自筆証書遺言の要件と書き方|無効を避ける日付・署名・押印の注意点

自筆証書遺言の要件と書き方|無効を避ける日付・署名・押印の注意点

遺言書に、気の利いた日付はいらない。

「令和八年九月吉日」。家族に残す大切な一通だから、少しあらたまった書き方をしたくなる。けれど、この二文字は遺言書と相性が悪い。何日に作ったのか分からず、日付の要件を欠くからだ。財産の分け方を何晩も考えたのに、最後の一行で効力を失う。それでは、あまりにも惜しい。

自筆証書遺言は、自分の手で書いて残せる遺言だ。基本は本文・日付・氏名を本人が手書きし、印を押すこと。ただし、紙の形が整うことと、家族がその内容を実行できることは別々に確かめたい。ここでは、一通を書き始めてから保管するまで、つまずきやすい箇所を順に見ていこう。

最初の一枚は、本人の手で書く

パソコンなら、誤字もすぐ直せる。家族に頼めば、自分より読みやすい字で書いてくれるかもしれない。普段の手紙ならありがたい助けも、自筆証書遺言の本文では使えない。

民法968条は、遺言者自身が全文・日付・氏名を自書し、押印することを求めている。添付する財産目録には例外があるが、本文まで印刷してよくなったわけではない。印刷した本文に署名と印だけを足しても、自筆証書遺言にはならない。

確かめる箇所 書くときの基本
本文 本人が全文を手書きする。家族による代筆やパソコン印刷では代えられない
日付 作成日を特定できるよう、本人が年月日を書く
氏名 本人を特定できる氏名を自分で書く
押印 本人が印を押す。実印は必須ではないが、後日の確認に備えて使うことも検討する
訂正した箇所 変更場所の指示、変更した旨の付記と署名、変更場所への押印を確認する

証人も公証人も立ち会わずに作れる。それが自筆証書の手軽さだ。一方で、後になって「本当に本人が書いたのか」「書いた当時、内容を理解できたのか」と争われる余地は残る。民法960条の方式に加え、作成時の遺言能力も必要になる。

病気やけがで手が動かないなら、家族が代わりに書く前に立ち止まろう。添え手の補助も、本人の自書といえるかは事情によって問題になる。無理に書き切るより、公正証書遺言の作り方を確認して、公証人に相談する方が適していることもある。

日付と訂正で、せっかくの一通を迷子にしない

「吉日」では、書いた日が決まらない

日付には、遺言を作った時点を確かめる役割がある。遺言が二通見つかれば前後関係が問題になるし、遺言能力を調べるにも作成時点が必要だ。「九月のどこか」では足りない。

「令和八年九月吉日」のような記載は、日を特定できない。自分で作るときは、実際の作成年月日をそのまま書こう。後から家族に日付を埋めてもらうつもりで、空欄にしておくのもいけない。

きれいに消すほど、元の文字が分からなくなる

一文字間違えると、修正液に手が伸びる。ところが、遺言書では「跡形もなく直せた」が安心につながらない。いつ、誰が、何を変えたのかという問題が生まれる。

民法968条3項に沿った訂正には、変更した場所を示し、変更した旨を付記して特に署名し、変更場所に印を押す手順が必要だ。修正液で消して上から書くだけでは、この方式を満たさない。添付した財産目録の訂正にも注意が要る。

ただし、訂正の不備があれば必ず遺言全体が無効になる、という単純な話でもない。変更の効力、元の文字が読めるか、他の記載から意味を確定できるかなどが問題になる。明らかな誤記の訂正についての判例上の扱いもある。見つけた遺言を自己判断で捨てず、現状のまま確認してもらおう。

これから自分で作る場面なら、難しい訂正を重ねるより、新しい紙に全文を書き直す方が分かりやすい。家族に解読の仕事を残さずに済む。

夫婦で相談しても、証書はそれぞれに

「どちらが先でも、残った相手に全部渡したい」。二人の考えが同じでも、一つの証書に二人分の遺言をまとめてはいけない。民法975条は共同遺言を禁止している。夫婦で一緒に考え、それぞれ別の証書を作る。

長い財産の一覧は、別紙に任せられる

土地の地番、建物の家屋番号、銀行の口座番号。書き写すうちに疲れてしまう部分には、負担を減らす仕組みがある。

2019年1月13日以降に作る自筆証書遺言では、添付する財産目録を手書きにしなくてもよい。パソコンで作った一覧や、登記事項証明書、通帳のコピーなどを使える。本文とは別の用紙にして、「別紙財産目録1の土地」のように、本文と対応させよう。

忘れやすいのは、目録を付けた後だ。自書していない目録は、各用紙に本人の署名と押印が必要になる。自書によらない記載が両面にあれば、両面に署名・押印する。最後の一枚にまとめて印を押せばよいわけではない。

この緩和は施行日前に作られた遺言には適用されない。古い遺言書を確認するときは、今のルールだけで判定しないようにしたい。

「家は長男へ」の先を、もう少し書く

書いた本人には、自宅と長男の顔がすぐ浮かぶ。だが、手続をする銀行や登記の担当者は、その家族を知らない。本人の頭の中にある情報を、紙へ移しておく必要がある。

不動産は登記事項を見て、所在・地番・家屋番号などで特定する。住居表示だけに頼らない。預金も金融機関・支店・口座種別・口座番号などを確認すると、対象が伝わりやすい。口座番号を書くこと自体が一律の成立要件なのではなく、「どの財産か」で迷わせないための工夫だ。

財産の一覧ができたら、次の点も書面に照らして考えたい。

  • 誰に、何を相続させる・遺贈するのか。受け取る人と対象を特定できるか
  • 指定した受取人が自分より先に亡くなった場合に備えるか
  • 債務も把握し、遺留分や配偶者居住権、事業の承継に問題がないか
  • 不動産を共有にすることで、将来の売却や管理が難しくならないか
  • 遺言を実行する遺言執行者を指定するか

ここからは、書式の見本を写すだけでは決まらない。同じ「平等に」という言葉でも、現金を分けるのと、一軒の家を共有させるのとでは、その後の暮らしが変わる。

気持ちを書くことと、実行を託すこと

財産の配分だけを書いた紙は、家族には冷たく見えるかもしれない。なぜそう分けたのか、何に感謝しているのか。付言事項として気持ちを残すことにも意味がある。ただ、願いを書けば何でも法的な義務になるわけではない。

一方で、「付言ならすべて法的効果がない」と決めつけるのも誤りだ。たとえば、民法897条は、祭祀を主宰する者を被相続人が指定することを認めている。見出しの名前だけでなく、何を指定した文章なのかを見る必要がある。

生前の介護の希望は、死亡によって効力が生じる遺言だけでは備えられない。ペットの世話も「よろしく」の一言で費用や引受人が決まるわけではない。負担付遺贈や信託、死後事務委任などが適するかを、目的ごとに検討する。飼育する人と費用の決め方は、ペット信託の仕組みと遺言との違いも参考になる。

書き終えた紙を、どこに置くか

大事だから、引き出しのいちばん奥へ。ところが、誰にも分からない場所にしまうと、必要なときに見つからない。遺言は、書き終えた後にもひと仕事ある。

法務局の自筆証書遺言書保管制度では、本人が出頭して保管を申請する。原本と画像データが保管されるので、紛失・隠匿・改ざんのリスクを抑えられる。保管された遺言書については、家庭裁判所の検認も不要になる。

利用するなら、書く前に用紙の条件を見ておこう。A4・片面で、所定の余白を取り、ページ番号を付けるなどの決まりがある。一般の財産目録で両面記載が認められることと、保管制度の用紙条件は区別したい。法務省の案内に沿って準備するのが確実だ。

ただし、預かってもらえたことは、内容の有効性の保証ではない。法務局の確認は外形的な方式に関するもので、遺言能力、財産の帰属、遺留分、文章の意味まで審査して保証するものではない。保管の準備と内容の確認は、両方必要だ。

法務局で保管されていない自筆証書遺言を相続開始後に見つけた場合は、原則として家庭裁判所の検認を受ける。検認も、遺言書の状態を確認する手続であり、有効と認定する裁判ではない。封印がある遺言書は、家庭裁判所で相続人または代理人の立会いなく開封できないので、そのまま手続を確認しよう。

日付を書いた後にも、家族の時間は進んでいく

子が生まれる。結婚や離婚がある。家を売る。指定した人が先に亡くなる。作ったときにはぴったりだった遺言も、暮らしと少しずつずれていく。

遺言は、法律の方式に従って全部または一部を撤回できる。前の遺言と後の遺言が抵触すれば、その抵触する部分は後の遺言で撤回したものとみなされる。新しい一通があるから古い一通が全部なくなる、とは限らない。原本の所在と、どの内容を残し、どの内容を変えたのかを整理しておこう。

書き直す機会には、日付と印だけでなく、受取人・財産・保管場所まで見直す。迷うところがあるなら、完成品になるまで待たなくていい。下書き、財産の一覧、家族関係が分かるメモをそろえれば、相談で確認したいことが具体的になる。弁護士・司法書士・行政書士・公証人の違いを踏まえて、内容に合う相談先を選ぼう。

遺言書に、気の利いた日付はいらない。必要なのは、書いた日と、書いた人の意思が、残された人にきちんと届くことだ。

確認に使える公的資料

よくある質問

自筆証書遺言の本文をパソコンで作れますか

本文は本人が手書きする必要がある。パソコン等を使えるのは添付する財産目録で、自書しない目録の各用紙に本人の署名・押印が必要だ。自書によらない記載が両面にある場合は両面に行う。

日付を「令和8年9月吉日」と書けますか

その記載では作成日を特定できず、日付の要件を欠く。作るときは実際の作成年月日を本人が手書きしよう。

夫婦で同じ証書に遺言を書けますか

民法975条は共同遺言を禁止している。夫婦でも、それぞれ別の証書を作る。

法務局で保管すれば内容も有効と保証されますか

有効性までは保証されない。外形的な方式の確認と保管を行う制度であり、遺言能力、財産の帰属、遺留分、文言の意味などは別に確認する必要がある。

訂正方法を間違えると遺言全体が無効になりますか

必ず全体が無効になるとは限らない。訂正の内容、元の記載が読めるか、他の記載から意味を確定できるかなどによる。見つけた遺言はそのまま保全し、個別に確認する。

本記事は一般的な情報提供です。方式、遺言能力、遺留分、財産の特定や文言解釈は個別事情により異なるため、必要に応じて弁護士・司法書士・公証人等へ確認してください。

この記事の読み方

相続の制度は、家族の状況と財産の中身で結論が変わります。

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