なのか、今もある財産を隠されているのか、既に引き出して使われたのかを分け、事実に応じて対応を選ぼう。
財産一覧と、裏付けの資料を求める
相手へは「全部隠しているはずだ」と責めるより、どの資料が必要なのかを具体的に伝える。対象とする財産、基準日、確認したい出金を示し、回答内容と日付を記録する。
- 故人の死亡日現在の財産・債務の一覧
- 各銀行の残高証明書と、必要な期間の取引履歴
- 証券会社の残高報告書、不動産の登記・固定資産税資料
- 死亡前後の大きな出金について、日付、金額、支払先、使途と領収書
- 通帳、印鑑、現金、貸金庫等を誰が管理していたか
説明を受けたら、資料から確認できる事実と、相手の説明だけで未確認の事項を分ける。回答が不十分な場合も、依頼した文面や相手の返答を保存し、後から同じ説明を繰り返さずに済むようにする。
遺言執行者には財産目録を求められる
民法1011条は、遺言執行者に、遅滞なく財産目録を作り、相続人へ渡す義務を定めている。執行者は、遺言の内容を実現するため、必要な手続を進める人だ。
執行者がいれば、遺言の内容と職務の範囲を確かめ、目録と説明を求めよう。
他方、単に家族の一人が通帳を持っているというだけで、遺言執行者と同じ義務が自動的に生じるわけではない。財産管理を委任されていたのか、どの立場で管理しているかに応じて、報告を求める根拠も整理する。
銀行の履歴は、一人で請求できる場合がある
故人の子が信用金庫へ両親の口座の取引経過を求め、相続人全員の同意がないことを理由に拒まれた例がある。口座の残高だけでは生前の出金を確かめられず、相続人一人でも取引の履歴を調べられるかが争われた。
裁判では、故人の預金契約上の立場を引き継いだことを基に、相続人一人でも、取引経過の開示を求められるとされた。
全員の同意がないことだけでは、拒めない。ただし、請求の仕方や対象・範囲によっては、権利濫用となる場合もある。
故人の死亡と、自分が相続人であることを示す戸籍、本人確認資料、銀行所定の請求書等を用意する。
残高証明は死亡日現在、取引履歴は疑問のある出金を含む期間を指定しよう。保存期間、発行方法、手数料は銀行によって違う。古い履歴は、早めに確かめる。
この権利は、故人の預金を一人で全額払い戻せるという意味ではない。また、他の相続人自身の口座を自由に調べられるものでもない。
口座がどこにあるか分からない場合
通帳、銀行からの郵便、給与・年金の入金、保険料の引落し、証券会社への送金等から取引銀行を探す。判明した銀行には、別支店、定期預金、外貨預金、貸金庫等の有無も確認する。
相続時預貯金口座照会では、故人が生前にマイナンバーを紐づけた口座を預金保険機構経由で調べられる。
公式の申込案内によれば、相続人等が受付金融機関から請求し、他の相続人全員の同意は不要である。
照会の回答には、残高は含まれない。付番されていない口座や、情報の不一致、回答の状況等によって載らない口座もある。
結果を手掛かりに各銀行で証明書を取り、ほかの資料とも照らし合わせよう。
不動産と株式は、別の照会制度を使う
不動産:登記と名寄帳等を照合する
2026年2月2日開始の所有不動産記録証明制度は、故人が所有権の登記名義人となっている不動産を、氏名・住所等を検索条件として確認する方法だ。
相続人も請求できるが、旧住所や旧姓、未登記の建物等による漏れがあり、すべての所有財産を保証するものではない。
固定資産税の通知、自治体の名寄帳、権利証、賃貸借契約等を照らし合わせる。所在地が分かったら、登記事項証明書を取ろう。
死亡前後に名義が変わっていれば、時期、登記原因、契約書、代金の入金先等を調べる。
株式:ほふりから証券会社へ進む
証券会社が分からない場合は、証券保管振替機構の登録済加入者情報の開示請求を検討する。
口座の開設先に関する情報を得た後、残高、銘柄、株数、売却・出金履歴を各社へ請求する。
ほふりの回答だけで、全銘柄や残高が分かるわけではない。非上場株式等、対象外の財産も別に調べる。
非上場株式は、証券取引所に上場していない株式だ。配当の通知、会社の株主名簿、事業の資料等も確かめよう。
香織は、正樹の説明に、銀行の照会結果、不動産の検索条件、証券会社からの回答待ちを添えることにした。
開示請求は、相手を責めるためだけでなく、二人が同じ資料を読むためにも使える。取得日と、まだ調べられていないことも記そう。
出金だけで、使い込みとは決めない
取引履歴で証明できるのは、まず出金や送金の事実だ。誰が操作したか、故人の依頼があったか、故人のために使ったかまでは、履歴だけでは分からないことが多い。
例えば香織が確認した300万円の出金があっても、故人の別口座へ移しただけなら、その出金と移動先の残高を二重に計上しない。施設の入居一時金、医療費、贈与、現金保管などの可能性を資料で調べる。
| 争点 | 確認する資料 |
|---|---|
| 出金した人 | 払戻請求書、振込先、通帳・カード・印鑑の管理状況、当時のやり取り。 |
| 本人の承諾があったか | 委任状、贈与契約、手紙、メッセージ、当時の生活・判断能力に関する記録。 |
| 何に使ったか | 請求書、領収書、施設や病院の支払記録、別口座への入金。 |
| 現金等が残っているか | 保管先、残金額、受渡しの記録、相手の具体的説明。 |
銀行の帳票等は保存期間や取得できる範囲に制約があるため、取引履歴を確認したら必要な資料を絞って請求する。相手が説明しないことだけで、疑わしい出金の全額について返還請求が認められるとは限らない。
死亡前の使い込みと、死亡後の処分
生前に無断で使われた場合は、故人の返還請求権や損害賠償請求権を引き継いだとして、請求を考える。
不当利得返還請求は、法律上の理由なく、他人の損失によって得た利益を返すよう求めることだ。
誰が出金し、権限があったか、利益や損害があるか等の条件を調べる。合意できなければ、民事訴訟が必要になる場合もある。
死亡後、分割前に相続人が財産を処分した場合は、民法906条の2によって、分割時にもあるとみなして扱う方法がある。
処分した相続人の同意は不要だが、それ以外の共同相続人全員の同意は必要だ。共同相続人は、同じ人の遺産を、一緒に相続する人たちをいう。
死亡日等によって制度を使えるかも、確かめよう。
同条を使う方法と、不当利得・損害賠償を求める方法では、対象や計算、解決手続が異なる。生前の出金をすべて同条で遺産へ戻せると考えず、遺産の使い込みの証拠と返還請求も確認する。
死亡日の預金1,200万円のうち、死亡後に300万円を、父名義の別口座へ移した、と仮定する。
移動先にも残っていれば、同じ300万円を足して、計1,500万円とはしない。誰かが取得したのか、同じ資金を動かしただけかで、財産の合計と返還請求の検討は変わる。
本文の説明例。父名義のA口座から、同じく父名義のB口座へ300万円を移す。ほかの残高、利息、出入金はない仮定だ。
A口座:1,200万円
B口座:0円
合計 1,200万円
A口座:900万円
B口座:300万円
合計 1,200万円
移動前の1,200万円に、B口座の300万円を重ねて1,500万円とはしない。移動先の残高を確認する必要があり、出金があるだけで使い込みや返還請求額が決まる図でもない。
正樹が管理していたことだけでは、香織が300万円全額を自分へ請求できる根拠にならない。使用目的と権限、残金と受取人、死亡前後の時期を資料で確認する。
協議後に隠れた財産が判明した場合
後から預金や不動産が見つかったら、協議書の、後日判明した財産についての条項を確かめる。条項がなければ、追加の分割協議等を考えよう。
単なる調査漏れと、わざと誤った説明をして署名させた場合では、問題となる法的な根拠が違う。
錯誤や詐欺による取消し等を考える場合も、財産が後で見つかっただけで、協議全体が自動で無効になるわけではない。
協議時の説明、資料、署名の経緯、条項を残し、請求や取消しの期間も確かめよう。
調停でも、自動で全財産は分からない
遺産分割調停では、財産資料を出し合い、分け方を話し合う。
裁判所への照会や資料提出の方法を検討できる場合はあるが、申立てだけで全国の隠れた財産を自動調査してもらえる制度ではない。
資料を渡してもらえない、財産の移動が続く、権利の期限が迫る場合は、分かった財産と疑問のある取引を一覧にして、弁護士へ相談しよう。
調べる口座と期間、請求の相手、財産を保全する必要があるかを絞ることが、費用と時間を抑えることにつながる。
二人は、確認できた残高だけで署名せず、照会中の口座と疑問のある送金を、表に残すことにした。
未確認をゼロとせず、資料が出ていないことと、わざと隠すことを、同じに扱わない。そうすると、次の調査を絞りやすい。
二重計上と、未確認を分けて記す
預金、現金、不動産、株式、保険、借金と保証を、根拠資料・確認日・名義・未確認事項と対応させる。同じ送金を贈与と残存預金の両方へ重ねたり、未調査の財産をゼロと書いたりしない。
財産が見えない理由は、情報共有の不足、所在不明、持ち主や処分の争い等で違う。
署名済みの協議書や申告書があっても、後で見つかった財産は、条項と経緯を調べよう。分割の見直しと、税申告の訂正は、別々に確かめる。
あわせて確認する手続と資料
ほかにも確認する手続がある場合は、財産調査・名義・使い込みの関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
相手が通帳を渡さないと預金調査はできないか
相続人が銀行へ直接、残高証明書や取引履歴等を請求できる場合がある。死亡と相続関係を示す資料を用意し、口座と期間を具体的に確認する。
大きな出金はすべて返還を求められるか
出金だけでは使い込みを確定できない。出金者、本人の承諾、使途、残金等を調べ、請求の条件と金額を検討する。
遺言執行者に財産目録を求められるか
民法1011条は遺言執行者に財産目録の作成・交付義務を定めている。執行者の職務の範囲や遺言内容を確認して求める。
相続後に勝手に引き出された預金は分割で扱えるか
民法906条の2の条件を満たせば、処分した相続人以外の共同相続人の同意で、分割時に存在する遺産とみなす方法がある。生前の出金とは区別して検討する。
調停を起こせば裁判所が財産を全部探してくれるか
自動で全財産を調べる制度ではない。分かっている金融機関、疑問のある取引、手元の資料を整理し、必要な照会や資料提出を検討する。
本記事は一般的な情報を示すものである。具体的な手続や税務は、亡くなった日、財産、資料などを確認して判断する必要がある。



