任意後見の代理権を使えるのは、家庭裁判所が任意後見監督人を選んだ時からだ。
公正証書を作った翌日から、引き受ける人がすべての銀行手続を代わりにできる、という契約ではない。
架空の家族で考えよう。和子は、自分で通帳を管理できるうちに、将来は娘の里奈へ支払いを任せたい。里奈は、公正証書を作れば、来月の入院費からすべて代わりに払えると思っていた。
息子の圭介は、管理する人と、お金の使い道を確かめる人を分けてほしいと言う。
任意後見は、本人が自分で選んだ人に、判断能力が不十分になった後の仕事を任せる仕組みだ。
誰を信頼するかに加えて、代わりに何をしてもらうか、いつから始めるか、誰が記録と監督を担うかを決めよう。
今から管理を任せたい仕事と、判断能力が不十分になった後に任せたい仕事を分けて契約を確認する。認知症の診断だけで全国の銀行口座が一律に凍結されるという前提の制度でもない。
任意後見では、本人が判断できるうちに、任せる相手と、代わりにしてもらう仕事の範囲を、公正証書で決める。
契約しただけでは、その代理権は使えない。本人の判断能力が不十分になり、家庭裁判所が監督人を選んでから、契約で決めた代理権が働く。
何を任せるかは、「代理権目録」という一覧に書く。婚姻等の身分に関わる行為や遺言、医療行為への同意まで、自動的に含まれるわけではない。
法定後見、家族信託、財産管理委任とは役割が違うので、必要に応じて組み合わせよう。契約を作る時から、必要になった時に始める準備も進める。
契約した日と、動き出す日は違う
契約から開始までを、次の四段階に分けて考えよう。
裁判所の任意後見監督人選任案内でも、この流れが確認できる。
監督人が選ばれる前は「任意後見受任者」、選ばれた後は「任意後見人」と呼ぶ。
公正証書を作っただけで、任意後見人として代理を始めるわけではない。
本人が判断できるうちに、誰へ、どの仕事を任せるかを決める。
引き受ける人の立場は「任意後見受任者」。
この段階では、任意後見契約自体の代理権は、まだ使えない。
本人の判断能力が不十分になった後、本人、配偶者、四親等内の親族、受任者が家庭裁判所へ申し立てる。
本人以外の請求では、本人の同意も必要だ。ただし、本人が意思を表示できない場合は除く。
受任者は「任意後見人」となる。
監督人の監督の下で、代理権目録に書かれた法律行為を、本人に代わって行う。
公正証書を作った日と、任意後見の代理権を使える日は違う。今すぐの支払いには、別の契約と権限を確かめよう。
認知症の診断と同時に、全国の銀行口座が法律で一律に凍結される、という前提の制度でもない。
本人が選んだ人へ、将来必要になる特定の代理権を、前もって契約しておく仕組みだ。
任意後見契約に関する法律2条・3条では、法務省令で決めた様式の公正証書で契約することを定めている。
契約の相談や手続の進め方は、日本公証人連合会の案内で確認できる。
和子が今月から支払いを手伝ってほしいなら、財産管理委任等を別に考える。どの契約の、どの権限で支払うかを、金融機関にも確かめよう。
里奈は、契約書の保管場所と、監督人の選任を申し立てる人を、圭介と共有することにした。
任せる仕事は、代理権目録で決める
任意後見人が代わりにできることは、契約の代理権目録で決まる。一般に、次のような仕事を書く。
- 預貯金・証券の管理と支払
- 不動産の管理、賃貸、必要に応じた処分
- 介護・福祉サービス、施設入所、医療費支払等の契約
- 税務、行政、訴訟等に関する手続
ここで一度、目録の「外」を確認しておきたい。
婚姻や遺言等、本人が行う性質の行為を、任意後見人が自動的に代わってできるわけではない。
医療行為そのものへの同意も、医療費の支払いやサービスの契約とは違う。「全部任せる」と合意しても、医療への同意をすべて任せられると考えない。本人の意思を確かめる方法と、病院での支援の進め方を、前もって相談しよう。
任意後見人には、法定後見の成年後見人と同じ取消権が、自動的に生じるわけではない。
本人が判断能力の落ちた状態で結んだ、不利な契約を後から取り消せるかは、任意後見の代理権とは別に確かめる。
似た制度の開始時期と、役割を比べる
似た制度も、始まる時と、任せる仕事を分けて比べよう。
| 制度 | 始まる時と、主な役割 |
|---|---|
| 任意後見 | 開始:事前の契約と、監督人の選任
役割:本人が選んだ人が、契約の範囲で代理する。 |
| 法定後見 | 開始:家庭裁判所の審判
役割:本人の判断能力に応じた代理・同意・取消し等。 |
| 家族信託 | 開始:信託契約等
役割:信託した特定の財産を管理し、引き継ぐ。 |
| 財産管理委任 | 開始:当事者の契約
役割:契約で決めた仕事を任せる。判断能力が低下した後も続けるか、任意後見へどう移るかは、契約と実際の運用を確かめる。 |
法定後見は、判断能力が低下した後に、家庭裁判所が支援する人を選ぶ制度だ。能力に応じた代理、同意、取消し等の役割がある。
候補者を挙げても、その人が必ず選ばれるとは限らない。最終的には家庭裁判所が選ぶ。
家族信託では、信託の対象にした財産を、受託者が管理し、引き継ぐ。
対象外の財産や、本人の介護・医療等の契約を代わりにする仕事は、信託の外に残る。任意後見や法定後見と組み合わせる場合もある。
詳しくは家族信託のメリット・デメリットを参照してほしい。
財産管理委任は、本人が判断できる段階から、契約で決めた仕事を任せる方法だ。定期的に状態を確かめる見守り契約と組み合わせ、後に任意後見へ移る方法もある。
任意後見の契約を作る時から、能力が落ちる前と後を、続けて考えよう。
財産管理委任は、判断能力が落ちたら必ずすべての効力を失う、とも限らない。契約の内容、終了の条件、金融機関の扱いを確かめる。
監督人の選任をいつ申し立てるかを決めよう。契約だけ残って任意後見へ移らず、本人の財産を誰も点検しない期間を作らない。
和子と里奈が同じ遺産の相続人になる等、二人の取り分が対立する行為を「利益相反」という。この場合、任意後見監督人が和子を代表する扱いを確かめる。
家族が里奈を信頼していても、里奈が自分と母の両方の立場で、自由に分け方を決められるわけではない。
契約前に、希望・人・費用を決める
公証役場へ行く前に、整理しておくべき事項がある。これを後回しにすると、契約の中身が実際の生活と合わなくなる。
財産、毎月の収入と支出、生活の状況、医療や介護の希望を書き出そう。
任意後見受任者は、家族でも、専門家や法人でも考えられる。信頼できるか、管理を続ける力があるか、報酬はいくらか、本人と利害が対立しないかを確かめて選ぶ。予備の連絡先も決めよう。
代理権目録の範囲、定期報告の方法、報酬と費用、大切な財産を売る等の条件も決める。
見守り、財産管理委任、遺言や信託と、内容が食い違っていないかも確かめよう。
監督人の選任に必要な書類も調べておく。公正証書の写し、後見登記事項証明書、診断書、財産の資料等を準備する。
契約を作ることと、必要な時に始めることを、一緒に準備しよう。
費用は、契約を作る時、監督人の選任を申し立てる時、開始後に分ける。
開始後の任意後見人の報酬は契約で確認し、監督人の報酬は家庭裁判所の審判で決まる。家族へ頼んでも、すべての費用がゼロになるとは限らない。
説明用に、生活費を月18万円、契約で決めた任意後見人の報酬を月2万円と仮定しよう。この二項目だけで月20万円、年240万円となる。
料金相場や裁判所の報酬の予測ではない。監督人の報酬や臨時の支出も含まない試算だ。和子の預金残高と、毎月入る年金を分け、不足をどう補うかも考えよう。
必要な時に始めるため、手順を共有
契約があっても、監督人を選ぶ申立てが遅れると、その間は任意後見の代理権を使えない。
能力が低下したら、誰が、いつ、どの資料で申し立てるのか。契約を作る時から、関係者と共有しよう。
エンディングノートに契約済みと書くだけでは、家族は手続を進められないかもしれない。
契約書の保管場所、公証役場の名前、受任者の連絡先、申立書類の一覧を、一枚にまとめて受任者と共有しておこう。
契約書がある人は、代理権目録を開き、必要な支払いや契約が範囲に入るかを確かめよう。
まだ契約がなければ、任せる人の候補と財産の状況を書き出す。公証役場や専門家へ、具体的に相談しやすくなる。
里奈は、開始後の支払いについて、領収書と残高、和子の意向と説明した内容、監督人への報告を、どう記録するかを決めた。
圭介へ伝える内容も、和子の意思とプライバシーに配慮して決める。家族への連絡と、監督人による監督は、それぞれ必要だ。
契約を変えたり終えたりする時も、段階を確かめる。監督人を選ぶ前の解除は、公証人の認証を受けた書面で行う。選任後の解除には、正当な事由と、家庭裁判所の許可が必要だ。
和子は、里奈が先に病気になる場合も考え、契約後に見直しを相談する先を残すことにした。
本記事は2026年10月18日時点の制度を説明する。2026年公布の成年後見見直しについては、施行日と経過措置(新しい制度に切り替わるときの特別な扱い)を確認し、未施行の仕組みを現在の代理権の代わりにしない。
ほかにも確認する手続がある場合は、家族信託・成年後見の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
任意後見契約はいつ効力が生じるか
公正証書を作っただけでは任意後見の代理権は発効しない。本人の判断能力が不十分となり、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時に効力が生じる。
任意後見人は本人の契約を取り消せるか
契約で定めた代理権を行使する制度であり、法定後見の成年後見人と同じ取消権が自動的に生じるわけではない。
任意後見人に医療同意を任せられるか
医療行為そのものへの同意は、医療・介護サービスの契約や費用支払の代理とは別に考える。病院、家族、専門家と事前に確認したい。
家族以外を任意後見受任者にできるか
一律に家族へ限定する制度ではない。信頼関係、財産管理能力、継続性、報酬、利益相反を確認して選ぶ。
この記事は一般的な情報を説明するものだ。個別の判断は、相続関係、財産、契約、取引記録などの資料を示して弁護士・税理士へ確認したい。



