相続税は、財産全体に一つの税率を掛けて終わりではない。まず相続全体の税額を計算し、それから、実際に受け取る人ごとの負担へ直す。二段階の計算と考えると、途中で出てくる数字を取り違えにくくなる。
ここからは、父を亡くした母の律子、娘の由佳、息子の航平という架空の家族で考える。実際の相談を紹介したものではなく、数字は仕組みを説明するための仮定だ。
由佳は、家族のパソコンの前で、電卓に「80000000」と打ち込んだ。資料をそろえ、保険や借金、贈与なども整理した結果、税金の計算に入る財産の合計を8,000万円と仮定する。土地の特例など、ほかの調整はないものとする。
速算表を見ると、1億円以下の行に30%とある。由佳は、8,000万円の3割なら2,400万円だと考えた。隣で見ていた律子は、家を売ることを想像してしまった。
だが、その8,000万円に、いきなり30%を掛ける計算ではない。法定相続人(法律で相続人になると決められた人)は母と子二人なので、まず4,800万円の基礎控除を引く。残った3,200万円について、さらに計算の段階がある。
財産がいくらか、税金を計算する対象がいくらか、計算途中の税額がいくらか、最後に払う額がいくらか。全部違う数字だ。由佳と律子が驚いていたのは、その数字を一つにしてしまったためだった。
計算を始める前に、五つの空欄を作る
「課税価格」という言葉は、税金を計算するために整理した財産の金額を指す。「課税遺産総額」は、全体の課税価格から基礎控除を引いた残りだ。家を売るときの価格や、納税額そのものという意味ではない。
この家族の数字を先に並べると、財産の合計8,000万円、基礎控除後の3,200万円、仮の分け方で作る税額350万円、最後の家族の納付額175万円となる。最後の175万円は、後で説明する取得割合と配偶者の軽減などを仮定した答えだ。どの数字が何を表しているか、順番に確かめていこう。
紙に五つの欄を書いてみよう。電卓の答えを一つだけ残すより、どこで数字が変わったのか分かりやすくなる。
- 受け取る人ごとの課税価格
- 基礎控除を差し引いた課税遺産総額
- 法定相続分で仮計算した相続税の総額
- 各人の課税価格の割合で割り振った税額
- 加算・税額控除を反映した各人の納付額
三つ目と四つ目で、分け方が一度切り替わるのが特徴だ。計算のための法定相続分(法律で決められた相続の割合)と、実際の受け取る内容を混ぜないようにしたい。ここでは基礎控除を独立させて五つに分けた。計算自体の流れは、国税庁の相続税の計算に沿っている。
ステップ1:通帳の残高を足すだけでは、最初の欄は埋まらない
たとえば、5,000万円の財産をもらっても、返さなければならない借金を2,000万円引き継ぐなら、5,000万円をそのまま自由に使えるわけではない。控除できる債務(借金など、支払い等をしなければならない義務)であれば、税金の計算ではその負担を差し引く。一方、預金の外で受け取る死亡保険金なども、税の対象になる場合がある。
見えているお金をただ足す作業ではなく、「その人が税の計算上、どれだけの財産を受け取ったことになるか」をそろえる作業だ。以下の式は、その足し引きを申告書の言葉で並べたものである。
最初の課税価格は、財産を受け取った人ごとに計算する。まず次のように純資産価額を求め、赤字ならゼロとする。その後、対象となる暦年課税の贈与財産を加算する。
相続・遺贈(遺言で財産を渡すこと)で取得した財産+みなし相続財産-非課税財産+相続時精算課税で加算する贈与財産-控除できる債務・葬式費用=純資産価額(赤字なら0)
純資産価額+対象となる暦年課税の贈与財産=各人の課税価格
ここでいう財産には、預貯金、不動産、株式だけでなく、死亡保険金や死亡退職金のうち相続税の対象となるものも入る。非課税枠の適用は受取人などの条件による。保険金なら何でも同じ税金・同じ非課税枠、と考えないようにしたい。
名義にも注意が必要だ。家族名義の口座だから、亡くなった方の財産ではないと即断できるとは限らない。誰が資金を出したか、贈与が成立していたか、通帳や印鑑を誰が管理していたかなどから、実際には誰のものかを確認する。反対に、管理を手伝っていたという一事だけで、全額を亡くなった人の財産と決めることもできない。
債務や葬式費用も、家族全体で一括して引けばよいわけではない。亡くなった人の確実な債務か、控除できる費用か、誰が負担したかなどを確認し、受け取る人ごとの条件に従って計算する。
不動産は、手元の通知書が何の評価額を示すかを確認しよう。土地は原則として路線価方式または倍率方式、家屋は固定資産税評価額を基礎に評価する。利用状況などによる調整もある。購入価格や売れそうな値段と、相続税評価額は同じとは限らない。詳しくは相続税における不動産評価の確認方法で扱っている。
昔の贈与を、今の通帳だけで探さない
現在の残高証明書に載らないお金もある。亡くなる前に贈与していた財産だ。
暦年課税では、相続や遺贈などで財産を受け取った人について、加算対象期間内に亡くなった人から受けた贈与を相続税の計算に戻すことがある。2026年12月31日までに始まった相続では、この期間は相続開始前3年以内だ。7年への延長には経過措置(新しい制度に切り替わるときの特別な扱い)があるため、「改正されたから、どの相続もすでに7年」と一律に扱わない。国税庁の贈与財産の加算の案内で亡くなった日に対応する期間を確認する。
相続時精算課税は別の計算だ。原則として対象財産の贈与時の価額を加算するが、2024年1月1日以後の贈与には年110万円の基礎控除があり、その控除部分は相続税へ加算しない。詳しくは相続時精算課税の選択を参照してほしい。複数の特定贈与者がいる場合も、基礎控除が贈与者ごとに110万円ずつ増えるわけではない。いつ、誰から、どの制度で受け取ったかを贈与の記録と照らし合わせよう。
ステップ2:人数を数えるとき、席にいる人だけを数えない
各人の課税価格を合計したら、基礎控除を差し引く。
基礎控除額=3,000万円+600万円×法定相続人の数
法定相続人が配偶者と子2人なら、3人なので基礎控除は4,800万円。課税価格の合計が8,000万円なら、差し引いた3,200万円が課税遺産総額になる。
この人数は、財産を受け取った人の数や、話合いに出席した人の数とは違う。相続放棄をした人がいても、その放棄がなかったものとして数える。養子を算入できる人数は原則として、実子がいる場合は1人、いない場合は2人まで。特別養子など実子として扱う場合もあるため、家族関係を確認する必要がある。
「今回は何ももらわないから人数から外す」といった数え方はしない。詳しい条件は相続税の基礎控除と法定相続人の数え方で確認してほしい。
ステップ3:ここで初めて、速算表を開く
なぜ、実際の分け方が決まっていても、いったん法律上の割合で分けるのだろう。この方式では、まず同じ家族構成・同じ課税遺産総額について、共通の割合で相続全体の税額を作る。その後、実際に受け取った金額の割合で、その税額を振り分ける。
たとえば、母が半分を受け取る案と、母がもっと多く受け取る案があっても、課税価格の合計などが同じなら、この段階の総額は同じ基準で計算する。各人がいくら負担するかは、次の段階で変わる。計算のための仮の分け方を、家族がそのとおりに分ける義務と読み違えないようにしたい。
先ほどの3,200万円を、法定相続分どおりに仮に分ける。配偶者と子2人なら、配偶者は2分の1の1,600万円、子はそれぞれ4分の1の800万円だ。実際の分割がどうなったかは、この段階では使わない。
速算表を当てはめるのは、この法定相続分に応ずる取得金額に対してだ。冒頭で8,000万円の行を探したところまで戻ってみると、同じ表でも見るべき場所が違っていたことが分かる。
| 法定相続分に応ずる取得金額 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 1,000万円以下 | 10% | 0円 |
| 1,000万円超~3,000万円以下 | 15% | 50万円 |
| 3,000万円超~5,000万円以下 | 20% | 200万円 |
| 5,000万円超~1億円以下 | 30% | 700万円 |
| 1億円超~2億円以下 | 40% | 1,700万円 |
| 2億円超~3億円以下 | 45% | 2,700万円 |
| 3億円超~6億円以下 | 50% | 4,200万円 |
| 6億円超 | 55% | 7,200万円 |
配偶者の仮の取得金額1,600万円なら、1,600万円×15%-50万円=190万円。子は800万円×10%で各80万円。合計は190万円+80万円+80万円=350万円になる。これが、この例の「相続税の総額」だ。
税率と控除額は国税庁 No.4155「相続税の税率」で確認できる。実際の計算では、各段階の端数処理も申告書の案内に従う。
由佳は、律子の欄に「190万円」と書きかけた。航平が「お母さんが払う分?」と聞く。ここで、また立ち止まる必要がある。190万円は、まだ三人全体の税額350万円を組み立てるための部品だ。その部品の数字を、そのまま各人への請求額にしてはいけない。
ステップ4:「母は190万円」で話を終えない
190万円という数字を見ても、それが配偶者の請求額だと思わないでほしい。今の190万円は、相続税の総額を作るための途中の数字だ。
次に350万円を、各人の課税価格が全体に占める割合で割り振る。式にすると、こうなる。
相続税の総額×各人の課税価格÷課税価格の合計額
この例で、実際の課税価格も配偶者4,000万円、子が各2,000万円なら、割合は2分の1・4分の1・4分の1。割り振った税額は、配偶者175万円、子は各87万5,000円となる。
同じ相続人構成・同じ課税遺産総額なら、分け方を変えても三つ目の欄で計算した総額は原則として変わらない。一方、誰がどの財産を受け取るかによる特例や、各人の加算・控除によって、最終納付額は変わりうる。総額と納付額を同じ欄に書かない方がよい理由はここにある。
ステップ5:最後の欄で、各人の加算・控除を反映する
配偶者の負担を軽くするのには理由がある。夫婦が長い間、協力して築いた財産であり、残された配偶者がその後も暮らしていくための財産でもある。また、同じ世代の夫婦の間で引き継がれた後、次の相続が比較的近く起きる場合もある。こうした点に配慮して、配偶者の税額軽減が設けられている。
ただし、この軽減は母の税額に関するものだ。母に軽減があるから、子の税金まで全部なくなるわけではない。母自身がもともと持っていた財産や、母の次の相続まで含めて、取得する額を考えることも大切になる。
割り振った税額に、各人の事情に応じた加算・控除を反映して納付税額を求める。相続時精算課税で既に納めた贈与税相当額は最後に精算し、相続税から控除しきれない場合には申告によって還付を受けられることもある。代表的なものは次のとおりだ。
- 相続税額の2割加算
- 贈与税額控除(暦年課税分と相続時精算課税分では控除の順序・扱いが異なる)
- 配偶者の税額軽減
- 未成年者控除・障害者控除
- 相次相続控除・外国税額控除
2割加算は、亡くなった人の配偶者や一親等の血族以外の人などが対象になる。ただし、孫でも代襲相続人として取得した場合と、代襲ではなく養子となった孫が取得した場合では扱いが違う。名称だけで判断せず、家族関係と取得の経緯を確かめよう。
配偶者の税額軽減では、実際に取得した正味の遺産額が、1億6,000万円と法定相続分相当額のどちらか大きい金額までなら、配偶者に相続税はかからない。ただし、隠蔽・仮装されていた財産は対象外で、軽減のための申告も必要だ。未分割財産への適用にも制限がある。条件と書類は国税庁の配偶者の税額軽減の案内を確認してほしい。
ここまでの例で、配偶者が軽減を受ける条件を満たし、子2人に他の加算・控除がなければ、配偶者は0円、子は各87万5,000円。家族の納付額の合計は175万円になる。途中で出た350万円と、最後に出た175万円。どちらも計算の中の正しい数字だが、表しているものが違う。
家族の納付額が175万円になるという試算を見て、律子はようやく息をついた。最初に想像した2,400万円とは、大きく違った。
航平は「それなら、母さんが全部受け取れば、もっと安くなるのかな」と言った。そこで由佳は、いまの相続税だけでなく、母が暮らすために必要なお金と、将来、母から子へ引き継ぐときの税金も確かめようと考えた。今日の税額が一番小さい案が、家族の暮らしにも、次の相続にも一番よいとは限らない。
二次相続との比較は、配偶者の税額軽減と二次相続で扱っている。まずこの記事では、途中の350万円と最後の175万円を別の欄に残す。それだけでも、家族が何の数字を話しているのか、確かめやすくなる。
電卓の答えより、空欄の理由を確かめる
試算でずれやすいのは、掛け算そのものより、その前提だ。
- 土地の購入価格や固定資産税評価額を、そのまま相続税評価額にしていないか
- 保険金・退職金・名義財産・対象となる贈与を漏らしていないか
- 法定相続人の数と実際の受け取る人の数を混同していないか
- 法定相続分での仮計算を飛ばしていないか
- 特例で税額がゼロになることと、申告不要を混同していないか
申告が必要なら、原則として死亡を知った日の翌日から10か月以内に申告・納付する。分割が終わっていない場合の扱いは、相続税の申告期限と未分割申告で確認できる。
五つの欄を全部埋められなくても、構わない。「土地の評価が分からない」「昔の贈与の記録がない」と、止まった理由を書いておけば相談に使える。戸籍、預貯金・証券・保険の資料、不動産資料、債務・葬式費用、贈与の記録を、分かるところからそろえよう。
国税庁の相続税の申告要否判定コーナーも試算の確認に使える。大切なのは、電卓に大きな数字が出たところで驚いて終わらず、その数字が五つの欄のどこに入るのかを確かめることだ。
確認に使える公的資料
未成年者控除・障害者控除は、財産でなく税額から引く
条件を満たす未成年の相続人等は、満18歳までの年数一年につき10万円を基本に控除額を計算する。障害者控除は、満85歳までの年数一年につき一般障害者10万円、特別障害者20万円が基本となる。いずれも一年未満の期間は切り上げる。
年齢だけで適用を決めず、財産取得時の住所等、法定相続人に当てはまるか、障害の条件、過去の控除適用を確認する。本人の税額から引き切れない部分は、所定の扶養義務者の相続税額から控除する扱いがある。支給金でも、生活費に使える預金が増える制度でもない。
ほかにも確認する手続がある場合は、相続税の申告・納付・調査の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
遺産総額に税率を掛ければ相続税を計算できますか
それだけでは計算できない。受け取る人ごとの課税価格を合計し、基礎控除を差し引き、法定相続分で総額を計算してから各人の課税価格の割合で割り振る。最後に加算・控除を反映する。
基礎控除以下なら必ず申告不要ですか
特例を使う前の課税価格の合計額が基礎控除以下なら、通常は申告不要だ。ただし、相続時精算課税、加算対象となる贈与、みなし相続財産などを含めて判定する。
配偶者が取得する財産には相続税がかかりませんか
配偶者の税額軽減では、実際に取得した正味の遺産額が1億6,000万円と法定相続分相当額のどちらか大きい金額までなら相続税はかからない。ただし申告が必要で、未分割財産などへの適用条件も確認する。
不動産の評価は固定資産税評価額で計算しますか
土地は原則として路線価方式または倍率方式、家屋は固定資産税評価額を基礎に評価する。財産の種類や利用状況による調整もあるため、通知書の数字をすべての不動産へ一律に使わない。
相続税を自分で試算するとき、何を先に集めますか
相続人を確認する戸籍、預貯金・証券・保険の資料、不動産の登記事項と固定資産税資料、債務・葬式費用、贈与の記録をそろえる。足りない資料は一覧にして、日付と名義も確認しよう。
本記事は一般的な相続税計算の説明です。財産評価・特例の判断は個別事情によるため、国税庁の最新資料を確認し、必要に応じて税理士等へ相談してください。



