「父のことは全部、自分がやってきた。遺産も自分がもらう」。兄からそう言われた。通帳を見せてほしいと頼んでも返事がなく、いくら残っているのかも分からない。
不公平だと思う。何か罰が当たればよいとさえ思う。それでも、取り戻すために必要なのは、相手への評価を強めることより、どの財産に何が起きたかを確かめることだ。
遺産の独占への対応は、残っている遺産を分ける話、無断で使われたお金を返してもらう話、遺言や贈与の効力を確かめる話に分かれる。使う手続も期限も違うため、まずその分岐を整理していこう。
「独り占め」の中身を四つに分ける
| 起きていること | 先に確かめる資料 | 主に検討する対応 |
|---|---|---|
| 財産を一人で管理し、開示しない | 残高、登記、財産一覧 | 調査、遺産分割協議・調停 |
| 死亡前に預金が減っている | 取引履歴、本人の意思、支出先 | 承継した返還請求権等の行使 |
| 死亡後に無断で引き出された | 払戻日、手続者、送金先 | 返還請求、分割内での調整等 |
| 遺言・贈与で一人に集中した | 遺言、贈与の資料、相続関係 | 効力の確認、遺留分の検討 |
複数の問題が重なることもある。実家は残っているが預金は使われていた、遺言はあるが別の口座について何も書いていない、といった場合だ。財産ごとに分ける方が、請求の漏れや二重計上を防ぎやすい。
通帳や鍵を持つ人が、全部の所有者になるわけではない
一人の相続人が通帳や実家の鍵を保管していても、それだけで全財産を取得することにはならない。遺言等がなく遺産分割をする場面では、必要な当事者全員で取得者や分け方を決める。
「長男だから」「介護をしたから」という言葉だけで、他の相続人の権利がなくなるわけでもない。介護や事業への貢献が寄与分となるかは、具体的な事情と法的な要件を確認する。
介護の評価は介護の寄与分と必要な記録、一方的な分け方を示された段階では長男が遺産を独占しようとするときの確認点も参考になる。
残っている財産の資料を求め、話合いが進まなければ遺産分割調停を検討する。不成立なら原則として審判へ移る。ただし、裁判所へ申し立てれば、存在すら不明な財産が自動ですべて見つかるわけではない。分かる範囲の資料を集めておく。
死亡前の出金は、父のお金が何に使われたかを見る
取引履歴に大きな出金があっても、それだけで兄の使い込みとは断定できない。入院費を払ったのか、父から頼まれて現金を渡したのか、有効な贈与を受けたのか。それぞれ意味が違う。
確認したいのは、出金した人、父の承諾や委任、当時の判断能力、受取先、支出内容だ。父が入院していたという事実も、その時点で意思表示できなかったことを当然に示すわけではない。
権限なくお金を取得し、自分のために使っていた場合には、不当利得返還請求や不法行為による損害賠償請求などを検討する。父が持っていた請求権を相続し、自分が承継した範囲を請求するという構成が考えられる。
例えば無断取得が認められる額があっても、相続人の一人が当然にその全額を自分へ返すよう求められるわけではない。相続分、遺言、既に返された額や支出の内容を踏まえ、請求できる範囲を計算する。
死亡前に使われて既に存在しないお金を、そのまま残存預金と同じように遺産分割へ入れることはできない場合がある。全員で合意して解決できるか、別の返還請求が必要かを分けて検討する。
死亡後の無断処分は、分割の中で調整できる場合がある
相続開始後、遺産分割前に相続人が遺産を処分した場合には、民法906条の2が問題になる。
処分した相続人以外の共同相続人全員が同意すれば、処分された財産が分割時にも存在するものとみなして、分割を進められる場合がある。処分した本人の同意は不要だ。
ただし、誰がいくら処分したのかが争われれば、その点を確認するための訴訟などが必要になることもある。死亡前の出金に同じ規定をそのまま当てはめず、相続開始の時期による適用関係も確認する。
また、法定の分割前払戻制度に従って受け取った預金まで、無断の使い込みと同じには扱えない。どの手続で払い戻したかも資料で確認する。
詳しい返還方法は遺産の使い込みと返還請求、法的な請求の組立ては相続と不当利得返還請求に整理している。
相手が通帳を見せなくても、銀行の資料を調べる方法はある
最高裁2009年1月22日判決は、共同相続人の一人が単独で被相続人名義口座の取引経過の開示を求められると判断した。相手の同意を得られないことだけで、調査を諦める必要はない。
銀行へ相続関係と本人確認の資料を示し、死亡日時点の残高証明書や必要な期間の取引履歴を請求する。古い記録の保存状況や手数料、取得できる資料は各行へ確認する。
まずは次のような表を作ると、相手へ質問する内容も具体的になる。
| 記録する項目 | 確認の目的 |
|---|---|
| 出金日・金額・方法 | どの取引を問題にしているか特定する |
| 操作者を示す資料 | 窓口書類、委任状、カードの管理状況等 |
| 説明された使途 | 医療費、生活費、贈与等の説明を分ける |
| 裏付け資料と不足分 | 領収書、送金先、残金との対応を見る |
取引履歴だけでは、実際に操作した人や使途まで全部は分からない。払戻書類、領収書、医療・介護の記録、当時のやり取りを組み合わせる。
元の資料は残し、メモや集計は別に作る。「確認できた出金」と「まだ推測している取得者」を分けることが、請求を組み立てるうえでも役に立つ。預金以外を含む調査は隠された相続財産の調査方法も確認してほしい。
遺言で一人に集中した場合は、返還請求と遺留分を混同しない
有効な遺言や贈与によって財産を得たなら、他の相続人が不公平だと感じても、それだけで違法な使い込みにはならない。
遺言の方式、作成時の能力、偽造等に問題がないかを確認し、有効であっても遺留分の侵害があるかを検討する。兄弟姉妹やその代襲者には遺留分がないため、誰でも最低額を請求できる制度ではない。
現行制度の遺留分侵害額請求は、原則として金銭の請求だ。相続開始と侵害する贈与・遺贈を知った時から1年、相続開始から10年という期間がある。古い相続は改正前の制度も確認する。
「資料が集まったら考える」としている間にも期間が進むことがある。疑わしい遺言の相談と、必要な権利行使の期限確認を並行して進めたい。
罰則の問題と、お金が戻るかは別に考える
「独り占め」という名前の犯罪があるわけではない。窃盗、横領、詐欺などの成否は、誰の財産を、どのような権限で管理し、何をしたかによって検討する。
刑法には親族間の一定の財産犯罪に関する特例がある。配偶者・直系血族・同居の親族との間では刑の免除、それ以外の親族との間では告訴が必要となる場合がある。しかし、親族ならどの行為も処罰されないという意味ではない。
銀行が管理する現金をATMで無断に引き出す場合などは、被害者や財産の占有者が銀行となる問題がある。故人と引き出した人が親族であることだけで、特例が適用されると結論づけることはできない。
刑事手続で処罰を求めることと、民事上の返還を実現することも別だ。刑の免除が問題になる場合でも返還義務がなくなるとは限らず、刑事事件になっても自動的に全額が戻るとは限らない。
相手を処罰してほしいという思いがあるときも、資料を持って弁護士へ相談し、犯罪の成否、返還請求、回収の見込みを分けて確認する。
最初の相談では、請求したい額より先に時系列を示す
死亡日、出金日、問題に気づいた日、相手へ説明を求めた日、返答内容。財産一覧と取引履歴に、この時系列を添える。
不当利得、不法行為、契約上の請求、遺留分では、期間や必要な立証が異なる。一律に「相続から何年まで」と決めず、行為の時期と知った時期を確認する。
相手が財産を処分しそうな場合には、仮差押え等の保全が必要かも相談する。強い言葉で返還を迫る前に、証拠と回収先を確保する順序を考えたい。
納得できない気持ちを抑えて、相手の言うとおりに署名する必要はない。まず資料を集め、自分が求められることを具体的にする。怒りを抱えたままでも、次の一手は冷静に選ぶことができる。
公的資料・根拠
よくある質問
遺産を独占した人は必ず犯罪になりますか
独占という評価だけでは決まらない。行為、権限、被害者、親族特例などを確認する。民事上の返還請求とは分けて検討する。
通帳を持っている人が全額を相続しますか
保管しているだけで全財産を取得するわけではない。遺言や相続関係、分割の内容を確認する。
死亡前の出金は全額取り戻せますか
本人のための支出や有効な贈与等なら、全額が返還対象になるとは限らない。無断取得の額と、自分が承継する請求権の範囲を確認する。
死亡後の無断出金を遺産分割で扱えますか
民法906条の2の要件を満たす場合には、処分者以外の共同相続人全員の同意により、分割時にも存在するものとみなせる。適用時期や争点を確認する。
取引履歴は相手の同意がなくても取れますか
共同相続人の一人による単独の開示請求が認められている。必要書類、期間、保存状況などは銀行へ照会する。
本記事は一般的な情報提供です。個別の対応は、相続開始日、財産・家族関係の資料を示して弁護士・税理士等へ確認してください。



