外国籍であることや、海外で暮らすことだけで、相続権がなくなるわけではない。どの国の法律を使うか、相続人をどう証明するか、署名をどう証明するかは、別々に確かめる。
最初に、亡くなった人の国籍、相続人の国籍と住所、財産のある国、書類の提出先を書き出そう。遺産の分け方について全員で合意した内容は、「遺産分割協議書」にまとめる。
架空の家族で考えよう。父の正雄が亡くなり、日本に住む長男の健太は、遺産を分ける書類を準備し始めた。母のエマは外国籍で日本に住み、弟の直樹は日本国籍のままカナダで11年暮らしている。
母は自宅に住み続けたい。健太は早く名義を整えたいが、直樹は、内容の説明を受ける前に署名するのは困る、と返してきた。
家族と数字は、説明用の例だ。必要な証明は、国籍、住所、提出先で変わる。
日本で暮らす外国籍者でも、住民登録や印鑑登録ができる場合がある。外国籍だから、一律に印鑑証明が取れないとは考えない。
どの国の相続法を使うかは、亡くなった人の国籍等から調べる。
外国籍の相続人がいる、日本国外に住んでいる、日本に不動産がある、という条件を分けて整理しよう。
まず、亡くなった人の国籍を確認
相続人が外国籍だと、特別な手続が必要だと考えやすい。だが、どの国の相続法を使うかは、相続人の国籍だけで決まるわけではない。
法の適用に関する通則法36条は、相続は亡くなった人の本国法によると定めている。つまり、出発点は「亡くなった人がどの国の国籍を持っていたか」だ。
亡くなった人が日本国籍なら、外国籍や海外在住の相続人がいても、日本法を基に相続人の範囲や分け方を考えるのが基本だ。
亡くなった人が外国籍なら、その本国の相続法と、どの国の法律を使うかを決める法律を調べる。
通則法41条には、本国のルールが日本法を指定すると、日本法を使う場合があるという「反致」の定めがある。外国法を確かめず、日本の相続人や取り分を、そのまま当てはめない。
一覧の一番上に、亡くなった人の国籍と最後の住所を書く。ここが分かると、次に調べる資料を絞りやすくなる。
正雄は日本国籍だったため、この例では日本法を基に相続人を調べる。エマが外国籍であることだけで、妻としての相続権がなくなるわけではない。
ある国では相続人になる人を、別の国の常識で外してしまわないためにも、使う法律を先に確かめる。
離れて暮らす相続人も、合意へ参加
海外に住む人が、日本に来るまで待つしかないとは限らない。民法907条の遺産分割は、相続人全員で合意するものだ。
全員が同じ場所に集まること自体は条件ではない。書面のやり取りや、適法な代理を使う方法も考えられる。
相続人の一人を無視し、ほかの人だけで協議書を作ることはできない。一部の相続人が参加していない合意は、無効になる場合がある。
遠くにいる人を外すのではなく、全員が参加できる方法を探そう。
行方不明の相続人がいるなら、不在者財産管理人を選ぶ手続を考える。裁判所の案内では、管理人が遺産分割に参加するには、家庭裁判所の許可が必要とされている。選任されたことと、分割の権限があることは別だ。
判断する能力がない相続人には成年後見人等を、利益相反があれば特別代理人等を考える。相続放棄を受理された人は、初めから相続人でなかったものとして扱う。誰が相続人かを先に確かめよう。
一枚の協議書を、世界中に回す方法だけではない。同じ内容の協議書を人数分用意し、それぞれが署名する方法もある。
財産の表示、受け取る人、調整のお金である代償金等は、全員分で一致させる。署名の証明や原本の扱いは、先に提出先へ確かめよう。途中で案を変えたら、変わった内容に全員が合意しているかを、改めて確認する。
海外の相続人へも、財産の一覧、預金残高、不動産の価額の根拠、配分案を伝える。
読める言語での説明や訳文を用意し、何を受け取り、どんな権利を手放すかを、理解してもらう。署名する場所だけを指示しても、合意につながるとは限らない。
誰と合意する必要があるかを確かめ、全員が内容を理解できるようにして、書類の準備を進める。
協議用の価額を、自宅2,400万円、預金1,600万円の計4,000万円とする。妻エマと子二人が相続人で、ほかの財産・借金や遺言等はないという仮定だ。
エマ:2,000万円
健太:1,000万円
直樹:1,000万円
この割合どおりに、すべての財産を共有しなければならないわけではない。
エマ:自宅2,400万円
健太:預金800万円
直樹:預金800万円
目安と比べると、母は400万円多く、子は各200万円少ない。
税の評価額とは別の説明用の数字だ。この案が自動的に無効、または認められると決まる例ではない。価額の根拠と配分の違い、代償金を加えるか等を説明し、全員が理解して合意できる案を考える。署名証明だけで、合意の中身まで確認できるわけではない。
国籍と住所で、必要な証明を分ける
海外に住むという理由だけで、全員に同じ書類を求めない。日本国籍か、外国籍か、住所がどこかを分けて確かめる。
海外に住む日本人の、住所と署名
日本に住民登録がない日本人は、住民票や印鑑登録証明書を取れない場合がある。その場合は、外務省の在外公館における証明案内にある証明を調べる。
在留証明は住所を、署名証明は印鑑証明に代わる署名を証明する。別々の役割がある。
署名証明には、協議書等と綴り合わせる形式と、署名を単独で証明する形式がある。法務局、銀行、証券会社等へ、どちらが必要かを先に聞く。
領事の前で署名する手続では、あらかじめ署名しない等の注意点がある。窓口へ行く前に、申請方法も確かめよう。
外国籍者は、本国・居住国の証明も
外国籍者は、日本の戸籍や住民票、印鑑登録証明書がない場合がある。その場合は、本国や居住国の証明を組み合わせる。
出生、婚姻、死亡、家族関係、住所の証明、公証人の署名証明、宣誓供述書等が候補だ。すべてが必須だと決めつけず、何を証明するために必要かを、提出先へ確かめる。
証明書の名前、発行元、認証やアポスティーユが必要かは、国と提出先で変わる。アポスティーユは、外国で使う公文書に付ける証明の一種だ。
日本の在外公館の署名証明は、原則として海外に住む日本人向けで、外国籍者が同じ証明を取れるとは限らない。現地の公証人等を使う場合や、元日本人の例外等も、署名前に提出先へ確かめる。
外国語の証明書では、日本語訳を求められる場合がある。原文と訳文、翻訳者の表示、名前の表記、旧姓、日付を照らし合わせる。
旅券と各証明書が、同じ人を示していると分かる資料を残そう。
一つの銀行が受け付けた書類を、別の銀行や法務局でも使えるとは限らない。それぞれの提出先へ確かめる。
健太は、直樹の署名と住所の証明、エマの日本での住所や本人確認の資料を、別々に書き出した。
署名証明は、誰が署名したかを確かめるためのものだ。直樹が配分案に納得したかまで、代わりに判断するものではない。まず理解と合意を整え、その上で必要な証明を付ける。
登記・銀行・税の条件を分ける
法務省の案内(末尾の相続登記の参考資料)では、外国人や海外居住者も、日本の不動産の相続登記義務の対象になると説明している。
自分のために相続が始まったことと、その不動産の所有者になったことを知った日から、原則3年が期限だ。書類を取り寄せている間、自動的に止まるわけではない。翻訳や認証にかかる日数も考え、早めに準備しよう。
銀行等からは、相続関係、本人確認、住所、署名、送金先、税を計算する上での居住地等の資料を求められる場合がある。
書類の有効期間、原本の返却、郵送方法も、金融機関ごとに確かめよう。
相続税がどの財産までかかるかは、亡くなった人と受け取る人の住所、国籍、過去の居住状況、財産のある場所等で変わる。海外に住めば、日本の相続税がかからないとは限らない。
申告期限は、原則として相続が始まったと知った日の翌日から10か月だ。日本に住所がない人に申告が必要なら、税の手続を行う納税管理人の届出も確かめる。法律や相続人の調査と並行して、税の確認も進めよう。
次に調べることを、一覧にする
国籍と居住地が複数の国にまたがると、確認することが増える。一覧に並べると、何がまだ分からないかを探しやすい。
- 亡くなった人と相続人全員の国籍・住所・過去の氏名(旧姓を含む)
- 遺言、相続放棄、欠格・廃除、代理・後見の有無
- 財産の国、種類、名義、提出先、期限
- 原本・翻訳・認証・アポスティーユの要否
- 署名する場所、証明方法、郵送日数、原本返却
- 相続登記、相続税、現地税務の担当者
相続人の確認全体は法定相続人の範囲、協議から相続人が漏れた場合は遺産分割協議が無効になるケースも参照してほしい。
一覧で空白の項目が、次に調べる場所だ。亡くなった人の国籍、相続人の居住国、財産の種類と場所から書き出す。
書類の名前が分からなくても、この一覧を法務局、在外公館、銀行や専門家へ見せれば、次に調べることを整理しやすくなる。
健太は、三人が確認できる財産一覧と配分案を先に共有した。母の住まい、弟が求める説明、提出先の証明条件を、一緒に整理した。
誰かを省くのではなく、全員が理解して参加できる方法を決める。署名を集める前に、何を解決する必要があるかが見えてきた。
ほかにも確認する手続がある場合は、保険・金融資産・デジタル・海外の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
外国籍の相続人がいると外国法になるか
準拠法は亡くなった人の本国法が出発点だ。外国法が日本法へ反致する場合等を確認する。
全員が日本に来る必要があるか
全員の合意は必要だが、同じ場所で集まること自体は条件ではない。署名証明と書面の方法を提出先へ確認する。
外国籍者も日本の在外公館で署名証明を取るか
原則は海外居住の日本人向けだ。元日本人などの例外と、現地公証人等の証明を提出先ごとに確認する。
海外居住なら相続税はかからないか
住所・国籍・過去の居住等で課税範囲を判定する。課税対象と申告義務があれば納税管理人も確認する。
この記事は一般的な情報を説明するものだ。個別の判断は、相続関係、財産、契約、取引記録などの資料を示して弁護士・税理士へ確認したい。



