遺言執行者とは、遺言書の内容を実現するために必要な手続きを行う権限を持つ人物であり、民法1012条によって定められた役割とされています。
結論から言うと、遺言執行者は「遺言書を現実に動かすエンジン」であり、その有無と選び方によって相続手続きのスピードと確実性が大きく変わる可能性があります。
遺言書を見つけた瞬間、人はどう思うだろうか。
「よかった。故人の意思がわかった」と、ひとまず安堵する。そこまでは、まあわかる。だが次の瞬間、ふと気づく。
「……で、これ、誰が動かすんだ?」
そう。遺言書は「存在するだけ」では、何も動かない。書かれた内容を現実の手続きとして完遂させる「実行部隊」が必要なのだ。その役割こそが、遺言執行者である。
遺言書は見つかったけど、これを誰がどうやって実行するのか全然わからない……。
で、結論から言うと。遺言執行者は「遺言書の司令塔」である
で、結論から言うと、遺言執行者とは「遺言の内容を実現するために必要な一切の行為をする権限を有する」存在だ(民法1012条1項)。
「一切の行為」。この4文字が重い。
不動産の名義変更、銀行口座の解約・払い戻し、株式の移転。相続手続きにおける実務のほぼ全域を、遺言執行者は単独で動かすことができる。逆に言えば、相続人がいくら「俺がやる」と名乗り出ても、遺言執行者が選任されている場合は、相続人が勝手に財産を処分することはできない(民法1013条)。
これが、遺言執行者という存在の「権力の本質」だ。

遺言執行者がいる場合といない場合。手続きの景色がガラっと変わる
みなさんは、遺言執行者の有無で相続手続きがどう変わるか、具体的に想像したことがあるだろうか。
ある場合とない場合を、並べてみよう。
- 遺言執行者がいる場合:銀行へ「遺言執行者として払い戻しに来ました」と申し出れば、相続人全員の同意書なしに手続きが進む場合がある。不動産登記も、相続人全員の協力なしで申請できるケースがある。
- 遺言執行者がいない場合:原則として相続人全員が揃って手続きを進める必要がある。相続人が多ければ多いほど、一人でもハンコを押さない人間が出てきた瞬間、全工程がフリーズする。
わかるだろうか。遺言執行者という存在は、相続手続きの「詰まり」を解消するバイパスとして機能しうる。特に相続人間の関係がギクシャクしているケースでは、その効力は絶大だ。
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遺言執行者は誰がなれるのか。選任のルールを整理する
では、誰が遺言執行者になれるのか。これがまた、意外と知られていないポイントだ。
遺言書で指定する場合
最もシンプルなのは、遺言書に「○○を遺言執行者に指定する」と書いておくパターンだ(民法1006条1項)。特定の相続人でも構わないし、弁護士や司法書士といった専門家を指定することもできる。未成年者と破産者は遺言執行者になれないとされているが(民法1009条)、それ以外であれば基本的に誰でも可能だ。
家庭裁判所に選任を申し立てる場合
遺言書に遺言執行者の指定がなかった場合、あるいは指定された人物が就職を断った場合は、家庭裁判所に選任を申し立てることができる(民法1010条)。利害関係人(相続人など)が申立人となり、裁判所が適切な人物を選任するという流れだ。
指定された人が「やりたくない」と言ったら
遺言執行者に指定されても、就職を断ることは可能だ(民法1008条)。無理矢理やらされる制度ではない。ただし、就職するかどうかを相続人から確認を求められた場合には、「相当の期間内に確答」しなければならないとされており、沈黙は就職拒絶とみなされる場合がある。

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遺言執行者の具体的な仕事。「就任したら何をするのか」を動かす順番で整理する
就任した遺言執行者が実際にやることを、動く順番で整理しよう。読者が自分で動けるように、アクションベースで書く。
- ① 就任通知を相続人全員に送る:遺言執行者は就任したことを「遅滞なく」相続人に通知しなければならない(民法1007条2項)。この通知を怠ると、後のトラブルの火種になりかねない。内容証明郵便で送るのが確実だ。
- ② 財産目録を作成して相続人に交付する:遺言執行者は「遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付しなければならない」とされている(民法1011条1項)。不動産・預貯金・株式・負債。これを一覧にまとめて全相続人に共有する。
- ③ 遺言書の内容を実行する:財産目録が整ったら、いよいよ本番だ。不動産の移転登記、銀行口座の解約・払い戻し、株式の名義変更。金融機関には「遺言執行者選任証明書(または遺言書の写し)」と「印鑑証明書」を持参して手続きを進める。
- ④ 任務が終わったら報告・清算する:全ての手続きが完了したら、相続人に対して経過を報告し、費用の精算を行う(民法1012条2項)。報酬については、遺言書に定めがあればそれに従い、定めがなければ家庭裁判所が定める場合がある(民法1018条)。
この4ステップが、遺言執行者の「一仕事」の全体像だ。シンプルに見えるが、実際には金融機関ごとに書類の様式が微妙に違うなど、細かい摩擦が随所に潜んでいる。焦らず、各機関に「必要書類一覧」を事前に確認してから動くのが賢明だ。
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遺言執行者を置くメリットを、改めて言語化しておく
ここまで読んだ人はもう気づいているだろうが、遺言執行者を置く最大のメリットは「手続きのルートを一本化できること」だ。
相続人が複数いる場合、全員の同意を取り付けるというのは、それ自体がひとつのプロジェクトになる。誰かが海外にいる、連絡が取れない、そもそも仲が悪い……。そういった状況で、遺言執行者がいれば「その人が動けばいい」という構造になる。
相続人間のコミュニケーションコストを、根本から削減できる。これが、遺言執行者という制度が持つ静かで強力な効用だ。
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よくある質問
遺言執行者は必ず選任しなければなりませんか
遺言執行者の選任は必須ではありませんが、遺言書の内容によっては実務上ほぼ不可欠となる場合があります。特に認知(民法781条2項)や相続人の廃除(民法893条)を遺言書に記載した場合は、遺言執行者が必要とされています(民法1012条2項)。不動産や金融資産の移転のみであれば、法律上は相続人全員で手続きすることも可能です。
相続人が遺言執行者になることはできますか
相続人が遺言執行者に就任することは法律上可能とされています。ただし、その相続人が利害関係を持つ手続きについては、中立性が問題になる場面も出てくる可能性があります。相続人間の関係が良好であれば問題になりにくいですが、対立が予想される場合は第三者(弁護士・司法書士など)の指定が望ましい場合があります。
遺言執行者の報酬はどのくらいですか
遺言書に報酬額の定めがあればそれに従い、定めがない場合は家庭裁判所が相続財産の額や手続きの複雑さを考慮して定める場合があります(民法1018条)。専門家が就任する場合は遺産総額の1〜3%程度が目安と言われることがありますが、依頼先や案件内容によって大きく異なる可能性があります。
遺言執行者は解任できますか
遺言執行者に「任務懈怠」など正当な理由がある場合は、利害関係人の請求によって家庭裁判所が解任できるとされています(民法1019条1項)。また遺言執行者自身が辞任する場合も、正当な事由があれば家庭裁判所の許可を得て辞任できます(民法1019条2項)。
遺言書に遺言執行者の指定がなかった場合、誰が申立てできますか
遺言執行者の選任申立ては「利害関係人」が行うことができるとされています(民法1010条)。相続人はもちろん、受遺者(遺言で財産をもらう人)も申立人になれる場合があります。申立先は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
遺言執行者の役割がわかったら、何をすればいいか急に見えてきた気がする。
「遺言書がある」は、スタートラインに立っただけだと知っておく
遺言書を発見した日。あの瞬間を「ゴール」だと思った人は、少なくないはずだ。
違う。あれは「スタートライン」だ。
遺言書は設計図に過ぎない。その設計図を現実の建物にするのが、遺言執行者という存在だ。誰がその役を担うか、どう就任するか、何をどの順番でやるか。ここを把握しておくだけで、手続きのスムーズさが段違いに変わってくる可能性がある。
遺言書を見つけたら、次の一手は「遺言執行者の確認」。それを頭に入れておくだけで、相続手続きの全体像がクリアに見えてくる。
知っておいてよかった、と思える情報だったなら幸いです。伝わりましたかね。
よくある質問
遺言執行者は必ず選任しなければなりませんか
遺言執行者の選任は必須ではありませんが、認知や相続人の廃除を遺言に記載した場合は実質的に必要とされています(民法1012条2項)。不動産や預貯金の手続きのみであれば相続人全員で対応することも可能ですが、相続人間に対立がある場合は選任を検討する価値があります。
相続人が遺言執行者になることはできますか
未成年者・破産者でなければ相続人でも遺言執行者に就任できるとされています(民法1009条)。ただし利害関係が絡む場面では中立性の問題が生じる可能性があるため、対立が見込まれるケースでは第三者の専門家を指定するほうが手続きが円滑に進む場合があります。
遺言執行者の報酬はどれくらいかかりますか
遺言書に報酬額の定めがある場合はそれに従い、定めがない場合は家庭裁判所が定める場合があります(民法1018条)。専門家が就任する場合の目安は遺産総額の1〜3%程度と言われることがありますが、案件の複雑さや依頼先によって異なる可能性があります。
遺言書に遺言執行者の指定がない場合はどうすればよいですか
利害関係人(相続人・受遺者など)が家庭裁判所に選任の申立てをすることができるとされています(民法1010条)。申立先は被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。選任されるまでの間は相続人全員で対応する必要がある場合があります。
遺言執行者を解任することはできますか
遺言執行者に任務の懈怠など正当な理由がある場合は、利害関係人の請求によって家庭裁判所が解任できるとされています(民法1019条1項)。遺言執行者側から辞任する場合も、正当な事由があれば家庭裁判所の許可を得て可能とされています(民法1019条2項)。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。





