相続放棄の原則の期限は、自分のために相続の開始があったことを知った時から3か月だ。死亡日から一律ではなく、借金の請求が来るたびに新しい3か月が始まるわけでもない。何をいつ知り、財産をどう扱ったかを分けて確認する。
父が亡くなったと連絡を受けた8月10日、美紀は仕事先から実家へ向かった。母はすでに亡くなり、弟の達郎と二人で葬儀を終えた。父の通帳には預金が残っていたが、個人でしていた仕事の帳簿は、まだ全部見つかっていない。
10月になって、父の借入れに関する封筒が届く。達郎は「今日分かったのだから、ここから3か月だよね」と言った。美紀は、父が亡くなった日から数えるのか、葬儀が終わった日からなのかも、あやふやだった。
美紀と達郎は制度を説明するための架空の家族で、実際の相談を紹介したものではない。日付の例も仮定だ。カレンダーへ丸を付ける前に、この家族が何をいつ知ったかを並べ直す。
なぜ、考える時間と期限の両方があるのか
相続は、本人が亡くなると始まる。しかし残された家族は、その日に預金や借金を全部知れるとは限らない。何を引き継ぐか調べ、受け入れるか、放棄するかを考える時間が必要だ。そのための時間が熟慮期間(相続を受けるか、放棄するかなどを決めるための期間)である。
一方、いつまでも「引き継ぐか考え中」とできると、お金を貸した人や、次の順位の相続人などの立場も決まらない。調べる時間を設けながら、関係を確定させるため、原則3か月という期間を定めている。
それでも調査が終わらない場合には、期限内に家庭裁判所へ期間伸長を求める方法がある。期限があるから不明のまま急いで財産を処分するのでも、調査中だから自分で無期限に延ばすのでもない。必要な時間を、理由と資料を示して裁判所へ求める仕組みだ。
死亡した日と、相続人になったと知った日は、同じとは限らない
民法915条1項は、相続人が「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に、単純承認・限定承認・相続放棄のいずれかを選ばなければならないと定めている。この3か月を熟慮期間と呼ぶ。
通常は、その人が亡くなった事実と、その結果として自分が法律上の相続人になった事実の両方を知った時が期間を数え始める時点になる。死亡日を知らなかった人まで、死亡日から機械的に数えるわけではない。
もう一つ、見落としやすい場面がある。先順位の相続人が全員放棄した結果、兄弟姉妹など後順位の人が新たに相続人になるケースだ。この場合は、先順位者の放棄によって自分が相続人になったと知った時から数える。亡くなった日からではない。通知書の受取日、戸籍の取得日、家庭裁判所からの照会など、知った経緯を示す記録は手元に残しておく。
なお、相続人が未成年者や成年被後見人の場合には、法定代理人がその本人のために相続開始を知った時から数える(民法917条)。家族それぞれの期限を、同じ丸で済ませないようにしたい。
美紀たちが、父の死亡と自分が相続人になったことを8月10日に知り、別の事情がないという単純な仮定なら、原則の3か月は11月10日を目安に確認する。葬儀が終わった日や、遺品整理を始めた日へ自分でずらすものではない。個別の期間を数え始める時点や、末日の休日などの期間計算は別に確かめる。
あとから届いた請求書は、期限のリセットボタンではない
死亡と自分が相続人であることは知っていた。ただ、財産も借金も全くないと思っていた。そこへ数か月後、突然の請求書。この状況で「今日から3か月あるはずだ」と考えたくなる気持ちはわかる。
ここは慎重に確認してほしい。期限後の申述(裁判所に自分の意思を申し出ること)では、死亡と自分が相続人であることを知っていても、相続財産が全くないと信じ、かつ財産調査を期待することが非常に難しいな事情があり、そう信じたことに相当な理由がある場合には、相続財産の全部または一部を知った時または通常であれば知ることができた時から熟慮期間を数える余地がある。
ただし、これは「後から借金を知った日から必ず3か月が再スタートする」という一律のルールではない。確認すべきなのは、プラス・マイナスを問わず相続財産が全くないと信じた事情と、その信頼に相当な理由があるかどうかだ。すでに預金や不動産を分かっていた、請求書を以前に受け取っていた、調査できたのに放置していたという事情があれば、同じ結論になるとは限らない。
期限後の申述が認められるかは、亡くなった人との交流、分かっていた財産、債権者(お金の支払いなどを求める権利がある人)からの通知、調査の経緯などによって異なる。期限後でも直ちに諦める必要はないが、「後から債務を知ったから自動的に有効」とも断定できない。通知書や取引資料を時系列で並べ、財産がないと信じた理由と調査できなかった事情を専門家へ伝えよう。
この家族では、すでに父の預金を分かっていた。だから「財産は何もないと信じていた」という場合と同じにして、10月の封筒から必ず数え直せるとは考えられない。借金が出たことへの驚きと、熟慮期間をいつから数えるかは、分けて確認する。
日付が間に合っていても、財産の扱いは別に確かめる
カレンダーの丸まで余裕がある。それでも、預金を使ってしまった、車を売ってしまった、という話なら、日数だけを数えてはいられない。
民法921条は、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときなどに、法定単純承認となる場合を定めている。亡くなった人の預金を自分の生活費に充てる、不動産や車を売る、価値のある物を自分のものとして処分する、といった行為は慎重に扱う必要がある。
保存行為などは、民法921条1号の処分から除かれている。一方、葬儀費用の支払や価値の乏しい物の形見分けなどがどう評価されるかは、具体的な事情を確認する必要がある。「葬儀費用なら何でも問題ない」「形見を一つ持ち帰ったら必ず放棄できない」という一律の説明はできない。支出の目的、金額、財産としての価値、領収書の有無を記録として残しておく。
借金の調査方法については相続放棄前の借金調査も参照してほしい。何を調べ、何を分かっていたかの記録は、後の判断にも関わってくる。
達郎は、父の車を売って帳簿調査の費用にしようと考えた。でも、原則の期間内なら何をしても放棄できる、ということではない。相続財産を自分の判断で処分すると、相続を受け入れたと扱われる問題が生じる。良い財産だけ使い、後から負債だけ避けるという進め方にはできない。
美紀たちは、何を支払ったか、何を持ち帰ったかを思い出し、領収書と対応させた。父の財産を使った場合も、そこで自分たちだけで結論を出さず、行為の内容と経緯を伝えるためだ。
調べ終わらないなら、期限が来る前に時間を求める
通帳は見つかったが、保証契約はまだ分からない。帳簿が別の場所にあり、取り寄せを待っている。こんなふうに、財産や債務(借金など、支払い等をしなければならない義務)が複雑で調査に時間がかかる、相続人が海外にいる、帳簿や保証契約の確認が必要、といった事情があれば、家庭裁判所へ熟慮期間の伸長を申し立てることができる。根拠は民法915条1項ただし書だ。
申立ては、伸長を求める前の期限が切れる前に行う必要がある。「調査中だから、期限も止まっているはず」と考えないことだ。裁判所の相続の承認又は放棄の期間伸長案内で、申立人、申立先、費用、必要書類を確認できる。
申立てをすれば希望した期間が自動的に認められるわけではない。なぜ時間が必要なのか、どのような調査が残っているのかを具体的に説明できるよう準備する。
美紀たちは「帳簿が見つからない」とだけ書かず、探した場所、照会した相手、回答待ちの資料、確認したい保証契約を一覧にした。何の判断に、なぜ時間が足りないかを示す。期間伸長が認められても、放棄そのものが受理されたことにはならないので、伸びた期間内に改めて調査と判断を進める。
家族への「いらない」と、家庭裁判所への申述は別の手続
「自分は何も受け取らない」と家族の前で宣言すること、遺産分割協議書に自分の取得分を書き入れないこと。これらは、法律上の相続放棄とは別の話だ。民法938条により、相続放棄は家庭裁判所への申述によって行う。
相続放棄を選ぶなら、裁判所の相続放棄の案内で提出先と必要書類を確認する。家族の話合いが終わるのを待つ必要はない。
- 亡くなった人の最後の住所地を担当する家庭裁判所を確認する
- 相続放棄申述書、戸籍、住民票除票等を準備する
- 申述後に照会書が届いたら、事実に即して期限内に回答する
- 受理通知書を保管し、必要に応じて受理証明書の交付を受け、債権者へ示す
ただし、家庭裁判所で申述が受理されたことと、後の訴訟で債権者が単純承認や熟慮期間の経過を主張した場合の実体的な判断は、常に同じ問題とは限らない。期限後の申述や財産への関与がある場合は、申述に至る経緯と資料を特に丁寧に残しておく。期限後に債務が判明した場合の詳しい整理は期限後の相続放棄と確認すべき事情を参照してほしい。
放棄した後も、手元にある財産には保存義務が残る場合がある
受理通知をしまうとき、もう一つ、手元に何が残っているかを見ておこう。放棄の書類と、預かっている相続財産は、別々に片付ける必要がある。
現行の民法940条では、相続放棄をした時に相続財産に属する財産を現に占有している人は、その財産を相続人または相続財産清算人(相続人がいるか明らかでない場合に、遺産を管理し借金の支払いなどを進める人)へ引き渡すまで、自分の財産と同じように気を配って保存しなければならないと定めている。
これは、放棄した人全員に無期限・無条件の管理責任が残るという意味ではない。現に占有している財産について、引渡しが完了するまでの間、一定の注意義務が課されるという規定だ。亡くなった人と同居していたなど、財産を実際に占有している可能性がある場合は、占有の状況と引渡し先・方法を確認しておく。
丸を付ける日を決めるために、まず三つの記録をそろえる
カレンダーに戻ろう。請求書が届いた日だけでは、自分の期限は決められない。必要なのは、その人が亡くなったことをいつ知ったか、自分が相続人になったことをいつ知ったか、その間に財産に関わる行為をしていないか、という記録だ。
美紀は、父の死亡を知った日、預金を見つけた日、借入れの封筒が届いた日を、一本の線に並べた。達郎と同じ日に知ったことも、別の日に知ったことも分ける。分かる日付に通知書や領収書を対応させる。思い出せない日は、無理に埋めなくていい。「不明」としたまま、そのことも含めて相談時に伝えよう。期間を数え始める時点がいつか、単純承認に当たる行為をしていないか、期間伸長の余地があるか。この三点を手元の資料と照らし合わせた上で、判断が難しければ弁護士等へ相談する。すでに3か月を過ぎたと思う場合の資料整理と例外が認められる条件は、相続放棄の期限が過ぎたときの対処法で分けて説明している。
この家族に必要なのは、都合のよい期間を数え始める時点を探すことではなかった。知った事実と行った作業を説明できるようにし、期限前の手続を確認することだった。放棄を選ぶかどうかの答えがまだ出ていなくても、必要な記録と期限の確認は始められる。
未成年者と、相続人が続けて亡くなった場合
相続人が未成年者や成年被後見人である場合は、民法917条により、その法定代理人が本人のために相続の開始があったことを知った時から数え始める。本人の年齢だけで期限を決めたり、成人になるまで待てると考えたりしない。
また、相続人が承認・放棄をしないまま亡くなった場合には、民法916条の再転相続に関する検討が必要になる。死亡が続いたときは、どちらの相続の期限なのかを分け、亡くなった順番とそれまでの手続を示して確認する。
あわせて確認する手続と資料
ほかにも確認する手続がある場合は、相続放棄・債務の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
死亡日から3か月を過ぎたら必ず相続放棄できませんか
必ずではない。原則は、死亡と自分が法律上の相続人になったことを知った時から数える。例外が認められる場合もあるが、個別の経緯と資料から判断する必要がある。
借金の督促が来た日から自動的に3か月が始まりますか
自動的には始まらない。相続財産が全くないと信じた事情、調査を期待することが非常に難しいだったか、その信頼に相当な理由があったかなどが問題になる。
申述が受理されれば後から争われませんか
受理後でも、債権者が熟慮期間の経過や法定単純承認を主張し、放棄の効力が争われることはある。受理通知だけで安心せず、経緯と資料を保存しておこう。
3か月以内に財産調査が終わりません
期限内に家庭裁判所へ熟慮期間の伸長を申し立てる方法がある。調べる必要がある財産・債務と、必要な期間を具体的に説明する。希望どおりに認められるとは限らないので、早めに準備しよう。
※本記事は一般的な情報提供です。熟慮期間の期間を数え始める時点、期限後申述、法定単純承認は個別事実で結論が変わるため、期限前に資料を持って弁護士等へ相談してください。



