任意後見は、契約の意味を理解して選べるうちに、将来頼む人と仕事を決める仕組みだ。法定後見は、必要な支援に合わせて、家庭裁判所が後見人・保佐人・補助人を選ぶ。
どちらも、家族が本人の財産を自由に使うための制度ではない。以下は、説明用の架空の家族の話だ。
母の洋子は、毎月の支払いをノートにつけていた。電気代、通院代、庭の手入れ代。「今は自分でできる。でも、これが分からなくなったら、誰に頼めばいいの」。食卓でそう聞かれ、娘の真紀は「私が通帳を預かるよ」と答えた。
洋子は首を振った。「預けたいのは通帳だけじゃない。どこまで頼むか、自分で決めておきたい」。息子の悠平も気になった。姉を疑っているわけではない。ただ、母に代わってお金を動かすなら、何のためにいくら使ったか、誰が確かめるのだろう。
なぜ後見があるのか――通帳を預かるだけでは解決しないこと
もし、本人が契約の内容を理解できなくなっても、周囲の誰でも代わりに契約できるとしたらどうなるか。必要な支払いを助けられる一方、本人の希望と違う高額な契約まで「家族だから」で進んでしまいかねない。反対に、本人しか手続できないとすれば、必要な施設や介護サービスの契約が進まないこともある。
そこで、誰が、どんな権限で本人を支えるかを明らかにし、その仕事を確かめる仕組みが用意されている。本人が分かること、決められることは大切にし、必要な部分を支える。家族の手続を早く終えるためだけに、本人を話し合いの外へ出す仕組みではない。
真紀が洋子の通帳と印鑑を持っていても、それだけで銀行の手続や家の売却を代理できるとは限らない。通帳を持つことと、法律上の代理権があることは別なのだ。
任意後見と法定後見の違いを、母の支払いに当てはめる
| 比べる点 | 任意後見 | 法定後見 |
|---|---|---|
| 準備する時 | 本人が契約を理解して選べるうちに、将来の支援を契約する | 本人の判断能力と、必要な支援に応じて申し立てる |
| 支える人 | 本人と相手が合意して決める。監督人は裁判所が選ぶ | 裁判所が選ぶ。家族の候補が選ばれるとは限らない |
| できる仕事 | 契約で決めた代理権の範囲。取消権はない | 後見・保佐・補助で異なる。保佐・補助の代理権は、別の審判も確認する |
| 始まる時 | 判断能力が不十分になり、監督人が選ばれた時 | 後見等を始める審判が効力を生じた時 |
洋子が今、契約の意味や結果を理解して真紀に頼めるなら、任意後見を検討できる。ただし、契約を作った日から真紀が任意後見人として支払いを始めるわけではない。ここを飛ばすと、「準備したのに、今の支払いを頼めない」という食い違いが起きる。
「今のうちに決める」任意後見は、契約と開始が二段階になっている
第一段階:誰に、何を頼むかを公正証書で決める
洋子が将来、預金の出し入れや施設の契約を、一人で判断しにくくなる場合に備える。真紀に頼む仕事と、本人に代わって手続をする代理権を、契約に書く。
任意後見契約は、公証人が作る公正証書にする必要がある(任意後見契約に関する法律2条・3条)。
「何でも任せる」と急いで署名する前に、銀行で頼む取引、医療・介護の契約、報酬等を整理しよう。自宅の処分を、任せる範囲から外す契約も考えられる。
ただし、権限を狭くすると、将来必要な手続に対応できない場合がある。希望する暮らしと、両方を考えて決めたい。
医療・介護についても、施設との契約や費用の支払いなどの仕事と、治療への同意、実際の介護をすることは別である。任意後見契約を結べば、医療上のあらゆる判断や日々の介護まで全部代わってもらえる、という理解は避けたい。
第二段階:支援が必要になったら、監督人の選任を申し立てる
洋子の判断能力が不十分になり、契約に沿った支援が必要になったら、家裁へ任意後見監督人の選任を申し立てる。申立てができるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、任意後見受任者等、法律で決められた人だ。
受任者は、将来の任意後見人になる契約相手のことをいう。裁判所が監督人を選んで、初めて契約の効力が生じる。
契約書があるだけ、家族が「そろそろ始めよう」と決めただけでは、始まらない。
本人以外の人が申し立てる場合は、原則として本人の同意も必要だ。ただし、本人が意思を表示できない時には例外がある。
なぜ、信頼して選んだ娘にも監督人が必要なのか
任せる側の洋子が、自分で支払いの内容を十分に確かめるのが難しくなるからだ。元気な時なら「この出金は何?」と聞けたことを、将来は同じように確認できないかもしれない。
真紀への信頼と、その仕事を確かめる仕組みは両立する。監督人は任意後見人の仕事を確認し、家庭裁判所へ報告する。
使い道や領収書を記録すれば、真紀も「母のためにした支払い」を説明しやすい。ただし、監督人がいても、不正や損失を絶対に防げる保証ではない。
今、体が不自由で支払いを頼みたい時は別の準備も考える
洋子が支払いの意味を十分理解しているものの、脚をけがして銀行へ行けないだけなら、将来の任意後見契約だけで今の代理を始められるわけではない。金融機関の代理手続や、財産管理等の委任契約など、現在必要な支援を別に確認する。
財産管理の委任契約から任意後見へ移る形もある。しかし、二つの契約の仕事や切替条件をあいまいにすると、誰がいつ何をできるかが分からなくなる。今の困り事と、将来への備えを同じ欄に押し込まないことが大切だ。
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法定後見は「家族に全部任せる」制度ではない
もし洋子が、必要な説明や支援を受けても任意後見契約の内容や結果を理解して決められない状態なら、新しい契約を家族の判断で作ることはできない。本人の状況に合った法定後見の利用を検討する。
現在、裁判所が案内する法定後見には、後見・保佐・補助の三つがある。違いは名前だけではない。どの行為に同意が必要か、誰が代理できるか、取り消せるかが変わる。
- 後見:判断能力を欠くのが通常の状態にある人を支える。成年後見人には広い財産管理・代理の権限があるが、本人の意思を尊重し、生活や心身の状態に配慮しなければならない。本人がした日用品の購入など日常生活の行為は取り消せない。
- 保佐:判断能力が著しく不十分な人を支える。不動産の売却、借入れ、相続の承認・放棄や遺産分割など、法律で定める重要な行為には原則として保佐人の同意が必要になる。保佐人に代理権を与えるには、別にその範囲の審判が必要で、本人の同意も要る。
- 補助:判断能力が不十分な人を支える。どの行為に同意や代理が必要かを個別に定める。本人以外の申立てによる補助開始には本人の同意が必要で、支援者を置けば何でも代理できる仕組みではない。
「認知症と診断されたから後見」と、病名だけで決めることはできない。本人の状態や必要な支援、診断書等を踏まえて裁判所が判断する。
保佐の基本は民法11条・13条、補助は15条・17条等に決まりがある。後見・保佐・補助を、同じ権限だと考えないようにしよう。
家族が候補でも、その人が選ばれるとは限らない
真紀を候補者として申し立てることはできる。ただし、本人の財産や生活、親族との関係等から、誰を選ぶかは裁判所が判断する。
専門職や複数の後見人が選ばれることもある。「真紀が選ばれなかったから」と、自由に申立てを取り下げることもできない。
後見人が家族であっても、洋子の預金は洋子のものだ。子どもの将来の相続分を先に確保することが、制度の目的になるわけではない。洋子の住まいや医療・介護費をどう確保するか、本人の利益を考えて管理する。
なぜ、遺産分割が済んでも後見は続くのか
遺産分割が申立てのきっかけでも、それが済めば後見が自動で終わるわけではない。現行制度では、原則として本人の能力が回復するか、亡くなるまで続く。
家族の都合だけでは終えられないので、開始前に、その後の管理と報酬も考えておこう。
また、親子が同じ遺産を分ける当事者なら、子が親の代理人としても自分の取り分を決める立場に立つことがある。利益がぶつかる場合には、監督人や特別代理人など、別の代表の手続を確認する。
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母の生活費を数字にすると、「誰のための管理か」が見える
洋子の預金を1,800万円、年金を月14万円、暮らしと介護の支出を月20万円と仮定しよう。
毎月の不足は6万円で、1年では72万円だ。同じ状態が5年続くなら、預金から360万円を補う計算になる。
これは介護費の相場や将来の予測ではなく、仕組みを考えるための単純な例だ。実際には医療費、住まいの修繕、施設費の変化などもある。「預金がたくさんあるから余るはず」とも、「後見を使えばお金が減らない」とも言えない。
真紀と悠平は、通帳をどちらが持つかという話の前に、母の収入、支出、希望する暮らしを一枚にまとめることにした。洋子は「庭のある家に、できるだけ長く住みたい」と書いた。誰を支援者にするかは、その希望をどう支えられるかと一緒に考える必要があった。
費用は、契約する時・始める時・続ける間を分けて見る
日本公証人連合会の案内では、基本の公正証書作成手数料は1契約1万3,000円だ。登記の申請を公証人にしてもらう手数料は1,600円、法務局に納める収入印紙代は2,600円となる。
この三つの合計は1万7,200円だが、総額ではない。正本・謄本等の発行、郵便、枚数による加算、出張等の費用は別にかかる。
現在の財産管理等の委任契約も作る場合や、専門家に契約内容の作成支援を頼む場合には、その費用も分けて確認したい。任意後見を始める時には、監督人選任の申立費用等も必要になる。
開始後の任意後見人の報酬は、契約で決める。監督人の報酬は裁判所が事情に応じて決め、本人の財産から支払う。
法定後見の後見人等の報酬も裁判所が決める。どの家庭でも毎月同じ額となる、一律の料金ではない。
洋子の家族なら、月々の暮らしの不足と、支援を続ける費用を一緒に見たい。「契約時に払ったので、あとは費用がかからない」と思い込むと、生活費の見通しが変わってしまう。
契約を作る前に、家族で確認しておきたいこと
- 本人はどの暮らしを続けたいか。誰に頼み、何は自分で決めたいか。
- 困っているのは今の移動・支払いか、判断能力が低下した将来への備えか。
- 預金、不動産、収入、借入れ、毎月の支出はどのくらいか。
- 任せる仕事、監督、記録、報酬の負担をどうするか。
- 既に任意後見契約があるなら、代理権の範囲や監督人選任の有無はどうなっているか。
家族信託も財産の管理・引継ぎを考える選択肢の一つだが、後見と同じ役割を全部果たすわけではない。何を使うかという制度名の前に、本人がどこで困るかを整理したい。
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洋子は、その日に契約へ署名したわけではない。「私が選べるうちに考えたい。でも、真紀一人に全部背負わせたくない」。家族は、その言葉を次の相談で伝えるメモに残した。制度の違いが分かると、準備とは通帳の置き場所を決めることだけではないと見えてくる。
ほかにも確認する手続がある場合は、家族信託・成年後見の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
任意後見と法定後見は同時に使えますか
任意後見契約が登記されていても、本人の利益のため特に必要があると裁判所が認める時には法定後見を開始することがある。任意後見監督人が選任された後に法定後見が始まると、任意後見契約は終了する。既存の契約と監督人選任の有無を確認し、単純に二つの代理権を自由に重ねられるとは考えないようにする。
任意後見契約はいつでも解除できますか
任意後見監督人が選任される前は、公証人の認証を受けた書面で解除できる。選任後は、正当な事由がある場合に限り、家庭裁判所の許可を得て解除する必要がある。開始後も家族の話し合いだけで自由にやめられる制度ではない。
法定後見の後見人に家族はなれますか
家族を候補者として申し立てることはできるが、その人が必ず選ばれるとは限らない。裁判所が本人の状況や財産、親族との関係などを考慮して選任する。家族が選任されても、本人の財産を家族のために自由に使えるわけではない。
任意後見契約の費用はどのくらいかかりますか
基本の公正証書作成手数料1万3,000円、登記嘱託手数料1,600円、収入印紙代2,600円に加え、証書の正本・謄本等、郵便、加算などの費用が生じる。任意後見人の報酬は契約で、監督人の報酬は裁判所が決める。契約時の費用と開始後の負担を分けて確認する。
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認知症という診断だけで一律に決まるわけではない。本人がその契約の内容や結果を理解して選べるかを個別に確認する。必要な説明や支援を受けても契約の意思能力がない場合は、新しい任意後見契約を家族の判断で結ばせず、法定後見など必要な支援を検討する。
制度や手続を確認できる公的な案内
この記事は一般的な情報を説明するものだ。利用できる制度と代理権の範囲は、本人の状態、契約、裁判所の審判等によって異なる。



