認知症と診断されただけで、全国の口座や全財産が一律に凍結されるわけではない。本人が何を理解して決められるかと、その手続を誰が行えるかを確かめる。
以下の文子・亮太・早紀は、財産管理を考えるための架空の家族だ。
母の文子に認知症の診断が出た後、亮太は施設費をどう払うか心配になった。妹の早紀は「銀行に知られたら全部凍るのでは」と不安を口にする。二人とも母の家と預金の管理を手伝いたいが、母本人の希望をまだ十分に聞けていない。
本人の意思確認や代理の仕組みは、家族を困らせるためのものではない。本人の財産が、本人の意向を離れて使われるのを防ぐ役割がある。母の生活費を払う目的と、子に財産を移したい希望を分けて考える。
診断名と、取引ごとの意思能力・権限を分ける
契約等の内容と結果を理解して判断する力を「意思能力」という。民法3条の2では、意思表示をした時に意思能力がなければ、その法律行為は無効になる。
軽度なら必ず契約できる、診断があれば一切契約できない、とは決められない。契約の内容や重要性と、当時の本人の理解を具体的に確かめる。
名前を書ける、家族の顔が分かる、日常会話ができることだけで、家の売却や複雑な信託契約を理解できると決めない。反対に、物忘れだけを理由に本人の希望を聞かず、家族で財産の処分を進めることも避ける。
亮太は、何を払う必要があるかを先に書き出す。毎月の施設費、家の修繕、将来の売却は、同じ手続ではない。診療・介護の資料と契約案を示し、本人への説明方法と必要な支援を確認する。
生活費が必要なら、取引銀行へ事情と使途を伝える
預金の払戻しは原則として本人の意思確認が必要だ。本人の生活費、入院費、施設費等が必要で困っているときは、請求書、必要額、本人との関係等を整理して取引銀行へ相談する。全銀協も、まず銀行へ相談するよう案内している。
家族が申し出れば必ず引き出せる、という全国共通の権利ではない。銀行の取扱い、本人の状況、代理する権限等によって、確認する内容が変わる。
カードと暗証番号を持っていることが、どんな目的にも使える正当な代理権を意味するわけではない。
口座名義人が死亡した後の相続手続と、生存中の本人の意思確認・代理も別の問題だ。母が生存している段階で、子を「相続人」と呼んで母の財産を自分のものとして使わない。既に後見人等がいれば、権限と届出を確認する。
支払先、期限、必要額、ほかに使える資金、銀行が求める書類を整理しよう。施設等へ直接送金する方法も含め、可能な対応を銀行に相談する。
亮太が一時的に立て替えるなら、母のお金と混ぜず、額と精算する根拠を記録する。家族間で負担に合意したことと、銀行が払戻しに応じることは別だ。
これからの支援は、法定後見・任意後見・委任等を確認する
本人の判断能力と必要な援助に応じて、家庭裁判所で後見・保佐・補助を利用することを検討する。
成年後見人は、本人の財産に関する法律行為を代理する。保佐・補助は、どの行為に同意し、何を代理できるかを、裁判所の判断である審判の内容で確かめる。家族の都合だけで種類を決めない。
任意後見契約がすでにあれば、公正証書と、代理する事務を記した代理権目録を確かめよう。
契約を作っただけでは、その代理権は使えない。本人の判断能力が不十分になった後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任して効力が生じる。契約が見つかっても、申立てが不要になるわけではない。
財産管理委任や銀行独自の代理人サービスを利用している場合も、対象、継続条件、能力低下後の対応を確認する。本人の現在の能力を無視して、今からすべての契約を作り直せるとも、一律にすべてが使えなくなるとも決めつけない。
家族信託は、特定の財産を目的に沿って管理する仕組み
家族信託は、家族等に特定の財産の管理を託す、民事信託の呼び方だ。
「委託者」が目的と財産を定め、「受託者」がその財産を管理・処分し、「受益者」が利益を受ける。家族信託という名前だけで、特別な代理権が生まれるわけではない。
| 役割 | 文子の説明用の案 |
|---|---|
| 委託者 | 文子。自分の財産について、信託の目的と内容を決める。 |
| 受託者 | 亮太。契約と法律に沿って信託財産を管理する。 |
| 受益者 | 文子。生活費などを受け取る。亮太への贈与とは分ける。 |
有効な契約等で設定した信託では、受託者が、目的と権限の範囲で管理を続ける。
信託に入れていない預金や家まで、自由に動かせるわけではない。家を売れるか、代金を何に使うか、借入れ等ができるかも、契約と実際の取扱いを確かめる。
母にすでに意思能力がなければ、子同士の合意だけで、母を委託者とする信託契約は成立させられない。
使えるかを判断するには、制度の説明を聞くだけでなく、今の母の理解と、作りたい契約の具体的な内容を照らし合わせる必要がある。
仕組みの基本は家族信託とはで確認できる。信託を設定することと、登記や口座等で実際に管理を始められる状態を整えることも区別する。
受託者になっても、子のために自由に使える財産ではない
受託者には、適切な注意を払って管理する善管注意義務、受益者のために忠実に働く忠実義務、ほかの財産と区別して管理する分別管理義務等がある。帳簿を作り、報告する義務も確認する。
信託財産を、子自身の生活費や事業のお金と混ぜない。家の名義が受託者へ変わっても、子のための財産になるわけではない。
早紀が不安に思うのは、亮太を信頼できるかだけではない。家をいつ売り、母へいくら払い、残高がいくらかを確かめられる体制が必要だ。本人への報告、必要に応じた監督の仕組み、帳簿や領収書の保存方法を決める。
亮太が先に病気になる、辞任する、亡くなる場合の引継ぎも設計する。受託者を一人決めれば将来まで永久に管理が続くわけではない。後継受託者、変更・終了、終了時に残る財産の持ち主を具体化する。
成年後見も、本人のための売却や支払いを検討できる
成年後見でも、すべての支払いに裁判所の許可が必要なわけではなく、家を絶対に売れないわけでもない。
ただし、本人の居住用不動産の売却等には、家庭裁判所の許可が必要だ(民法859条の3)。どの事務にも同じ許可が要るとは考えず、それぞれの条件を確認する。本人の利益に沿う管理が必要な点は共通だ。
家族の相続税を減らすための贈与や、子の希望による財産移転と、本人の介護資金を確保する処分は同じではない。後見を「縛り」、信託を「何でもできる制度」と説明するより、それぞれの目的と権限を比べる。
法定後見の後見人等への報酬は、申立てを受けた家庭裁判所が個別に判断する。全国一律の月額ではなく、始まった後も続く管理の費用を考える。
任意後見人の報酬は契約に基づく。任意後見監督人の報酬は、申立てにより裁判所が判断する。
信託にも、契約設計、登記、口座、税務と、日々の帳簿管理等の費用・負担がある。
家の価額と、母の生活費に使える現金は違う
説明用に、家の民事上の価額は4,000万円、預金は500万円としよう。年金は月15万円、施設費と生活費は月25万円で、今後5年間変わらないと仮定する。
この二つの月額だけを比べると、毎月10万円、年に120万円が不足する。5年間では600万円で、預金だけでは100万円足りない計算だ。
税金、医療費、修繕、管理費等はこの計算に含めていない。家の価額を加えて「4,500万円あるから支払いは問題ない」としない。売却できる時期、売却費用と税、代わりの住居も確認する。相続税評価額と売却代金も別だ。
文子の架空の例だ。収入と支出が5年間変わらず、税金・医療費・修繕等は入れない単純計算とする。
施設費・生活費 25万円
− 年金 15万円
= 10万円
10万円 × 12か月 × 5年
= 600万円
600万円 − 預金 500万円
= 100万円
家の価額は、そのまま口座残高にはならない。売却の権限・時期・費用・税や住居を確かめる。信託の契約を作るだけで、使える現金が増えるわけでもない。
亮太と早紀は、制度名を選ぶ前にこの収支を母へ説明する。母が家を残したいなら、どの費用を誰の資金で払い続けられるかを相談する。信託を組むこと自体で不足する現金が増えるわけではない。
税金と亡くなった後の引継ぎは、信託の管理とは別に設計する
家族信託に財産を入れただけで、相続税がなくなるわけではない。
委託者自身が利益を受ける「自益信託」と、別の人が無償で利益を受ける権利等を得る場合では、設定時の贈与税等が異なる。利益を受ける人の変更・死亡と、終了時に誰が受け取るかについても、税を確かめる。
遺留分(一定の近い家族に法律で保障された最低限の取り分)の問題も、信託の名称だけで消えない。誰がいつどの利益を取得するかを整理し、遺言や他の財産との整合を確認する。信託すれば無条件で家族全員の請求を排除できる、と期待しない。
信託対象外の財産には相続手続が残る。税の申告・納付も別に必要性を確認する。全体の備えは相続対策の確認順序、相続税は基礎控除と申告が必要かどうかを照らし合わせる。
最初に用意するのは、財産と使途、本人の希望の一覧
- 急ぐ支払いの請求書と必要額をまとめ、銀行や支援先へ相談する。
- 本人の状態、既存の後見・委任・信託契約等を確認する。
- 財産、負債、毎月の収支と、本人の居住・介護の希望を分ける。
- 必要な権限と実行手続、管理者の継続と費用を検討する。
後に遺産分割が必要になる場面は、協議の進め方でも確認できる。本人の財産を生前に管理する話と、死亡後に誰が取得する話を混ぜない。
文子の診断を知った二人は、慌てて財産を子名義へ移すのではなく、まず母の生活費と現在の契約を確かめることにした。準備がまだでも、権限と支援を具体的に調べることから進められる。
この記事は2026年10月18日時点の制度を説明する。2026年公布の成年後見制度の見直しは、公布から2年6か月以内の、政令で定める日に施行される。
利用する時は、施行日と、新制度へ切り替わる際の特別な扱いである経過措置を確かめよう。将来の仕組みを、今使える権限として扱わない。
ほかにも確認する手続がある場合は、家族信託・成年後見の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
制度と銀行の公的な案内
よくある質問
軽度の認知症なら家族信託を契約できるか
診断名や軽度という言葉だけでは決まらない。本人が具体的な契約の内容と結果を理解して意思決定できるかを確認する。
受託者の子が財産を自由に使えるか
自分のために自由に使えるわけではない。信託の目的と権限、忠実義務、分別管理、帳簿や報告等を確認する。
家族信託と遺言のどちらを優先するか
現在の管理と亡くなった後の引継ぎという目的を分け、信託対象と対象外の財産を整理して整合を確認する。名称だけで一方を優先しない。
信託の設定費用はいくらか
財産と設計、依頼範囲による。専門家報酬、必要な公正証書・登記・口座等の実費、開始後の管理・税務と終了時費用を分けて見積りを確認する。
信託を新たに契約できない場合はどうするか
本人の能力と必要な援助に応じた法定後見や、既存の任意後見等の権限と発効を確認する。生活費等が急ぐ場合は、資料を整えて取引銀行へも相談する。
本記事は一般的な情報である。契約能力、必要な権限と税務は、本人の状態、契約、財産等を確認して判断する。



