遺産分割調停は、弁護士に依頼せず、本人で申し立てて参加することもできる。依頼するかは、争っている点を理解できるか、資料をそろえられるか、提案の意味を確認して判断できるかで考える。相手に弁護士がいるかだけで決めるものではない。
父を亡くした姉の智子は、弟の康平から届いた書面を見て手が止まった。差出人欄に、知らない弁護士の名前があった。父と同居していたのは智子だ。自分には日々の介護の記憶がある。でも紙には、家の評価と預金の残高が並び、智子のしてきたことがどこに入るのか分からなかった。
「向こうに先生がいるなら、もう決まったようなものなのかな」。智子は、相談料や報酬で自分の取り分が減ることも気になっていた。母はすでに亡くなり、姉弟二人で進める相続だった。
智子と康平は制度を説明するための架空の家族で、実際の相談を紹介したものではない。この記事では、どちらの主張が正しいかを決めるのではなく、自分で進める部分と支援が必要な部分を見分ける。
弁護士を付けるかは、争点と対応できる範囲で判断する
弁護士がいないという理由だけで、主張が認められなくなるわけではない。裁判所は本人が使える申立書等の書式を公開している。本人で進める場合の準備は弁護士なしで相続調停を進める手順で整理している。
一方、調停は不満を聞いてもらえば終わる場ではない。財産の範囲や評価、各人の取得希望を資料とともに示し、合意できなければ審判(裁判官が事情や資料を調べて判断する手続き)での判断も見据える必要がある。
調停委員会は双方の事情を聴いて合意を目指す立場であり、自分の代理人ではない。自分に有利な法的主張や証拠の出し方を、すべて代わりに組み立ててもらえるとは考えないようにする。
調停委員会は、双方の話を聴き、合意できる案を探す立場だ。一方だけに有利な証拠を集めて主張を作る、自分の代理人ではない。弁護士へ依頼する場合は、その弁護士が自分の立場から主張と資料を整理する。裁判所と代理人の役割を分けて考えよう。
依頼を検討したい5つの場面
相続人や遺産の範囲から争っている
誰が分割に参加するか、ある預金や不動産が亡くなった人の財産なのかが決まらないと、分け方の前提が整わない。遺言の効力や財産の持ち主など、別の訴訟が必要になる問題を含む場合もある。
この段階では、取り分を増やす方法より、どの手続で何を確定させるかを確認する意味が大きい。手元の戸籍、遺言、登記、預金資料と、相手の説明を分けて相談したい。
不動産や株式の評価が大きく食い違う
実家を受け取る人と代償金(遺産を多く受け取る人から、ほかの相続人へ渡す調整のお金)を受け取る人では、望む評価額が違うことがある。固定資産税の評価額、売却の査定額などを混ぜたまま話しても、差が縮まるとは限らない。
どの時点の、どの評価を使うか、追加の査定や鑑定が必要かを整理する。弁護士への依頼で希望額が保証されるわけではないが、資料を比較して主張の根拠を明確にする支援を受けられる。
家を3,000万円、預金を1,000万円と評価し、ほかの調整をせず姉弟で半分ずつにすると仮定する。遺産は合計4,000万円で、一人分は2,000万円だ。
康平が3,000万円の家を取り、智子が1,000万円の預金を取るなら、康平から智子へ調整のお金を1,000万円払う。これで、二人とも正味2,000万円になる。
智子は最初、「半分の2,000万円を弟が払う」と読んでいた。すでに受け取る預金を足さないと、同じ「半分」という言葉でも計算が変わる。この仮定が自分たちに合うか、家の評価が適切か、康平が1,000万円を払えるかは、さらに別の確認だ。内容を説明できないまま、専門家の文書だからと署名しない。
特別受益や寄与分を主張する必要がある
「兄は住宅資金をもらった」「自分だけが介護をした」という事情が、そのまま希望額の増減になるわけではない。送金の目的・時期・額や、財産の維持・増加への貢献を、法律上の条件と資料に対応させる必要がある。
記憶だけでなく、通帳、契約書、介護記録、支出の領収書等を整理する。何が証明でき、何がまだ推測なのかを区別しておくと、主張する内容と見通しを相談しやすい。
智子の介護も、「大変だった」ことと「父の財産を特別に守った」ことを分けて考える。外部に頼む費用を節約できたのか、どの程度の介護だったのか、対価を受け取っていたか。家族として通常期待される協力を超える特別な貢献などの条件を確認する。介護年数を掛ければ自動的に取り分が増える制度ではない。
智子が欲しかったのは、まず自分のしてきたことを消さない説明だった。そこで「認めてほしい気持ち」「法律上確認する条件」「裏付けになる資料」を三つの欄に分けた。相談では、そのどこが足りないかを確認する。寄与分(遺産を守ったり増やしたりする特別な貢献に応じて、相続の取り分に上乗せする額)が必ず認められるという約束をしてもらうためではない。
使い道の分からないお金など、返還を求める問題もある
亡くなる前の引出し、亡くなった後の処分、残っている預金は、同じ問題ではない。遺産分割に取り込めるか、民法906条の2による同意の仕組みが使えるか、別の返還請求を検討するかを分ける。
預金が減っていることだけで、相手が不正に取得したと決めつけない。誰が払い戻し、何に使い、どの資料で確認できるかが重要になる。分割と返還請求が重なる場合は、手続の順序や費用も相談したい。
資料の準備や期日対応を続けるのが難しい
争点が極端に複雑でなくても、仕事や体調、遠隔地への対応、相続人の多さが負担になることはある。書面の準備、資料の確認、期日までの対応を継続できるかも判断材料だ。
依頼しても、本人しか分からない事情の説明や資料提供は必要になる。すべてを任せれば本人の対応がなくなるという意味ではない。どの作業を弁護士が担い、どの場面で本人の協力が必要かを確認する。
本人で進める選択を検討しやすい状態
- 相続人と対象財産の範囲が確認できている。
- 財産の評価や生前贈与・寄与分等に大きな争いがない。
- 各人の希望の違いと、その調整方法を説明できる。
- 必要な資料を集め、裁判所からの照会や提出期限に対応できる。
- 提案された合意内容の意味と、実行した場合の結果を理解できる。
預金が中心なら簡単、遺産が少なければ弁護士は不要、と一律には決められない。少額でも、誰の預金か、誰が何に使ったかを争う場合はある。逆に、財産が多くても争っている点が少ない場合もある。
本人で続けながら、争点の確認や重要な合意前に相談だけを利用する方法もある。相談と正式な代理の依頼では、対応してもらえる範囲が違うことを意識したい。
相手に弁護士がいるときに確認すること
相手方の弁護士は、その依頼者の立場から提案や主張をしている。専門家が書いた文書だからと、その内容がすべて自分にも適切な結論だと受け入れる必要はない。
提案されている財産の範囲、評価額、計算方法、支払条件を確認する。理解できない点や自分の資料と違う点を項目にして、裁判所での説明や自分の法律相談につなげる。「弁護士が付いたから負ける」と考えるより、主張と根拠を確かめることが先だ。
智子は、康平の弁護士からの文書へ、分からない箇所だけ付箋を貼った。「家の3,000万円はどの査定か」「預金の死亡時残高は合うか」「代償金の支払日はいつか」「この案に同意すると介護の主張はどうなるか」。相手の肩書に反論するより、何を確かめれば決められるかが具体的になった。
途中から依頼するときは、これまでの経過を渡す
本人で進めていた調停を、途中から弁護士へ依頼することも考えられる。ただし、既に出した主張や資料、合意した事項があるなら、それを知ったうえで対応を検討する必要がある。
申立書、相手方の書面、提出済み資料、期日のメモ、次回までに求められた対応をそろえる。次の期日や期限が近い場合は最初に伝え、依頼を引き受けてもらえるかどうかと準備に必要な時間を確認する。
連絡や出席の問題があるときは調停の呼出しに応じない相続人がいる場合、長期化しているときは遺産分割調停が長引く原因も参考になる。
費用は、調停からどこまで含むかを確認する
見積りでは、着手金・報酬金だけでなく、対象となる業務を確認する。調停から審判へ移ったときの追加費用、遺産が誰のものかなどを争う別訴の扱い、鑑定や資料取得の実費、出張等の費用が含まれるかをそろえて比較する。
報酬計算の基礎となる金額や、途中で依頼を終えた場合の扱いも重要だ。「増えた取り分だけが報酬の基礎になる」などと、契約を見ずに決めつけない。遺産分割の弁護士費用で確認項目をまとめている。
費用を比べるときも、「弁護士に払った以上に取り分を増やせるか」だけでは決められない。資料を整理する負担を減らしたいのか、複数の手続の順番を決めたいのか、不明な提案を理解して合意したいのか。依頼して解決したい仕事を、見積りの業務範囲へ結び付ける。
智子は、すぐ全面的に任せると決める前に、これまでの資料を一度整理して相談することにした。相談だけで確認できる範囲と、継続して代理を頼む場合の仕事・費用を分けて聞く。費用だけが心配で止まっている場合も、利用できる支援の条件や支払方法を確認し、収入・資産等の審査がある制度を誰でも使えるとは考えない。
合意する前と、審判へ進む前は見直しの機会になる
遺産分割の合意が調停調書に書かれると、確定した審判と同一の効力を持つ。取得財産、代償金、支払期限、登記や払戻しへの協力などが具体的か、実行できる内容かを確認する。
話合いがまとまらず調停不成立で終了すると、原則として自動的に審判へ移る。審判になってから初めて資料を考えるのではなく、調停中から主張の裏付けを整理したい。
智子が相談の最後に知りたかったのは、「自分は勝てるか」という一言の答えだけではなかった。家の評価、介護の資料、代償金の支払条件のうち、どれを自分で確認でき、どこに継続した支援が必要かだった。依頼するか迷ったら、相続関係、遺産一覧、争点、希望、現在の手続段階をまとめる。まだ協議段階なら弁護士へ相談するタイミングも役立つ。必要な支援を見極め、理解した条件で決められる状態を作ることが大切だ。
公的資料・根拠
ほかにも確認する手続がある場合は、遺産分割・調停・紛争の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
遺産分割調停は弁護士なしでもできますか
本人で申し立て、参加することもできる。争点の複雑さと、資料の準備や説明を続けられるかを考えて依頼を判断する。
相手に弁護士が付いたら、こちらも依頼する義務がありますか
義務はない。ただし、相手の提案や法的主張を理解できない場合は、相談で意味と対応を確認することが役立つ。
途中から弁護士へ依頼できますか
途中からの依頼も考えられる。提出済みの書面、資料、合意事項、次回期日等を伝え、依頼を引き受けてもらえるかどうかと準備時間を確認する。
相談だけを利用して本人で続けることはできますか
相談だけで争点や必要資料を確認し、本人対応を続ける方法もある。相談と代理では対応範囲が異なるので、費用と併せて確認する。
弁護士に頼めば取り分が増えますか
増額が保証されるわけではない。法律上の根拠と資料、相手の主張等を踏まえて見通しを検討する。
調停が不成立になったら弁護士費用も自動的に同じですか
審判へ移った場合の業務範囲と追加費用は委任契約による。別訴や鑑定等の費用も含め、依頼前に確認する。
本記事は一般的な情報提供です。個別の対応は、亡くなった日、財産・家族関係の資料を示して弁護士・税理士等へ確認してください。



