遺留分の支払額が決まっても、相続税が自動で直るわけではない。支払う側は、税額を減らしてもらう「更正の請求」を、受け取る側は期限後申告や修正申告などを確認する。
支払う側の更正の請求は、税額が過大になった場合など、相続税法32条の条件を確認する。この特則の期間は、支払うべき金額が確定したことを知った日の翌日から4か月だ。分割払いの完済日まで待ってから考えることはできない。
父の遺言で不動産を受け取った兄の崇と、遺留分(一定の近い家族に法律で保障された最低限の取り分)を請求した妹の理恵。長い話し合いの末、崇が理恵に1,200万円を支払う合意ができた。「これで、やっと終わった」。崇はそう思って、合意書を引き出しへしまおうとした。
すると、理恵が聞いた。「相続税はどうなるの。兄さんはもう納めたと言っていたよね」。崇は「払うお金が減る分、税務署が自動で直してくれるんじゃないか」と答えたが、自信はなかった。母は父より先に亡くなっており、この二人が相続人という架空の家族の話だ。
以下の1,200万円は、合意後の税務を説明するための仮定額で、どの家族でも認められる遺留分の額を示すものではない。金額を決める前の計算と、決まった後の申告を分けて読んでほしい。
なぜ相続税を見直せるのか――当初の取得と、後の負担が変わるから
崇は、父の財産を自分が受け取ったものとして相続税を申告した。その後、遺留分として理恵へお金を払うことになり、理恵にも相続に関する取得が生じる。最初の申告のままでは、後から決まった取得額や負担と、相続税の計算が合わなくなる。
そこで、条件を満たす場合には、支払う人の課税価格から遺留分侵害額に相当する価額を引き、受け取る人へ加えるなどして、相続税を計算し直す仕組みがある。家族が合意しただけで税務署の申告記録まで変わるわけではないので、合意書や元の評価資料を添えて、見直す理由を示す必要がある。
これは「妹へ1,200万円払ったから、納めた税金が1,200万円戻る」という話ではない。税金を計算する土台を調整することと、返ってくる税金の額は別だ。
まず亡くなった日と、申告時に決まっていた内容を確認する
2019年7月1日以後に開始した相続では、遺留分侵害額請求により金銭債権が生じる。請求しただけで不動産の持分が自動的に戻る制度ではない。それ以前に開始した相続は旧制度の検討が必要になるため、故人の死亡日を最初に確認する。
相続税の申告時点で請求額を争っており、金額が未確定なら、その未確定の事由がないものとして課税価格を計算するのが基本だ。「将来1,000万円払うかもしれない」という見込みだけで控除したり、解決するまで申告を待ったりしない。遺言書と当初の申告書を照らし合わせ、どの財産を誰が取得した前提で申告したかを整理する。
支払額と、相続税を計算する際の増減額は同じとは限らない
金額が確定すると、受け取る側の取得財産の価額に遺留分侵害額に相当する価額を加え、支払う側の取得財産の価額から同じ価額を差し引いて、相続税を計算し直す。差し引く対象は財産の価額であり、納付した税額から支払額を直接引くわけではない。
さらに、不動産の通常の取引価格と相続税評価額には違いがある。対象財産が特定され、相続開始時の通常の取引価格を基に請求額が決まった場合には、相続税評価額との割合で調整する取扱いがある。交渉時の査定額だけで税務計算を終えず、当初申告に使った評価明細も取り出す必要がある。
崇と理恵の例で、請求の対象となった遺贈財産が特定され、その相続時の通常の取引価格が5,000万円、相続税評価額が4,000万円だったとする。その取引価格を基に1,200万円の遺留分侵害額が確定したという前提なら、税務上加減する価額は次のように計算する。
1,200万円×4,000万円÷5,000万円=960万円
通常の取引価格で決めた金額を、相続税の計算に使う評価の基準へ引き直している。崇の側から960万円を引き、理恵の側へ960万円を加えるのであって、払う金銭自体が1,200万円から960万円に減るわけではない。960万円がそのまま還付される意味でもない。
家族間で決まった金銭の支払額。この金額自体が960万円に減るわけではない。
本文の仮定では、1,200万円 × 4,000万円 ÷ 5,000万円。兄の財産の価額から引き、妹の側へ加える。
960万円がそのまま還付されるのではない。他の財産や税額控除等も含めて計算する。
対象の遺贈財産が特定され、相続時の通常の取引価格5,000万円を基に請求額が決まり、相続税評価額が4,000万円だったという本文の仮定。すべての遺留分に同じ数字を使う図ではない。
実際の税額は、他の財産、各人が受け取る額、税額控除などを含めて計算する。小規模宅地等の特例が関係する場合などは前提の確認も必要で、この数字をどの遺留分の支払いにも一律に当てはめないようにしたい。
支払う側は「金額の確定」を基準に更正の請求を進める
相続税法32条1項3号は、遺留分侵害額請求に基づき支払うべき金銭の額が確定し、申告済みの課税価格や税額が過大になった場合の更正の請求を定めている。この特則の期間は、確定したことを知った日の翌日から4か月以内だ。
請求書を提出しただけで還付が決まるわけではない。変更前後の計算と、減額を求める理由を示し、税務署の審査を受ける。提出した書類と受付記録を保存し、追加資料の照会が来た場合に対応できるようにする。
分割払いでも、最後の送金日まで待たない
崇は、手元の現金を考え、1,200万円を毎月100万円の12回払いにしてもらったとする。送金は1年かかっても、支払う総額がすでに確定しているなら、完済する1年後を期限管理の出発点にはできない。金額の確定日、知った日、各回の支払日を分けて記録する。
「まだ払っていない分があるから、税金の話は後で」と合意書をしまわず、総額が決まった時点で資料を渡す。理恵も、分割で受け取るお金をすべて生活費に使ってから納税資金を考えるのでは、足りなくなることがある。
一方、一部だけ合意し残額を争っている場合や、条件によって額が変わる条項を置いた場合は、何が確定したのかの検討が必要になる。「分割払い」と「金額自体が未確定」を混同しないことが大切だ。
一般的な5年の期限だけで判断しない
一般の更正の請求は、国税庁の案内では法定申告期限から5年以内とされている。一方、後から生じた理由による請求には、2か月・4か月という期間がある。
最初の申告の誤りを直す場合と、申告後に遺留分の支払額が決まった場合では、請求の根拠が違う。今回の金額確定に基づく4か月の期間を、5年と取り違えない。すでに過ぎている場合も、元の申告と請求理由を分けて専門家へ確認する。
受け取る側も、自分の申告と納税資金を確認する
当初は申告が不要だった人が新たに申告条件に当たる場合は期限後申告、申告済みの人に税額の不足が生じる場合は修正申告(少なく申告した税額などを、自分で直す手続き)が問題になる。相続税法30条・31条は一定の場合にこれらの申告書を提出できる仕組みを置いている。受け取る人に一律の「4か月以内の申告義務」があるという説明は正確ではない。
ただし、何もしなければ税金がかからないという意味ではない。支払う側の更正の請求に基づく減額に伴い、税務署が受け取る側の税額を更正・決定することがある。自ら期限後申告・修正申告をする場合は、原則として提出日までにその税額を納付するため、申告を進める前に納税資金も準備する。
双方で別々の税理士に依頼する場合も、対象財産、評価の基準、確定額、合意日について食い違いがないか確認する。支払う側の還付額と受け取る側の追加納税額が、必ず同額になるとは限らない。
崇の還付を待たないと理恵へ送金できないという計画なら、還付額も時期も確定していないことに注意したい。民事の支払期日は、税務署の審査が終わるまで自動で延びるものではない。兄妹の間で払うお金と、税務署との間で動くお金を、同じ入金予定にまとめないことが大切だ。
合意書・調停調書に加え、確定時期の資料をそろえる
| 解決の方法 | 確認する資料 | 見落としやすい点 |
|---|---|---|
| 裁判外の合意 | 署名済みの合意書、合意のやり取り | 何の支払か、対象相続と総額、成立日を明確にする |
| 家事調停 | 調停調書 | 金額が確定した調停成立日と支払期日を分ける |
| 訴訟上の和解 | 和解調書 | 分割払い、清算条項、条件の有無を確認する |
| 判決 | 判決書、確定証明書など | 判決言渡日だけでなく確定時期と知った日を確認する |
これらに、当初の申告書一式、財産評価明細、納付記録、遺言書、送金記録を合わせる。更正の請求書には、その理由の基礎となる事実を証明する書類等を添付する。送金記録だけでは、その支払いが遺留分なのか、額がいつ確定したのかまで分からない場合がある。
不動産を渡す合意は、相続税以外の負担も試算する
現金の代わりに土地や株式を渡して支払うことを「代物弁済」という。支払う側には、原則として、その支払いで消える債務の額を売却代金のように扱い、譲渡所得の税金を計算する問題が生じる。「相続した土地を家族へ渡すだけ」と考えず、別の税負担も確認したい。
受け取る側も、その土地を相続で直接取得したことにはならない。国税庁は、遺留分の代物弁済として受け取った宅地について、受取人が小規模宅地等の特例を使えない事例を示している。将来売却する際の取得費、不動産取得税、登録免許税、登記費用も含めて検討する。
合意書を締結する前に、現金払い、財産を売って現金払い、財産による代物弁済の各案を並べ、税金と費用を引いた後の負担を確認したい。相手へ渡す額だけを比べても、実際の負担は分からない。
崇は「現金がないなら、土地の一部を渡す方が簡単か」とも考えた。しかし、家族間で同じ1,200万円分を渡すつもりでも、土地を移す案では別の税金や登記費用が生じ得る。理恵の手元に残るものと、崇の負担は、額面だけでは比べられない。合意前なら、各案の税引後の負担をそろえて比べたい。
解決した日に始めたい確認事項
- 故人の死亡日と当初申告の内容を確認する。
- 確定額、確定したことを知った日、支払期日を記録する。
- 更正の請求の期間を計算し、担当者と提出予定日を決める。
- 合意書等と財産評価明細をそろえ、双方の税額を試算する。
- 受取側の申告方法と納付日、資金の準備を確認する。
- 現金以外で支払うときは、譲渡所得等を試算してから実行する。
請求段階の手順は遺留分侵害額請求の方法、請求後も回収が進まない場合は遺留分請求後の金銭債権と時効も確認できる。
合意できた安堵は、そのまま大切にしてよい。崇と理恵が次に必要なのは、また取り分を争うことではなく、決まった内容を税務の手続へ渡すことだった。二人は、合意書をしまう前に、元の申告書、財産の評価明細、総額が確定した日を一つの封筒にまとめた。
参考資料
- 国税庁「相続法改正関係の相続税・贈与税質疑応答事例」事例2-1
- 国税庁「遺留分侵害額の請求に伴い取得した宅地に係る小規模宅地等の特例」
- 国税庁「相続税及び贈与税の更正の請求手続」
- 国税庁「相続税の更正の請求書」
- 相続税法30条・31条・32条・35条
ほかにも確認する手続がある場合は、遺留分の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
請求額が決まるまで相続税の申告を待てるか
遺留分の交渉中であることだけで申告期限は延びない。金額が未確定なら、その未確定の事由がないものとして計算し、確定後の見直しを検討する。
更正の請求はいつまでに行うか
相続税法32条の条件に当たる場合、支払うべき金額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内が、この特則による請求の期間になる。
分割払いなら、完済してから税金を直せばよいか
総額が確定している場合、支払いの終了を待って期限を計算することはできない。金額の確定と各回の支払日を分けて管理する。
支払った額と同じ額の相続税が戻るか
戻るとは限らない。財産の価額を調整して税額を再計算する仕組みであり、取引価格と相続税評価額の違いによる調整が必要な場合もある。
現金の代わりに土地を渡しても税金は同じか
同じとは限らない。代物弁済では支払う側の譲渡所得などが問題になり、受取側がその土地を相続で受け継いだものとして特例を使えるとは限らない。
本記事は一般的な情報を示すものである。具体的な手続や税務は、亡くなった日、財産、資料などを確認して判断する必要がある。



