相続放棄の撤回とは、いったん家庭裁判所に申述した相続放棄を、後から取り消して「やっぱり相続する」という意思に戻す行為を指します。民法919条により、原則として認められていないとされています。
結論から言うと、相続放棄の撤回は原則として不可能とされており、例外的に取り消しが認められるのは「詐欺・強迫・錯誤」等の法律上の取消原因がある場合に限られる可能性があります。
「やっぱり、放棄しなければよかった。」
この一言が、胸の奥からじわじわと這い上がってくる瞬間がある。相続放棄の申述書を家庭裁判所に提出して、数週間後。故人の遺品を整理していたら、タンスの奥から思わぬ通帳が出てきた。あるいは、放棄した後になって兄から「実はプラスの財産の方が多かったみたいで」と、さらりと告げられた日には。
その瞬間、脳内に響き渡る一つの問い。
「……取り消せるのか、これ?」
放棄の手続きが終わったあとで、プラスの財産が見つかった。今からでも撤回できるのか……?
で、結論から言うと、相続放棄の撤回は「できない」が原則だ
民法919条1項。これが、今回の主役となる条文だ。そこにはこう書いてある。「相続の承認及び放棄は、第915条第1項の期間内でも、撤回することができない」と。
つまり、いったん放棄の申述が受理された瞬間に、その選択には法的な「錠前」がかかる。3ヶ月の期間内であろうと、期間外であろうと、「やっぱりナシで」が原則として通用しない仕組みになっている。
なぜそうなっているか。理由はシンプルで残酷だ。相続放棄をした瞬間、その分の相続権は他の相続人へと連鎖していく。他者の権利が動き始めた後に「撤回したい」が認められてしまったら、連鎖は大混乱のドミノ倒しと化す。法律は、その混乱を防ぐために「撤回不可」という壁を立ててあるのだ。

「撤回」と「取消し」は別物。ここを混同すると、判断を誤る
ところが、ここで知っておきたい重要な分岐がある。「撤回」と「取消し」は、法律上まったく別の概念だ。
撤回は、任意の翻意。つまり「気が変わったから戻したい」という話。これは、原則として認められない。
一方の取消しは、民法919条2項が認める「例外ルート」だ。民法919条2項は、民法総則の詐欺・強迫(民法96条)、錯誤(民法95条)による取消しを相続放棄にも適用できると定めている。つまり、以下のような事情がある場合は、家庭裁判所に取消しの申述ができる可能性がある。
- 詐欺・強迫による放棄:「放棄しないとひどい目に遭う」と脅された、あるいは「財産はゼロだ」と嘘をつかれて放棄させられた場合
- 錯誤による放棄:「放棄すれば借金を背負わなくて済む」という認識が根本的に誤っていた場合など、重大な勘違いを証明できる場合
- 未成年者・成年被後見人の放棄:法定代理人の同意なく手続きが進んだケース(民法5条・13条)
ただし、「知らなかった」「後悔した」「財産が思ったより多かった」という理由は、錯誤取消しの要件を満たさない可能性が高い。取消しの主張が認められるかどうかは、具体的な事情によって変わってくる。
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「3ヶ月以内なら間に合う」という思い込みが、最も油断を生む
よく聞く誤解がある。「相続放棄の期限は3ヶ月だから、期間内ならまだ取り消せるはずだ」という発想だ。
これが、危ない。
民法915条が定める3ヶ月の熟慮期間は、「放棄するかどうかを決める期間」だ。この期間内に放棄の申述を終えてしまった後は、同じ3ヶ月の期間内であっても、撤回は原則として不可能とされている。申述が受理された段階で、法的効力は即時に発生すると考えておく方がよい。
言い換えると、この3ヶ月という時間は「撤回の猶予期間」ではなく「判断の猶予期間」だ。財産の全体像を把握し終えてから、放棄か承認かを決断する──この順番を守ることが、後悔を減らす最も現実的な方法といえる。

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放棄を急ぐ前に確認したい、財産把握の3ステップ
撤回ができない以上、放棄の申述前に財産の全体像をできる限り掴んでおくことが、後悔を防ぐ最大の保険になる。具体的には、以下の3ステップを放棄の判断前に踏んでおきたい。
ステップ1:プラスの財産を洗い出す
- 不動産:市区町村役所で「名寄帳」を取り寄せる。これで故人が保有していた不動産が一覧で確認できる
- 預貯金:通帳・キャッシュカードに加え、スマホのアプリやメール履歴でネット銀行の有無を確認する
- 有価証券:証券会社からの郵便物、あるいは証券保管振替機構(ほふり)への照会で残高を確認できる場合がある
ステップ2:マイナスの財産(債務)を洗い出す
- 消費者金融・カードローンの通知がないかを郵便物で確認する
- JICC・CICといった信用情報機関への照会で、借入れの有無を確認できる場合がある
- 連帯保証人になっていないかも要確認。これは郵便物だけでは気づきにくい
ステップ3:3ヶ月では足りないと感じたら、期間延長を申し立てる
財産の把握に時間がかかると判断した場合は、民法915条1項ただし書きに基づき、家庭裁判所に熟慮期間の延長を申し立てることができる。放棄を急ぐより先に、この手続きを利用する方が現実的な選択肢となる場合がある。
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よくある質問
相続放棄の撤回は、どんな理由があっても一切できないのですか
原則として撤回は認められていません(民法919条1項)。ただし、詐欺・強迫(民法96条)や錯誤(民法95条)などの法律上の取消原因がある場合には、例外的に取消しの申述が認められる可能性があります。単純な後悔や状況の変化では取消しは難しいとされています。
相続放棄の申述が「受理」される前なら撤回できますか
申述書を提出した後、家庭裁判所から受理通知が届く前の段階については、実務上の扱いが微妙なケースもある可能性があります。ただし、申述の撤回が認められるかどうかは個別事情によるため、速やかに家庭裁判所に確認することをお勧めします。
相続放棄の期限(3ヶ月)はいつから数えますか
民法915条により、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月以内とされています。被相続人の死亡日からではなく、自分が相続人であることを知った日が起算点となる点に注意が必要です。
3ヶ月以内に財産の把握が終わらない場合はどうすればよいですか
民法915条1項ただし書きに基づき、家庭裁判所に熟慮期間の延長を申し立てることが可能とされています。財産調査が終わらないまま焦って放棄の申述をしてしまうより、延長申立てを検討する方が現実的な場合があります。
相続人同士の話し合いで「放棄する」と約束した場合、法的効力はありますか
相続放棄は家庭裁判所への申述によって効力が生じます(民法938条)。相続人間での口頭・書面による合意だけでは法的な放棄にはならないとされており、後から「放棄していないはずだ」というトラブルになりやすい点に注意が必要です。
相続放棄は、申述した瞬間から「戻れない一本道」になる。それが法律の答えだ。だからこそ、3ヶ月という時間は「調べる時間」として使い切ってほしい。プラスとマイナスを天秤にかけ、必要なら期間延長も使い、納得した上で押す決断。その順番さえ守れば、「やっぱり撤回したい」という後悔の扉は、かなりの確率で開かずに済む。
放棄する前に財産をちゃんと調べて、期間延長も使えるって知れただけで、だいぶ落ち着いた。
取り消しのできない選択だからこそ、選ぶ前に「知っておいてよかった」と思える情報が力になる。
けっこうオススメです、放棄前の財産把握。伝わりましたかね。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。





