相続トラブルを防ぐには、財産と借金等を調べ、誰に何を渡すか、遺留分や税の支払いをどう用意するかを整理する。死後に手続を進める人も確かめよう。
その内容を、有効な遺言と、更新できる資料へ残す。遺言を一通作っても、争いを必ずなくせるわけではない。
妻を亡くした誠一は、同居する息子の優へ自宅を残す遺言を考えている。娘の真帆は、家の価額と自分に残る現金の関係を知りたいと言う。
優は住み続けたいが、調整のお金や税まで払えるかが不安だ。この架空の家族で、本人の希望と支払える資金を照らし合わせよう。
遺言書を作ろうと思い立った人が最初に調べるのは、たいてい書式の話だ。自筆か公正証書か。法務局に預けるべきか。証人は何人必要か。
書式を決める前に、何を持ち、誰に何を渡し、受け取る人が必要なお金を払えるかを考える。
そこが曖昧なら、遺言に書いたことを実現できないかもしれない。遺言は、財産の一覧と引継ぎの計画を記録する文書だ。計画そのものは、別に考える必要がある。
遺言の方式と、本人が遺言をする能力、遺留分、財産評価、納税資金、共有を避ける方法、家族への説明範囲を確かめる。財産や家族が変わったら見直そう。
具体的には、相続財産調査と財産目録の作り方、遺言書が無効になる原因、遺留分侵害額請求の方法と期限、非上場株式の相続税と納税資金でも確認できる。非上場株式は、証券取引所に上場していない会社の株式をいう。
まず、財産と借金の一覧を作る
財産目録は、手続の準備だけに使うものではない。作る途中で、口座が思ったより多い、不動産が親と自分の共有名義だ、保険の受取人が昔のままだ、と気付くこともある。
借入れの保証人になっていたことを、家族が知らない場合もある。
預貯金、不動産、有価証券、非上場株式、保険、貸付金、事業財産、デジタル資産を一覧にする。借入金、保証、未払税金等の負担も調べよう。
各項目には、名前、名義、所在、おおよその額、根拠資料、管理者、受取人の指定、担保、更新日を書く。
考えること:口座、生活費用の口座、死亡後に必要なお金、引き継ぐ人
残す資料:残高・取引資料、金融機関、届出印等の保管情報
考えること:取得者、売却、代償金、居住を続けるか、共有を避ける方法
残す資料:登記、評価、賃貸借、ローン、境界資料
考えること:後継者、議決権、評価、納税資金、会社の手続
残す資料:株主名簿、定款、決算、株価資料、引継ぎの計画
考えること:受取人、保険料を負担する人、必要なお金との対応
残す資料:保険証券、受取人、払込履歴、連絡先
考えること:返済資金、保証の解除、相続放棄の判断への影響
残す資料:契約書、残高、返済表、担保・保証資料
家族名義の口座へ移したり、登記名義を変えたりしただけでは、実際の権利や税の扱いまで決まるわけではない。
贈与の約束、資金の出所、管理と使い方、申告、登記の原因を資料で確かめる。名義と、誰の権利かを分けて確認しよう。
預金は死亡と同時に自動的に分かれない
「預金は法定相続分で自動的に分かれるから、遺言がなくても銀行に行けばすぐ引き出せる」と考えている人がいる。この理解は、現在の法律と合っていない。
一緒に相続した普通預金・通常貯金・定期貯金は、死亡と同時に相続の割合どおり自動で分かれず、遺産分割の対象になる。
各相続人が、自分の法定相続分を自由に払い戻せるわけではない。法定相続分は、法律で決められた相続の割合だ。
民法909条の2には、分割前に一定の預貯金を一人で払い戻す制度もある。ただし、限度額や条件を確認する必要がある。
口座ごとの支払い予定と、遺言・保険・手元資金を組み合わせよう。「銀行に行けば何とかなる」だけでは、死後の家族がお金の用意に困りかねない。
遺言書は「作った」で終わらない
遺言にも、選んだ方式の条件を満たさない、財産を特定できず実行できない、受け取る人が先に亡くなった、といった問題は起こり得る。
遺言で受け取る人を受遺者という。本人より先に亡くなれば、原則としてその遺贈の指定は効力を生じない。遺留分を払う資金の不足も、争いの原因になり得る。
自筆証書遺言は、民法968条の方式を満たす必要がある。法務局の保管制度を使うと、紛失・隠匿等の危険を減らし、家裁の検認が不要になる。
検認は、遺言の状態等を確かめ、偽造・変造を防ぐ手続だ。保管官による確認は形式の外形的なチェックで、遺言をする能力、内容の実現、遺留分まで保証するものではない。
公正証書遺言には、公証人と証人が関わり、公証役場で原本が保管される。
それでも、財産を売った、受取人が先に亡くなった、遺留分の支払資金がない、といった問題は残り得る。方式が確かでも、内容を実現できるかは別に調べよう。
遺言書を設計するときは、次の順序で確認する。
- 相続人・遺留分権利者を戸籍で確認する
- 財産を登記・口座・銘柄等で特定する
- 受け取る人と、その人が先に亡くなった場合の予備的な受け取る人を検討する
- 遺言執行者と、解約・売却・登記・通知の範囲を定める
- 遺留分の金銭支払と納税資金を試算する
- 遺言以外の契約・受取人指定・会社手続と整合させる
遺言書が無効になる原因については、遺言書が無効になる原因で整理している。
誠一の将来の相続人は子二人だけで、家は3,600万円、預金は1,200万円と仮定する。遺言、借金、特別受益等による調整はなく、家の分割で使う価額だ。
合計4,800万円を等しく分けるなら、各2,400万円となる。優が家を、真帆が預金を取得するときの、調整するお金を見よう。
前の例で、二人の取り分を各2,400万円にそろえる場合。
3,600万円−1,200万円
= 2,400万円
真帆へ1,200万円を払う。
1,200万円+1,200万円
= 2,400万円
預金に、優からのお金を加える。
この調整のお金を、代償金という。家の価額が高くても、それだけで優の手元に支払資金があるとは限らない。
この例は、仮の分割計算だ。相続税や遺留分侵害額の計算ではない。
均等に分けたいか、住まいに配慮したいかで、誠一が検討する案は変わる。優の資金が足りなければ、支払条件、ほかの資金、売却等を調べる。払えない額を文書へ書くだけでは、実行できない。
遺留分は「遺言を無効にする権利」ではない
不動産や非上場株式を一人へ集中させる遺言でも、それだけで、ほかの相続人が遺言全体を無効にできるわけではない。
兄弟姉妹とその代襲相続人を除く相続人には、遺留分がある。一定の近い家族に保障された、最低限の取り分だ。
2019年7月1日以後に始まった相続の制度では、遺留分の侵害に対し、遺言や贈与で受け取った人等へ、原則としてお金を求める。遺言全体を自動で無効にしたり、指定した財産の引継ぎ自体を覆したりする権利ではない。
財産を一人へ集めるなら、ほかの遺留分権利者に払う現金、生命保険金、売れる財産、分割払いが可能かを調べる。
価額が変わる財産は、作成時の数字だけで終わらせない。決算、路線価、借入残高等が更新されたら、見直そう。
遺留分侵害額請求の手続と期限については、遺留分侵害額請求の方法と期限を参照してほしい。非上場株式の評価と納税資金の問題は、非上場株式の相続税と納税資金で別に確認できる。
家族会議で、希望と情報を共有する
生前に家族を集めて話し合う。それ自体は意味がある。ただ、その場で何を決めようとしているかによって、後の手続への影響がまったく変わる。
生前の家族会議は、本人の希望を前提に、必要な情報を共有する場だ。財産の存在、事業・介護・居住の事情、遺言の有無と保管先、連絡先、手続担当者を確かめる。
将来の相続人全員に、遺産分割協議をさせる場ではない。遺産分割協議は、本人が亡くなった後に、相続人が遺産の分け方を決める話合いだ。
どこまで説明するかは、本人のプライバシーと家族関係を踏まえて決める。日時、参加者、使った資料を残すと、後で確認しやすい。
ただし、家族の同意書は遺言の代わりにはならない。死亡後は、有効な遺言の内容を確かめ、分割が必要な財産を話し合う。合意できなければ、家裁の調停・審判を検討する。
判断する力が低下した後に作った遺言では、遺言をする能力が争われることもある。
心配があれば、早めに公証人や専門家へ相談し、必要に応じて医療記録等も確認しよう。
誠一は、真帆が評価資料を見たいと言っても、自宅の引継ぎに反対しているとは決め付けないことにした。優も、生活費を残し、どこまで払えるかを伝える。
生前の話合いだけで将来の分割がすべて確定したとは考えず、本人の意思を、遺言等の正式な方式に反映しよう。
見直す時期を、最初から決めておく
遺言書を作った時点の財産と家族関係が、そのまま変わらないとは限らない。次のような出来事があったとき、遺言と財産目録を見直す。
- 相続人・受遺者の死亡、婚姻・離婚、養子縁組
- 不動産の取得・売却、建替え、共有関係の変化
- 会社の株価・後継者・代表者・定款の変更
- 大口贈与、保険受取人、借入・保証の変更
- 介護・居住・判断能力・家族関係の変化
「作ったから終わり」ではなく、「いつ見直すか」を最初から決めておくことが、対策を機能させる条件になる。
亡くなった後の期限も確認する
遺言と財産目録があっても、死亡後の調査・申告・手続はなくならない。
生前対策は、家族の調査の手間や、争いの原因を減らす準備だ。手続をすべてゼロにするものではない。
相続開始後には、少なくとも次の期限を個別に管理する。
- 相続放棄・限定承認:原則として、自分のために相続が始まったと知ってから3か月以内。家裁への期間伸長の申立ても確認する。
- 準確定申告:必要な場合、相続が始まったと知った日の翌日から4か月以内に、故人の所得税等を申告・納付する。
- 相続税の申告・納付:必要な場合、原則として相続が始まったと知った日の翌日から10か月以内。
- 遺留分侵害額請求:相続開始と、侵害する贈与・遺贈を知ってから1年間行使しないと、時効で消滅する。死亡から10年が過ぎたときも同様だ。家裁へ調停を申し立てるだけでは、相手への権利行使の意思表示にならないため、別に対応する。
財産目録と遺言書が手元にあれば、これらの手続を進める人が「何があるか」を一から調べる手間は減る。それが、生前に一覧を作っておく実際の効果だ。
財産の種類と名義を紙に出すこと。それが遺言の設計にも、遺留分の試算にも、家族への説明にも、死後の手続にも、すべてつながっている。まず手元にある通帳・権利証・保険証券を一か所に集め、名義と概算額を書き出すところから始めてみよう。財産調査の具体的な手順は、相続財産調査と財産目録の作り方で確認できる。
三人は、家3,600万円という価額、優の支払資金、真帆への配分、将来の税を、別の欄へ書いて相談することにした。
遺言の作成後も、財産と家族が変われば見直す。争いを必ずなくす約束ではなく、分かったことと準備したことを、次の手続へ残そう。
ほかにも確認する手続がある場合は、生前の全体計画の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
遺言を作れば争いをなくせるか
方式、遺言能力、財産の特定、遺留分と納税資金などの問題は残り得る。家族や財産の変化に応じて見直す。
法務局に預ければ遺言の有効性は保証されるか
保管制度は紛失や隠匿を防ぎ、検認を不要にする制度だ。遺言能力や内容の法的効力まで保証するものではない。
家族の同意書を遺言の代わりにできるか
生前の家族の同意だけで、法定の方式を満たす遺言の代わりにはできない。本人の意思と引き継ぐ方法を正式な文書へ反映する。
対策後も申告は必要か
生前対策があっても、相続開始後の調査と申告が必要かどうかの確認は必要になる。放棄・税務・遺留分の期限をそれぞれ管理する。
この記事は一般的な情報を説明するものだ。個別の判断は、相続関係、財産、契約、取引記録などの資料を示して弁護士・税理士へ確認したい。



