相続税は、本人が申告できる。自分で進めやすいかは、財産額だけでなく、財産の種類、特例、資料の確かさ、家族の協力、期限までの時間で判断しよう。
創太と春香は、本人申告を考える架空の兄妹で、金額も説明用だ。全部を自分で終えると決める前に、難しい項目を早めに見つけたい。
母が亡くなり、兄の創太は「預金が中心だから、自分たちで申告できそうだ」と考えた。妹の春香も、費用を抑えながら二人で進めたい。ところが、不動産の資料を見ると、母名義の私道の持分が見つかった。これは何の財産で、いくらと評価するのか。申告書の欄を埋める前に、判断することがあった。
相続税は、受け取る財産の範囲と評価、控除を資料で確かめ、税額を計算して申告する仕組みだ。
専門家へ必ず頼む必要はない。ただし、申告書の空欄が埋まっただけでは、数字が正しいとはいえない。創太と春香も、分かる項目と、判断に迷う項目を分けることにした。
自分で申告する前に、申告が必要か確認する
遺産に係る基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」。各人の課税価格の合計額が基礎控除以下なら、原則として申告は不要だ。たとえば、法定相続人が二人の場合は4,200万円となる。
預金と不動産の見た目の合計だけでは判断できない。保険金や退職手当金、名義と実際の持ち主が違う可能性のある財産、過去の贈与等も確認する。
差し引ける借金等や葬式費用、非課税枠も正しく計算しよう。相続放棄した人や養子がいるときの相続人の数には、税法上のルールがある。
配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を使った結果、税額がゼロになる場合は、申告が必要になる。「最終的な税金がゼロ」と「申告しなくてよい」は同じではない。
相続人は創太と春香だけで、課税対象は預金5,000万円のみ。他の財産、借金、贈与加算、特例、税額控除等はなく、二人が半分ずつ受け取るとする。
基礎控除:3,000万円 + 600万円 × 2人
= 4,200万円
預金5,000万円 − 基礎控除4,200万円
= 課税遺産総額800万円
800万円 × 1/2 = 各400万円
400万円 × 税率10% = 各40万円
二人分を足して 総額80万円
この例は二人が半分ずつなので、
80万円 × 1/2 = 各40万円
800万円は税額ではない。まず相続税の総額を出し、実際に受け取る割合で各人へ割り振る。
しかし、私道持分が見つかった創太たちに、預金だけという前提をそのまま当てはめることはできない。道路の利用や権利、税金を計算するときの評価を確かめて一覧へ反映する必要がある。金額を入力する前の調査が、申告が必要かどうかや税額を支えている。
自分で進めやすいかを判断する五つのポイント
- 相続人と取得する財産が明確で、必要な資料を共有できる。
- 預金などが中心で、財産の評価方法を資料とともに説明できる。
- 過去の贈与、名義預金、使途不明の出金などに未解決の疑問がない。
- 使う特例の条件と添付書類を確認できる。
- 期限までに調査・作成・見直し・納税の時間を確保できる。
上場株式でも、死亡日の価格を一つ調べればすべて終わるわけではない。土地の評価が申告が必要かどうかを左右する場合もある。財産額が基礎控除に近いほど、評価をおおまかに済ませることは避けたい。
複雑な土地、上場していない会社の株式、国外財産、事業承継税制、名義財産、未分割の遺産等があれば、早めに税理士の確認を検討しよう。
全部を頼むほか、評価や特例など、一部の確認を相談できることもある。どこまで引き受けてもらえるかは、先に確認する。
期限は、相続が始まったと知った日の翌日から10か月が原則
通常は死亡した日を知っているので、その翌日から10か月以内に申告・納税する。相続が始まったことを知った日が異なる場合もあり、単に死亡日だけで一律に決めない。
期限が土日・祝日等なら、翌開庁日となる。
財産調査が終わらない、遺産分割が決まらない、税理士が見つからないといった事情だけで期限が自動的に延びるわけではない。必要な作業を並べ、評価で迷う項目は期限直前まで残さないようにする。
申告先も確認する。亡くなった人の亡くなった時の住所が日本国内にある場合、原則としてその住所地を所轄する税務署へ提出する。相続人が現在住んでいる場所の税務署とは限らない。
手順1:相続人、遺言、財産の範囲を確かめる
戸籍等で相続人を確かめ、遺言があるかを調べる。
相続人に未成年者がいて、代理する親等と利益が対立する場合などには、分割協議のための特別代理人が必要になることもある。家族の代表者というだけで、全員分を決められるわけではない。
財産は、金融機関や証券会社の資料、不動産の登記・課税資料、保険の支払通知、借入れの資料などから一覧にする。名義だけで決めず、保険料を誰が負担したか、家族名義の預金を実際に誰が管理していたかも確認する。
遺産分割で話し合う財産の範囲と、相続税を計算する対象は同じとは限らない。相続人以外が受け取った保険金なども、契約関係に応じて税金を計算するときの確認が必要になる。
手順2:財産ごとに、評価の資料を集める
- 預貯金:残高証明、通帳、取引履歴、定期預金等の内容。
- 株式・投資信託:銘柄、口数、亡くなった時の保有資料、評価に用いる価格や価額。
- 土地・建物:登記、固定資産資料、公図や測量図、利用状況、賃貸借関係。
- 保険・退職手当:契約者、被保険者、保険料負担者、受取人、支払額。
- 債務・葬式費用:残高、請求書、領収書、費用の内容と負担者。
相続税の評価は、相続税法や財産評価基本通達等に従う。不動産の売却査定額をそのまま入れたり、株式と投資信託を同じ計算で扱ったりしない。
国税庁の手引きや評価明細書を使い、どの資料からその額を出したかを残そう。
相続税のための資料と、申告書に添付しなければならない資料は区別する。提出しない資料でも、評価を裏付けるものは保存しておく。
春香は銀行や証券の資料を整理し、創太は私道の登記、図面、利用の状況を集めた。二人で説明できない評価は税理士へ確認する方針にした。相談する場合は、その確認だけを引き受けてもらえるか、申告全体の点検まで必要か、範囲と費用を先に確かめる。
手順3:分割と特例を確認する
誰が何を受け取るかで、使える特例や各人の税額が変わる。
小規模宅地等の特例は、土地の利用状況と受け取る人の条件を確認する。配偶者の税額軽減は、分割等の条件も確かめる。「実家だから」「配偶者だから」だけで、自動的に使えるわけではない。
申告義務があれば、遺産が未分割でも、期限内の申告・納税が必要だ。
未分割の財産は、法定相続分等に従って受け取ったものとして計算する。その財産には、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を使えないのが原則となる。
後から分割して特例を使うには、分割見込書などの手続や期間を確認する。分割後の更正の請求(多く申告した税額などを、税務署に直してもらうよう求める手続き)にも期限があるので、単に「あとで直せる」と考えない。詳しくは相続税の未分割申告で説明している。
手順4:申告書と添付書類を作る
国税庁の様式と手引きは、相続が始まった年に合うものを選ぼう。2026年分は様式が変わっているので、2026年に亡くなった人には2026年分用を使う。
2025年以前の相続なら、その年に対応する様式を確かめる。提出する年だけで選ばない。
相続人、財産、借金等、取得割合、税額を照らし合わせ、財産の一覧と申告書の数字が一致するか確認する。
本人確認や相続関係の書類、遺言・協議書、特例に必要な添付資料などは、手続と適用制度ごとに確認する。ネット上の一覧一つで全員同じ添付書類になるわけではない。
共同で提出できる場合でも、各人の税額と申告内容を確認する。ほかの相続人の財産取得や贈与の情報が不明なら、空欄を推測で埋めず、資料の照会や専門家への相談を行いたい。
手順5:提出と納税を、それぞれ確認する
申告書を出しても、納税が自動的に終わるわけではない。各人の納付額と払い方を決め、期限内に払えるお金を用意しよう。
提出した書類の控え、提出が分かる記録、納付の記録を保存する。
相続税は、お金で一括して納めるのが原則だ。不動産が多く現金が少ないなら、売却や資金調達、分割払いの延納、財産そのもので納める物納の条件を、早く確認しよう。
延納や物納は、自由に選べる支払方法ではない。条件を満たし、期限内に申請する必要がある。
誤りが見つかったら、発見した時期と内容を記録する
期限前に誤りを見つけた場合は、正しい内容で期限内に申告する。期限後に税額が不足すると分かった場合は修正申告(少なく申告した税額などを、自分で直す手続き)と追加納付を検討し、多すぎた場合は更正の請求ができるか確認する。
未申告、財産漏れ、評価の誤り、分割が後で成立した場合では、必要な対応が異なる。延滞税や加算税の扱いも、申告や調査の時期などによって変わる。何が、いつ分かったかを資料とともに整理して相談する。
本人申告と、他人の申告の代行は分けて考える
自分の申告をすることと、他人から頼まれ、税務代理・申告書等の作成・税務相談を仕事として行うことは別だ。
税理士法による業務の制限は、有料の場合だけではない。「無料で頼むから大丈夫」と判断せず、具体的な税務判断を誰に、どこまで頼むかを確かめよう。
家族で資料を集めて共有することと、誰かの申告内容を専門家として判断・代行することを混同しない。難しい評価や特例は、本人申告の途中でも税理士に相談できる。
自分で行う範囲を、途中でも見直してよい
最後まで全部自分で行うことを目標にする必要はない。資料収集は自分で進め、判断が難しい部分に支援を使う方法も考えられる。費用の比較は相続手続の費用を参考に、どこまで確認してもらえるかを相談したい。
創太と春香は、本人で集める資料、評価の確認を頼む部分、提出と納付の担当を別の欄にした。申告書に転記した後も、一覧の財産が漏れていないか、各人の取得と税額が合っているかを照らし合わせる。
判断の目安は、空欄が埋まったかではなく、財産の範囲・評価・特例・各人の税額を資料で説明できるかだ。分からない点と期限を持って相談すれば、自分で続ける範囲も、支援を頼む範囲も見直しやすくなる。
公的資料・根拠
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