遺言執行者は、遺言の内容を実現するために、必要な手続を進める人だ。
家族の配分を自由に変えたり、全部の相続手続を、無条件に一人で済ませたりできる人ではない。以下は、その役割を考える架空の家族の話である。
父の遺言には、自宅を母の千代へ、預金を長男の亮へ渡すと書かれていた。長女の麻衣は、銀行で誰が手続するのかを尋ね、亮は「執行者に自分の名前があるが、全部一人で決めてよいのか」と迷っている。
この制度は、死後の名義変更や引渡し等を、権限のある人が進めるためにある。
亮は、遺言の文言、財産と必要書類を確かめ、千代と麻衣へ説明しながら、実行することにした。
亮が就任を承諾した後の、主な仕事を見よう。財産の調査等は、必要に応じて並行して進める。
承諾したら直ちに任務を始める。遅滞なく、遺言の内容を相続人へ通知する。
遅滞なく目録を作り、相続人へ渡す。調査済みと、未確認の財産を分ける。
家は登記、預金は払戻し等について、遺言と権限、必要書類を確かめる。
名義、入金、引渡し、費用を記録する。途中も、求めに応じて経過を報告する。
配分を自由に変更する権限ではない。古い遺言等は改正法の適用も調べ、特定財産だけの遺言なら、権限の対象も、その財産について確かめる。
遺言執行者の仕事は、遺言の内容を実現すること
民法1012条1項は、財産の管理等、遺言の実現に必要な行為をする権利と義務を定める。
特定の財産だけの遺言なら、1014条1項により、権限の対象もその財産について確かめる。「一切の行為」という言葉で、対象外の財産や家族の権利まで、自由に扱えるわけではない。
執行者がいる時は、相続人は執行を妨げる処分等ができず、違反した行為は原則無効だ。
ただし、事情を知らない第三者や、債権者についての定めもある。債権者は、支払い等を求める権利のある人だ。相続人の行為が全部無効、債権者も全部請求できない、とは広げない。
亮が自分の取得額を増やすために遺言を書き換えたり、麻衣の遺留分(一定の近い家族に法律で保障された最低限の取り分)を独断で消したりすることはできない。遺言の有効性や権利の争いと、執行の権限は別に確認する。遺言の方式は遺言書の種類も参照できる。
執行者がいない時の、手続を確認
すべての遺言に、執行者が必要なわけではない。相続の割合の指定等、死亡によって法律上の効果が生じるものもある。
一方、遺言による認知、相続人と見込まれる人の廃除・その取消しには、執行者の届出や申立てが必要だ。廃除は、一定の事情がある人の相続権を失わせる手続である。
特定の不動産を、相続人へ「相続させる」遺言なら、取得者が一人で相続登記を申請できる場合がある。相続人への遺贈による所有権移転登記も、取得者が単独で申請できる。
遺贈は、遺言で財産を渡すことだ。執行者がいなければ、必ず相続人全員で申請する、とはいえない。
相続人以外への遺贈や、財産・遺言の内容によって、協力する人と申請方法は違う。銀行の払戻しも、各行へ必要資料を確かめる。
亮は、指定されたから全部簡単と思わず、家、預金等ごとに、権限と窓口を整理する。
遺言の指定と、裁判所の選任を分ける
遺言を書く人は、遺言で執行者を一人か複数指定したり、第三者に指定を任せたりできる。
相続人や、遺言で財産をもらう受遺者も就任できる。ただし、未成年者と破産者は就任できない(民法1009条)。
執行者がいない、またはいなくなった時は、利害関係人が家庭裁判所へ、選任を申し立てられる。相続人、受遺者、遺言者にお金を貸した人等が当たる。
申立先は、遺言者の最後の住所地の家庭裁判所だ。候補者を書けば、必ずその人が選ばれるわけではない。
裁判所の案内では、対象の遺言書1通につき、収入印紙800円と連絡費用等が必要だ。
標準的な資料は、申立書、死亡記載の戸籍、候補者の住民票等、遺言書や検認調書の写し、利害関係を示す資料となる。追加や省略できるものは、申立先で確かめよう。
就任を判断し、催告には返答する
遺言に名前があっても、就任は断れる。ただし、承諾したら直ちに任務を始める(民法1007条)。
就任後に辞めるには、正当な理由と家庭裁判所の許可が必要だ。家族へ辞退を伝えるだけで終わる話ではない。
相続人等は、相当な期間を決め、就任を承諾するか、はっきり答えるよう求められる。これを就職の催告という。
民法1008条では、その期間内に相続人へ答えないと、承諾したものと扱われる。返事をしないと断ったことになる、という理解は逆だ。
亮は、銀行や登記の資料を集める時間、家族との対立、外部へ頼む仕事を確かめる。
承諾する前の判断と、任務を始めた後の義務は、分けて考えよう。
遺言の内容を知らせ、財産目録を渡す
任務を始めたら、遅滞なく遺言の内容を相続人へ知らせる(民法1007条2項)。就任した連絡だけでは、足りない。
送付先、送った資料と、届いたことを確認できる記録を残そう。
遅滞なく、相続財産の目録を作り、相続人へ渡すことも必要だ(1011条)。
調査中のものと、残高証明や登記等で確認したものを分ける。相続人が立会いを求める等の場合の対応も、同条で確かめる。
麻衣は、亮だけが銀行資料を持つことを心配していた。
亮は、調べた銀行、口座、残高と、まだ回答のない照会を、目録と経過表で共有する。情報を渡すことと、全員の希望で配分を変えることは違う。
預金・不動産ごとに、権限と書類を確認
特定財産承継遺言は、遺産の中の特定の財産を、一定の相続人に引き継がせる遺言だ。執行者は、取得者が第三者にも権利を主張するための、必要な手続を進められる。
預貯金では、払戻しの請求と、一定の解約の申入れもできる。ただし解約は、その預貯金の全部が遺言の対象となる場合に限る等の条件がある。遺言の別の定めも確かめよう。
遺言の作成日と死亡日から、どの改正法が使われるかも調べる。古い遺言へ、一律に現行の定めを当てはめない。
銀行や法務局には、原本・情報証明書、必要なら検認済証明、戸籍、本人確認・印鑑関係、指定・選任を示す資料等を確かめよう。
千代が家を受け取る場合も、遺言に書いてあるだけで銀行の預金が移り、登記も自動で完成するわけではない。亮は、誰が申請するか、何を提出し、いつ完了を確認するかを財産ごとに記録する。検認が必要な遺言は検認の手続を先に確認する。
報酬・実費と、家族の取得額を分ける
報酬は、遺言に定めがあれば、それを確かめる。なければ、家庭裁判所が財産の状況等から定められる。
遺産の何%と、一律に法律で決まるわけではない。専門家への依頼も、仕事の範囲、報酬、実費と追加費用を見積りで確かめる。
家の民事上の価額3,000万円を千代が取り、預金1,000万円を亮が取ると仮定しよう。合計4,000万円という数字だけでは、報酬は決まらない。
仮に報酬40万円、実費5万円という依頼条件なら、支出合計は45万円だ。料金相場を示す例ではない。どの財産から払い、遺言の配分へどう影響するかも確かめる。
麻衣の遺留分等は、贈与、借金、取得額等から別に計算する。
民法1021条は、執行費用で遺留分を減らせないと定める。家の価額、手続費用、税額と、家族に残る現金を混ぜない。
協力を頼み、報告・引渡しを確認
民法1016条は、遺言に別の定めがなければ、執行者の責任で、第三者に仕事を行わせられるとしている。
家族の執行者が、全分野を自力で済ませる必要はない。登記、税務、法律上の争い等、頼む分野と費用を明確にしよう。
執行者は、求めに応じた経過報告や任務終了時の報告、受け取った物等の引渡し、精算も行う。亮は登記後の名義、預金の入金、費用の領収書をそろえ、千代と麻衣に実行結果を説明することにした。原本の保管場所は遺言書の探し方でも整理できる。
任務を怠る等の正当な理由があれば、利害関係人は、家庭裁判所へ解任を求められる。
家族が不満を持つだけで、自動的に解任できるわけではない。何を求め、何に回答がなく、どの処分が問題かを、資料で示そう。
確認に使える法令・公的資料
動かない時は、就任と未完了の仕事を確認
遺言の指定、本人が承諾したかと、通知・目録・名義変更等の未完了の仕事を確かめる。
就任するか答えを求める催告と、就任後の進み具合を尋ねる連絡は違う。遺言、通知書、求めたこと、送付・回答日を、日付順に並べよう。
返答が遅いだけで、家族が自動的に解任できるものではない。任務を怠った等の正当な理由があるなら、利害関係人から、家庭裁判所への請求を検討する。
未対応のこと、財産や期限への影響を、資料で示す。分割や税務等の期限も、別に管理しよう。
ほかにも確認する手続がある場合は、遺言の作成・解釈・執行の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
通帳・鍵を渡してもらえない時の対応
執行者がいる時、相続人は、執行を妨げる処分等をしてはいけない。民法1013条は、違反した行為を原則無効とする。
一方、事情を知らない第三者へ無効を主張できない場合がある。相続人に対する債権者の権利行使も妨げない。執行者に反対した行為は全部取り消せる、と単純には考えない。
通帳、鍵、登記の書類を持つ人には、就任した根拠、必要な資料と目的、返却・共有の方法を、具体的に伝える。
受渡しの日時と回答を記録し、単なる意見の違いと、隠した財産や無断処分等を分けよう。
応じない場合も、自分で施錠を壊したり財産を強引に持ち出したりする方法へ直ちに進まない。遺言と権限、財産の状況、第三者への処分の危険を示し、引渡しの請求や保全処分等が必要か相談する。民法1013条の禁止と例外の両方を踏まえ、具体的な行為ごとに判断する。
よくある質問
遺言執行者は必ず必要か
すべての遺言で必要なわけではない。認知や廃除等の事項と、財産の移転・対抗要件に関する手続を区別して判断する。
相続人でも執行者になれるか
未成年者や破産者等の欠格に当たらなければ相続人も就任できる。利害対立や業務の負担を考え、第三者への依頼も検討する。
就職の催告に返答しないと辞退になるか
民法1008条の相当期間を定めた催告に対し、期間内に相続人へ確答しない場合は承諾したものとみなされる。沈黙で断れると考えない。
報酬は遺産額の何%と決まっているか
一律の法定割合はない。遺言の定め、家庭裁判所の報酬判断、専門家への依頼条件を確認し、実費も分けて見積もる。
執行者を解任・辞任できるか
仕事を怠っているなどの正当な理由があれば利害関係人が家庭裁判所へ解任を求められる。就任後の辞任も正当な事由と同裁判所の許可が必要になる。
本記事は一般的な情報である。具体的な権限と手続は、遺言の原本・作成日・亡くなった日・財産を確認して判断する。



