遺言書に納得できないとき、相続人に残された2つの対抗手段

「遺言書に納得できない」とは、被相続人が残した遺言書の内容が特定の相続人に著しく偏っていたり、作成経緯に疑問がある場合に、他の相続人が異議を唱えたいと感じる状況とされています。

結論から言うと、遺言書に納得できない場合でも「遺留分侵害額請求権」や「遺言書の無効確認」といった法的な対抗手段が存在する可能性があり、いずれも時効・手続き期限があるため、早期に状況を整理しておくことが重要とされています。

遺言書というものは、開封するまでは、ただの紙だ。

しかし一度読み上げられた瞬間、それは「故人の最後の意思」という絶対的な重力を帯び、部屋の空気をまるごと塗り替える。そして多くの場合、誰かが静かに息を飲む。

「……これ、本当に父が書いたのか?」

困り顔

遺言書を見た瞬間、頭が真っ白になった。これって、どうにかならないのか……?

その疑問は、決して珍しくない。遺言書の内容に納得できないまま、しかし「遺言書があるんだから仕方ない」と諦める必要も、実はないのだ。

で、結論から言うと──遺言書は絶対ではない

で、結論から言うと、遺言書があるからといって、すべての話がそこで終わるわけではない。

日本の民法は、一定の相続人に対して「最低限もらえる財産の割合」を保障している。これが「遺留分(いりゅうぶん)」だ(民法1042条)。どれだけ一方的な遺言書が存在しようとも、遺留分を侵害された相続人は「遺留分侵害額請求権」を行使できる可能性がある。

さらに言えば、遺言書そのものを「無効」にできるケースも存在する。作成時に認知症が疑われた、あるいは形式に不備があった、といった事情だ。

つまり、選択肢は「受け入れる」だけではないのだ。

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遺言書に納得できない理由は、大きく2パターンに分かれる

まず、自分が「なぜ納得できないのか」を整理することが、すべての出発点になる。感情をいったん脇に置いて、冷静に分類してほしい。

図解

パターンA:内容への不満──遺留分侵害の可能性

「特定の一人に全財産」「自分だけ極端に少ない」。このような場合、遺言書自体は有効であっても、遺留分侵害額請求権という形で対抗できる可能性がある。

  • 遺留分の割合:法定相続人が子の場合、法定相続分の2分の1が遺留分とされている(民法1042条)
  • 請求の時効:相続開始と遺留分侵害を知った時から1年、もしくは相続開始から10年で消滅(民法1048条)
  • 請求方法:相手方への内容証明郵便による意思表示が一般的な出発点とされている

「1年」という数字が見えただろうか。これ、油断していると瞬殺される期限だ。「いつか動こう」が命取りになる典型例である。

パターンB:作成プロセスへの疑問──遺言書の無効を争う可能性

「亡くなる直前、認知症が進んでいたのに遺言書が出てきた」「筆跡が明らかにおかしい」。こちらは遺言書の有効性そのものを疑う方向性だ。

  • 遺言能力の欠如:遺言作成時に意思能力がなかったと認められれば、遺言書は無効とされる可能性がある(民法963条)
  • 形式不備:自筆証書遺言であれば、全文・日付・氏名の自書と押印が要件(民法968条)。一つでも欠ければ無効になり得る
  • 偽造の疑い:筆跡鑑定や医療記録の収集が、主な対応手段として挙げられる

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「納得できない」と感じたら、まず動くべき5つのステップ

図解

感情の整理は後でいい。まず「事実の棚卸し」から入るのが、この局面で最も頭が冷える方法だ。

  1. 遺言書の種類を確認する
    自筆証書遺言か、公正証書遺言か。自筆証書遺言は形式不備を問いやすいが、公正証書遺言は公証人が関与しているため無効主張のハードルが高くなる傾向がある。
  2. 遺言書の検認手続きを確認する
    自筆証書遺言(法務局保管制度を除く)は、家庭裁判所での検認が必要とされている(民法1004条)。検認未了のまま開封・執行すると5万円以下の過料の対象になる可能性があるため、この手順を飛ばしていないか確認が必要だ。
  3. 遺言作成当時の状況を記録する
    認知症が疑われる場合、介護記録・医療記録・かかりつけ医の診断書が重要な証拠になり得る。この記録収集が「早ければ早いほど良い」理由のひとつだ。
  4. 遺産の全体像を把握する
    遺留分の計算は「相続財産の総額」が基準になる。プラスの財産だけでなく、生前贈与(特別受益)も一定期間分は持ち戻しの対象になる可能性がある(民法1044条)。財産を把握せずに「損か得か」は判断できない。
  5. 相続人全員の構成を整理する
    遺産分割協議は相続人全員の合意が必要であり、一人でも欠けると無効になる(民法907条)。まず「誰が相続人か」を戸籍で確定させることが先決だ。

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「遺留分」と「無効主張」、どちらで動くかの判断基準

ここが最も重要な分岐点だ。選択を間違えると、時間とエネルギーを大量に投入した末に「手ぶら」という、非常に渋い結末を迎えることになる。

  • 遺言書の内容は正当だが財産配分が偏っている → 遺留分侵害額請求で対応が現実的
  • 遺言書の作成プロセス自体に重大な疑義がある → 遺言無効確認訴訟という選択肢が浮上する
  • 両方の疑義がある → 証拠の強さを冷静に評価してから判断する

遺留分侵害額請求は「遺言書を認めた上で、金銭で補填してもらう」という請求だ。対して遺言無効確認訴訟は「この遺言書は最初からなかったことにしてほしい」という正面突破である。ハードルも、かかる時間も、後者の方が格段に重くなる傾向がある。

どちらが自分の状況に合っているかは、証拠の量と質、そして財産額との比較で変わってくる。感情ではなく「算数」で判断するのが、この局面での正解に近いアプローチだ。

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よくある質問

遺言書に納得できない場合、相続を拒否することはできますか

相続自体を放棄することは可能ですが(民法938条、家庭裁判所への申述が必要)、相続放棄をすると遺留分侵害額請求権も行使できなくなる可能性があるとされています。「遺言書の内容が不満だから放棄する」という選択は、財産全体を失うことに等しい場合があるため、慎重な判断が求められます。

遺留分はどの相続人にも認められますか

遺留分が認められるのは、配偶者・子(およびその代襲相続人)・直系尊属(父母・祖父母)に限られています(民法1042条)。兄弟姉妹には遺留分が認められていない点にご注意ください。

遺言書の無効を主張するには、どのような手続きが必要ですか

遺言書の無効確認は、家庭裁判所への調停申立てから始まり、合意が得られなければ地方裁判所での訴訟へ移行するケースが多いとされています。作成時の遺言能力を証明するためには医療記録・介護記録などの客観的証拠が重要になる可能性があります。

遺留分侵害額請求の時効はいつから始まりますか

遺留分侵害額請求権の時効は、相続開始および遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年とされています(民法1048条)。また、これらの事実を知らなくても相続開始から10年が経過すると権利が消滅するとされています。

公正証書遺言でも無効にできますか

公正証書遺言は公証人が関与しているため形式不備による無効は生じにくいとされていますが、遺言作成時の意思能力の欠如が立証できる場合は無効主張が認められる可能性があります。証拠収集のハードルは自筆証書遺言より高くなる傾向がある点は念頭に置いておく必要があります。


遺言書を前にして、怒りと悲しみと疑問が混ざり合った状態で、それでも「次に何をすべきか」を考えなければならない。それが相続というものの現実だ。

しかし知っておいてほしいのは、感情を飲み込んで冷静に動いた人間には、確かに選択肢が残されているということだ。遺留分という権利も、無効という論点も、「知っていれば使えた」ものにすぎない。

ホッとした顔

選択肢があるってわかっただけで、少し頭が整理できた気がする。

まず「自分はパターンAとBのどちらか」を確認する。次に「証拠になり得るものを集める」。そして「時効の起算点から逆算して、いつまでに動くか」を決める。この3ステップだけで、霧の中だった状況が、驚くほどクリアに見えてくるはずだ。

けっこう大事な話でした。伝わりましたかね。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。

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