きょうだいで相続の話を始めるなら、相続人、遺言、財産・債務、取引、期限の資料をそろえて共有する。数字が違っても、資料の日付が違うだけか、確認すべき出金があるかは、まだ分からない。
以下の新一・遥・楓は、初動を考えるための架空の家族だ。人物・金額は説明用である。
父が亡くなり、長男の新一は、弟の遥と妹の楓へ「預金はだいたい分かった」と連絡した。新一の手元の通帳は900万円、遥が取り寄せた死亡日時点の残高証明書は1,000万円。楓が「100万円違うのはなぜ?」と尋ねると、新一は、父の手続を進めているのに疑われたように感じた。
全員の有効な合意で権利を分ける以上、連絡役だけが見ている資料では、他の人が提案の意味を判断しにくい。一方、疑いだけで説明を求め続けても、何を示せばよいかが伝わらない。新一たちは、金額の出どころと未確認事項を同じ表へ載せることにした。
話合いを始める前に、誰へ何を連絡し、どの資料を共有するかを決めたい。取り分の計算より先に、財産資料と連絡・期限の担当をそろえる。
同じ「残高」でも、見ているものが違う
手元の通帳は、いつ記帳したものだろう。残高証明書の基準日はいつだろう。定期預金や別支店の口座も入っているだろうか。同じ銀行の話をしていても、この三つが違えば、数字はそろわない。
まず、口座名、基準日、金額、根拠資料を並べる。分からない数字を埋めるために、記憶の金額を確定額として使わない。「資料待ち」と書く欄があってよい。
不動産も、固定資産税の通知書と、不動産会社の査定では、価格の意味が違う。評価方法と基準日を付けて共有しよう。
立替費用は、誰が何を払ったかと、遺産から負担する合意があるかを、分けて記録する。
新一の通帳は死亡後の出金を含む現在残高で、遥の証明は死亡日の残高だった。間に100万円の支出があったのだ。
ただし、差額が分かっただけでは、その支出を誰が負担するかは決まらない。日付、支払先、目的、誰の資金かを確かめよう。
最初の一覧は、空欄があっていい
全部調べ終わってから目録を作ろうとすると、集めている途中の情報が各人の手元に散らばる。最初は、次の六つの欄があるだけでもよい。
| 項目 | 一覧に残すこと |
|---|---|
| 相続人 | 続柄、連絡方法、戸籍の収集状況、確認が必要な家族関係 |
| 遺言 | 有無、種類、保管場所、照会・検認・証明書の状況 |
| 財産 | 金融機関と支店、不動産、株式、保険、動産、貸付金と根拠資料 |
| 債務・費用 | 借入れ、保証、税金、医療・葬儀・管理費用と支払者・領収書 |
| 取引 | 死亡前後の払戻し、送金、名義変更、使途と資料 |
| 期限 | 放棄、準確定申告、相続税、遺留分、登記の期間を数え始める日と期限 |
それぞれに「確認済み」「資料待ち」「争いあり」を付けておく。まだ見つからない資料があっても、それ自体が分かれば次に誰が何を確認するかを決められる。
一覧に載せたものが、すべて同じ扱いで分割されるとは限らない。保険金や債務、払戻済みの金銭などは法的な扱いも確認する。遺言・特別受益・寄与分(遺産を守ったり増やしたりする特別な貢献に応じて、相続の取り分に上乗せする額)によって具体的な取り分が変わることもあるので、法定相続分(法律で決められた相続の割合)・特別受益・遺留分の整理も参照してほしい。
なお、全員が資料を出してくれるまで何もできない、ということではない。共有を求めながら、自分でできる調査、期限の確認、相談は進めてよい。
電話を切った後に、短い確認を残す
兄には電話で話した。妹には後でメールした。弟には、兄から伝わっていると思っていた。誰かが悪意を持っていなくても、これで全員が同じ内容を知るとは限らない。
連絡窓口を決めるなら、質問・回答・添付資料を他の相続人も確認できる方法にする。窓口の人が全部の判断を任されたことにはならない。処分や契約に必要な権限は別に確かめる。
- 分かった事実と、これから提案したいことを分ける
- 質問は対象の財産・期間・金額・資料を具体的にする
- 電話の後は、話した内容を短い確認文にする
- 原本の保管者を記録し、共有には写しを使う
- 合意した点と、まだ決まっていない点を更新する
返信がないことを、同意と扱うのも避けたい。「この点はまだ回答待ち」と残せば、後から合意の有無をめぐってすれ違うのを減らせる。直接の連絡が難しい場合には、代理人を通じる方法も検討しよう。
出金の跡を見つけても、残高の話と混ぜない
通帳に大きな払戻しがあると、その行から目が離れなくなる。だが、確認する順番は「引き出した人を責める」からではない。日付、金額、使途、本人の意思、領収書や送金先を確かめるところからだ。
共同相続された預貯金の扱いでは、普通預金・通常貯金・定期貯金は遺産分割の対象になる。ただし、今ある預金をどう分けるかと、すでに払い戻されたお金を誰に返してもらうかは、同じ問題ではない。
2019年7月1日以後に始まった相続では、死亡後に処分された財産も、民法906条の2により、共同相続人全員の同意で、分割時にまだ存在するものとみなせる場合がある。
共同相続人が処分した場合、その本人の同意は不要だが、ほかの共同相続人全員の同意が必要となる。死亡前の出金や返還請求は、別に確かめる。
医療費、葬儀費用、生前贈与、無断の出金を、一つの「使い道の分からないお金」にまとめない。
説明と資料がある部分、資料待ちの部分、説明自体を争う部分を分けよう。裁判所での話合いである調停で扱えるか、別の請求が必要かを相談しやすくなる。
差額100万円について、父の未払医療費30万円と、葬儀に関する支出70万円だったとの説明があっても、明細と負担を確かめる。
実際に払った額、家族で負担に合意した額、相続税で控除できる額は、別々に記録しよう。
楓は、100万円を直ちに「新一が取得した額」とは決めず、資料のある30万円、まだ明細待ちの70万円というように確認状況を分けた。遥も、死亡日の残高と現在残高を別の欄にし、同じお金を二重に遺産へ足さないようにした。
新一・遥・楓の架空の例だ。ほかの入出金はなく、死亡後に100万円の支出があったと仮定する。
1,000万円
その日、口座に残っていた額。
100万円
説明は未払医療費30万円と葬儀支出70万円。
領収書・支払先・誰が負担するかは、別に確かめる。
1,000万円 − 100万円
= 900万円
死亡日と現在の残高を足して1,900万円にはしない。差額100万円も、そのまま使い込みや一人の取得額、税で控除できる額とは決められない。
家族の返事を待っていても、期限は延びない
「全員で話せるのは、来月になりそう」。集まる日は先でも、確認すべき期限は今日の一覧に書いておきたい。手続によって、何を知った日から数えるかも違う。
- 相続放棄・限定承認:自己のために相続の開始があったことを知った時から原則3か月。調査が終わらない場合は、期間内に家庭裁判所への伸長申立てを検討する
- 準確定申告・納付:申告が必要な場合、相続が始まったと知った日の翌日から原則4か月
- 相続税の申告・納付:申告が必要な場合、相続が始まったと知った日の翌日から原則10か月
- 遺留分侵害額請求:相続開始と侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年間行使しないと時効で消滅。亡くなってから10年の期間もある
- 相続登記:自分のために相続が始まったことと、その不動産の所有権を取得したことを知った日から原則3年以内。分割後には、その内容に応じた登記について別に3年以内の義務がある
限定承認は相続人全員で行う必要があるため、一人でできる相続放棄と同じ進め方ではない。負債が不明な場合は、分け方だけに集中せず、引き継ぐかどうかも早めに確認したい。
相続登記は、2024年4月1日より前の相続にも義務化が及ぶ。その日より前に不動産を相続したことを知っていた場合、原則として2027年3月31日までの対応が必要だ。分割がまとまらなければ、相続人申告登記で最初に必要となる義務を果たせる場合がある。ただし、それだけで売却できる登記が済むわけではなく、分割後の登記義務も別にある。法務省のQ&Aで確認しておこう。
亡くなってから10年を経過した後の分割には、特別受益・寄与分を原則考慮しないルールがある。
ただし、期間内に家庭裁判所へ請求した場合等の例外や、施行前の相続に関する経過措置もある。「分割そのものに一律の期限はない」からといって、長く放置してよいわけではない。
未分割申告は、家族の同意を急がせるための制度ではない
相続税が心配になると、早く協議書を完成させたくなる。ただ、未分割でも申告する方法がある。法定相続分等による計算や、特例の後日適用に必要な書類を税理士と確認し、納得していない条件への同意と税の対応を分けて考えよう。
遺留分も、遺言の話合いをしているだけで権利行使が済むわけではない。相手への意思表示を含め、何をいつまでに行う必要があるかを確認する。2019年7月1日より前の相続には旧法の制度が適用されるため、亡くなった日も大事な情報だ。
まとまらないときは、「何が決まらないか」を持って相談する
一緒に表を埋めようとしても、資料を出してもらえない。数字はそろったが、実家を売るかどうかで合意できない。止まっている場所によって、必要な対応は変わる。
遺産分割調停では、相続人の一人または複数が他の相続人全員を相手方として申し立て、資料や希望する分割方法を確認しながら合意を目指す。不成立となれば審判に移り、裁判所が分割方法を判断する。呼出しに応じない相続人がいる場合の流れも参考になる。
財産が誰のものか、遺言が有効か、返す義務があるか等は、別の調停や民事訴訟が必要になる場合がある。
相談時は、相続人、財産の範囲、評価、取得方法、費用、説明のつかない出金のうち、どこが未解決かを伝えればよい。分かる範囲で整理しよう。
全体の手順は遺産分割協議の進め方、疎遠な相続人がいる場合は兄弟と絶縁しても相続権は消えないで扱っている。連絡が難しい事情も、最初から相談先へ伝えておこう。
「だいたい」を、一つずつ確かな情報にする
最初の残高の食い違いは、資料の日付を合わせれば解けるかもしれない。そろえても分からない出金が残るかもしれない。どちらも、見てみなければ分からない。
新一、遥、楓は、原本を誰が持ち、どの写しを共有したかも記録した。相手の返信を待つ項目と、自分で取り寄せる資料、急ぐ期限を別々にする。分からない欄があっても、三人が同じ未確認事項を見られるようになった。
手元にある資料とまだない資料、最後の連絡日、返答待ちの質問を残しておけば、止まったときにも、次に確かめることを示せる。資料共有は仲の良さを試すことではなく、家族が同じ前提で判断するための準備になる。
参考資料
ほかにも確認する手続がある場合は、遺産分割・調停・紛争の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
兄弟仲が良ければ資料共有は不要ですか
関係が良くても、見ている資料や評価の基準が違うことはある。同じ目録と根拠資料を共有し、未確認の箇所も分かるようにしておこう。
兄弟の一人を連絡窓口にしてもよいですか
窓口を決めることはできる。ただし、質問・回答・資料を他の相続人も確認できるようにしたい。窓口であることと、単独で処分や契約ができることは別だ。
遺産分割協議に10か月の期限がありますか
分割そのものに一律10か月の成立期限はない。10か月は相続税の申告・納付の原則的な期限で、申告が必要な場合は未分割でも対応する。登記や特別受益・寄与分などに関する期間も別に確認する。
一人が連絡に応じない場合はどうしますか
記録が残る方法で資料と質問を伝え、返事がない箇所を整理する。合意できなければ遺産分割調停を検討できる。返事を待つ間も、期限の確認や相談は進めてよい。
亡くなった後の預金払戻しも遺産分割で解決できますか
2019年7月1日以後に始まった相続では、民法906条の2により、所定の同意の下で、死亡後の処分財産も存在するとみなして分割できる場合がある。共同相続人が処分したなら、その本人以外の共同相続人全員の同意が必要だ。死亡前の出金や返還請求とは分けて確認する。
この記事は一般的な情報を説明するものだ。相続人、遺言、財産・債務、取引、相続の開始時期、合意内容で対応は変わる。期限や争いがある場合は、もとの資料を弁護士・税理士等へ示して確認しよう。



