遺産分割の話合いでは、相続人全員が、何について最終的に合意したかを確かめる。有効な合意があれば成立し得るため、署名や実印だけで決まるわけではない。
調査中の点、受け取る財産、支払条件、解決せずに残す問題を分けて確認しよう。
架空の兄妹で考えよう。父の相続で、兄の雅人が実家、妹の結衣が預金を受け取る案が出た。実家に住む雅人は、転居せずに済むよう早く決めたい。
結衣も協力したいが、父の預金から出た300万円の使い道と、兄が調整のために払う代償金の支払日が分からない。
二人は、家は兄、預金は妹という大枠には賛成していた。しかし、その言葉だけでは、未確認の出金や支払条件を、どこまで解決する合意なのか分からなかった。
連絡役だけで、配分を決められない
一人の相続人が連絡を取り、協議書の案を作ることはできる。
ただし、連絡役になっても、ほかの人の財産を決める権限まで得るわけではない。話合いで分割するには、相続人全員の有効な合意が必要だ。
まず、戸籍等で相続人を確かめる。前の婚姻の子、子に代わって孫等が相続する代襲、相続放棄、手続中に相続人も亡くなった場合等も確認する。
家族の記憶や、普段付き合いのある人だけを前提にしない。参加すべき人を除いたまま、全員賛成とは扱えない。
遺言があれば、内容と有効性、財産の持ち主、遺言で受け取る人、遺言を実行する人と権限を先に確認する。
すべての財産に、必ず分割の話合いが必要なわけではない。遺言と違う分け方を考える場合も、相続人だけで進めてよいか、関係者と第三者の権利を調べる。
雅人と結衣は、二人だけが相続人で、遺言がないという前提を、戸籍と保管場所等の調査で確かめた。
仲がよければ話しやすいが、それだけで、誰が権利を持つかの確認に代えられるわけではない。
連絡・判断能力・出金を分けて調べる
連絡先が分からない人と、住所は分かるが返事をしない人では、対応が違う。
所在が分からなければ、不在者財産管理人の選任と、分割に参加するための別の許可等を考える場合がある。返答がないだけで、すぐに代理人を立てて本人を省けるわけではない。
話合いや、家裁で調停委員を交えて話す調停の進め方を相談しよう。
法律行為の意味を判断する意思能力がない状態でした行為は、無効になる。ただし、認知症という病名や高齢だけで決めず、説明をどのように理解しているか、必要な支援を確認する。
後見・保佐・補助等を使う場合も、代理権等の範囲と、本人と支援者の利益がぶつかる利益相反を確かめる。親と未成年の子が一緒に相続する場合等は、特別代理人等が必要になる。
生前の援助や介護については、特別受益や寄与分が問題になる場合がある。特別受益は一定の遺贈や贈与等を取り分の計算に含める仕組みで、寄与分は財産を特別に維持・増加させた貢献を考慮するものだ。
すべての贈与や世話を、自動的に取り分へ足す制度ではない。目的、額、時期、介護の内容、財産への効果等を、資料で整理する。
結衣が気にする出金300万円も、すぐに兄の使い込みと決めつけない。父の施設費、贈与、貸付け、無断の出金等、考えられる事情が違う。
取引履歴、請求書、父の依頼や合意の資料で確かめる。生前か死後か、権限と使途によっては、残る遺産の分割とは別に、返還請求等を考える必要がある。
遺産分割調停だけで、すべて解決するとは限らない。遺産の範囲、遺言の有効性、使い道の分からないお金等は、別の訴訟との関係も調べる。
何が未確認かを示すと、必要な調査と、単に合意を遅らせる反対とを分けて考えやすい。
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家と預金は、金額と支払日を比べる
兄妹二人で、家2,500万円と預金1,500万円を分ける仮の例だ。ほかの財産・借金、特別受益や寄与分等はなく、費用と税も含めない。
家 2,500万円
妹へ払う 500万円
差引 2,000万円
預金 1,500万円
兄から受け取る 500万円
合計 2,000万円
計算が合っても、兄が500万円を払える日まで決まったわけではない。
融資の審査、分割払いの期日、担保、不払いの対応等を確かめる。未確認の出金300万円は、この仮の計算へ加えていない。使途と返還請求等を別に調べる。
家の2,500万円が、何の評価かも確かめる。固定資産税の評価、相続税の評価、売却査定は、目的が違う。
分割では原則として分割時の価額で評価する一方、具体的な相続の取り分等には、相続開始時を基準にする計算がある。二つを混同しない。
家を売るなら、仲介、解体や片付け、税、引渡し、住む人の転居を確認する。家を残すなら、代償金の資金と時期、維持費、名義変更を確かめる。
共有も選択肢だが、将来の管理や、全体の売却に必要な合意を、先送りしていないかを考える。
雅人は、家をもらえば何とか払えると考えていた。結衣は、それでは教育費に使える日が分からないと伝えた。
兄の住まいと妹の現金が必要な事情を同じ案に入れるには、500万円という額に加え、実際に払える期日も必要だった。
口頭の合意と、提出書類は別
全員の口頭の合意でも、遺産分割協議は成立し得る。署名前なら、何を承諾しても合意にはならない、とは考えない。
提案、条件付きの検討、最終合意のどの段階かは、やり取りの内容や経緯で判断される。
検討中なら、何が未確認で、どの条件を確かめてから結論を出すかを伝える。
結衣は、大枠の案を検討することと、出金の問題まで解決して最終合意することを、分けて伝える必要があった。
合意した内容は、協議書へ具体的に残す。亡くなった人、財産、受け取る人、支払額と期日、登記や引渡しへの協力等を書こう。
不動産は登記の記載、預金は金融機関、支店、口座等と照らし合わせる。全員が同じ日、同じ場所で署名することは必須ではない。全員の意思と、同じ合意内容を確かめられるようにする。
登記や銀行等では、署名、実印、印鑑証明書、戸籍等が必要になるのが通常だ。提出先と手続の条件を確かめよう。
合意が成立したかという問題と、提出用の証明書類の問題は別だ。
「相互に何の債権債務もない」「今後一切請求しない」等、請求関係を終わらせる清算条項を、ひな形のまま入れない。
未確認の出金や立替金があれば、今回解決する点と、別に確認する点を明らかにする。後から見つかった財産の扱いも、合意の対象と内容に応じて定める。
合意後は、一人で白紙に戻せない
有効に合意した後、取り分が少なかったと感じただけで、一人が自由に白紙へ戻せるわけではない。
全員が合意して変更する場合でも、取得済みの権利、登記、第三者との関係、贈与税等の課税を別に調べる。
重要な誤りである錯誤、だまされた詐欺、脅された強迫等によって、取消しが問題になる場合はある。ただし、条件と証拠が必要だ。
署名をしていない、説明を読み切らなかった、後から別の案がよく見えた、というだけで、自動的に無効や取消しになるとは限らない。
後から財産が見つかっても、協議全体が必ず無効になるわけではない。
どの財産について合意したか、新しい財産を追加で分けるか、重要な前提の誤りがあるか等を調べる。協議書だけでなく、そこに至るメールや資料も残しておこう。
税・登記・請求の期限も確認
協議を成立させる期限は、一律には決まっていない。一方、相続税の申告義務があれば、原則、相続が始まったと知った日の翌日から10か月以内に申告と納税をする。
未分割でも、民法の相続分等で取得したものとして税を計算する。分割後の修正申告や更正の請求も確認しよう。仮の申告だから、支払いは後でよいという制度ではない。
未分割財産に、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を使うには、分割や届出等の条件がある。
分割見込書、申告期限から原則3年以内の分割、その後の請求期限、やむを得ない事情の承認等を、税理士へ確認する。分割後に税額が減る手続を、すべて修正申告と呼ぶわけではない。
遺留分の請求には、相続が始まったことと、侵害する贈与・遺贈を知った時から1年、亡くなってから10年の制限がある。
相続放棄の判断期間は、原則、自分のために相続が始まったと知った時から3か月だ。
話合いで何も受け取らないと決めることと、家裁へ相続放棄を申し出ることは違う。家族内の合意だけで、債権者への責任まで消えるとは限らない。
相続登記は原則、相続が始まり、不動産の所有権を取得したと知った日から3年以内に申請する義務がある。施行前から取得を知っていた未登記相続は、原則2027年3月31日が期限だ。
協議が終わらなければ、相続人申告登記等を検討できる。ただし、所有者と持分を示す登記や、分割成立後の登記義務とは別の仕組みだ。
亡くなってから10年後の分割では、特別受益と寄与分を原則として考慮しないルールがある。ただし、期間内に家裁へ分割を請求した場合等の例外や、全員で合意する方法も確認する。
期間満了前の6か月以内に、分割を請求できないやむを得ない事情があった場合には、その事情がなくなってから6か月以内の家裁への請求等の例外がある。
2023年4月1日前の相続には、経過措置もある。亡くなってから10年となる日と2028年3月31日の、遅い方までに家裁へ請求する扱いを確認しよう。
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署名前に、決まった点と残る点を読む
雅人は支払資金を調べ、結衣は出金300万円の資料を求めた。まだ結論は出ていないが、確認待ちの項目と次の期日は決まった。
何を解決し、何を約束し、どの問題を残す合意なのか。二人が同じように理解してから、署名へ進む必要がある。
交渉の準備は、相続の示談交渉で整理する資料・提案・期限でも確認できる。家族だけで合意できなければ、資料を持って相談し、調停等へ移るかを検討する。相手を押し切ることより、自分が何を受け取り、何を約束し、何をまだ解決していないかを確かめたい。
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よくある質問
協議には法律上の期限がないから待ってよいか
税、登記、相続放棄、遺留分等の期限は別に進む。10年経過後の特別受益・寄与分のルールと例外・経過措置も確認する。
相続人が行方不明なら残りの人だけで決められるか
省略できない。不在者財産管理人や権限外行為許可等を検討する場合がある。住所は分かるが返答がない場合と区別する。
合意後に内容を変えられるか
後悔だけで一人が自由に変更できるわけではない。全員合意、取消し等の条件、第三者の権利、税への影響を確認する。
協議書は本人で作れるか
作成できる。財産と受け取る人、支払条件、残す争点を明確にし、登記や金融機関の必要書類を確認する。
認知症の相続人がいれば家族が代筆してよいか
代筆で能力や代理権の問題が解決するわけではない。本人の意思能力と支援、後見等の権限、利益相反への対応を確認する。
本記事は一般的な説明である。個別の合意の成否や取消し、税務等は、戸籍、遺言、財産、協議書とやり取りを示して確認する必要がある。



