相続した実家に兄弟が住み続けていても、遺産分割の前は、その兄弟も家の共有者である。持分の多い側でも、直ちに追い出せるとは限らない。家賃(使用料)は請求できる場合があるが、親と生前から同居していた兄弟には、遺産分割までは無償で住めると判断されることがある。
実際の決着は、遺産分割で「誰が家を取得するか」を決めることでつくのが基本だ。この記事では、使用料を請求できるかの分かれ目、金額を考える要素、通知の文例、調停・審判までの流れを順に確認する。
遺産分割前は、住んでいる兄弟も共有者
相続人が複数いると、遺産は相続人の共有になる(民法898条1項)。共有の持分は、法定相続分などで算定した相続分が基準になる(同条2項)。
親が亡くなった時点で、実家は兄弟全員の共有になっているということだ。
各共有者は、共有物の全部について、持分に応じた使用ができる(民法249条1項)。住んでいる兄弟は、他人の家に勝手に住んでいるのではなく、自分も権利を持つ家を使っている。
そのため「出て行け」と言うだけで、法的に退去させられるわけではない。
2023年4月施行の改正で、共有物を使う共有者がいる場合でも、使い方などの管理に関する事項は持分の価格の過半数で決められることが明文化された(民法252条1項)。
ただし、多数で決めても、住んでいる兄弟が自分から出なければ、最終的には裁判所の手続が必要になる。その中で同居の経緯などが争われるので、持分の多い側がすぐに明渡しを認めてもらえるとは限らない。親と同居していた兄弟のように無償で住む合意(使用貸借)がある場合は、過半数の決定だけではその権利を消せないと説明されている。
まず、住んでいる経緯を次の表で確かめておく。どこに当てはまるかで、請求できる内容が変わる。
| 確認すること | 使用料・明渡しへの影響 |
|---|---|
| 親の生前から、親の許可を得て一緒に住んでいたか | 遺産分割までは無償で住める約束(使用貸借)があったと推認されやすい |
| 親の死亡後に引っ越してきたか | 上の推認の前提を欠くので、使用料の請求を検討しやすい |
| 遺言で、家を誰が取得するか決まっているか | 遺産分割を待たずに所有者が決まるので、別に検討が必要 |
| 住んでいるのは兄弟か、親の配偶者か | 配偶者には配偶者短期居住権という別の制度がある |
| 家族の間で、使用料や住む期間を取り決めたか | 取り決めがあれば、まずその内容に従う |
| 固定資産税や修繕費を誰が払っているか | 使用料の金額や、遺産分割での精算に影響する |
家賃・使用料を請求できるか
民法249条2項は、共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自分の持分を超える使用の対価を償還する義務を負うと定める。2023年4月の改正で加わった規定だ。
兄弟の一人が実家全体を使っているなら、他の兄弟は、持分を超える部分の使用料を求める根拠になり得る。
一方、最高裁平成8年12月17日判決(第三小法廷)は、親の生前から親の許諾を得て遺産の建物で同居してきた相続人について判断した。特段の事情がない限り、相続開始後も遺産分割で所有関係が確定するまでは無償で使わせる合意があったと推認され、使用貸借の関係が続くとした。
この判決は、その使用が使用貸借に基づくなら、他の相続人からの賃料相当額の不当利得返還請求は理由がないとし、審理を尽くさせるため高裁へ差し戻している。
つまり、親と同居していた兄弟については、無償で住む合意が、249条2項の「別段の合意」に当たると説明されている。そうなると、遺産分割が終わるまでの使用料請求は認められにくい。
逆に、親の死亡後に入居した場合や、同居していても親の許可がなかったと言える事情がある場合は、使用料を請求する余地が広がる。
「特段の事情」として何が認められるかは事案ごとに異なり、一律には決まらない。たとえば、親が生前に別の扱いを書面で示していたか、遺言の内容はどうかなどが検討される。
請求を始める前に、同居の時期と経緯が分かる資料(住民票、郵便物、親とのやり取り)をそろえておく。
使用料の目安を考える要素と計算例
使用料を請求できる場合でも、金額を決める一律の計算式はない。話し合いや裁判では、次のような要素が考慮される。
- 同じ地域・広さの家を借りた場合の相場賃料(不動産会社の査定や賃料の資料)
- 請求する人と住んでいる人の持分の割合
- 住んでいる兄弟が負担した固定資産税、修繕費、管理費
- 家の古さや、そのまま賃貸に出せる状態か
- 請求する期間(いつからいつまでか)
例:都内の一戸建て(架空)で、近隣の相場賃料を月25万円とする。相続人は兄弟3人で持分は各3分の1、長男が一人で住み、固定資産税年36万円を長男が払っているとする。
| 項目 | 計算 | 金額(月あたり) |
|---|---|---|
| 弟1人の持分に当たる賃料 | 25万円 × 1/3 | 約8.3万円 |
| 弟1人が負担すべき固定資産税 | 36万円 ÷ 12か月 × 1/3 | 1万円 |
| 差し引きの請求の目安 | 8.3万円 − 1万円 | 約7.3万円 |
これはあくまで考え方の例だ。家族が住む前提で賃料を低く見るか、修繕費をどう扱うかで金額は変わる。
また、長男が親と生前から同居していた場合は、前の章のとおり、遺産分割までの請求自体が認められないことがある。
固定資産税は、共有物について共有者が連帯して納付する義務を負う(地方税法10条の2第1項)。管理の費用や共有物に関する負担は、持分に応じて負う(民法253条1項)。
立て替えた税金の精算は使用料とは別の請求なので、領収書を残しておく。詳しくは相続と固定資産税|遺産分割前の納税義務・代表者・精算方法で確認できる。
住んでいるのが配偶者なら別の制度がある
住んでいるのが兄弟ではなく、亡くなった親の配偶者(たとえば母)である場合は、配偶者短期居住権を確認する。
配偶者が、被相続人の建物に相続開始時に無償で住んでいた場合、一定の期間、その建物を無償で使う権利を持つ(民法1037条1項)。
配偶者も含めて遺産分割をする場合、その期間は、遺産分割で建物の帰属が確定した日か、相続開始から6か月を経過する日の、いずれか遅い日までだ(同項1号)。
法律で直接与えられる権利なので、平成8年判決のように「同居の経緯から合意を推認する」という段階を踏まない。
| 比較 | 配偶者短期居住権 | 同居していた子の使用貸借 |
|---|---|---|
| 対象 | 被相続人の配偶者 | 被相続人と同居していた相続人(子など) |
| 根拠 | 民法1037条(法律が定める権利) | 被相続人との合意の推認(最高裁平成8年12月17日判決) |
| 期間の目安 | 帰属確定日と相続開始から6か月の遅い方まで | 遺産分割で建物の帰属が確定するまで |
| 否定される場面 | 配偶者居住権を取得した、相続欠格・廃除など(同項ただし書) | 合意を否定する「特段の事情」がある場合 |
兄弟には配偶者短期居住権はない。兄弟が住む場合は、平成8年判決の枠組みと民法249条2項で考えることになる。
遺産分割で決着させる方法と手続の流れ
住み続ける問題は、遺産分割で家の行き先を決めれば整理される。遺産分割は、遺産の種類や性質、各相続人の年齢、職業、生活の状況その他一切の事情を考慮して行う(民法906条)。
主な選択肢は次の三つだ。
住み続けられる。代償金を用意できるかが分かれ目。
公平に分けやすいが、住んでいる兄弟は退去が必要になる。
今は揉めにくいが、使用料や次の相続の問題が残る。
遺産分割までの使用料と固定資産税の精算は、どの方法を選ぶ場合も、合意書に一緒に書いておく。
例:家の評価額を9,000万円(架空)とし、兄弟3人で分けるなら、長男が取得して弟2人に各3,000万円を払う形が考えられる。ほかの遺産や特別受益があれば、金額は変わる。
代償金の決め方は代償分割のやり方|不動産相続と代償金の決め方で確認できる。
話し合いがまとまらなければ、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てる。申立先は、相手方のうち一人の住所地の家庭裁判所か、当事者が合意で定める家庭裁判所だ。
調停が成立しないときは、調停の申立て時に審判の申立てがあったものとみなされ、審判に移る(家事事件手続法272条4項)。
審判では、家庭裁判所が当事者に、金銭の支払、物の引渡し、登記義務の履行などを命じることができる(家事事件手続法196条)。給付を命じる審判は、執行力のある債務名義と同一の効力を持つ(同法75条)。
家を別の相続人が取得すると決まれば、住んでいる兄弟に引渡しを命じてもらう道がある。申立ての準備は遺産分割調停の申立て方法|申立先・必要書類・費用・審判への流れを参照。
反対に、遺産分割の前に地方裁判所へ明渡し請求訴訟を起こすのは、難しい場面が多い。住んでいる兄弟にも持分があり、親と同居していたなら使用貸借が推認され得るからだ。
また、遺産分割をすべき共有物は、原則として、地方裁判所の共有物分割の手続で分けられない(民法258条の2第1項)。まず遺産分割の手続に乗せることが近道になりやすい。
使用料や立て替えた固定資産税は、亡くなった親の遺産そのものではない。相続人全員が合意すれば調停で一緒に話し合えることもあるが、合意できなければ、原則として遺産分割とは別に、地方裁判所での不当利得返還請求などの民事訴訟で解決することになる。
関連する手続は、相続不動産の共有を解消する方法|遺産共有・持分売却・分割手続からも確認できる。
「使用料を払ってほしい」と伝える通知の文例
最初の連絡は、追い出すための通告ではなく、遺産分割の話し合いを始めるための申し入れにする。感情的な言葉を避け、根拠と期限を書く。
受け取った日が分かるよう、配達記録の残る方法で送るとよい。
次は、親の死亡後に入居した兄弟へ送る場合の文例だ。親と生前から同居していた兄弟には、使用料の部分を「遺産分割の方法の相談」に置き換える。
実家の使用と遺産分割についてのお願い
〇〇〇〇様
父〇〇〇〇(令和〇年〇月〇日死亡)の遺産である〇〇区〇〇の土地建物は、遺産分割が済んでいないため、現在、相続人3名の共有となっています。
あなたが令和〇年〇月から、この建物の全部を使用していることについて、民法249条2項に基づき、私の持分(3分の1)を超える使用の対価のお支払いについて協議をお願いします。近隣の賃料の資料をもとに、月額〇万円を一つの目安として考えています。
あわせて、立て替えている固定資産税の精算と、建物を誰が取得するかの遺産分割について話し合いたいと考えています。
令和〇年〇月〇日までに、ご都合のよい日時か、書面でのお考えをお知らせください。お返事がない場合は、家庭裁判所の遺産分割調停の利用も検討します。
令和〇年〇月〇日 〇〇〇〇(住所・連絡先)
金額を書くなら、相場賃料の資料と計算の根拠を添える。根拠のない高い金額は、話し合いを止める原因になる。
相手が支払を拒んだり返事をしなかったりしても、鍵の交換や荷物の搬出など、実力で追い出す行為はしない。自分で強制的に退去させることは認められず、かえって責任を問われるおそれがある。
よくある質問
兄弟が住んでいる家の場合、相続はどうなるか
遺産分割が終わるまでは、住んでいる兄弟を含む相続人全員の共有になる。誰が取得するかは遺産分割で決め、住む兄弟が取得して代償金を払う、売却して分けるなどの方法がある。
相続で実家を追い出される可能性はあるか
遺産分割前に、他の兄弟が一方的に追い出すことは難しい。ただし、遺産分割で別の相続人が家を取得し、審判で引渡しが命じられれば、退去しなければならないことがある。
親と同居していた兄弟に家賃を請求できるか
親の許諾を得て生前から同居していた場合、遺産分割までは無償で住める使用貸借があったと推認されることがあり、請求は認められにくい。親の死亡後に入居した場合などは、民法249条2項に基づく使用料を請求できる余地がある。
確認に使える資料
- e-Gov法令検索:民法(249条、252条、253条、258条の2、898条、906条、1037条)
- 裁判所:最高裁平成8年12月17日第三小法廷判決(同居相続人と使用貸借)
- e-Gov法令検索:家事事件手続法(75条、196条、272条)
- e-Gov法令検索:地方税法(10条の2)
- 裁判所:遺産分割調停
- 法務省:残された配偶者の居住権を保護するための方策
2026年10月31日時点の一般的な説明である。例の金額は説明用の架空のもので、実際の相談事例ではない。具体的な判断は資料と事情を確認して行う。



