相続の相談時期は、家族が揉めたかどうかだけでは決まらない。先に来る期限、署名や財産処分の予定、証拠が失われるおそれから考えよう。
以下は架空の兄妹の例で、人物・金額は説明用だ。放棄の3か月、準確定申告の4か月、相続税の10か月、遺留分の1年は、対象も数え始める時点も違う。
父の葬儀が終わり、春奈は兄の遼から「遺産の話は落ち着いてからでいい」と言われた。けんかはしていない。しかし、父には賃貸不動産があり、銀行から借入れに関する封書も届いた。春奈は、何が分からないまま待ってよいのかが分からなかった。
期限を設ける制度には、権利や債務(借金など、支払い等をしなければならない義務)をいつまでも不確かなままにしない働きがある。だが、家族の気持ちが落ち着く時期に合わせて自動的に延びるわけではない。春奈はまず、死亡日と自分が相続が始まったと知った日、手元へ届いた書類の日付をメモした。
最初に来る期限は、財産の中身によって変わる
相続を受ける単純承認、相続財産の範囲で債務を負担する限定承認、権利も義務も引き継がない相続放棄を検討する。
原則として、自分のために相続が始まったと知った時から3か月以内の判断が必要だ(民法915条)。期間内に限定承認や放棄をしなければ、単純承認したものと扱われる。
借金、保証、事業の債務、滞納税等が疑われるなら、分割案を決める前に、承認・放棄の判断とその3か月を管理する。
調査が間に合わないと感じたら、家庭裁判所へ熟慮期間(相続を受けるか、放棄するかなどを決めるための期間)の伸長を申し立てる制度がある。ただし、財産を調べているからといって期間が自動的に止まるわけではない。申立ては期間内に行う必要がある。
預金の払戻し、車や不動産の売却、借金の返済をする前に、相続を受け入れたものと扱われないかを確認する。これが法定単純承認の問題だ(民法921条)。
よかれと思って支払った場合でも、内容によって後の放棄ができなくなることがある。すべての支出が同じ扱いとは限らないため、目的と金額、使う財産を分けて相談しよう。
負債の有無が不明な段階では、3か月の期限より前に相談することが、選択肢を失わずに調査と判断を進める助けになる。相続手続の期限一覧で、自分の状況に当てはまる期限を先に確かめておきたい。
遼が集めた資料では、預金800万円に対し借入残高は1,200万円だった。不動産に価値があっても、預金だけでは400万円不足するという単純な比較になる。これだけで相続放棄すべきとは決まらないが、返済期限、保証、他の債務、売却可能性を調べる必要がある。
春奈は借入れの全体が分かるまで待つのではなく、見つかった契約書と不足資料のメモで相談することにした。調査が終わらない場合は、熟慮期間内に伸長申立てを検討する。分割の相談をしたことや、銀行へ照会したことだけで3か月が止まるわけではない。
遺言無効を争っている間も、遺留分の時計は止まらない
遺言書が出てきた。内容に納得できない。「この遺言は無効ではないか」という話になる。弁護士に相談し、遺言無効確認の手続を進めることにした。
ここで見落としやすいのは、遺留分侵害額請求権の期限が、遺言無効の争いとは別のペースで動いているという事実だ。
遺留分侵害額請求権は、相続開始と侵害する贈与・遺贈(遺言で財産を渡すこと)を知った時から1年間行使しないと時効によって消滅する(民法1048条)。亡くなってから10年でも消滅する。家族で話し合っている、遺言無効を検討しているという事情だけで、この期間が自動的に停止するわけではない。
遺言無効の主張が認められなくても、遺留分の金銭請求を検討できる場合がある。ただし、その期限が過ぎると回復が難しくなる。ほかに主張できる権利があるかとは別に、遺留分の期限を管理する。
遺言の内容に疑問を持った段階で、遺留分の期限を別に確認しておく。この二つを同じ問題として扱わないことが、選択肢を守る。相続の弁護士交渉と委任範囲では、遺言・遺留分をめぐる交渉の進め方を整理している。
その後、遼に有利な遺言が見つかった場合も、春奈は「無効だと思う」と伝えるだけで遺留分の権利まで行使できたと決めない。無効を争う根拠と、遺留分を求める意思表示、その到達の記録を別に検討する必要がある。
本人の希望に反する文書だったかという問題と、遺言が有効でも一定の家族へ認められるお金の請求の問題は違う。どちらか一つの争いに集中すると、もう一つの期限を見落としやすい。
相続税の10か月は、分割が終わってから始まるわけではない
遺産分割の話合いが続いている。まだ決まっていないから、相続税の申告もまだ先の話だろう——そう考えると、10か月の期限を取り違える。
相続税の申告・納税期限は、相続が始まったと知った日の翌日から原則10か月以内だ。遺産分割が終わっていなくても、この期限は変わらない。財産調査、土地・非上場株式(証券取引所に上場していない会社の株式)の評価、納税資金の確保、分割見込書の準備を、税理士と並行して動かす必要がある。
また、亡くなった人について準確定申告が必要な場合、準確定申告の期限は相続が始まったと知った日の翌日から4か月以内になる。相続税の10か月より先に来る期限として、別に管理しておく。
分割の交渉・紛争・法的請求は弁護士、税額計算と税申告は通常、税理士と役割を分ける。税理士法51条の通知をして税理士業務を行う弁護士等の例外もあるので、実際の担当と依頼範囲を確かめる。
両者へ同じ財産目録、期限表、交渉状況を示す。分け方が変われば税負担も変わる場合があるため、交渉が進んでから税務を初めて確認する順番にしない。
春奈と遼は、不動産の評価や相続税の申告が必要かどうかは税理士にも確認し、同じ財産目録を使うことにした。協議を進める弁護士へだけ相談して、税の作業は分割の成立後に始めるという順番にしない。
準確定申告は、父の所得や確定申告の必要性を確認する。すべての相続で必ず必要とは限らず、相続税の申告とも別だ。資料を渡しただけで自動的に受任・申告まで済んだとは考えず、誰がどこまで対応するかを確かめる。
期限が来ていなくても、早めに動くべき状況がある
期限だけが相談の理由ではない。次のような状況が重なっているなら、期限の前でも相談を検討する。
| 状況 | 早めに相談する理由 |
|---|---|
| 遺産や通帳を1人が開示しない | 照会先、取引履歴、保全・返還請求の根拠を整理する |
| 知らない遺言・贈与・名義変更がある | 方式、遺言能力、贈与の成立、遺留分を分けて検討する |
| 介護・生前贈与の主張が対立した | 寄与分・特別受益の条件と証拠を確認する |
| 不動産・非上場株式が大半を占める | 評価、受け取る人、代償金、売却、共有回避を設計する |
| 署名・実印を急かされている | 財産と税負担を確認するまで合意を固定しない |
| 話合いが停止・連絡拒否になった | 書面交渉、調停申立て、送達先、証拠を準備する |
「揉めているかどうか」より、「自分だけでは判断できない事実があるかどうか」が、相談を検討する基準になる。遺産分割で弁護士相談を検討する判断基準では、この表の各状況をさらに詳しく整理している。
遺産分割を「いつでもできる」と思って放置すると、10年後に別のルールが来る
「遺産分割協議に期限はない」という説明を聞いたことがあるかもしれない。分割請求自体は原則としていつでもできる、という意味では正しい。ただし、それだけでは正確ではない。
亡くなってから10年を過ぎた分割では、原則として特別受益・寄与分を反映する具体的相続分ではなく、法定相続分か指定相続分を基準にする(民法904条の3)。
10年以内に家庭裁判所へ分割を請求した場合や、満了前6か月以内のやむを得ない事情等には例外がある。2023年4月1日前の相続にも適用されるが、経過措置により早くても2028年4月1日からだ。相続人全員が合意すれば、別の合意による分割もできる。
「話合いが続いているから大丈夫」という状態のまま10年が経つと、それまで積み上げてきた介護の実績や生前贈与の主張が、分割の計算に反映されなくなる可能性がある。放置の代償は、時間が経つほど大きくなる。
資料がそろっていなくても、相談は始められる
「全部そろえてから相談しよう」と思うと、動き出せないまま期限が近づく。資料がそろうまで待つ必要はない。
手元の情報を「確認済み」「相手の説明だけ」「未確認」の三つに分けよう。
相談では、そのメモから追加で調べる資料と、自分で進めること、弁護士へ依頼することを整理できる。税理士や司法書士との分担も確かめる。
手元に集めておくと相談が進みやすい資料は次のとおりだ。
- 亡くなった人と相続人の氏名・続柄・死亡日・連絡先
- 遺言書、戸籍、財産目録、債務一覧
- 通帳・残高証明・取引履歴、不動産・株式資料
- 贈与、介護、使い道の分からないお金に関する時系列と証拠
- 相手方から届いた通知、メール、協議書案
- 3か月・4か月・10か月・1年などの期限表
全部そろっていなくても構わない。どこが空白かを示すことが、相談の出発点になる。
法律相談と正式依頼は、別の判断でいい
相談したら、そのまま代理交渉を依頼しなければならないわけではない。見通し、選択肢、期限、必要資料を確認した上で、自分で協議を進める、文案だけ確認してもらう、代理交渉を依頼する、調停を申し立てるという段階を選べる。
正式に依頼するときは、対象となる相続、相手方、交渉・調停・審判・訴訟のどこまで任せるかを、委任契約書で確認する。
合意できる権限の範囲、着手金・報酬金・実費・追加費用、終了条件も確認しよう。弁護士が入っても、相手に合意を強制できるわけではない。遺産分割調停が不成立なら原則として審判へ移る。
遺産分割の弁護士費用で、見積書を比べる項目を確認できる。
いま、紙に書いてほしいことが一つある
亡くなった日、自分のために相続開始があったと知った日、遺留分を侵害する贈与・遺贈を知った日を分けて書く。放棄、税務申告、遺留分は期間を数え始める時点が異なるため、同じ日から一律に3か月・4か月・10か月・1年を数えない。次に、負債の有無、遺言の有無、相続税が見込まれるかどうかを、分かる範囲で書き添える。
その紙を見たとき、最も早く来る期限が何かが見えてくる。そこが、弁護士相談を動かすタイミングだ。「揉めてから」ではなく、「最初の期限が来る前」に確認することが、選択肢を失わないための備えになる。
春奈は、借入れの封書、預金と不動産の資料、知った日をまとめた紙を持って相談することにした。遼にも、相談だけで直ちに代理交渉の依頼をするわけではないと説明した。資料の空白を伝え、急ぐ作業と家族で続けられる作業を分けるところから、具体的な対応を始められる。
期限以外に、代理と証拠を急いで確認する場面
未成年者と親が一緒に相続する、判断能力の支援が必要な人がいる、行方不明者がいる場合は、合意の前に代理権や裁判所の手続を確認する。単に家族が代筆すれば済むとは限らない。原本の移動、預金の出金、不動産の処分が迫っていれば、証拠と財産の保全も検討する。
初回相談には、知っている相続関係、遺言と協議書案、財産・負債、相手からの連絡、知った日と期限の一覧を持参する。相談と正式依頼を分け、依頼する範囲、誰が次の資料を取るか、いつ回答するかまで確認する。
あわせて確認する手続と資料
ほかにも確認する手続がある場合は、遺産分割・調停・紛争の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
揉めてから相談すれば間に合うか
負債の調査、財産処分、放棄や税務の期限が先に問題になることがある。期限と署名・処分の予定を見て早めに相談する。
遺言無効の争いで遺留分の期限は止まるか
無効を争っているだけで自動的に止まるわけではない。侵害を知った時から1年と亡くなってから10年の期限を別に確認する。
資料が不完全でも相談できるか
できる。分かっている事実、相手の説明だけの事項、未確認事項を分け、通知や協議案など手元の資料を持参する。
相談すれば必ず交渉を依頼する必要があるか
見通しと期限を確認する相談、文案の確認、交渉や調停の代理など、必要な範囲を選んで費用と契約を確認する。
この記事は一般的な情報を説明するものだ。個別の判断は、相続関係、財産、契約、取引記録などの資料を示して弁護士・税理士へ確認したい。



