親の引き出しから、自分の名前の通帳が出てきた。
こんな口座があったのか。残高を見て驚き、少しうれしくなった後で、疑問が浮かぶ。これは自分のお金なのか。それとも、親の遺産として申告するものなのか。
表紙の名前は、答えの一部でしかない。名義預金とは、口座の名義人と実質的な所有者が違うと判断される預金を指す実務上の呼び方だ。相続税の申告では、誰が資金を出し、どのように贈与や管理が行われてきたかを確かめる。家族名義だから全部親の財産、年110万円以下だから全部贈与済み、という決め方はできない。
その通帳が、引き出しに入るまで
親が子のために口座を作り、毎年お金を入れていたのか。子が受け取った贈与を、親に預かってもらっていたのか。見つかった場所が同じでも、そこへ至る事情は違う。
家族名義の預金でも、死亡時に実質的に被相続人が所有していたものなら、相続財産としての検討が必要になる。一方、資金を親が出したというだけで、その後もずっと親の財産と決まるわけではない。有効な贈与や、別の資金移動の関係を調べる必要がある。
国税不服審判所の平成19年10月4日裁決でも、原資、管理・運用、贈与の事実などを総合して帰属を判断している。家族名義の複数の財産が問題になった事件だが、相続財産と認める証拠が足りない預金は除外された。家族の口座を一括して同じ結論にしたわけではない。
手元の口座も、何が分かっていて、何がまだ不明なのかを分けてみよう。
申告前に確認したい六つのこと
1 最初のお金は、どこから来たか
給与、年金、事業収入、不動産の売却代金、相続、贈与。入金の元になったお金を追う。親の口座から移したものなら、振替日と金額、目的を一覧にしておく。
原資は重要な判断材料だ。ただ、親から出たお金でも、贈与によって子の財産になった可能性はある。「誰が稼いだか」を確かめた後に、「どう移ったか」を見る。
2 口座を作ったのは誰か
金融機関で手続をした人、届出住所、電話番号、印鑑。口座が作られた頃の状況を確かめる。昔の住所が残っていれば、その当時の家族関係や同居状況も手掛かりになる。
幼い頃に親が作った口座なら、成人した後にどう引き継いだかも確認したい。未成年の財産を親権者が管理することはあるので、子自身が手続をしなかったことだけで贈与を否定することはできない。法定代理人の関与を含めた確認が必要だ。
3 通帳を持つ人と、出金を決める人
通帳、カード、届出印、ネットバンキングの認証手段を誰が管理していたか。そのうえで、誰の意思で払戻しや振込みをしていたかを見る。
保管を頼んでいたことと、財産の使い道をすべて任せていたことは違う。「通帳は親の家にあったが、子の指示で引き出していた」という事情があるなら、その連絡や取引記録を確認しよう。保管場所だけで答えを出さないためだ。
4 利息や解約したお金は、誰へ渡ったか
定期預金を解約した後、どの口座に入ったのか。利息は誰が受け取り、誰の支払に使われたのか。親自身の投資へ戻ったのか、子が自由に使っていたのかも、帰属を考える材料になる。
入金の記録だけで止めず、出ていった先も見ると、お金の流れを説明しやすくなる。
5 贈る・受け取るという合意があったか
民法549条の贈与は、無償で与える意思表示と相手の受諾によって成立する。契約書、当事者間の連絡、送金記録、贈与税申告書などを確認しよう。
契約の成立と、その後の履行・管理は区別する。契約書があるから以後の事情を見なくてよいわけではないし、税の申告書を出したことだけで所有者が確定するわけでもない。未成年なら、法定代理人が受諾や管理をどのように行ったかも見る。
今後贈与を行う場合の記録は、契約・振込・管理・申告の確認手順で整理している。
6 その口座だけで、お金の流れを説明できるか
配偶者の年金と、親からの振込が同じ口座に入っていた。生活費の立替えと贈与が混ざっていた。一冊だけ眺めていても、関係が分からないことがある。
関連する預金、証券、保険、貸付けなどを、時系列で並べてみよう。口座の途中で管理者が変わったなら、いつ何があったかも記録する。一つの口座の全額を機械的に「親か子か」の二択にせず、時期や資金のまとまりごとに確認すべき場合もある。
分からない部分を推測で埋めたり、根拠なく半分ずつにしたりはしない。確認できない取引は、そのまま相談時の確認事項にすればよい。
110万円は、所有者を決める数字ではない
毎年の入金が110万円以下だと、安心したくなる。だが、それは贈与税の基礎控除に関する数字で、贈与の合意があったかを判定する基準ではない。
暦年課税では、受贈者が一年に受けた贈与の合計から110万円を控除する。誰の財産かという問題を飛ばして、「110万円以下だから贈与済み」と結論づけることはできない。
また、贈与が成立していた場合でも、相続税の生前贈与加算を別に確認する必要がある。贈与税がかからなかったことと、相続税へ加算しないことは同じではない。贈与の証拠と管理実態、毎年110万円の贈与と加算の注意点も参照してほしい。
見つけた後は、動かす前に記録する
自分の名前だから、自分の普段の口座へ移しておこう。そうしたくなっても、まず残高と取引記録、見つかった状況を残したい。動かした後では、何が死亡時点の財産だったのかを説明しにくくなることがある。
- 口座ごとの残高、原資、入出金、管理者を整理する
- 契約書、通帳、申告書、当事者間の連絡などを保全する
- 分かる事実と不明点を示して、帰属する財産と金額を確認する
- 相続財産と判断したものは、分割の検討と相続税申告に反映する
- 申告済みなら、修正申告や更正の請求等が必要かを確認する
名義人と他の相続人が帰属を争うなら、税の申告だけで争いが解消するわけではない。銀行での手続や遺産の範囲の問題も、弁護士・税理士などと整理する必要がある。
申告の後に見つけたときの対応は、発見後の記録・分割・修正申告も参考になる。後から発見した経緯や資料を残し、放置せず相談しよう。
名義預金があったら、必ず重加算税なのか
名義預金と判断されることと、重加算税を課されることは別の問題だ。重加算税では、隠蔽・仮装があり、それに基づいて過少申告や無申告となったかなどを確認する。名義預金があるという一事だけで自動的に決まるものではない。
ただし、重加算税でなければ何も負担がない、ということでもない。本来の税額のほか、加算税や延滞税の要否は、申告状況や経緯によって検討する。詳しくは重加算税と単なる申告漏れの違い、申告漏れ・名義預金への対応で扱っている。
通帳の表紙から、取引のページへ
自分の名前を見つけた驚きも、親が残してくれたのだろうという気持ちも、そのままでよい。ただ、申告に使う答えは、思いだけでは決められない。
口座名、残高、原資、管理していた人、贈与の記録。まず分かる範囲を書き出して、資料のない部分に印を付ける。そのまま税理士へ見せれば、次に何を確認すべきかを相談できる。
表紙には、自分の名前がある。中のページには、お金がここへ来た経緯が残っている。確かめたいのは、その両方だ。
公的資料・根拠
よくある質問
配偶者名義の預金はすべて名義預金ですか
一律にはいえない。配偶者自身の収入、相続、贈与などによる財産もある。原資・管理・使用収益・贈与の有無などを具体的に確認する。
通帳を被相続人が持っていたら名義預金ですか
保管状況は判断材料だが、それだけでは決まらない。口座開設や出金の経緯、利益の帰属、贈与の合意なども確認する。
毎年110万円以下を入金すれば名義預金になりませんか
110万円は贈与税計算上の基礎控除で、所有者や贈与の合意を決める基準ではない。入金額だけで贈与済みとは判断できない。
贈与税申告書があれば贈与の証明になりますか
重要な資料の一つだが、それだけで結論は決まらない。契約の合意、履行、管理、利用状況などを併せて確認する。
名義預金を申告から漏らすと必ず重加算税ですか
必ずではない。重加算税は隠蔽・仮装と、それに基づく申告等の事情を別に判断する。本来の税額や他の加算税・延滞税の要否も確認が必要だ。
本記事は一般的な情報提供です。贈与日、相続開始日、申告状況、合意や財産管理の実態によって結論は異なります。個別の判断は税理士・弁護士へ資料を示して確認してください。



