相続における賃貸物件の引き継ぎとは、被相続人が所有していた賃貸不動産(アパート・マンション・貸家など)を相続人が承継し、オーナーとしての権利・義務を引き受けることとされています。
結論から言うと、賃貸物件の相続は「不動産を受け取る」だけでなく「賃貸借契約・敷金・管理義務」もセットで引き継ぐことになるため、相続開始後なるべく早い段階で賃借人への通知と名義変更手続きを進めておくことが、後のトラブルを防ぐ観点から有益とされています。
「相続した不動産に、見知らぬ人が住んでいる。」
初めてその状況に直面した瞬間、多くの人の頭に走るのは、驚きというより、静かな困惑だ。「この人たちはどうなるんだろう」「家賃はいつから誰に振り込まれるんだろう」「敷金は、どうなっているんだろう」──疑問だけが積み上がっていく。
賃貸物件の引き継ぎは、不動産の相続のなかでも特別な種類の複雑さを持っている。なぜなら、建物と土地だけでなく、そこに「生きている契約」がくっついてくるからだ。
親父のアパートを相続するって聞いたけど、入居者さんとの関係はどうすればいいんだ……?
で、結論から言うと──賃貸物件の相続は「契約ごと丸ごと引き継ぎ」になる
で、結論から言うと、賃貸物件を相続した瞬間に起きることは、「建物の所有権が移る」だけではない。
賃借人との賃貸借契約、受け取っている敷金の返還義務、管理会社との委託契約、火災保険の契約者名義、そして毎月入ってくる賃料を受け取る権利。これらが、まるで荷物を抱き合わせで押しつけられるように、一括して相続人のもとへ転がり込んでくる。
民法896条はこう定めている。「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」と。一切、だ。選り好みはできない。
賃貸物件の引き継ぎで、本当に面倒なことが3つある
「不動産の名義変更だけやればいいでしょ」と思っていると、少し後でジワジワと問題が顔を出してくる。知っておくと、その驚きがずっと小さくなる。
① 敷金の返還義務が、そのままついてくる
賃借人が退去するとき、敷金は原状回復費用を差し引いて返還しなければならない。そしてその返還義務は、旧オーナー(被相続人)から新オーナー(相続人)へと、自動的に引き継がれるとされている(最高裁昭和44年7月17日判決の考え方を踏まえた実務)。
被相続人が「受け取っていた敷金」を相続財産として把握できていないと、後で「返せと言われても現金がない」という状況が生まれかねない。財産調査の段階で、敷金の預り総額を確認しておくことが有益だ。
② 賃料の受け取りが「宙に浮く」期間がある
相続登記が完了するまでの間、賃借人は「誰に家賃を振り込めばいいかわからない」という状態になる。この期間が長引くと、賃料を供託(法務局に預ける)されてしまう可能性がある。
対策はシンプルだ。相続開始後、できるだけ早く賃借人に「新しい賃料の振込先」を書面で通知することである。法的義務ではなく実務上の話だが、これをやっておくだけで賃料収入のフローがスムーズになる場合が多い。
③ 相続登記の期限が、2024年から義務化された
不動産登記法の改正(2024年4月施行)により、相続による不動産の取得を知った日から3年以内に相続登記を申請することが義務付けられた。正当な理由なく怠った場合には10万円以下の過料が科される可能性がある。「そのうちやろう」が通用しなくなった、というわけだ。

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相続人が複数いる場合、賃貸物件の「行方」はどうなるか
問題が複雑になるのは、相続人が一人ではないときだ。
遺産分割協議が整うまでの間、相続した賃貸物件は「相続人全員の共有状態」になる(民法898条)。このとき、賃料収入も法定相続分に従って各相続人が取得できる権利を持つ、とされている(最高裁平成17年9月8日判決)。
しかし現実問題として、「誰が管理するのか」「誰の口座に振り込ませるのか」は、話し合いで決めなければ動けない。この「誰も管理者にならない空白地帯」が生まれると、建物の修繕が止まり、賃借人からのクレームが宙を舞い始める。
遺産分割協議に法的な期限はないが(民法に分割の期限を定める条文はない)、賃貸物件は「時間とともに劣化する実物資産」だという現実を忘れてはいけない。協議が長引けば、建物の管理責任を誰も取れない状態が続く。早めに協議を進めることの実務的メリットは、計り知れないほど大きい。

賃貸物件を引き継いだ後に動くべき、5つの実践ステップ
では、実際に何をすればいいか。順番に並べるとこうなる。
- STEP1:賃貸借契約書を全戸分、手元に集める
被相続人が保管していた契約書一式を確認。賃料・敷金・契約期間・特約事項を一覧にまとめる。 - STEP2:敷金の預り総額を確認する
各賃借人の敷金額を合算し、「将来の返還義務」として把握しておく。財産調査の段階で漏れやすいポイントだ。 - STEP3:賃借人に書面で通知を送る
「所有者が変わった旨」「新しい振込先」「連絡先」を記載した通知書を全賃借人に送付する。形式は任意で構わない。 - STEP4:管理会社との契約内容を確認・引き継ぐ
管理会社がいる場合、委託契約書を取り寄せ、名義変更の手続きを行う。管理会社との連携が、建物の維持にダイレクトに効いてくる。 - STEP5:相続登記を3年以内に完了させる
法務局への申請が必要。必要書類は「被相続人の戸籍謄本(出生から死亡まで)」「相続人全員の戸籍謄本」「遺産分割協議書または遺言書」「不動産の固定資産評価証明書」など。
この5ステップを順番に踏むだけで、「何もわからない状態」から「全体像が見えている状態」へと、かなりクリアに切り替わっていく。
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相続税の申告と、賃貸物件の評価という話
相続税の観点から言うと、賃貸中の不動産は「貸家建付地(かしやたてつけち)」として評価され、自用地(更地)よりも評価額が低くなる仕組みがある(相続税法22条、財産評価基本通達26)。賃借人が入居中であるほど評価が下がる可能性があるため、相続財産の圧縮という観点では有利に働く場合がある。
ただし、相続税の申告期限は「相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内」(相続税法27条)だ。この間に「賃貸物件の評価」「遺産分割協議の方向性」「申告書の作成」を並行して進めていく必要がある。一つひとつは難しくないが、同時進行という点でタスク管理のスキルが試される局面でもある。
賃貸物件の引き継ぎって怖いイメージだったけど、順番さえわかれば動けそうだ。
手続きを終えた先に、見えてくるもの
賃貸物件の相続というのは、確かに手間がかかる。契約書を集めて、賃借人に通知して、敷金を把握して、登記を進めて。やることのリストは、最初は長く見える。
しかし、一つひとつ片付けていくうちに、ある瞬間に「全体像」がクリアに見えてくる。被相続人がどんな物件を持ち、誰に貸し、どれだけの収入を得ていたか。それが見えた瞬間、次に何をすべきかが、驚くほど自然に決まっていく。
早めに動いた人間だけが得られる、静かな達成感というものがある。「気づいたらもう終わっていた」という感覚。それを手に入れるために、まずはSTEP1の「契約書を集める」から始めてみてほしい。
けっこうオススメです。契約書の棚卸し。伝わりましたかね。
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よくある質問
賃貸物件を相続したら、賃借人に退去を求めることはできますか
原則として、賃貸借契約が存続している限り、オーナーが変わったことを理由に賃借人に退去を求めることは難しいとされています(借地借家法28条)。賃貸借契約はオーナーの相続と無関係に効力を持ち続けるため、正当事由がない限り一方的な解約は認められない可能性があります。
相続人が複数いる場合、誰が賃料を受け取る権利がありますか
遺産分割協議が完了するまでの間、賃料収入は法定相続分に応じて各相続人に帰属するとされています(最高裁平成17年9月8日判決)。実務上は一つの口座で集約して管理する場合が多く、分割協議の中で清算方法を決めるケースが一般的です。
敷金の返還義務は相続人が引き継ぎますか
はい、相続人は被相続人が賃借人から受け取っていた敷金の返還義務を引き継ぐとされています(民法896条)。退去時に原状回復費用を差し引いて返還する義務が生じますので、相続財産の把握段階で敷金の預り総額を確認しておくことが有益です。
相続登記をしないままでいると、どうなりますか
2024年4月施行の不動産登記法改正により、相続による不動産取得を知った日から3年以内の相続登記申請が義務付けられています。正当な理由なく申請を怠った場合は10万円以下の過料が科される可能性があります。また、登記が未了のままでは賃借人への通知や売却手続きにも支障が生じる場合があります。
賃貸物件の相続税評価額は、自用の不動産より高くなりますか
逆に低くなる場合が多いとされています。賃貸中の土地は「貸家建付地」として評価され、借地権割合・借家権割合・賃貸割合に応じて自用地評価額から一定割合が減額される仕組みです(財産評価基本通達26)。ただし具体的な評価額は物件の状況によって異なります。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。





