遺留分侵害額請求とは、遺言や生前贈与によって遺留分(法律上保障された最低限の取り分)を侵害された相続人が、その差額を金銭で請求できる権利とされています(民法1046条)。
結論から言うと、遺留分侵害額請求には「相続開始と侵害を知った時から1年」という時効があり、期限内に意思表示をしなければ請求権が消滅する可能性があります。手続きの流れを把握して、早めに動くことが重要です。
「特定の一人に全財産を譲る」という遺言書を、家族全員の前で読み上げた瞬間の空気を、想像したことはあるだろうか。
しんと静まり返る室内。誰かが小さく息を呑む音。そして、ゆっくりと顔を見合わせる兄弟姉妹たち。あの重たい沈黙の中に、実は法律が静かに息づいている。
「遺言書があるなら、それに従うしかない」と諦めた人間が見落としている権利が、確かに存在するのだ。
親の遺言で全部が兄に……。これって、もう何もできないってこと?
で、結論から言うと、諦めるのはまだ早い
遺言書がどれほど「一人に全部」と書いてあっても、一定の相続人には法律上保護された取り分が存在する。それが遺留分だ(民法1042条)。
そして、その遺留分を侵害されたとき。金銭でその差額を請求できる手段が、遺留分侵害額請求である(民法1046条)。
かつては「遺留分減殺請求」と呼ばれ、財産そのものの返還を求める仕組みだった。2019年の民法改正により「金銭請求」へと一本化された。不動産を取り戻すのではなく、侵害された金額を現金で受け取る形だ。共有関係の泥沼を避けられるようになったという意味では、使い勝手が格段に上がったといえる。
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遺留分侵害額請求が使える人・使えない人
まず、そもそも「誰が」請求できるのかを整理しておこう。遺留分を持つのは、以下の相続人に限られる(民法1042条)。
- 配偶者
- 子(代襲相続人を含む)
- 直系尊属(父母・祖父母など)
兄弟姉妹には、遺留分は存在しない。ここは誤解が多いので、しっかり押さえておきたいポイントだ。
遺留分の割合は、原則として法定相続分の2分の1とされている。ただし、直系尊属のみが相続人の場合は3分の1となる(民法1042条)。

たとえば、被相続人の子が2人いて、遺産総額が3,000万円だったとする。遺言で全額を長男に譲ると書かれていた場合、次男の法定相続分は2分の1(1,500万円)。その遺留分はさらにその2分の1、つまり750万円。次男はこの750万円を、長男に対して金銭で請求できる可能性がある。
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手続きの流れ。3ステップで動く
では、実際にどう動けばいいのか。遺留分侵害額請求の手続きは、おおむね以下の流れで進むとされている。
ステップ1:意思表示(内容証明郵便)
遺留分侵害額請求は、まず「請求する意思表示」をすることが出発点だ(民法1046条1項)。この意思表示は、口頭でも法的には有効とされているが、あとから「言った・言わない」の泥沼に落ちないために、内容証明郵便で書面を送るのが実務上の定石である。
内容証明郵便は郵便局で作成・発送でき、発信日と文書内容を郵便局が証明してくれる。時効のカウントを止めるための「証拠」として機能する。

ステップ2:当事者間の話し合い(任意交渉)
意思表示をしたあと、請求額について相手方と交渉する。「いくら支払うか」を当事者間で合意できれば、それで解決となる。合意内容は書面(合意書)に残すのが望ましい。
ここで注意したいのが、請求金額の計算根拠だ。遺留分の計算には「遺留分算定の基礎となる財産額」が必要で、これには相続開始前の一定期間内の贈与も含まれる場合がある(民法1043条・1044条)。相手方の主張する財産額と食い違うケースは珍しくない。
ステップ3:調停・訴訟
話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所への調停申立てという選択肢がある。それでも解決しない場合は、地方裁判所での訴訟へと進む流れとなる。
なお、調停を先に申し立てることが原則とされている(家事事件手続法244条)。いきなり訴訟というルートは、原則として取りにくい。
1年という時効。これが最大の関門だ
遺留分侵害額請求権には、恐ろしく短い時効が設定されている。
「相続の開始および遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年」(民法1048条)。
そして、知っていようと知っていまいと、相続開始から10年で消滅する(民法1048条)。
1年という期限は、体感として異様に短い。遺言書の内容を把握して、財産を調べて、計算して、内容証明を送る。この一連の動きを1年以内に完了させなければならないのだ。
「遺言の内容に納得できないけど、もう少し落ち着いてから動こう」という判断が、気づけば権利消滅につながる可能性がある。これを知っておくだけで、動き出すタイミングが変わってくるはずだ。
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よくある質問
遺留分侵害額請求の時効はいつから始まりますか
遺留分侵害額請求権の時効は、相続の開始および遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年とされています(民法1048条)。また、知っていたかどうかに関わらず、相続開始から10年で請求権が消滅する可能性があります。遺言書の内容を確認した時点が「知った日」となる場合が多いとされています。
兄弟姉妹にも遺留分はありますか
兄弟姉妹には遺留分が認められていません(民法1042条)。遺留分を持つのは、配偶者・子(代襲相続人を含む)・直系尊属に限られています。兄弟姉妹が相続人であっても、遺言で排除された場合に遺留分侵害額請求を行うことはできないとされています。
遺留分侵害額請求は口頭でもできますか
法的には口頭による意思表示でも有効とされています(民法1046条1項)。ただし、後日「言った・言わない」の紛争を避けるため、実務上は内容証明郵便による書面での請求が一般的とされています。発信日と内容を証明する手段として、内容証明郵便は有効な方法のひとつです。
遺留分侵害額はどうやって計算しますか
遺留分侵害額は、「遺留分算定の基礎となる財産額×遺留分割合×法定相続分割合」から「既に受け取った財産額や負担する債務額」を差し引いて算出するとされています(民法1046条2項、1043条・1044条)。計算の基礎となる財産には、一定期間内の生前贈与が含まれる場合があり、計算が複雑になるケースも少なくありません。
遺留分侵害額請求をすると遺産分割協議はどうなりますか
遺留分侵害額請求は、遺産分割協議とは別の手続きとして進めることが可能とされています。遺言書がある場合、遺産分割協議を行わずに遺言に従って相続が進むケースもありますが、遺留分を侵害された相続人は別途請求権を行使できます。ただし、両者が絡み合うケースでは関係者全員の状況を整理して進める必要が生じる場合があります。
「知ってよかった」で終わるために
遺留分侵害額請求という言葉は、確かに難しそうに見える。でも、その本質はシンプルだ。
「遺言があっても、守られる取り分がある。そして、それを請求する期限は1年だ」
この二文を頭に入れておくだけで、遺言書を前にしたときの行動がまるで変わってくる。なんとなく感情に流されて何もしないまま時効を迎えるのか、それとも自分の権利をきちんと確認して動くのか。知識があるかどうかで、結果は真逆になりうる。
まず内容証明郵便で意思表示。財産額の確認と計算。相手方との交渉。このステップを一つずつ踏んでいけば、霧の中を歩くような感覚は、少しずつ晴れていくはずだ。
やることが見えてきた。まず内容証明を送るところから始めてみよう。
権利は、知っている人間にだけ機能する。
けっこうオススメです。まず動いてみること。伝わりましたかね。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。





