民事信託と家族信託の違い。名前が二つある理由と設計で変わること

民事信託(みんじしんたく)とは、信託法に基づき、財産を持つ人(委託者)が信頼できる家族(受託者)に財産の管理・処分を託す法的な仕組みとされています。「家族信託」とは、この民事信託のうち家族間で行うものを指す通称であり、法律上の正式な用語ではありません。

結論から言うと、民事信託と家族信託はほぼ同じ概念を指している場合がほとんどであり、「家族信託=民事信託の家族版」という理解で差し支えないとされています。ただし設計の内容によって生前・死後にわたる効力が大きく変わるため、両者の性質をきちんと把握しておくことが重要です。

「信託」という言葉を、人生で初めて調べた夜のことを、覚えているだろうか。

なにやら難しそうな漢字が並んでいて、「民事信託」と「家族信託」が両方ヒットして、さて、これは同じものなのか違うものなのか、画面の前で静止してしまった経験。

あの感覚、わかる人にはわかるはずだ。

困り顔

民事信託と家族信託って、どっちを調べればいいんだ……結局、何が違うの?

混乱するのは、あなたが悪いのではない。そもそも、この二つの言葉は「法律上の定義が違う次元」にあるからだ。同じ棚に並べて比較すること自体、少しズレた設問なのである。

で、結論から言うと

「民事信託」は法律用語。「家族信託」は業界の通称。この一言に、すべてが詰まっている。

もう少し丁寧に言うと、こうだ。

  • 民事信託:信託法に基づく信託のうち、営利を目的としない(信託銀行などの商事信託ではない)ものの総称
  • 家族信託:その民事信託のうち、家族間で行うものを指す「通称・マーケティング用語」

つまり、「家族信託」は民事信託の中に内包されている。民事信託という大きな円があって、その中に家族信託という小さな円がある。ベン図で描けば、一瞬で解決する話だ。

法律の条文をひっくり返しても、「家族信託」という単語はどこにも出てこない(信託法・信託業法ともに)。家族信託は、専門家や業界関係者が「家族間の民事信託をわかりやすく呼ぼう」と生み出した呼称に過ぎないのだ。

図解

では、なぜ「民事信託」と「家族信託」が別物に見えるのか

これが、実は重要な問いだ。

世の中に「民事信託」と「家族信託」という二つの言葉が共存しているのは、使われる文脈がちょっとずつ違うからである。具体的には、こうだ。

  • 民事信託:法律家・学者が使う文脈。信託法の理論的な整理や、商事信託との対比で登場することが多い
  • 家族信託:実務家・一般向けの文脈。「認知症対策」「相続対策」として家族に説明するときに使われる通称

要するに、同じ「象」を指しているのに、法律書では「哺乳類・長鼻目・ゾウ科」と書かれ、一般向けパンフレットには「ゾウ」と書かれているようなものだ。指しているのは、同じ生き物である。

ただし、「民事信託」という言葉を広義に使う専門家の中には、家族以外の第三者(友人や信頼できる知人)を受託者に据えるケースも民事信託に含める、という整理をする人もいる。その場合、「家族信託<民事信託」という包含関係は維持されたまま、「受託者が家族かどうか」で微妙にニュアンスが分かれる、という話になる。

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家族信託(民事信託)でできること・できないこと

名前の違いを理解したところで、次はもっと実用的な話に進もう。「そもそも、何のために使う仕組みなのか」だ。

できること

  • 認知症になった後も、家族が財産を管理・運用し続けられる(成年後見制度の代替手段として注目されている)
  • 受益者連続信託(信託法91条)により、「自分が死んだ後は配偶者へ、配偶者が死んだ後は子へ」という、遺言では困難な多段階の財産承継が設計できる可能性がある
  • 不動産の共有問題を解消する器として使える場合がある
  • 信託契約が生きている限り、本人が意思能力を失った後も受託者(家族)がスムーズに財産を動かせる

できないこと(注意点)

  • 身上監護(介護施設への入所手続きなど、人に関する決定)は対象外。この点は成年後見制度が必要になる場面がある
  • 信託財産から生じた損失を、信託外の財産と通算することは原則できない(所得税法上の損益通算制限)
  • 遺留分(民法1042条)は信託でも侵害できない。遺留分侵害額請求(民法1046条)の対象になる可能性がある点は把握しておきたい
  • 受託者に課される善管注意義務(信託法29条)・忠実義務(信託法30条)は重く、家族であっても法的責任を負う
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「じゃあ遺言信託とは何が違うんだ」という、次の疑問

ここまで理解が進むと、必ず浮かぶのがこの問いだ。

遺言信託との最大の違い。それは、「動くタイミング」だ。

家族信託(民事信託)は、契約した瞬間から動き出す。生きている間から財産管理が始まる。認知症対策として有効なのは、まさにこの「生前から動く」という特性があるからだ。

一方、遺言信託は「死亡後」に効力が発生する(信託法3条2号)。生前の財産管理には使えない。用途が根本的に異なるのだ。

つまり、「今すぐ財産管理を家族に委ねたい」なら家族信託(民事信託)。「死んだ後の財産承継を精緻に設計したい」なら遺言または遺言信託という、使い分けの発想が出てくる。もちろん、両方を組み合わせて設計する実務も存在する。

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自分で動くための、判断ステップ

知識を得たら、次は「自分のケースに当てはまるか」を整理することだ。以下のステップで考えると、頭の中がスッと整理される。

  1. 「いつ」から財産管理を委ねたいかを決める。生前から必要なら家族信託(民事信託)。死後のみなら遺言で足りる場合がある
  2. 「誰が」受託者になれるかを考える。信頼できる家族がいるか。受託者には善管注意義務(信託法29条)が生じることを、その家族は理解しているか
  3. 信託財産の中身を洗い出す。不動産が含まれる場合、信託登記(不動産登記法98条)が必要になり、手続きが発生する
  4. 遺留分との関係を確認する。他の相続人の遺留分(民法1042条)を侵害しない設計になっているか、概算で試算しておく

この4ステップを紙に書き出すだけで、「自分に必要な設計の輪郭」が、驚くほどくっきり見えてくる。

ホッとした顔

なるほど、民事信託と家族信託は同じものだったのか。ようやく整理できた。

知っておいてよかった、と思える日が来る

「民事信託」と「家族信託」。この二つの言葉が頭の中でゴチャゴチャしている間は、次の一手が打てない。名前の正体がわかった今、ようやくスタートラインに立てる。

認知症という現実は、誰にでも、突然やってくる可能性がある。家族が財産を動かせなくなるその前に、「設計する時間がある」うちに動いておく。それだけで、選択肢の幅は大きく変わってくる。

法律の名前など、どうでもいい。大事なのは、「自分の家族に何を残し、どう管理させたいか」という意思の設計だ。

民事信託も家族信託も、結局はその意思を形にするための道具に過ぎない。道具の名前に振り回されず、目的から逆算して考えていただけると幸いです。

伝わりましたかね。

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よくある質問

民事信託と家族信託は法律上、別々の制度ですか

法律上、「家族信託」という制度は存在しないとされています。家族信託は民事信託の通称・俗称であり、信託法上の正式な区分ではありません。民事信託は信託法に基づく非営利目的の信託の総称であり、そのうち家族間で行うものを「家族信託」と呼ぶ場合がほとんどです。

家族信託(民事信託)を使えば、遺言書は不要になりますか

必ずしも不要になるとは言えません。信託財産に含まれない財産(信託外財産)については、遺言がなければ相続人全員での遺産分割協議が必要になる可能性があります(民法907条)。信託と遺言を組み合わせて設計するケースも実務上は多いとされています。

家族信託(民事信託)の設定に、特別な資格は必要ですか

委託者・受託者・受益者の三者が合意して信託契約を締結すること自体に、特別な資格は要しないとされています。ただし、受託者には信託法上の善管注意義務(信託法29条)・忠実義務(信託法30条)が課されるため、法的責任が発生する点は把握しておく必要があります。

家族信託(民事信託)と成年後見制度は何が違いますか

成年後見制度は本人が意思能力を失った「後」に申し立てる制度であり、家庭裁判所の監督下に置かれます(民法7条等)。一方、家族信託は本人が意思能力のある「生前」から契約でき、家庭裁判所の関与なく家族が財産管理を行える点が大きな違いとされています。ただし身上監護(介護施設入所の手続き等)は信託の対象外となる場合があります。

遺留分侵害額請求は、家族信託(民事信託)にも適用されますか

信託を使った財産承継であっても、他の相続人の遺留分(民法1042条)を侵害している場合、遺留分侵害額請求(民法1046条)の対象になり得るとされています。遺留分侵害額請求権の時効は、相続開始と遺留分侵害を知った時から1年、相続開始から10年です(民法1048条)。信託設計の段階で遺留分との関係を確認しておくことが望ましいとされています。

※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。具体的な判断は必ず弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。

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