遺言書の書き直しとは、一度作成した遺言書の内容を変更・撤回し、新たな遺言書を作成し直すことをいいます。民法1022条により、遺言者はいつでも遺言の全部または一部を撤回できるとされています。
結論から言うと、遺言書は何度でも書き直すことができますが、複数の遺言書が存在する場合は「最も新しい日付のもの」が優先されるとされており、書き直しの手順と管理を誤ると、意図しない内容が法的に有効となる可能性があります。
「もう一度、書き直したい」
遺言書を前にして、そう思う瞬間がある。子どもが結婚した。財産の構成が変わった。あるいは、特定の誰かへの気持ちが、静かに、しかし確実に変わった。
遺言書というものは、書いたら終わりではない。むしろ書いた後の方が、長い。
問題は、「書き直せる」という事実を知っている人間が、驚くほど少ないことだ。
書き直したいけど、前の遺言書はどうなるんだ……?
で、結論から言うと
遺言書は、何度でも書き直せる。
これは感情論でも希望的観測でもなく、民法1022条に明文化された「権利」である。「遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる」。つまり法律が、堂々と「変えていい」と言っている。
だが、ここで安心してはいけない。書き直せる、と書き直しが正しく機能する、の間には、見えない落とし穴がいくつも口を開けて待っているのだ。
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「古い遺言書」が生き残るとき、何が起きるか
複数の遺言書が存在する場合、原則として「日付が新しいもの」が優先される(民法1023条)。これは多くの人が知っている。
では、こういうケースを想像してほしい。
父親が自筆証書遺言を書いた。10年後、内容を変えたいと思い、新しい遺言書を書いた。しかし古い遺言書を、捨てなかった。押入れの奥に、ひっそりと、残っていた。
この場合、法律的には新しい遺言書が優先されるのだが、遺族の視点では、状況は一気に混沌と化す。
- 「どちらが本当の意思か」という疑義が生まれる
- 日付の確認・真筆性の検証が必要になる
- 内容が一部重複している場合、解釈をめぐって意見が割れる可能性がある
- 最悪の場合、遺産分割協議が長期化する
家族の顔ぶれが、スローモーションでパカっと分断されていく瞬間の話だ。
しかも、自筆証書遺言の場合は家庭裁判所の検認手続き(民法1004条)が必要になるケースがあり、複数枚が出てきた日には、手続きのボリュームが倍増する可能性がある。2020年7月からは法務局の「遺言書保管制度」を利用した自筆証書遺言に限り検認不要となったが(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)、保管していなければ従来どおりの検認が求められる。

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遺言書を書き直す、3つの正しいルート
「じゃあ、どうすれば書き直しが確実に機能するのか」。ここが本題だ。方法は大きく3つある。
① 新しい遺言書を作成し、古い遺言書を「明示的に撤回」する
新しい遺言書の中に「〇年〇月〇日付の遺言書を撤回する」と明記する方法(民法1022条)。これが最もトラブルが少ない。どの遺言書が有効かを文面で断言しておくことで、解釈の余地を消せる。
② 新しい遺言書を作成し、古い遺言書を物理的に破棄する
自筆証書遺言であれば、故意に破棄・抹消することで撤回したとみなされる(民法1024条)。ただし公正証書遺言は原本が公証役場に保管されているため、手元の謄本を捨てても原本は残る。公正証書遺言を撤回するには、必ず新たな遺言書を作成する必要がある点に注意が必要だ。
③ 内容が「抵触」する新しい遺言書を作る
明示的に撤回しなくても、前の遺言書と内容が矛盾・抵触する新しい遺言書を作れば、その抵触する部分は撤回したとみなされる(民法1023条)。ただしこの方法は、「どこが抵触しているか」の解釈が曖昧になりやすく、紛争の種になる可能性が残る。

書き直しのアクション:自分で確認できるチェックポイント
実際に遺言書の書き直しを検討するなら、以下の順番で動くと整理しやすい。
- Step 1:現存する遺言書をすべて洗い出す。自筆証書・公正証書、どちらがあるかを確認する
- Step 2:公正証書遺言は、公証役場で「遺言検索システム」を使えば1989年以降の作成分を照会できる(全国どこの公証役場でも可)
- Step 3:法務局の保管制度を利用しているかを確認する(遺言書保管事実証明書の請求が可能)
- Step 4:新しい遺言書に「旧遺言書を撤回する旨」を明記し、形式を整える
- Step 5:自筆証書遺言なら全文・日付・氏名を自書し、押印する(民法968条)。財産目録のみパソコン作成可(民法968条2項)
- Step 6:古い遺言書は物理的に破棄するか、新遺言書と合わせて安全な場所に「新旧の別を明記して」保管する
これだけの手順を自分で把握しておくだけで、「書いた遺言書が思いがけず無効になる」「古い遺言書が蘇って家族が揉める」という展開を防ぐ確率がぐっと上がる。
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よくある質問
遺言書は何度でも書き直せますか
民法1022条により、遺言者はいつでも遺言の全部または一部を撤回・変更できるとされています。回数に制限はなく、最も新しい日付の遺言書が原則として優先されます(民法1023条)。
公正証書遺言を自筆証書遺言で撤回できますか
可能とされています。民法では遺言の形式に優劣はなく、後から作成した遺言書が前の遺言書に優先されます(民法1023条)。ただし公正証書遺言の原本は公証役場に保管されているため、手元の謄本を破棄しても撤回の効力は生じない点に注意が必要です。
古い遺言書を捨て忘れたらどうなりますか
日付の新しい遺言書が原則として優先されますが(民法1023条)、複数の遺言書が発見された場合、遺族間で解釈の相違が生じ、遺産分割協議が長期化する可能性があります。新しい遺言書に「旧遺言書を撤回する」と明記した上で、古い遺言書は破棄しておくことが望ましいとされています。
遺言書の書き直しに期限はありますか
法律上、書き直しの期限は定められていません。遺言者が存命である限り、いつでも内容を変更・撤回できます(民法1022条)。ただし認知症等により意思能力が失われると、遺言書の作成・変更ができなくなる可能性があるため、早めの検討が有益とされています。
書き直した遺言書が無効になることはありますか
自筆証書遺言の場合、全文・日付・氏名の自書および押印が要件とされています(民法968条)。これらを欠いた場合は遺言書自体が無効となる可能性があります。また遺言作成時に意思能力がなかったと認められる場合も、無効と判断される可能性があるとされています。
書き直せるってわかっただけで、ずいぶん気が楽になった。やることも見えてきたな。
遺言書の書き直しは、「やり直せる」という安心感だけで終わらせてはいけない。書き直した結果、古い遺言書が残っていたせいで家族が混乱する、という展開は、知識さえあれば確実に防げる。
思い立ったなら、まず手元にある遺言書の枚数と種類を確認することから始めてほしい。それだけで、次のアクションが驚くほど明快になる。
遺言書は「書いた瞬間」ではなく「使われた瞬間」に本当の意味を持つ。そのとき、自分の意思が正確に届くように、今のうちに整えておく。それだけの話だ。
けっこうオススメです。書き直しの確認、一度やってみてください。伝わりましたかね。
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。





