遺産分割協議書には、相続人全員が、何を、どの条件で分けると合意したかを書く。名前と印鑑をそろえる前に、財産、受け取る人、支払条件を一致させよう。
以下の明美と剛は、協議書を準備する架空の姉弟だ。人物・金額は説明用である。
「実家は姉さん、預金は僕でいいよ」。父を亡くした明美は、弟の剛と大筋で話がまとまったと思っていた。ところが下書きを見た剛は「家の方が高いなら、差額も払ってくれる話だよね」と言う。二人は同じ言葉に、違う条件を込めていた。
合意した記憶だけに頼ると、後で説明が食い違い、銀行や法務局にも受け取る内容を示しにくい。明美と剛は、まず財産一覧と配分案を同じ紙に並べた。完成した様式へ事実を押し込めるのではなく、合意した事実を正確に書くためだ。
協議書が必要な手続と、別の根拠で進める手続がある
遺産分割の協議には相続人全員の有効な合意が必要になる。誰が相続人かは戸籍等で確認し、遺言や放棄、数次相続などの事情も先に確かめる。特定の家族が連絡していないから、その人を除いてよいとはならない。
一方、遺言に基づく取得、法定相続分(法律で決められた相続の割合)による登記、金融機関の所定手続など、すべての相続手続で必ず同じ協議書を使うわけではない。銀行ごとの書式や添付資料も確認する。「協議書一通を作れば何でも済む」という説明は正確ではない。
分割の合意と、その合意を登記等の提出先へ示す書類は分けて考える。民法907条は、すべての合意の成立に、一律に書面や実印を求める規定ではない。
ただし、登記等では実印や印鑑証明書が重要になる。合意の食い違いも防ぐため、曖昧な口約束で実行せず、内容を書面で確認しよう。
書く前に、亡くなった人・相続人・財産を確認する
亡くなった人の氏名、死亡日、最後の住所・本籍等は、戸籍や住所資料と合わせて特定する。相続人の氏名・住所も、必要な証明資料の表記と照らし合わせる。生年月日等を含む記載項目は、提出先と取得経緯に応じて確認したい。
財産目録は、分かったものと調査中のものを分けて作る。不動産、預貯金、証券、動産、借入れや保証等を調べ、今回の協議で扱う対象を明らかにしよう。
借金の負担を家族内で決めても、支払いを求める権利を持つ債権者との関係まで、自由に変えられるとは限らない。
本人に合意の意味を理解できる能力があるか、誰が代理できるかも確認する。未成年者がいる、後見人と本人の利益が対立する、行方の分からない人がいる、といった事情を整理しよう。
事情に応じた代理人や裁判所の許可等が必要になる。誰かが代筆・押印しただけで、本人の有効な合意を省けるわけではない。
「実家」「預金」だけでなく、対象を特定する
不動産は、登記事項証明書で特定する。土地の所在・地番・地目・地積、建物の家屋番号・種類・構造・床面積等を確認しよう。
住所としての住居表示と、土地の地番は同じとは限らない。マンションの専有部分と敷地権、私道の持分等にも記載漏れがないか確かめる。
預貯金は金融機関、支店、種別、口座番号等で対象を明らかにする。残高を特定の日の数字で固定するか、利息や入出金をどう扱うか、解約後の振込先や実行担当も必要に応じて決める。保険金など、契約によって遺産と扱いが違う財産は混ぜない。
明美が書いた「父の家」だけでは、敷地・建物・道路のどこまでを取得するのかが分かりにくかった。剛は銀行の通帳だけでなく、証券口座や別の金融機関がないかも確認した。対象が違えば、配分の公平さについての計算も変わるからだ。
差額を払うなら、金額・期限・方法まで合意する
説明用に、実家の価額を2,400万円、預金を1,600万円と合意したとする。相続人は姉弟二人、ほかの財産・債務等はない例だ。
合計4,000万円を等しくするなら、各2,000万円。明美が実家、剛が預金を受け取る案では、明美が剛へ代償金400万円を払うと、各2,000万円になる。代償金は、多くの遺産を取得する人が、ほかの人へ払う調整のお金だ。
実家2,400万円と相続税評価額、登録免許税の課税標準、将来の売却代金は同じとは限らない。400万円はこの配分案の調整金であって、税金ではない。明美が現金400万円を用意できるか、いつ払えるかを確認せず、印鑑だけを急がない。
次は条項の考え方を示す説明用の例で、そのまま個別の相続に使える完成書式ではない。対象財産と本人の希望、税務等に合わせて調整する。
明美と剛の架空の分割案を、三つの条項へ整理した例。完成した協議書のひな形ではなく、本文の仮定に沿った説明用である。
- 1 不動産を受け取る人
明美は、別紙遺産目録1記載の不動産を取得する。
「実家」だけで済ませず、別紙の目録で土地・建物を特定する。
- 2 預金を受け取る人
剛は、別紙遺産目録2記載の預貯金を取得する。
金融機関・支店・口座番号等を確認し、どの預金かを一致させる。
- 3 代償金の支払い
明美は、剛に対し、前項までの分割に伴う代償金として金400万円を、令和○年○月○日限り、合意した口座へ振り込んで支払う。振込手数料は明美の負担とする。
払う人・相手・金額・期日・方法・費用負担を、合意した内容とそろえる。
分割払いなら各回の額と期日、遅れた場合の取扱い、担保・保証が必要かどうかも検討する。代償金を払わない事態へ備えるためには、協議書の文言だけでなく、約束を守ってもらうための方法を確認する。
署名・実印・印鑑証明書は提出先の条件も見る
まず全員で内容を確認し、その後、必要な署名・押印と証明資料をそろえる。一度に集まるほか、郵送で回覧したり、同一内容の書面を使ったりする方法もある。
別の版を混ぜないように、目録、日付、合意した最終版をそろえよう。
登記に使う協議書や金融機関の書類では実印と印鑑証明書等を求められる。印鑑証明書に「全国どの手続でも必ず発行後3か月以内」という一律の期限があるわけではない。提出先が求める期限と原本・写しの扱いを確認する。
明美と剛は、銀行所定の相続書類も必要かを先に聞いた。協議書へ押印した後に、同じ人の実印を別の書類へもう一度集める負担を減らすためだ。各自が合意内容を確かめられる控えや原本の保管も決める。
未発見の財産と、合意後の変更を分ける
後から見つかった財産をどうするかも、全員で決める。「改めて話し合う」案や、受け取る人を先に定める案等がある。
「改めて話し合う」と書けば、その財産について追加の合意が不要になる、という意味ではない。
未記載の財産が出たとき、既存の分割全体が自動的に無効になるとは限らない。反対に、相続人漏れ、意思能力、錯誤、詐欺・強迫などの問題は、別に検討する必要がある。「後で不満になった」というだけで一方的に撤回できるわけではない。
全員の合意解除と再協議を検討できる場合もあるが、第三者の権利や既に実行した登記・払戻し、贈与税等の税務は別に確認する。代償金が未払だから直ちに元の協議が消える、と決めつけない。
書面化を急ぐときほど、税と登記の期限を別に管理する
分割請求自体は原則いつでもできる。ただし、10年経過後の特別受益・寄与分の扱いには、例外と経過措置がある。
税の申告の10か月や、相続登記の3年等は別の期限だ。分割が終わるまで止まるわけではない。
申告が必要で分割未了なら、民法上の相続分等で計算する未分割申告を検討する。「仮だから納税は後でよい」という申告ではない。配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例については、分割見込書、決められた期間内の分割、その後の更正の請求等の条件を確認する。
未分割申告と分割見込書は、どちらか一つを自由に選べばよい別案ではない。税理士へ同じ財産目録と協議の状況を示し、何をいつ提出するかを確認する。遺言の有効性や遺留分(一定の近い家族に法律で保障された最低限の取り分)を争う場合も、それぞれの請求と期限は別に管理する。
最終版は、家族と提出先の両方で確認する
明美と剛は、取得財産、代償金400万円、支払期日、費用負担、追加財産の扱いを、一項ずつ確認した。合意していない所には「未定」と残し、先に実印だけを集めない。登記や銀行で使う表示も資料と照らし合わせる。
本人で作ることもできるが、登記は司法書士、税の評価・申告は税理士、対立や合意の効力は弁護士など、依頼する業務と資格の範囲を確認する。同じ協議書を見ていても「何を確認してもらったか」は違う。
二人が完成とするのは、紙に印が並んだ瞬間だけではない。どの版へ何を合意し、誰がいつ支払い、どの手続へ提出するかを確認できる状態だ。実行した記録と控えも、協議書と一緒に保管する。
ほかにも確認する手続がある場合は、遺産分割・調停・紛争の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
一人ずつ作る遺産分割協議証明書を使う場合
相続人が遠方にいる場合等には、合意した同一の分割内容を、一人ずつ別の証明書で示す方法を検討することがある。一般に遺産分割協議証明書などと呼ばれるが、一人だけの意向で全体の分割を成立させる書類ではない。必要な相続人全員が、同じ内容に合意していることが前提だ。
別々に署名する場合も、不動産、預金、受け取る人、代償金と期日、別紙の目録まで、同じ最終版でそろえる。片方にだけ支払条件がなければ、書類を合わせても合意を正確に示しにくい。
銀行や法務局へ、その形式で受け付けられるかを先に尋ねよう。実印、印鑑証明書、原本がどこまで必要かも確かめる。
協議書を順に回す方法、同一内容の原本を複数用意する方法等と比べ、誰がどの版に合意したかを確かめやすい方法を選ぶ。署名後のページ差替えや、合意していない条件の追加はしない。
協議書をなくしたときは、写しの有無と再作成の意味を分ける
協議書をなくしただけで、もともとの遺産分割の合意が当然に消えるわけではない。まず他の相続人や作成を依頼した専門家に原本・写しがあるかを確認し、提出先へ必要な資料を尋ねる。保存したPDFがあっても、その写しだけで銀行や登記の手続が必ずできるとは限らない。
同じ合意を証明するために書類を作り直すなら、原本の内容、合意した時期、作り直す理由を確かめる。内容を変える新たな合意とは分けよう。
日付を勝手に遡らせたり、亡くなった人の署名・押印をまねたりしない。その後に相続人が死亡した場合や、前の合意自体に争いがある場合は、必要な当事者と資料を個別に確認する。
明美たちは、それぞれが保管する原本の場所と、作成した最終版のPDFを確認することにした。税務上も、失くした原本を再び証明する処理と、既に完了した分割を変更する処理では、検討する問題が異なる。
よくある質問
協議書は自分で作れるか
本人で作成できる。相続人全員の有効な合意、財産の特定、支払条件、登記・金融機関等の提出条件を確認する。
全員が同じ場所へ集まる必要があるか
一堂に会する必要はない。郵送等でも全員が同じ内容を確認し、必要な書類を整える。版や目録の食い違いを防ぐ。
印鑑証明書は必ず3か月以内か
すべての手続で一律ではない。提出先ごとに、有効期間、必要通数、原本・写しの扱いを確認する。
行方不明の相続人を除いて作れるか
単に連絡が取れないことを理由に除外しない。不在者財産管理人と権限外行為許可等、必要な手続を確認する。
後から財産が出たら協議全体をやり直すか
自動的に全体が無効になるわけではない。既存の条項と合意の範囲を確認し、必要なら追加財産について協議する。
合意した協議を後で一人で撤回できるか
不満だけで一方的に撤回はできない。無効・取消しの原因、全員での合意解除、第三者の権利、税務をそれぞれ確認する。
分割未了で税の期限が来たらどうするか
未分割でも必要な申告・納税を行い、特例のための分割見込書や分割後の手続と期限を別に確認する。
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本記事の記載例は一般的な説明用である。具体的な財産・合意・提出先・税務の条件を確認して調整する必要がある。



