スマホから名前を消すのは、一秒で済む。
連絡先を削除。着信を拒否。これで、もう関わらなくていい。少なくとも画面の上では、きれいに片がつく。
ところが、相続の書類はスマホと同期してくれない。
親が亡くなり、戸籍を集める。その紙には、連絡を絶った兄弟も同じ親の「子」として載っている。こちらは十年分の事情を抱えているのに、書類はまったく動じない。この温度差が、絶縁した兄弟との相続をしんどくする。
兄弟との不仲や絶縁だけで、親族関係や相続権が消えるわけではない。絶縁状を送り、公正証書にしても、それだけで法定相続人から外すことはできない。
相続人・遺言・財産・期限を確認し、協議できなければ家庭裁判所の調停・審判へ進む。「関わりたくない」という気持ちと、相続手続をどう動かすかは、分けて考えよう。
絶縁状を公正証書にしても、戸籍は書き換わらない
口で言うだけでは弱い気がする。だから紙にする。さらに公正証書にすれば、今度こそ法的に縁を切れるのではないか。
考えたくなる順番としては、よく分かる。だが、書類を立派にすることと、法律にない効果を生み出すことは別の話だ。
私的な絶縁状、連絡の拒否、「今後は関わらない」という約束。それらを理由に戸籍上の親族関係や法定相続人の地位を消す制度はない。公正証書にしても、そこへ相続権を消滅させる効果が付け足されるわけではない。
誰が相続人になるかは、相続開始時の身分関係と、相続欠格・廃除・相続放棄などを確認して判断する。遺言は、誰がどの財産を受け取るかに関わる。遺言で財産をもらえないことと、相続人の地位を失うことも同じではない。親の相続で兄弟が共同相続人になる場合、不仲な一人を外したまま遺産分割協議を成立させることはできない。実際、一部の共同相続人を除いた協議が無効とされた裁判例もある。
「あの人の名前だけ消して進めよう」は、書類の整理では済まない。やり直しの原因を、自分で作ることになる。
「相続人から外す方法」を探す前に、制度の主語を見る
絶縁で駄目なら、別の方法はないのか。検索を続けると、欠格、廃除、放棄、遺言という言葉が出てくる。
ここで、いったん手を止めてほしい。名前が似た方向を向いていても、誰が、何を理由に、どんな手続をする制度なのかが違う。
相続欠格は、不仲への罰ではない
民法891条は、相続人になることができない事由を定めている。たとえば、被相続人や相続について先順位・同順位の人を故意に死亡させ、または死亡させようとして、刑に処せられた場合。詐欺・強迫で遺言を妨げたりさせたりした場合、相続に関する遺言書を偽造・変造・破棄・隠匿した場合なども、同条が定める事由に含まれる。
ただし、遺言書を破棄・隠匿したという外形だけで、直ちに欠格と決まるわけでもない。最高裁は、相続に関して不当な利益を得る目的がなかった場合には、欠格に当たらないとしている。行為と目的を、資料から確かめる必要がある。
単なる不仲や連絡拒否を、この箱に入れることはできない。「家族としてどうなのか」という評価と、法律上の欠格事由に当たるかは別の判断になる。
廃除の主語は、相続人同士ではなく被相続人
民法892条・893条の廃除は、遺留分を持つ推定相続人から虐待・重大な侮辱を受けた場合や、その他の著しい非行がある場合に、被相続人が家庭裁判所へ請求する制度だ。遺言で廃除の意思を示した場合には、遺言執行者が家庭裁判所へ請求する。
つまり、兄弟の一人が「あいつを外してほしい」と、別の兄弟を一方的に廃除する仕組みではない。被相続人自身の兄弟姉妹は遺留分を持たないため、そもそも廃除の対象にならない。検索で制度名を見つけても、自分が使える手続とは限らないのである。
相続放棄は「何もいらない」の一言では終わらない
相続放棄は、相続が始まった後、相続人本人が家庭裁判所へ申述する手続だ。原則として、自分のために相続が開始したことを知った時から3か月以内に行う。
生前に「相続しない」と約束することや、遺産分割協議で財産を受け取らないこととは違う。財産を受け取らないという協議をしても、それだけで債権者への相続債務を免れるわけではない。家族への宣言と、家庭裁判所で行う相続放棄。この二つを同じものとして進めないことが大切だ。
遺言を考えるときは「誰の相続か」を取り違えない
遺言では、相続分や遺産分割方法を指定し、特定の財産を承継させることができる。ただし、子や配偶者など遺留分を持つ相続人には、遺留分侵害額請求が生じることがある。
一方、被相続人の兄弟姉妹には遺留分がない。兄弟姉妹が法定相続人になる場面なら、適式な遺言で他の人に財産を承継させることが、兄弟姉妹への承継を避ける有力な方法になる。もちろん、遺言で親族関係そのものが消えるわけではない。
ここは検索中に混線しやすい。「兄弟には遺留分がない」という説明を読んでも、親の相続で自分と兄がともに「子」として相続人になる場合には、そのまま当てはめられない。まず紙の一番上に、亡くなったのが誰かを書く。制度の読み違いは、そこから防げる。
仲直りの話を始める前に、相続の話を紙にする
気まずさが先に立つと、最初の連絡文だけで何日も使ってしまう。何から切り出すか。昔のことに触れるか。そもそも、返事が来るのか。
まずは、連絡の中身を作るための確認から始めよう。順番に並べると、少し動きやすくなる。
戸籍を集め、誰と話す必要があるか確定する
被相続人の出生から死亡までの戸籍等を集め、配偶者、子、代襲相続人などを確認する。相続順位によっては兄弟姉妹や、先に亡くなった兄弟姉妹の子である甥・姪が相続人になることもある。普段の付き合いの濃さではなく、戸籍上の身分関係を確かめる作業だ。
遺言と財産を確認する。負債が疑わしければ先に期限を見る
公正証書遺言の有無、自筆証書遺言書保管制度の通知、金融資産、不動産、借入れ・保証債務を確認する。負債が疑われるなら、遺産分割の話より先に相続放棄・限定承認の熟慮期間を管理する。調査が間に合わなければ、期限内に家庭裁判所へ熟慮期間の伸長を申し立てる方法がある。放棄を考えている間は、預金の私的な消費や財産の売却にも注意したい。相続財産の処分は、保存行為などの例外を除き、単純承認とみなされる原因になる。なお、限定承認は共同相続人全員で行う必要があり、一人でできる相続放棄とは違う。
「誰がもらうか」の話に夢中で、そもそも引き継ぐかどうかの判断を後回しにしない。
送るのは、昔の不満の一覧ではなく具体的な提案
被相続人、相続人、財産一覧、希望する分割案、回答期限、連絡方法を簡潔に示す。感情的な経緯を長く書くより、何について返事が必要なのかが伝わる文書にする。
内容証明郵便は、送った内容と時期を記録する方法になる。ただし、内容証明を送っただけで相手の同意ができあがったり、相続権がなくなったりするわけではない。封筒にできる仕事と、できない仕事を分けて考えよう。
話がまとまらなければ、調停・審判へ進む
共同相続人全員の合意が得られなければ、相手を外した協議書を作るのではなく、家庭裁判所へ遺産分割調停を申し立てる。調停で合意できない場合は原則として審判へ移り、裁判所が提出資料や調査結果に基づいて分割方法を判断する。
返事を待ち続ける以外にも、進め方はある。調停の呼出しを相手が無視した場合の流れも確認しておきたい。
返事のない封筒と、宛先のない封筒では、次の手が違う
「連絡がとれない」の一言でも、中身は同じではない。住所は分かるが返事をしないのか。住所自体が分からないのか。生きているかどうかも分からないのか。
住所が分からなければ、戸籍や戸籍の附票などで調査する。請求できる人や必要書類は自治体で確認し、代理人を通じた職務上請求が必要になる場合もある。音信不通の兄弟を探す方法では、調査から連絡までを整理している。
調べても所在が分からない不在者を、そのまま除いて協議することはできない。家庭裁判所に不在者財産管理人の選任を申し立てる方法があり、管理人が遺産分割に参加するには、権限外行為の許可を得る。生死不明が原則7年以上続いているなど民法30条の要件を満たす場合には、失踪宣告も検討対象になる。
同じ「連絡できない」でも、必要な資料と手続が変わる。相談するときも、最後に連絡した時期、判明している住所、調べたことを分けて伝えると、いまどの段階にいるのかを整理しやすい。
話し合いが止まっても、カレンダーは進む
相手の返事が来てから考えよう。そうして机の端に置いた書類にも、期限はある。少なくとも、次の四つは別々に確認しておく。
- 相続放棄・限定承認:原則として、自己のために相続開始があったことを知った時から3か月
- 相続税申告・納付:原則として、被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月(通常は死亡日の翌日から)。申告が必要かどうかも確認する
- 遺留分侵害額請求:相続開始と侵害する贈与・遺贈を知った時から1年、相続開始から10年。2019年7月1日以降に開始した相続についての制度で、それより前の相続は旧法の遺留分減殺請求を確認する
- 相続登記:自己のために相続が始まったことと、不動産の所有権を取得したことを知った日から原則3年
遺産分割が終わらなくても、相続税の申告期限は延びない。未分割のまま申告し、後日の分割後に修正申告や更正の請求をする制度がある。相続登記が期限内に難しい場合は、相続人申告登記も確認する。これは基本的な申請義務に対応するための制度で、遺産分割や所有権移転の登記を済ませるものではない。
2024年4月1日より前に相続で取得したことを知った不動産は、原則として2027年3月31日が登記の期限になる。また、遺産分割が後から成立した場合には、その成立日から3年以内の登記義務にも注意したい。「昔の相続だから関係ない」とはならないのである。
長年の関係を、今日一日で整理する必要はない。まず整理するのは、戸籍、遺言、財産、期限。そして、どこで手続が止まっているか。
スマホの連絡先を戻すかどうかを悩む前に、できる確認がある。そこから始めてみよう。直接の連絡が負担なら、そのことも含めて、手元の資料と今の状況を相談時に伝えればいい。
公的資料・裁判例
- e-Gov法令検索「民法」(25条、30条、891条〜893条、907条、915条、938条、1048条等)
- 裁判所「相続の放棄の申述」
- 京都家庭裁判所「遺産分割調停」
- 裁判所「不在者財産管理人の権限外行為許可」
- 国税庁No.4208「相続財産が分割されていないときの申告」
- 法務省「相続人申告登記について」
- 東京地裁昭和39年5月7日判決(下民集15巻5号1035頁)
- 最高裁平成9年1月28日判決(民集51巻1号184頁)
- 法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」
よくある質問
兄弟の縁を切る法的手続はありますか
私的な絶縁状や連絡拒否だけで、兄弟姉妹の戸籍上の関係を消す一般的な手続はない。相続人の地位は欠格・廃除・相続放棄などの制度、財産の承継先は遺言の内容などを分けて確認する。
絶縁状を公正証書にすれば相続権は消えますか
絶縁状を公正証書にするだけでは消えない。公正証書という形式を選んでも、法律上の欠格・廃除・相続放棄などの要件や手続に代わるものにはならない。
絶縁中の兄弟を除いて遺産分割協議をできますか
共同相続人である兄弟を、絶縁を理由に外して協議を成立させることはできない。協議ができなければ、遺産分割調停・審判を利用する。
兄弟姉妹にも遺留分はありますか
被相続人の兄弟姉妹には遺留分がない。一方、親の相続で兄弟がいずれも子として相続人になる場合には、子としての遺留分が問題になる。誰の相続なのかを区別して考えよう。
住所が分からない兄弟を除外できますか
住所が分からないことだけで除外はできない。戸籍・戸籍の附票等で調査し、所在不明なら不在者財産管理人の選任と権限外行為許可、要件を満たす場合には失踪宣告を検討する。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務判断ではありません。相続順位、遺言、欠格・廃除、放棄、連絡状況によって対応は異なります。



