遺言が無効かを調べるときは、書き方の条件、作成時の能力、本人が書いたか、撤回されたかを分けよう。取り分が不満というだけで、無効とは決まらない。
検認が済んでも、有効性が確定するわけではない。遺留分は、一定の近い家族に保障された最低限の取り分だ。その請求は、無効の主張とは別に、条件と期限を確かめる。
兄の祐介から父の遺言を見せられた奈緒は、普段と違う筆跡が気になった。作成日には父が入院していた。財産の多くを祐介へ渡す内容にも、戸惑っている。
母は既に亡く、相続人は二人だ。祐介は、自分が父を世話していた事情も、分かってほしいと考えていた。
ここからは、遺言の効力を調べる架空の兄妹だ。人物・金額は、説明用となる。
法律が定める書き方等の条件を、方式という。本人の意思に基づく最終的な文書かを、確かめるためにある。
奈緒は、祐介を疑う気持ちだけで結論を出さず、原本、作成時の資料、発見と保管の経緯を残すことにした。
疑問があっても、自分で遺言書を捨てたり、書き込んだり、訂正したりしないようにしよう。
封筒、用紙、筆跡、印、文字を加えたり消したりした状態が、証拠になる。原本をそのまま保ち、家庭裁判所の検認が必要かを確かめる。
遺言書が無効になるかを確認する5つの視点
取り分が少ない、聞いた話と違う、という不満だけでは、無効の理由を特定できない。
どの文書の、どの記載に、どんな問題があるか。次の五つを分けて考えよう。
1.法律が定める方式を満たしているか
遺言は、法律の方式に従って作る必要がある(民法960条)。通常の方式には、自筆証書、公正証書、秘密証書がある。
自筆証書遺言では、原則として、本人が全文、日付、氏名を書き、印を押す(民法968条)。
財産目録は、パソコン等で作れる。ただし、各ページに本人の署名と押印が必要だ。自書以外の記載が両面にある場合は、両面に署名・押印する。
文字を加える、消す、変更する場合にも、決められた方式がある。
次の点を原本で確認する。
- 本文が本人の自書か。財産目録との区別はあるか
- 作成日を特定できる日付があるか
- 氏名の自書と押印があるか
- 複数枚の一体性、用紙・筆記具・記載内容の連続性
- 訂正、加入、削除が方式に沿っているか
本文に署名・押印がなく、封筒に氏名や印がある遺言が、裁判で問題になった。
裁判所は、本人が封筒に署名・押印し、本文と一体として作ったと認められれば、有効となる余地を示した。
ただし、その事件では、初めはコピーしか示されず、検認時には封筒が既に開いていた等の事情もあった。一体として作ったと認める証拠が足りず、無効とされた。
本文の写真だけで、結論を出すのは早い。封筒、原本を示した時期、保管者の説明も調べよう。
一方、作成する側は、例外的な解釈を当てにせず、本文に署名・押印をそろえたい。
自筆証書の方式は、作成時に適用される法律で確認する。2026年6月公布の改正法には押印の任意化等が含まれるが、成立と施行は別であり、将来の制度を現在の遺言にそのまま当てはめない。法務省の改正案内で施行時期を確認する。
2.作成時に遺言能力があったか
遺言をするには、15歳以上であることに加え、作成時に必要な能力がなければならない(民法961条・963条)。
その遺言の内容と結果を理解し、自分で決められたかを調べる。
認知症の診断だけで、直ちに無効とは決まらない。診断がないだけで、能力が認められるわけでもない。
作成した時点を中心に、次の事情を確かめよう。
- 診療録、認知機能検査、服薬、入院・介護記録
- 遺言内容の複雑さと、財産・相続人の認識
- 作成前後の言動、説明への応答
- 遺言内容が従前の意向や人間関係と整合するか
- 作成へ関与した人、公証人・証人・専門家の記録
認知機能検査の点数だけで決めず、作成日の前後に、誰と何を話し、どう答えたかも見る。
医療記録は作成日の前か後か、その間に病状や薬が変わったかも調べる。単純な配分と、複数の条件が付く配分では、理解すべき内容も違う。
3.本人が作成・署名したものか
自筆証書では、本人の筆跡か、本人の意思で押印したか、他人の代筆や書換えがないかが、争われることがある。
比べられる日記、手紙、申込書、過去の署名等を、そのまま残そう。
筆跡鑑定だけでなく、原本の入手経緯、用紙・インク、内容、本人が内容を知っていたことを示す会話やメモも調べる。
作成に関わった人の説明も合わせて考える。
本人が書いたかが争われた別の事件では、筆跡鑑定に加え、当時の文字を書く状態、発見・提出の経緯も調べられた。
立ち会ったとする人の説明と、通院記録の食い違い等も検討された。その結果、本人以外が作成し、自書の条件を欠くとして、無効とされた。
作成時の能力を判断するまでもない、とした事例だ。認知症の診断だけで無効としたものではない。
4.撤回・破棄された遺言ではないか
本人は、いつでも遺言の全部・一部を撤回できる。
後の遺言と前の遺言が両立しない場合や、本人が故意に遺言書を破棄した場合にも、撤回の規定がある。
本人が文面全体へ、赤いボールペンで斜線を引いた事件もある。
最高裁は、元の文字が読めるだけで撤回を否定しなかった。文面全体を不要とし、遺言全体の効力を失わせる意思の表れとして、故意の破棄による撤回を認めた。
すべての線やメモが、同じ結論になるわけではない。
一部の金額等を直したのか、全体を撤回したのか、誰がいつしたのかを分ける。判決当時の民法968条2項にあった訂正等の規定は、現在は同条3項にある。
5.内容が法律上実現できるか
一部の条項が社会の基本的な秩序や倫理に反する、対象財産や受取人を特定できない、法律上実現できない場合等は、その意味や効力が問題になる。
遺言で財産を受け取る人を、受遺者という。一つの条項に問題があっても、直ちに全体が無効とは限らない。ほかの条項から分けられるか、本人の真意をどう読むかも検討する。
奈緒が集めるのは、父の筆跡と比べる資料、入院前後の状態、作成に関わった人の記録だ。
本人が書いていないという話と、本人が書いたが能力を欠いていたという話は、前提が違う。両方が疑わしい場合も、確かめる資料を分けよう。
封筒・自書・斜線の裁判例は、奈緒たちとは別の、実際の事件だ。
入院していれば無効、斜線があれば必ず撤回、と一つの事情だけで一般化しない。条文と、それぞれの事件の判断を照らし合わせるために参照する。
遺留分侵害と遺言無効は別問題
以下のお金の請求の説明は、2019年7月1日以後に開始した相続を前提とする。それより前の相続は旧制度の遺留分減殺請求等を確認する。
遺留分を侵害する遺言も、そのことだけで無効になるわけではない。
侵害を受けた人が、条件と期限を満たして、遺留分侵害額請求でお金の支払を求める。
遺留分侵害額請求には、短い期限がある。相続が始まったことと、遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年で、時効となる。相続開始から10年を過ぎた場合も同様だ(民法1048条)。
遺贈は、遺言で財産を渡すことをいう。無効の調査中でも、遺留分の期限は別に管理しよう。
主な効果:遺言による指定の効力が認められない。
確認する手続:当事者間の合意、遺言無効確認訴訟等。
主な効果:遺言は有効でも、お金の請求が生じ得る。
確認する手続:遺留分侵害額請求、調停・訴訟等。
計算を単純にし、父の基礎財産を5,000万円とする。ほかの贈与・借金等の債務はなく、奈緒は財産を受け取らず、特別受益もないと仮定する。
有効な遺言で、すべて祐介が取得する場合、奈緒の遺留分は、5,000万円×1/2×1/2=1,250万円だ。
法律の相続割合に相当する2,500万円を、必ず得られるという計算ではない。
父の基礎財産5,000万円。母は既に亡く、子は祐介・奈緒の二人だけ。ほかの贈与・債務はなく、奈緒の取得・特別受益等もない説明例だ。
5,000万円 × 1/2
= 2,500万円
5,000万円 × 全体の遺留分1/2
× 奈緒の法定相続分1/2
= 1,250万円
有効な遺言ですべて祐介が取る仮定では、奈緒は条件と期限を満たして、お金の請求を検討する。遺言が無効という証明や、2,500万円を必ず得る保証ではない。
遺留分を計算できても、無効を証明する証拠があることにはならない。逆に、無効を調べているからと、遺留分の通知を待ってよいともいえない。
奈緒は、知った経過、通知する相手と内容、到達の確認を、先に相談することにした。
検認と、無効を争う手続を分ける
検認は、相続人へ遺言の存在・内容を知らせ、検認時の書面の状態を明らかにする手続だ。形、訂正、日付、署名等を記録し、偽造・書換えを防ぐ。
有効か無効かを、最終確定する手続ではない。
公正証書遺言は、検認不要だ。法務局保管の自筆証書遺言について交付される、遺言書情報証明書も、検認は不要となる。
それ以外の自筆証書遺言等は、封印の有無も含め、家庭裁判所の案内を確かめよう。
無効を疑ったときの証拠保全
- 遺言書・封筒・添付資料の原本をそのまま保全する
- 遺言の種類、検認が必要か、法務局保管の遺言かを確かめる
- 戸籍、財産目録、過去の遺言を集める
- 作成日前後の診療録・介護記録・認知機能検査を確保する
- 本人の筆跡資料、作成関与者、公証人・証人の記録を確認する
- 遺留分、相続税、登記等の期限を別に管理する
無効を争う民事訴訟は、家庭裁判所の検認とは別の手続だ。地方裁判所等で扱う。
遺産分割調停の前提として、有効性が争われる場合は、手続を進める順番を弁護士へ確かめる。
払戻し・登記・売却の状況も調べる
無効を調べる間も、預金が払戻し済みか、不動産が誰の名義か、売却予定があるかを確かめよう。
原本や資料の提示を求めた日時と、返事も残す。
口頭で異議を伝えただけで、すべての払戻しや処分が、自動で止まるわけではない。
財産が移るおそれがあれば、権利関係と資料を示し、保全処分等で守る必要があるか、弁護士と検討する。金融機関が求める書類も確かめよう。
解決を待つ間も、相続放棄、税の申告、登記等の期限は、別に管理する。
遺留分を請求する可能性があれば、無効の主張との関係と、いつ権利を行使するかを、早めに整理しよう。
祐介が銀行へ遺言を出していたら、提出した資料と、払戻しの有無を確かめる。不動産も、登記と売却予定を別に調べる。
奈緒が異議を伝えれば、必ず止まるとは考えない。資料を示し、財産を守る手続が必要かを調べよう。
公正証書遺言でも争われることはある
公正証書は、公証人と証人が関わるため、方式違反や偽造の危険を抑えやすい。
ただし、作成時の能力、証人になれる人か、本人が趣旨を口頭で伝える口授や内容確認等の手続が、争われることはある。詐欺・強迫等も、別の争点となり得る。
「公正証書だから争えない」「認知症だから無効」と形式的に決めず、作成記録と具体的事情を確認する。
奈緒は、原本の状態を変えず、筆跡と医療等の資料を整理した。祐介の説明も、日時と内容を残し、一致する点と違う点を示す。
資料がそろう前でも、権利行使や、税・登記の期限の確認は進めよう。無効の判断を待つ間に、ほかの手続まで一緒に止めないことが大切だ。
ほかにも確認する手続がある場合は、遺言の作成・解釈・執行の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
自筆証書遺言に日付がなければどうなるか
日付の自書を欠く場合は方式違反が問題になる。「吉日」など日を特定できない記載も含め、本文と原本全体を確認する。
認知症と診断されていたら無効か
診断名だけでは決まらない。作成時に遺言の内容と結果を理解していたかを、医療・介護記録、内容の複雑さ、応答や作成経緯から検討する。
検認を受けた遺言は争えないか
検認は文書の状態を確認して証拠を保全する手続で、有効性を確定しない。方式や遺言能力、本人が作成したかなどは別に争われる。
遺留分を侵害していれば遺言は無効か
侵害だけで遺言全体が無効になるわけではない。遺留分侵害額請求の条件と期限を、遺言無効の主張とは別に確認する。
赤い線が引いてあれば必ず撤回されたことになるか
一律には決まらない。文面全体への斜線を遺言者が故意に引いた事例では撤回が認められたが、誰が、どの範囲に、どのような意思で線を引いたかを確認する。
公正証書遺言でも無効になることはあるか
公証人と証人が関与しても、遺言能力、本人の意思、証人や作成手続等が争われることはある。形式だけで決めず、作成時の資料を確認する。
本記事は一般的な情報を示すものである。具体的な手続や税務は、亡くなった日、財産、資料などを確認して判断する必要がある。



