不公平な遺言への対応|遺言無効と遺留分請求を分ける

不公平な遺言への対応|遺言無効と遺留分請求を分ける

父の遺言書の写しに、自分の名前が見当たらない。長女の菜々は何度も読み返した。母はすでに亡く、父の子は菜々と兄の岳の二人だ。父の通院に付き添ってきた菜々は、全財産を岳に相続させるという内容に納得できなかった。岳は、父と暮らし実家を管理してきた事情を重く見てほしいと考えていた。

ここからは、不公平に感じる遺言への対応を考える架空の兄妹だ。人物・金額は説明用である。配分に不満があることだけで遺言は無効にならないが、遺言の方式や作成時の能力を争う問題と、遺留分(一定の近い家族に法律で保障された最低限の取り分)を請求する問題は別に検討できる。

遺言による財産処分の自由を認める一方、一定の相続人には最低限の取り分を保障するのが遺留分だ。菜々は、介護への思い、遺言の効力、請求する金額を一つにせず、もとの資料と期限を確かめることにした。

「こんなはずがない」を、三つの問いに分ける

遺言では、法定相続分(法律で決められた相続の割合)と違う配分を定められる。一人に多く渡したり、ある相続人には財産を渡さなかったりする内容も、それだけでは無効にならない。家族として納得できるかという問題と、法律上の効力は、必ずしも重ならない。

だからこそ、何に疑問があるのかを具体的にしたい。字が本人のものに見えないのか。書いた頃には内容を理解できなかったのではないか。それとも、遺言は本人が書いたと分かるが、自分の取り分が少なすぎるのか。

確かめたいこと 見る資料・事情 検討する対応
遺言そのものが有効か 方式、本人の自書・署名・押印、偽造・変造、作成時の遺言能力 調停、遺言無効確認訴訟など
遺留分を侵害されているか 請求資格、財産・贈与・債務、取得額、権利を使える期間 相手への意思表示、交渉、調停、訴訟
そもそも何が遺産なのか 名義と所有者の関係、使い道の分からないお金、贈与の有無、預金や不動産の資料 遺産に関する紛争の調停、民事訴訟など

一つに決めなければ先へ進めないわけではない。複数が重なることもある。大切なのは、遺言への疑問を調べている間に、別の請求の期限を見落とさないことだ。

遺言の無効を考えるなら、まず原本と作成当時へ戻る

署名と印は、どこにあるか

自筆証書遺言では、本人が本文・日付・氏名を自書し、押印することが基本になる。添付する財産目録には自書不要の例外があるが、自書しない目録は各用紙への署名・押印が必要で、両面に自書によらない記載があれば両面に行う。古い遺言については、作成時に適用される方式も確認する。

印がどこかにあれば済む、とはいえない。署名・押印と封筒の一体性が問題になった事案では、遺言本文に署名と押印がなく、封筒との一体性も認められなかったことから、方式を欠くとして無効とされた。封筒の存在まで含めて検討された事件だ。写しの一部分だけで結論を出すより、原本と付属書類をそのまま確保する意味が、ここにある。

封印された遺言書が未開封で残っているなら、勝手に開けず、家庭裁判所での手続を確認しよう。方式や証拠の確認項目は、遺言書が無効になる原因と証拠でも整理している。

「認知症だった」の先に、作成時の様子がある

遺言を書いた日付を見ると、入院中だったことを思い出す。その頃は会話もかみ合わなかった。そうした記憶は、遺言能力を調べるきっかけになる。

ただ、診断名や年齢だけで有効・無効が決まるわけではない。民法963条により必要なのは、遺言をする時点での能力だ。その遺言の意味と効果を理解できたかについて、病状の推移、作成日前後の言動、内容の複雑さ、作成の経緯などを総合して判断する。

思い出せる出来事を、日付とともにメモにしておこう。診療録、介護記録、認知機能検査や服薬の資料と照らせるようになる。「いつも分からなかった」とまとめるより、「この日の面会で、こう話した」と具体的に残す方が、確認の手掛かりになる。

公正証書遺言でも、遺言能力などが意見が食い違うことはある。ただし、公証人が関与した経緯や確認内容も重要な資料だ。公正証書だから争えないとも、診断があれば簡単に覆るとも考えない方がよい。

字が違うと感じたら、比較できるものを残す

手帳、手紙、契約書。本人が以前に書いたものは、筆跡を確認する材料になる。印影、作成に関与した人との連絡、録音や当時のメモも、事情に応じて意味を持つ。

疑いを持つことと、それを証拠で示せることには違いがある。遺言書への書込みや加工はせず、原本の状態と保管経緯を残したい。誰が、いつ、どこで見つけたかも記録しておこう。

菜々は、父が遺言を書いた頃の通院日と、自分が付き添った日に何を話したかを記録した。医療資料がまだ手元になくても、入手できている遺言の写しと発見・保管の経緯を相談へ持っていく。岳が管理していたという事情だけで、偽造と断定はしない。

上で挙げた裁判例は実際の裁判所の判断であり、菜々たちの架空の例とは別だ。封筒に印があるから常に有効、本文に印がないから常に同じ結論という一般化をせず、書面の状態と経緯から検討する。

無効かどうかの決着を、待ってはいけない場合がある

「まず遺言を無効にする。その結果を見てから、お金の話をしよう」。順序立てているようで、これが危ないこともある。

遺言の無効を調べたり、裁判で争ったりしていても、それだけで遺留分の期間が止まるわけではない。無効と認められなかった後に初めて遺留分を請求しようとすると、権利を使える期間を過ぎているおそれがある。

そのため、遺言の効力を争いながら、有効とされた場合に備えた遺留分の意思表示を並行して検討する。どのように主張と通知を組み立てるかは、早い段階で弁護士に確認したい。資料が全部そろうまで、相談を待つ必要はない。

遺留分は、遺言を書き換える請求ではない

現行法の遺留分侵害額請求は、侵害額に相当するお金の支払を、贈与や遺贈(遺言で財産を渡すこと)を受けた相手に求めるものだ。遺留分を侵害したからといって、遺言全体が自動的に無効になったり、指定された不動産を自動的に共有できたりするわけではない。

請求できるのは、遺留分を持つ相続人に限られる。配偶者、子など、また相続人となる直系尊属(父母や祖父母など、自分より前の世代に当たる直系の親族)が対象となり、亡くなった人の兄弟姉妹には遺留分がない。兄弟姉妹を代襲して相続する甥・姪にも、その立場での遺留分はない。

遺留分がある人でも、単に法定相続分との差額を請求するわけではない。計算の基礎となる財産、対象になる贈与、債務(借金など、支払い等をしなければならない義務)、自分が既に受け取ったものなどを調べる必要がある。名義が違う預金や生前の出金が見つかれば、財産の持ち主・贈与の有無も問題になる。

1年は、何を知った日から数えるのか

民法1048条は、相続の開始と、遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないと、時効によって消滅すると定める。亡くなってから10年を経過した場合も同様だ。

遺言を読んだ日、死亡を知った日、贈与が分かった日。それぞれを書き留めよう。「紙を初めて見た日が必ず期間を数え始める日」と一律には決められない。何をいつ知っていたかが問題になるので、通知、メール、交渉の記録も残しておく。

裁判所へ出した書類と、相手への意思表示は別に確認する

裁判所の案内は、調停(裁判所で調停委員を交えて話し合う手続き)を申し立てただけでは、相手への権利を使うという意思を相手に伝えることにはならないと明示している。申立てとは別に、内容証明郵便等による意思表示が必要だ。

単に「納得できない」「調べている」と伝えるだけで足りるとは限らない。誰に対し、遺留分の権利を使う意思をどう伝えるか、内容と到達を確認できる方法で整える。期限が近い場合は、金額の調査が終わるのを待たずに相談してほしい。

適切に権利を使った後に生じる金銭債権の時効は、この1年・10年とは別に管理する。通知を出したら、後はいつまででも放置できるわけではない。手順は遺留分侵害額請求の方法と期限、請求後については遺留分請求後の時効を参照してほしい。

亡くなった日が2019年7月1日より前なら、旧法を確認する

現在のお金の請求の説明を、古い相続へそのまま当てはめてはいけない。2019年7月1日より前に亡くなった方の相続では、旧法の遺留分減殺請求の制度が適用される。何を請求し、どの手続を使うかも、その前提から確認する。

菜々たちの計算を単純化し、相続開始時の家4,000万円と預金2,000万円、他の贈与や債務、菜々の取得・特別受益はなく、有効な遺言ですべて岳が取得すると仮定する。基礎財産6,000万円、全体の遺留分2分の1、菜々の法定相続分2分の1なので、菜々の遺留分は1,500万円となる。

法定相続分である3,000万円との差額を請求する計算ではない。また、1,500万円を計算して通知しても、家の4分の1の持分が自動的に菜々へ移るわけではない。岳に現金がなければ、支払方法や期限、必要な手続も問題となる。

この数字は条件を置いた説明で、実際に父から受けた援助や債務があれば計算を確認し直す。菜々は、遺言を読んだ日とそれまでに知っていたこと、財産の資料が届いた日を残し、金額が確定するまで権利を使うことを先送りしないよう相談する。

相談には、「完成した主張」より手元の資料を

うまく説明できないから、もう少し整理してから。そう考えているうちに時間が過ぎることがある。最初から無効原因を言い切る必要はない。手元にあるものと、気になっている箇所が分かれば、確認を始められる。

  • 遺言書の原本・写し、検認調書、遺言書情報証明書、公正証書遺言の謄本など、入手済みのもの
  • 作成日前後の医療・介護・服薬の資料、覚えている出来事のメモ
  • 過去の署名・筆跡・印影、関与した人との連絡記録
  • 相続人関係、財産・贈与・債務、評価額が分かる資料
  • 死亡や遺言・贈与を知った日、相手、通知内容と到達の記録

足りない資料は、足りないまま一覧にすればよい。原本が相手の手元にあることも、診療録をまだ取れていないことも、そのまま伝える。まず期限と必要な保全を確認し、その後に集める順番を決めよう。

菜々は、父の遺言に疑問があることと、遺留分を求める意思を期限内に伝えることを分けて考えた。岳の暮らしに耳を傾けながら、自分の権利を守るための手続きを進めることもできる。すぐに結論を出そうとせず、もとの資料、いつ事情を知ったか、いくら受け取ったかを記録して、必要な手続きを確かめたい。

参考資料

無効・解釈・遺留分のどれを確かめたいかを伝える

自筆証書遺言は、本文と添付財産目録で方式が異なる。方式の不備と、本人に遺言能力があったか、本人が作ったか、文言がどの財産を指すかは別の問題だ。原本、作成時の診療や生活の記録、筆跡の比較資料、財産資料等を整理する。

検認は遺言の有効性や配分の妥当性を確定する手続ではない。家族全員で別の分け方へ合意し直す場合も、受遺者や遺言執行者等の関与、登記と税務を確認する。必要な当事者と手続を省いて、遺言は無効だったことにするものではない。

あわせて確認する手続と資料

ほかにも確認する手続がある場合は、遺言の作成・解釈・執行の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。

よくある質問

不公平な内容なら遺言は無効ですか

受け取る額に差があるだけでは無効にならない。方式違反、偽造・変造、遺言能力など、具体的な無効原因と証拠を確認する。遺留分の請求ができるかは別に検討する。

公正証書遺言なら争えませんか

公正証書でも遺言能力や作成経緯などが意見が食い違うことはある。公証人が関与した事実や確認内容も重要な資料なので、具体的な証拠に基づいて検討する。

遺言無効の裁判が終わってから遺留分を請求できますか

決着を待つ間に権利を使える期間を過ぎるおそれがある。無効を争いながら、必要に応じて遺留分の意思表示も期限内に行うか検討したい。

調停を申し立てれば遺留分の権利行使になりますか

裁判所は、調停の申立てだけでは相手への意思表示にならないと案内している。申立てとは別に、内容証明郵便等で権利行使の意思を伝える必要がある。

兄弟姉妹にも遺留分がありますか

兄弟姉妹には遺留分がなく、兄弟姉妹を代襲する甥・姪にもその立場での遺留分はない。ただし、遺言の無効や遺産の範囲など、別の問題があるかは確認する。

本記事は一般的な情報提供です。遺言の種類、作成時期、相続開始時期、証拠、財産・贈与・債務により対応は異なります。期限が問題となる場合は、早めに弁護士へもとの資料を示して確認してください。

この記事の読み方

相続の制度は、家族の状況と財産の中身で結論が変わります。

法律と税務を分けずに確認

相続税申告、相続登記、不動産処分、遺産分割が同時に動く場面を前提に、弁護士・税理士の両面から整理しています。

個別事情で変わる点を重視

期限、特例、評価、分割方法はケースによって変わります。本文では一般的な考え方を示し、個別判断が必要な箇所は留保しています。

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