障害があるだけで、相続できない、話合いに参加できない、必ず後見人が必要、と決まるわけではない。本人の意思と判断能力、必要な支援、お金の管理、親が亡くなった後の生活費を分けて確かめる。
以下は、相続の準備を考える架空の家族だ。人物・年齢・金額は説明用である。
「私がいなくなった後、さやかはどこで暮らせるだろう」。母の郁子は、知的障害のある45歳の娘さやかと、別に暮らす長女の真帆のことを考えていた。真帆は妹を支えたいが、自分の仕事と子育てもある。さやかは、通い慣れた場所と今の生活を大切にしている。
郁子が遺したいのは、財産の名義だけではない。さやかが自分の希望を伝えながら暮らせる住まいと、お金を必要なときに使える仕組みだ。家族が善意で一切を代わりに決めるだけでは、本人の権利を守れず、支える人へ負担が集中することもある。
本人の希望と判断能力を確かめる
遺産分割協議は、遺産の分け方を決める、相続人同士の話合いだ。相続人全員の、有効な合意が必要になる。
民法3条の2は、意思を示した時に意思能力がなければ、その法律行為は無効とする。意思能力は、自分がする行為の意味や結果を理解する能力だ。障害名や手帳の有無だけで、一律には判断しない。
例えば、身体に障害があっても内容を理解し、自分で判断できる人はいる。話すことや書くことが難しい場合も、意思を伝える支援と、内容を判断する能力は別に考える。本人を話合いから外す前に、説明の方法や支援を確認したい。
郁子と真帆は、さやかが普段どのように意思を伝え、どんな金銭管理をしているかを整理した。本人の希望を聞くことと、有効な協議のために必要な法律上の支援を確認することを、両方進める。
後見等は、必要な権限を確かめる
ここで説明する法定後見には、判断能力の程度等に応じた、後見・保佐・補助がある。家庭裁判所が支援する人を選び、制度の種類や審判に応じ、代理・同意・取消しの権限で本人を保護する。審判は、裁判官が事情や資料を調べて判断する手続だ。
すべての人に、一律に成年後見人を付ければよいわけではない。
2026年6月公布の改正法は、この制度の見直しを定めている。本文は改正の本体が施行される前の制度を説明しているため、実際に利用する時点の施行状況も確かめたい。
保佐人や補助人は、選ばれただけで、遺産分割のすべてを自動的に代理できるわけではない。代理権があるか、どこまで任されているかを確かめる。
申立ての見通し、裁判所への報告、報酬も調べよう。相続手続が終わった後も、支援が続くことを含めて検討する。
任意後見は、本人に十分な判断能力があるうちに、将来の支援者と任せる事務を、公正証書で契約する制度だ。家庭裁判所が任意後見監督人を選んだ時に、効力が生じる。
親が本人に代わり、自由に契約する方法ではない。さやか自身が契約できる状況か、どんな支援が必要かから考える。
後見人等は、他の家族が希望する配分を通す係ではない。本人の意思を尊重し、心身や生活の状況に配慮して本人の権利を守る。本人の財産を減らして家族の都合を優先する協議には、応じられないことがある。
姉も相続するなら、利益の対立を確認
郁子は「真帆が妹の後見人になれば、二人分の相続をまとめられる」と考えた。
しかし、真帆とさやかが共同相続人になる協議では、一方の取り分を増やすと、他方の取り分に影響する。共同相続人は、同じ人の遺産を一緒に相続する人たちだ。仲のよさとは別に、法律上の利害が対立する。
成年後見人と本人が共同相続人として協議する場合などは、本人のための特別代理人を、家庭裁判所に選んでもらう必要がある。既に後見監督人がいれば、監督人が本人を代理する。
保佐・補助でも、代理権の範囲と、臨時保佐人・臨時補助人が必要かを確かめる。保佐監督人・補助監督人がいる場合の扱いも確認しよう。
この決まりがなければ、同じ人が自分の利益と本人の利益の両方を決めることになる。真帆は「私なら分かっている」で進めず、誰がさやかの立場で確認するかを準備に加えた。
遺言と、毎日の支援を一緒に準備する
遺言で財産を受け取る人を適切に定めれば、分割協議をせずに実行できる場合がある。
だが、遺言を作れば、生活支援やお金の管理がすべて自動的に始まるわけではない。書き漏らした財産、必要な手続、遺留分、遺言執行者や管理する人も考えよう。遺言執行者は、遺言の内容を実現するための手続を進める人だ。
郁子は、さやかへ住まいと生活資金を残す案、管理を担う人を設ける案を比べた。
「真帆にすべて渡し、妹の面倒を見てほしい」と、付言するだけでは、さやかへの支払いや真帆の負担が確実になるとは限らない。付言は、遺言に添える家族への説明や思いだ。法律上の支払義務を負わせることとは、違いがある。
信託を使う場合も、誰の財産を、誰が管理し、誰のために、何に使えるかを定める。
親の財産を信託し、子が利益を受ける設計と、本人が自分の財産を信託する契約は、同じではない。判断能力、契約、税も確認する。
受託者は、信託で財産を預かり、目的に沿って管理する人だ。その人が支援できなくなった後の交代も、決めておこう。
信託は、対象財産の管理を定める仕組みだ。本人の暮らしに関わる、あらゆる手続を代わりにできる制度ではない。
福祉サービス、住まいの契約、日常の支援、必要な法律上の代理を、組み合わせて考える。
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生活費の不足と税額控除は別
郁子たちは、さやかの月の収入と支出を並べた。住まい・生活・支援の費用が、毎月5万円不足すると仮定しよう。1年で60万円、20年では1,200万円になる。
物価、病状、支援費、運用等を入れない単純計算で、将来の必要額を保証するものではない。
相続税の障害者控除は、生活費を国から受け取る制度ではない。条件を満たす人の相続税額から、一定額を引く制度だ。
一般障害者は85歳までの年数1年につき10万円、特別障害者は20万円で計算する。1年未満の期間や端数は、切り上げる。
さやかが相続時45歳で、税法上の特別障害者に当たり、障害者控除のほかの条件も満たすと仮定しよう。(85−45)×20万円=800万円が、控除の計算額になる。
本人の控除前税額が300万円なら、本人の税額は0円となる。ただし、差額500万円を現金でもらえるわけではない。
さやかの生活費が毎月5万円不足する仮定だ。税の例は、相続時45歳の特別障害者で、障害者控除のほかの条件も満たす場合とする。
5万円 × 12か月 × 20年
= 1,200万円の不足
どの財産から、誰の権限で支払うかを準備する。
(85−45)×20万円
= 控除の計算額800万円
本人の控除前税額が300万円なら、税額は0円になる。
差額500万円が支給される制度ではない。
生活費は物価・病状・支援費・運用等を入れない単純計算で、将来の必要額を保証しない。控除しきれない額の扶養義務者への適用は、対象者や条件を別に確かめる。生活費1,200万円から控除額800万円を引く計算ではない。
控除しきれない額は、定められた扶養義務者の相続税額から引く扱いがある。誰でも使える「家族への振替」ではない。
法定相続人であること、取得時の住所等、障害の区分、過去の控除利用も確かめる。法定相続人は、法律で相続人になると決められた人だ。給付や福祉制度への影響があれば、それぞれの窓口でも調べよう。
元気なうちに、本人と支援者へ引き継ぐ
郁子、さやか、真帆は、財産目録だけでなく、さやかの希望、住まい、収支、支援者の連絡先を別の紙にまとめることにした。本人が分かりやすい説明を受け、選べることを大切にしながら、次を確認する。
- 本人の意思と判断能力、既にある後見等の権限。
- 相続人、財産・債務、毎月の収支と将来の不足。
- 遺言で定める行き先、遺留分、執行する人。
- 利益相反時の代理、信託・後見等の管理の範囲と費用。
- 支援者が病気になった場合の交代、家族以外の支援先。
- 相続発生時の期限と、税額控除の条件・必要資料。
真帆は「妹のすべてを一人で引き受ける」と約束する代わりに、できる支援と他の人へ頼む支援を具体的にした。郁子も、制度名を一つ選べば安心という考えから、さやかが財産を受け取り、必要なときに使い、暮らしを続けるための準備へ進めた。
本人の権利を守ることと、家族の負担を見えるようにすることは、同時に進められる。資料を弁護士・税理士や福祉の支援者へ示し、それぞれに確認した内容を一つの引継ぎへ戻す。
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控除の資料と生活費の支援を確認
障害者控除を検討する場合は、取得時の住所等、法定相続人としての関係、障害の区分、年齢、過去の適用を示す資料を、税理士と確かめる。
本人の税額から引き切れない場合の、扶養義務者への控除も確認しよう。家族の生活費を誰が払うかという約束とは、別の問題だ。
控除で税が減る見込みがあっても、毎月の不足額を誰のどの預金から払うか、手続する権限が誰にあるかは別に整える。相続税の計算と控除の順序と、国税庁の障害者控除の要件を合わせて確認したい。
ほかにも確認する手続がある場合は、生前の全体計画の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
障害がある相続人には必ず成年後見人が必要か
障害の有無だけで決まらない。本人の意思と判断能力、現在の後見等の権限、必要な手続を確認し、本人に合う支援を検討する。
姉が後見人なら妹を代理して一緒に遺産分割できるか
姉も共同相続人になる協議などは利益相反を確認する。特別代理人の選任や、既に選任されている後見監督人による代理等が必要になる。
遺言があれば成年後見や生活支援は不要か
財産の取得を遺言で定めても、その後の財産管理や生活支援がすべて自動的に整うわけではない。本人の状況と手続に応じて、必要な支援を別に設計する。
障害者控除800万円なら現金800万円をもらえるか
相続税額から差し引く制度で、現金給付ではない。条件、障害の区分、年齢、過去の利用、控除しきれない額と扶養義務者を確認する。
信託と成年後見は同じか
信託は対象財産の管理等を定める仕組みで、成年後見等とは権限や監督、利用条件が違う。住まいや福祉を含むすべての手続を信託だけで代理できるわけではない。
本記事は2026年10月18日確認時点の一般的な情報である。制度の改正・施行状況と、本人の状況、具体的な財産・権限・資料を確認して判断する必要がある。



