土地や非上場株式に財産が偏ると、評価額が大きくても、納税や家族への支払いに使う現金が足りないことがある。非上場株式は、証券取引所に上場していない会社の株式だ。
相続税の申告・納付は原則、相続が始まったと知った日の翌日から10か月以内。分割が終わらないだけでは延びない。評価額と、期限までに使える現金を分けて確認しよう。
架空の家族で考えよう。長男の聡は、父の会社の株式と土地を受け取り、経営を継ぐ予定だ。
妹の奈緒は、取り分を調整するお金である「代償金」を現金で望む。母の芳江は、今後の生活費が心配だ。財産の評価額は大きいが、聡が期限までに使える個人の現金は少ない。
家族の資金計画を考えるための仮定だ。税額を計算する例ではない。
納税の見込み 1,200万円
妹への代償金 1,000万円
生活・維持費の予備費 300万円
必要額との差は
1,700万円
会社名義の預金は、聡個人の現金にそのまま足さない。
この差額は、延納や物納で認められる「金銭納付困難額」の計算ではない。物納で家族への代償金や生活費まで払えるわけでもない。
まず、財産ごとに現金に替えやすいかを調べ、月別の収支表を作る。手元の現金、売却、代償金の払い方、保険金、借入れを比べよう。
その上で、条件を満たせる場合に、延納、物納、事業承継税制を検討する。
財産の一覧と、使える現金を分ける
評価額が出ても、そのまま納税資金になるわけではない。現金に替わるまでの時間と、手取り額は、財産によって違う。
財産を種類ごとに並べ、納期限までに使える現金を確かめよう。
| 財産 | 評価と、現金にする時の確認 |
|---|---|
| 預貯金 | 評価:残高中心 換金性:比較的高い 確認:凍結解除、分割前の払戻し、名義預金 |
| 上場株式 | 評価:税務評価あり 換金性:価格変動と売却日数を考慮 確認:取得費、譲渡税、遺産分割 |
| 不動産 | 評価:路線価等 換金性:低い場合もある 確認:共有、担保、測量、売却税と期間 |
| 非上場株式 | 評価:会社規模等で評価 換金性:買い手が限られる 確認:経営権、譲渡制限、買取資金 |
| 死亡保険金 | 評価:契約と受取人による 換金性:比較的高い 確認:受取人固有の財産、非課税限度、保険料負担者 |
この表を埋めながら、もう一つ確認しておく必要がある。相続税の申告・納付期限は、原則として相続が始まったと知った日の翌日から10か月以内だ。遺産分割が終わっていないことだけで、この期限が延びるわけではない。
税額だけでなく、葬儀費用、固定資産税、借入返済、会社の運転資金、代償金も月別に並べる。
「財産がある」という感覚と、「いつ、現金がいくら必要か」という数字を分けて確かめる。
現金を用意する方法を比べる
納税資金の確保には、いくつかの方向がある。ただし、どれも「使えば必ず有利」という性質のものではない。
現預金と資産売却
故人と相続人の現預金を調べ、期限までに利用できる額を確認する。
売却する資産は、売るまでの期間、税引後の手取り、経営への影響を試算しよう。急げば価格が下がることがあり、不動産の測量や買い手探しにも時間がかかる。「売れば払える」と決める前に、期限に間に合うかを確かめる。
代償分割
一人が不動産や株式を受け取り、ほかの相続人に現金で調整のお金を払う分け方だ。
支払期限と担保等を決める必要がある。受け取る人が代償金を用意できるかを、手元資金から確認しよう。
生命保険金
受取人が指定された死亡保険金は、原則、その人固有の財産で、遺産分割の対象にはならない。受取人と保険料を負担した人を確認する。
相続人が受け取る一定の保険金には、「500万円×法定相続人の数」の非課税限度がある。相続人以外の人が受け取る保険金に、同じ枠を当てはめない。
家族の誰が納税に使えるかも、受取人によって違う。
金融機関からの借入れ
金利、担保、返済するお金の出どころ、会社保証への影響を確認する。返済のもとのお金が別に必要になるため、借入れで期限を乗り越えた後の収支も試算に含める。
複数の方法を並べたとき、税引後の手取りと期限を同じ条件で比べる。一つの方法だけを先に決めて動き始めると、後から別の選択肢の方が有利だったと気づくことがある。
聡は、会社の預金で不足分を払おうと考えた。しかし、会社と個人の財産は別だ。
会社の資金を動かすなら、取引の法的根拠、税務、運転資金やほかの株主への影響を確認する。会社口座の残高を、そのまま聡の納税資金に足さない。
奈緒への代償金を分割払いにする案も、本人の合意と、支払いを受けられる確実性を考える。
税務署への延納申請で、家族間の支払期限まで延びるわけではない。金額、支払日、お金の出どころを、それぞれ記録する。
延納は、条件を満たして許可を受ける
現金が足りないと分かった段階で、延納という言葉が出てくる。ただ、延納は申請すれば誰でも使えるわけではない。
延納は、相続税を年払いにするため、税務署の許可を受ける制度だ。相続税法38条等の条件を満たし、期限内に申請する必要がある。
- 納付すべき相続税額が10万円を超えること
- 金銭で一時に納付することが困難な事由があること
- その困難な金額の範囲であること
原則として担保を用意し、延納中は利子税も払う。延納税額が100万円以下で、期間が3年以下なら、担保は不要だ。
期限までに申請書等を出し、審査を受ける。現金で納めるのが難しい額、年ごとに払うお金の出どころ、担保として使える財産を、資料で示す必要がある。
延納の具体的な条件と手続は相続税の延納手続も参照してほしい。
物納は、納める額と財産を審査
物納は、延納によってもお金で納めるのが難しい場合に、一定の相続財産で税を納める制度だ。相続税法41条等の条件を満たし、認められる困難額の範囲で使う。
当初の物納申請では、先に実際の延納をしていることまでは必要とされない。「延納でも払えるか」という判定と、実際に延納をしたかは別だ。
ここで確かめておきたいのは、物納の順位だ。国税庁の案内では次のように定められている。
- 第1順位:国債・地方債、不動産・船舶、一定の有価証券等
- 第2順位:非上場株式等
- 第3順位:動産(国内にある相続財産で、物納の条件を満たすもの)
非上場株式を相続しても、すぐその株式で物納できるとは限らない。
延納でも納付が難しいか、財産の順位、国が受け取れない財産に当たるか、いくらで受け取るか等の審査がある。希望額で受け取ってもらえる保証はない。申請期限と必要書類も確かめよう。
芳江は、「土地を国へ渡せば、不足の1,700万円を全部解決できるのでは」と尋ねた。
しかし、物納で納めるのは、許可された相続税だ。奈緒への代償金や家族の生活費ではない。申請できる額と対象財産を調べ、物納後にも残る現金不足を計算する。
事業承継税制は、猶予後も条件が続く
非上場株式を引き継ぐ場合は、事業承継税制も選択肢になる。ただし、名前だけで「税金が免除される」と考えない。
条件を満たすと、対象株式に対応する相続税の支払いを待ってもらえる。「納税猶予」という仕組みだ。
一定の場合に免除もあるが、申告なしで自動的に免除されるわけではない。
利用するには、次の条件をすべて整える必要がある。
- 会社・先代経営者・後継者・株式等の条件を満たすこと
- 都道府県知事の認定を受けること
- 期限内に申告すること
- 担保を提供すること
猶予を受けた後も、株式の保有、代表者の地位、雇用等について、報告・届出が続く。一定の事由が生じると、猶予された税額を納めることになる。
特例措置と一般措置では、期限、対象、条件が違う。
遺産が未分割のまま申告期限を迎える場合にも制約があるため、会社の承継者と株式の帰属を早期に固めることが重要だ。制度の詳細は非上場株式の相続税評価と納税も確認してほしい。
聡が株式の猶予を受けられても、母や妹のほかの財産にかかる税金や、代償金まで解決するわけではない。
会社の経営を続ける希望と、長期にわたる猶予の条件を、両立できるかも確認する。
相続が起きる前に確認できること
延納・物納・事業承継税制は、相続が起きてから慌てて調べ始めると、申請期限や証拠書類の準備が間に合わないことがある。相続が発生する前の段階で確認しておくと、選択肢が広がる。
- 相続税の概算を、一次相続と二次相続の両方で試算する
- 納期限までの現金収支と、売却に必要な期間を確認する
- 共有にすると売りにくい不動産・株式を特定する
- 遺言と代償金を払うためのお金をセットで設計する
- 保険契約の受取人・保険料負担者・保障額を確認する
- 延納・物納・事業承継税制は申請期限と証拠書類から逆算する
申告書に並んだ評価額を見て「財産がある」と感じた後、「では、10か月以内に現金でいくら払えるか」という問いに戻る。その二つの数字の差が、今どの選択肢を検討すべきかを決める。
すでに納付が難しい状況にある場合の全体像は相続税を払えない場合の解決策も参照してほしい。手元の財産一覧と、そのうち期限までに現金化できる額を分けて書き出す。その一枚が、相談や申請の出発点になる。
聡たちは、1,700万円の不足を、税金、代償金、生活の予備費に分けて考えた。
売却、借入れ、延納、物納、事業承継税制は、それぞれ解決する対象が違う。財産を守ることと、必要な日に払えることの両方を満たす計画を作ることにした。
ほかにも確認する手続がある場合は、生前の全体計画の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
財産が多ければ納税資金も足りるか
評価額と使える現金は別だ。売却時期・手取り・借入返済・代償金まで月別に試算する。
会社の預金を個人の納税に使えるか
会社と個人は別だ。適法な取引と会社・個人双方の税務、資金繰りを確認する。
死亡保険金は全員に500万円ずつ非課税か
そうではない。一定の相続人が受け取る保険金について、500万円×法定相続人の数の限度額を用いる。
物納には一度延納を実施する必要があるか
当初申請で実際の延納実施を必須とはしない。延納によってもお金で納めることが難しいかと、物納財産・期限の条件を確認する。
この記事は一般的な情報を説明するものだ。個別の判断は、相続関係、財産、契約、取引記録などの資料を示して弁護士・税理士へ確認したい。



