父が長く持っていた株を、相続税の申告では1,000万円と評価した。少し後に1,100万円で売れたので、利益は100万円だと思っていた。
ところが、父が買ったときの取得費は100万円だった。「相続税も払ったのに、昔の値上がり分にまで税金がかかるのか」。ここで初めて、相続税の評価額と売却時の取得費が別の数字だと分かる。
通常の課税口座で相続した上場株式は、原則として被相続人の取得費を引き継ぐ。相続税評価額へ自動的に置き換わるわけではない。売る前に、口座区分、取得費、取得費加算の特例を確認することが大切だ。
相続税の評価額と、売却益を計算する取得費は違う
相続税は、相続によって取得した財産を評価して計算する。上場株式では、原則として死亡日の最終価格と、その月・前月・前々月の月平均額を比較する。死亡日に取引がない場合や権利落ち等がある場合は、別途調整を確認する。
一方、売却による譲渡所得は、売却代金から取得費と売却手数料等を差し引いて求める。この取得費は、通常の相続では父が購入したときの代金や購入手数料等を引き継ぐのが原則だ。限定承認やNISA口座からの払出しなどは、別の扱いを確認する。
| 場面 | 基礎になる数字 | 確認資料 |
|---|---|---|
| 相続税を申告する | 死亡日や月平均額等による相続税評価額 | 残高証明、株価・評価明細 |
| 相続後に株を売る | 原則、被相続人から引き継ぐ取得費 | 取得時の記録、口座・移管情報 |
| 遺産をどう分けるか決める | 合意等により用いる評価基準 | 基準日の時価、想定費用・税負担 |
同じ株でも、何のための数字なのかが違う。相続税申告書の評価額をそのまま売却の計算へ入力する前に、資料の意味を確かめたい。
100万円で買った株が1,100万円で売れた場合
冒頭の例で、取得費が100万円、売却額が1,100万円なら、差額は1,000万円となる。相続税評価額1,000万円との差額100万円だけが譲渡益になるわけではない。
売却手数料、取得費加算、損益通算等を考慮しない単純例では、2026年の上場株式等の譲渡益に対する税率20.315%を掛けると、税額は203万1,500円となる。
これは仕組みを理解するための計算だ。実際には購入手数料、同一銘柄の追加購入、株式分割、源泉徴収、他の譲渡損益、利用できる特例などを確認する。株価の動きだけで、税引後の手取りを判断しないようにしたい。
「二重課税だから払わなくてよい」とはならない
相続税は相続による財産取得に、売却時の所得税等は実現した譲渡益に関わる。通常の相続では、被相続人が保有していた間の値上がり益への課税が、相続人による売却まで引き継がれる仕組みになっている。
相続した不動産について争われた東京地裁2013年6月20日判決も、所得税法60条による取得費の引継ぎを踏まえ、被相続人の保有中の増加益を非課税とする主張を認めなかった。株式そのものの事案ではないが、相続税を負担したことだけで譲渡時の課税がなくなるわけではないことを考える参考となる。
負担が続くことに戸惑っても、相続税評価額を取得費にして申告することはできない。一方、一定の要件の下では、相続税の一部を取得費へ加算する特例を利用できる。
取得費加算の特例は、売る人・期限・申告を確認する
相続や遺贈で取得した株式などを一定期間内に譲渡した場合、相続税額のうち、その財産に対応する一定額を取得費へ加える制度がある。取得費が増える分、譲渡益の計算に反映される。
- 相続や遺贈によって、その財産を取得した人であること。
- 財産を取得したその人に相続税が課税されていること。
- 相続開始日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに譲渡すること。
家族全体で相続税を払っていても、株を売る本人に相続税が課されていなければ、同じようには使えない。配偶者の税額軽減等を使った結果も含め、その人の申告内容を見る必要がある。
「3年10か月」は目安。実際の期限を日付で確認する
相続税の通常の申告期限が10か月なので、相続から3年10か月以内と説明されることが多い。ただし、法定の期間は相続税の申告期限を基準としている。死亡日と申告期限から具体的な期限を確認する。
売却の注文日、約定日、受渡日などのうち、税務上いつ譲渡したと扱うかも確認したい。期限直前の注文なら必ず間に合うと考えず、証券会社・税理士へ相談する。
相続税全額を差し引く制度ではない
取得費へ加えるのは、譲渡した財産に対応する相続税額の一定部分だ。特例を適用する前の譲渡益が上限となり、加算したことで自由に赤字を作れるわけではない。
また、この特例は譲渡所得に適用されるもので、株式売買による所得でも、事業所得・雑所得に当たるものには適用されない。
適用には、取得費加算の計算明細書や株式等の譲渡所得等の計算明細書等を添えた確定申告が必要となる。源泉徴収ありの特定口座だから、相続税の情報まで証券会社が自動で反映してくれるとは考えないようにしたい。
NISAで保有していた株は、取得費の扱いが異なる
被相続人のNISA口座や旧ジュニアNISA口座から相続で払い出された上場株式等は、原則として相続開始日の終値に相当する額で、相続人が取得したものとみなされる。
通常の課税口座の株と混ぜず、同じ銘柄でも、どの口座に入っていたかを確認する。NISAだから相続税が一律に免除される、という意味でもない。
相続した株式を、そのまま自分のNISA口座へ移すことはできない。特定口座または一般口座への受入れとなり、特定口座への移管には同一証券会社や同一銘柄の扱いなどの条件がある。証券会社に必要書類と取得価額を確認する。
取得費が分からないときは、5%で決める前に記録を探す
父が何十年も前に買った株なら、家族が購入価格を知らないこともある。まず証券会社へ、取得価額や過去の取引、移管の記録が残っていないかを照会する。
- 特定口座年間取引報告書、取引残高報告書、売買報告書
- 別の証券会社から移したときの書類
- 購入資金の出金・送金記録
- 株式分割、併合、合併、株式交換等の履歴
同一銘柄を何度か購入している場合には、総平均法に準ずる方法による単価の計算も確認する。一番古い購入価格だけを使えばよいとは限らない。
取得費が分からない場合などには、同一銘柄ごとに売却代金の5%を取得費とする扱いがある。ただし実際の取得費より低いと、その分だけ譲渡益が大きくなる。すぐ概算に決めず、調査できる資料を確かめたい。
概算取得費を使う場合でも、要件を満たせば取得費加算を併せて検討できる。取得費が不明だから、特例も全部使えないと諦める必要はない。
遺産分割では、預金と株式を額面だけで並べない
兄が預金1,000万円、妹が評価額1,000万円の株を取得する。見た目は同じでも、妹が株を売る際の税金や費用、株価変動によって手取りは変わる。
だからといって、将来の税額をどの場面でも当然に全額差し引いて分割できる、ということではない。評価基準日、取得費、売却予定、費用や税負担をどう考慮するかを、合意の中で整理する。
売って現金を分けるなら、誰がどの権限で売り、費用をどう負担し、各人がどう申告するかも確認する。取得費と相続税の資料を担当者間で共有しておくと、売却後の確認がしやすい。
売却前に、証券会社と税理士へ渡す資料をそろえる
証券会社、銘柄、株数、口座区分、取得価額、相続税評価額、自分の相続税額、特例の期限。この一覧に、相続税申告書と取引資料を添える。
名義変更の流れは相続した株式の名義変更、税務相談の範囲と見積りは相続税申告の税理士費用も確認できる。生前に資料を整理する場合は相続対策の始め方も参考になる。
売却するか保有するかは、納税資金、分割方針、値動きへの考え方によって変わる。税の特例だけで売り急ぐのではなく、まず税引後に何が残るのかを把握したい。
父が長く持ち続けた株には、昔の購入記録が今の税額を左右するという一面もある。残高だけでなく、そこまでの経緯を引き継ぐことが、相続後の判断に役立つ。
公的資料・根拠
- 国税庁:上場株式の相続税評価
- 国税庁:株式等の取得費、NISA相続、概算取得費
- 国税庁:株式等の譲渡課税
- 国税庁:相続税額の取得費加算
- 日本証券業協会:NISAのよくある質問(Q73相続)
- 東京地裁2013年6月20日:相続不動産の増加益と所得税
よくある質問
相続税を払った株の売却益にも税金がかかりますか
通常の課税口座では相続税とは別に、引き継いだ取得費を基に譲渡所得を計算する。取得費加算等を確認する。
相続税評価額がそのまま取得費になりますか
通常の相続では原則として被相続人の取得費を引き継ぐ。NISAや限定承認等は別の扱いを確認する。
取得費加算は上場株式にも使えますか
株式も対象となり得る。売る本人への相続税課税、法定期間内の譲渡、所得区分、確定申告等の条件を確認する。
相続したNISAの株を自分のNISAへ移せますか
そのまま受け入れることはできない。特定口座または一般口座への移管と、相続時の取得価額を証券会社へ確認する。
取得費が不明なら5%で決めてよいですか
概算取得費を使える場合もあるが、実額より低ければ税負担が大きくなり得る。購入・移管・株式分割等の記録を先に調べる。
本記事は一般的な情報提供です。個別の対応は、相続開始日、財産・家族関係の資料を示して弁護士・税理士等へ確認してください。



