相続財産の使い込みが疑われる場面では、被相続人の生前・死亡後に、預金等が本人の意思や相続人間の合意なく引き出され、払戻者のために費消されたかを確認します。
最初に、残高だけで結論を出さず、取引履歴、払戻資料、医療・介護記録、領収書、連絡記録を保全します。出金時期、権限、使途により、遺産分割、不当利得返還請求、不法行為等の扱いが変わります。
預金残高が想定より少なくても、直ちに使い込みと決まるわけではありません。生活費、医療費、介護費、施設費、税金、葬儀費用など、被相続人のために支出された可能性があります。
一方、「介護をしたから受け取ってよい」「通帳を預かっていたから自由に使える」とも限りません。出金ごとに、誰が、どの権限で、何のために支出したかを客観資料で確認します。
初動1:口座と財産の全体像を固定する
まず、相続開始時点の財産と、問題となる出金を分けます。預金通帳の写しだけでなく、金融機関から取引履歴を取得し、基準日時点の残高を確認します。不動産、有価証券、保険、現金、債務も一覧にします。
最高裁平成21年1月22日判決は、共同相続人の一人が、他の共同相続人全員の同意がなくても、被相続人名義口座の取引経過の開示を求める権利を単独で行使できると判断しました。実際の必要書類、開示期間、手数料、払戻伝票等の保存状況は金融機関ごとに確認します。
初動2:出金を時系列表にする
取引履歴を入手したら、次の項目を一行ずつ整理します。
- 出金日、金額、ATM・窓口・振込等の方法
- 被相続人の死亡前か死亡後か
- 被相続人の判断能力、入院・入所・要介護の状況
- 払戻者・受取人を示す伝票、振込先、カード利用記録
- 支出目的と、領収書・請求書・家計簿等の裏付け
- 管理を任せた経緯が分かる委任状、メール、メモ
まとまった出金だけでなく、反復する少額出金も確認します。ただし、金額の大小だけで違法性は決まりません。
初動3:生前出金と死亡後出金を分ける
被相続人の生前の出金
被相続人本人が使用したのか、管理者へ権限を与えていたのか、贈与したのか、本人の判断能力はどうだったかを確認します。権限なく払戻者自身のために使った場合は、不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求が問題になります。
被相続人の死亡後の出金
相続開始後に共同相続人の一人が遺産を処分した場合、民法906条の2により、処分した相続人以外の共同相続人全員の同意があれば、その財産が遺産分割時に存在するものとみなして分割できる場合があります。要件を満たさなければ、返還請求訴訟等を検討します。
最高裁平成28年12月19日大法廷決定は、共同相続された普通預金債権等を遺産分割の対象としました。残存預金の分割と、すでに処分された財産の返還責任は分けて整理します。
初動4:説明と資料の開示を文書で求める
相手方へ、対象口座・期間・出金を特定し、使途と裏付け資料の開示を求めます。「全部使い込んだ」と決めつける文面ではなく、確認したい取引を表で示すと争点を絞れます。
回答期限、提出を求める資料、今後の協議方法を記録します。電話や対面で説明を受けた場合も、日時・参加者・説明内容をメモし、必要に応じて確認書面を送ります。
初動5:請求方法と期限を確認する
使い込みへの請求は、一律に同じ時効ではありません。
- 不当利得返還請求:民法166条の消滅時効が問題になる
- 不法行為に基づく損害賠償請求:民法724条の期間が問題になる
- 死亡後の処分財産:民法906条の2により遺産分割で扱えるかを確認する
- 遺留分侵害額請求:民法1048条の期間を別に管理する
出金時期や請求原因によって改正前民法と経過措置も問題になります。「発覚から10年」など一つの数字で判断せず、古い出金ほど早めに専門家へ確認します。
避けたい初動
- 取引履歴を確認せず、残高だけで相手を非難する
- 相手方の説明だけで領収書・請求書を確認しない
- 証拠保全前に口座・端末・書類の所在をめぐって対立する
- 返還請求と遺産分割を区別せず、調停だけで全て解決できると考える
- 刑事事件になると断定して交渉材料にする
払戻者が親族の場合、民事上の返還責任と刑事責任は別に検討します。財産管理の権限、親族関係、各犯罪の要件・親族間特例が関わるため、使い込みという呼び方だけで刑事責任は決まりません。
弁護士へ相談するときの持参資料
- 相続人関係図、戸籍、遺言書
- 財産目録、相続開始時の残高証明
- 取引履歴と出金一覧
- 払戻伝票、振込先、領収書、請求書
- 医療・介護記録、要介護認定、入退院・入所の記録
- 相手方とのメール、手紙、説明メモ
- 取得済み資料と、金融機関へ請求中の資料の一覧
資料が不十分でも、時効が問題になりそうな場合は相談を先延ばしにしません。分かっている取引と不足資料を分けて持参します。
よくある質問
取引履歴があれば返還請求は認められますか
取引履歴は出金を示す重要な証拠ですが、それだけで払戻者、権限、使途、利得が確定するとは限りません。払戻伝票、振込先、領収書、医療・介護状況等と照合します。
相続人一人で銀行へ取引履歴を請求できますか
最高裁平成21年1月22日判決は、共同相続人一人による単独の取引経過開示請求を認めました。必要書類、対象期間、手数料は金融機関ごとに確認します。
使い込みは遺産分割調停で解決できますか
残っている遺産の分割と返還責任は別問題です。死亡後の処分には民法906条の2で遺産分割上扱える場合がありますが、別途の民事訴訟等が必要になることもあります。
介護費や生活費への支出も使い込みですか
被相続人のために必要な支出で、管理権限と裏付けがあれば、払戻者自身の利得とは評価されない場合があります。費目ごとに領収書、請求書、介護記録等を確認します。
使い込みの時効は10年ですか
一律ではありません。請求原因、権利行使できることを知った時期、出金時期、民法改正の経過措置により異なるため、個別に確認します。
根拠資料
- e-Gov法令検索「民法」(166条、703条、704条、709条、724条、906条の2、1048条)
- 最高裁平成21年1月22日判決(共同相続人による取引経過の開示請求)
- 最高裁平成28年12月19日大法廷決定(預貯金と遺産分割)
- 名古屋家庭裁判所「遺産分割調停」
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律判断ではありません。預金の権利関係、出金時期、本人の同意・能力、親族関係によって結論は異なります。



