親の介護費用・入院費・施設費を子が立て替えていた場合、「親のために親の費用を払った」ことと「返してもらう前提だった」ことを資料で示せれば、親への立替金(親の債務)として、相続人全員が合意すれば遺産分割の中で精算できる。ただし、扶養や贈与として払ったと見られる分は返還の根拠になりにくく、無償の介護そのものは立替金ではなく寄与分の問題になる。
精算の方法は、相続人全員の合意で遺産から先に戻すのが基本だ。合意できないときは、遺産分割とは別に、各相続人へ相続分に応じた支払を求めることになる。相続税の債務控除や準確定申告の医療費控除も、支払った時期と払った人で扱いが分かれる。
立替金・寄与分・扶養の三つを分ける
子が親のために支出したお金や労力は、法律上の性格が一つではない。返してもらえるか、どの手続で主張するかは、どれに当たるかで変わる。
立替金は、本来は親が払うべき費用を、子が代わりに払ったものだ。親から頼まれて払ったなら委任の費用償還(民法650条)、頼まれずに親のために払ったなら事務管理の費用償還(民法702条)が根拠として考えられる。いずれも、親に対する返還請求権であり、親が亡くなると相続人に引き継がれる親の債務になる(民法896条)。
| 区別 | 中身 | 相続での扱い | 主な根拠 |
|---|---|---|---|
| 立替金 | 親の費用を子が代わりに払い、返してもらう前提だった | 親の債務として、遺産から返すか、相続人が相続分に応じて負担 | 民法650条・702条・896条・899条 |
| 寄与分 | 無償の療養看護や財産上の給付で、親の財産の維持・増加に特別の寄与をした | 寄与した相続人の相続分を増やす。協議か家庭裁判所で定める | 民法904条の2 |
| 扶養・贈与 | 子が扶養の一環として、または返してもらうつもりなく払った | 原則として返還請求の根拠になりにくい | 民法877条・879条 |
同じ月15万円の施設費でも、親に十分な預金があり「後で返す」と言っていたなら立替金に近い。親に払う余裕がなく、子が自分の判断で負担していたなら、扶養と見られやすい。
直系血族は互いに扶養する義務がある(民法877条)。扶養の程度は、扶養を受ける人の必要と扶養する人の資力などで決まる(民法879条)。そのため「親の費用を払った」だけでは、立替金か扶養かは一律に決まらない。
介護に通った時間や労力は、それ自体は立替金ではない。寄与分として主張するもので、計算の考え方は介護の寄与分の計算方法で確認できる。費用の支払も寄与分の「財産上の給付」として主張する余地はあるが、立替金と寄与分で同じ支出を二重に数えないよう整理する。
扶養として払った分でも、兄弟の一人が自分の負担分を超えて出していたなら、家庭裁判所の扶養の審判で、ほかの兄弟に過去の扶養料の分担を求める道がある。この場合は、各兄弟の資力などを考えて負担の割合が決められる。
相続人ではない子の配偶者が介護した場合は、特別寄与料(民法1050条)の対象が「無償で療養看護その他の労務の提供」とされている。お金の立替は、特別寄与料ではなく立替金として別に整理するのが自然だ。特別寄与料には請求期間の制限もある(同条2項)。
立替金として精算するために残す資料
立替金として認めてもらうには、二つのことを示す。一つは「親の費用を、子のお金で払った」こと。もう一つは「贈与や扶養ではなく、返してもらう前提で払った」ことだ。
前者は請求書や振込記録で示しやすい。後者は資料が残りにくく、兄弟の間で争いになりやすい点だ。
| 確認する点 | 残す資料の例 |
|---|---|
| 請求の宛先が親か | 病院・施設の請求書、利用契約書(契約者・利用者の名義) |
| 子の口座やカードから払ったか | 子名義の通帳の振込記録、クレジットカード明細、領収書 |
| 親の口座から払っていないか | 親名義の通帳の同じ時期の出金履歴 |
| 返す約束があったか | 親のメモ・手紙・メール、親が一部を返した記録、立替の一覧に親が署名したもの |
| 親に払う資力があったか | 親の預金残高、年金額の通知 |
| 金額と期間の一覧 | 月ごとの立替表(日付・支払先・金額・資料番号) |
| 兄弟に伝えていたか | 立替を知らせたLINE・メール、家族の話し合いのメモ |
親の通帳やカードを子が預かって支払っていた場合は、立替金ではない。親のお金の管理であり、使い道を説明する側に回る。その整理は相続の使途不明金を立証する証拠が参考になる。
立替金の請求権には消滅時効がある。権利を行使できると知った時から5年、行使できる時から10年が原則だ(民法166条)。2020年3月31日以前に生じた立替金には、改正前の民法の期間(原則10年)が適用される。古い立替分は、いつ返す約束だったかも含めて確認しておく。
遺産分割協議で精算する方法と、合意できないとき
立替金は親の債務なので、相続人全員が認めれば、遺産分割協議の中で遺産から先に返すと決められる。協議書には、立替の総額、返す財産(預金など)、立替をした相続人を明記する。
例:遺産が預金1,200万円、相続人は子A・Bの二人(相続分は各2分の1)、Aが300万円を立て替えていたとする。預金からAへ300万円を戻し、残り900万円を半分ずつ分けると、Aは750万円、Bは450万円を受け取る。
遺産から戻さずに債務を相続分で分けた場合も、結果は同じになる。300万円の債務のうちAの負担分150万円は、債権者と債務者が同じ人になるので消える(民法520条)。BがAへ150万円を払い、遺産を600万円ずつ分ければ、やはりAは750万円だ。
合意できない場合、立替金の請求権は、原則として相続分に応じて各相続人に分かれて引き継がれると考えられている(民法899条・427条)。遺産分割の調停では話し合いの対象にできることがあるが、審判で債務の精算まで決めてもらえるとは限らない。
その場合は、遺産分割とは別に、他の相続人へ相続分に応じた支払を求める(交渉、民事調停、訴訟など)ことになる。相手が「扶養として払ったものだ」と争うときは、前の章の資料が決め手になる。
兄弟へ精算を提案する文例
立替金の精算は、遺産分割の話し合いの前に、一覧と資料を添えて書面で伝えると食い違いを減らしやすい。請求ではなく「確認と提案」の形にし、相手が資料を見て意見を言える余地を残す。
次は、兄弟へ送る手紙の例だ。金額や期間は実際の資料に合わせて書き換える。
〇〇へ
父の遺産分割の前に、私が父のために立て替えた費用を確認してほしい。〇年〇月から〇年〇月までの施設利用料と入院費で、合計〇〇万円になる。月ごとの一覧と、請求書・振込記録の写しを同封する。
このうち、父が「あとで返す」と書いたメモがある〇年〇月以降の分を、立替金として遺産の預金から先に戻すことを提案したい。それ以前の分は、私が父を助けるつもりで出したものとして、精算に含めない。
一覧の中で疑問のある項目があれば、〇月〇日までに知らせてほしい。資料を一緒に確認したうえで、遺産分割協議書に書き入れたい。
扶養として出した分を自分から外すと、残りの立替金について話がまとまりやすいこともある。どこまでを立替とするかは、資料のある範囲から考えるのが現実的だ。
亡くなった後に払った入院費・施設費・葬儀費用
同じ入院費でも、いつ発生し、いつ誰が払ったかで性格が変わる。生前に子が払った分、死亡時に未払いだった分、死亡後に新たに生じた葬儀費用を分けて記録する。
立替金か、扶養・贈与か。立替金なら、親が子に負っていた債務として相続人に引き継がれる。
もともと親の債務(未払金)。子が払えば、他の相続人の負担分を代わりに払ったことになり、精算を求めやすい。
親の債務ではない。誰が契約し、家族で誰が負担するかを別に考える。
①と②は親の債務として相続の精算に入る。③は性格が違うので、同じ一覧に混ぜない。
②の死亡後に届いた入院費や施設の最終月の利用料は、請求書の対象期間で死亡前の分かを確認する。死亡前の利用分なら親の未払債務であり、払った相続人は他の相続人へ相続分に応じた負担を求めることが考えられる。
③の葬儀費用は、契約者や家族の合意で負担が決まるもので、扱いは葬儀費用は誰が払うかで整理している。親の死亡後に親の預金を引き出して払う場合は、相続放棄を考えているかどうかも先に確かめる。
関連する手続は、遺産分割協議書の書き方|必要書類・記載例・不備対策からも確認できる。
相続税の債務控除と、準確定申告の医療費控除
相続税では、被相続人が死亡したときに現にあった債務(借入金や未払金など)で、確実と認められるものを遺産総額から差し引ける。死亡時に未払いだった入院費や施設利用料は、この未払金として債務控除の対象になりうる。
子が生前に立て替えた分について、親が子に返す債務が確実にあったと認められれば、同じく債務になりうる。国税庁の通達は、債務が確実かどうかに書面の証拠は必ずしも必要ないとしている(相続税法基本通達14-1)。ただ、扶養や贈与と区別できる資料がなければ、確実な債務と認められにくい。申告での扱いは、税理士や税務署に資料を示して確認したい。
反対に、子が扶養として親の治療費や生活費を必要な都度払った分は、通常必要と認められる範囲で贈与税がかからないとされている。立替金として債務控除を受けるのか、扶養として払ったのかで、説明が食い違わないように整理する。
所得税の医療費控除は、払った人とその時期で分かれる。準確定申告で親の医療費控除の対象になるのは、死亡の日までに親が支払った医療費だ。死亡後に相続人が支払った医療費は、相続財産から払っても親の準確定申告には含められない。
国税庁の質疑応答事例では、死亡後に長男が払った父の入院費について、治療を受けた時に長男と父が生計を一にしていれば、長男の医療費控除の対象になるとしている。施設費のうち医療費控除の対象になる部分は施設の種類や費用の内容で異なるので、領収書の内訳を確認する。債務控除の範囲は相続税の債務控除で確認できる。準確定申告は、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に行う。
よくある質問
介護費用を相続人が立て替えていた場合、相続財産はどうなるか
立替金と認められれば親の債務になり、遺産から先に返すか、相続人が相続分に応じて負担する。扶養や贈与と見られる分は、原則として精算の対象になりにくい。
介護費用は遺産相続の対象になるか
支払済みの介護費用そのものは遺産ではない。親の預金から払った分は遺産が減っており、子が立て替えた分は親の債務として計算に入る。死亡時に未払いの分は相続債務になる。
立て替えた介護費用は相続税の債務控除の対象になるか
親が子に返す債務が確実と認められれば、債務控除の対象になりうる。扶養と区別できる資料が必要になるので、税理士や税務署に資料を示して確認する。
確認に使える資料
- e-Gov法令検索:民法(650条・702条・877条・879条・896条・899条・904条の2・1050条など)
- 国税庁:No.4126 相続財産から控除できる債務
- 国税庁:相続税法基本通達 第13条・第14条関係
- 国税庁:No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)
- 国税庁:質疑応答事例「死亡した父親の医療費」
- 国税庁:No.1120 医療費を支払ったとき(医療費控除)
- 国税庁:No.4405 贈与税がかからない場合
2026年10月31日時点の一般的な説明である。例の金額は説明用である。具体的な判断は資料と事情を確認して行う。



