自筆証書遺言とは、遺言者が遺言の全文・日付・氏名を自書し、押印することで成立する遺言書の一形式とされています(民法968条)。
結論から言うと、自筆証書遺言は費用をかけずに自分一人で作成できる一方、書き方のルールを一つでも誤ると無効になる可能性があるため、要件を正確に把握したうえで作成することが重要です。
「遺言書なんて、思ったことを紙に書けばいいんでしょう?」
先日、そう言い切った50代の方が、自分で書いた遺言書を自慢げに見せてくれた。内容は丁寧で、想いもしっかり込められていた。ただ、致命的な問題が一つあった。パソコンで作成されていたのだ。
その瞬間、その遺言書は法的には「ただの紙切れ」になる。
遺言書って、ちゃんと書いたつもりなのに……何がいけないんだ?
自筆証書遺言は、費用ゼロで作れる。公証役場に行く必要もない。誰にも知られず、静かに準備できる。これは確かだ。だが同時に、「知らなかった」では済まないルールの地雷原でもある。
で、結論から言うと
自筆証書遺言の書き方には、民法968条が定める4つの絶対条件がある。これを一つでも外すと、遺言書は無効になる可能性がある。家族が発見した時には、すでに取り返しのつかない状況、ということも起こりうる。
その4つとは、こうだ。
- ① 全文を自書すること(ワープロ・代筆は不可)
- ② 作成日付を自書すること(「令和7年吉日」は不可)
- ③ 氏名を自書すること
- ④ 押印すること(認印でも可とされているが、実印が望ましい)
たったこれだけ、と思うかもしれない。しかし現実には、この4条件の「解釈」と「例外」と「落とし穴」が、人間の想像をはるかに超えたところに潜んでいる。
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「書き方のルール」という名の迷宮
まず、最初の関門。「全文自書」の罠だ。
これは、財産目録についてだけ例外がある。2019年の民法改正(民法968条2項)により、財産目録についてはパソコン作成・通帳コピーの添付が認められるようになった。ただし条件がある。目録の全ページに署名・押印が必要だ。両面印刷なら両面に。ここを怠ると、目録ごと無効になる可能性がある。
次に、日付の問題。「令和7年7月吉日」——これは無効とされた判例がある(最高裁昭和54年5月31日判決)。なぜか。「吉日」では日付が特定できないからだ。「令和7年7月15日」のように、年月日を完全に特定できる形で書く必要がある。
そして見落とされがちなのが、訂正・加筆のルール(民法968条3項)だ。
- 訂正箇所を指示する
- 変更した旨を付記して署名する
- 変更箇所に押印する
この3ステップを全部踏まないと、訂正は「なかったこと」になる。修正テープや二重線だけでは、法的には無効になる可能性がある。訂正が多い場合は、書き直したほうが安全だ。

さらに、内容の明確さという問題がある。「長男に全財産を譲る」は有効に見えるが、「預金は長男に、家は次男に」と書いた場合、その不動産が具体的にどの物件かを特定できなければ、後で家族間の解釈が割れる。解釈が割れれば、疑念のカーニバルが開催され、遺産分割協議は泥沼化する。物件は「所在地・地番・家屋番号」まで書き込むのが実務上の鉄則とされている。
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作成後の「保管」という第二の関門
書いた。完璧な要件を満たした。では次に何が来るか。「保管」という問題だ。
自筆証書遺言の最大の弱点は、紛失・改ざん・隠匿のリスクである。故人の死後、遺言書が「見つからない」「誰かが握りつぶした」という事態は、決してレアケースではない。
そこで2020年7月から開始されたのが、法務局による自筆証書遺言書保管制度(法務局における遺言書の保管等に関する法律)だ。
- 費用: 3,900円(2025年現在)
- メリット: 紛失・改ざんのリスクがゼロになる。死後、相続人が法務局に照会できる
- 重要なポイント: 法務局保管の遺言書は、家庭裁判所の「検認」が不要になる(同法11条)
この「検認不要」は、実はかなり大きい。通常、自宅で発見された自筆証書遺言は、家庭裁判所に検認を申し立て、相続人全員に通知し、開封・確認の手続きを踏まなければならない(民法1004条)。この手続きで1〜2ヶ月が消える。保管制度を使えば、このタイムロスが丸ごとなくなる可能性がある。

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自分で動ける「作成チェックリスト」
では、実際に自筆証書遺言を作るとき、何を確認すればいいか。以下のステップで動いてほしい。
ステップ1:本文の要件確認
- □ 全文を自分の手で書いたか(財産目録以外はパソコン不可)
- □ 日付は「年・月・日」まで特定できるか(「吉日」はNG)
- □ 氏名(フルネーム)を自書したか
- □ 押印したか(認印でも可とされているが、実印推奨)
ステップ2:財産目録を添付する場合
- □ 目録の全ページに署名・押印したか
- □ 不動産は所在地・地番・家屋番号まで記載したか
- □ 預金は金融機関名・支店名・口座番号まで記載したか
ステップ3:訂正がある場合
- □ 訂正箇所の指示・付記署名・押印の3点をすべて行ったか
- □ 訂正が多い場合は、最初から書き直すことを検討したか
ステップ4:保管方法の選択
- □ 法務局保管制度(3,900円)の利用を検討したか
- □ 自宅保管の場合、信頼できる家族に場所を伝えたか、またはエンディングノートに記載したか
なお、遺言書に遺言執行者を指定しておく(民法1006条)と、相続手続きがスムーズになる場合がある。相続人の一人や、信頼できる第三者を指定しておくことも選択肢の一つだ。
チェックリストがあれば、自分でも確認できそうだ。動けそうな気がしてきた。
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よくある質問
自筆証書遺言はパソコンで作成できますか
原則として、遺言本文はすべて自書(手書き)が必要とされています(民法968条1項)。ただし、財産目録部分に限り、2019年の民法改正によりパソコン作成や通帳コピーの添付が認められるようになりました(同条2項)。その場合、目録の全ページへの署名・押印が必要とされています。
日付を「令和7年7月吉日」と書いた場合、遺言書は有効ですか
「吉日」のような特定できない日付表記は、無効とされる可能性があります(最高裁昭和54年5月31日判決参照)。「令和7年7月15日」のように年月日を明確に特定できる形で記載することが必要とされています。
法務局の遺言書保管制度を使うと何が変わりますか
法務局に保管された自筆証書遺言は、家庭裁判所での検認手続きが不要になるとされています(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)。また、紛失・改ざん・隠匿のリスクを避けられる点も、実務上の大きなメリットとされています。費用は3,900円程度(2025年現在)です。
遺言書の訂正は修正テープで行っていいですか
修正テープや単純な二重線だけでの訂正は、法的に有効とならない可能性があります。民法968条3項に定める方式(訂正箇所の指示・変更の付記署名・変更箇所への押印)をすべて満たす必要があるとされています。訂正箇所が多い場合は、最初から書き直すほうが安全とされています。
遺言書に遺言執行者を書いておく必要はありますか
法的な義務ではありませんが、遺言執行者を指定しておくことで(民法1006条)、相続手続きがスムーズに進みやすくなる場合があるとされています。特に金融機関での相続手続きや不動産の名義変更において、遺言執行者がいると手続きが簡略化される可能性があります。
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自筆証書遺言は、紙とペンと知識があれば、今日から作れる。費用も、役所への事前予約も不要だ。ただ、「知識」の部分だけは、きちんと仕入れておく必要がある。書き方一つで、遺族が助かるかどうかが変わる。それだけの話だ。
チェックリストを手元に置いて、一つずつ確認しながら書く。それだけで、かなりの地雷を回避できる。
けっこう現実的な話です。伝わりましたかね。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。





