誰も住まない実家を相続したら、まず「誰の家か」「誰が管理するか」「いくらかかるか」「いつまでに手続するか」を確認する。売る・貸す・残すの判断は、その後だ。
空き家の税控除だけでなく、家族の誰に作業と出費が集まっているかも書き出そう。
ここからは、姉の晴美と弟の健太の架空の例だ。母はすでに亡くなり、父も2024年5月20日に亡くなった。子は二人で、実家は1979年建築の父の持ち家。建築年だけで特例を使えるとは限らず、金額や家族の事情は説明のための仮定である。
弟には「思い出の家」、姉には毎月通う家だった
晴美は、実家から一時間の町に住んでいる。父が亡くなってから、換気をし、郵便を拾い、雨の後は天井を見に行くようになった。固定資産税の封筒も、近所からの草刈りの連絡も、まず晴美へ届く。
遠方で暮らす健太は、夏に帰省したとき「まだ売らなくてもいいんじゃない」と言った。父が柱に付けた背丈の傷が残っている。健太にも、手放したくない理由はある。けれど晴美には、誰もいない家へ通う時間が増え続けていた。
晴美が「それなら管理を半分やって」と言うと、健太は黙った。二人とも、実家をどうしたいかの前に、何が今起きているかを共有できていなかった。まずは、誰の権利がある家なのか、決まるまで誰が何をするのかを紙にすることから始めた。
「誰が売るか」より先に「誰のものか」を決める
遺言がなく遺産分割が終わっていなければ、実家は原則として共同相続人(同じ人の遺産を一緒に相続する人たち)の共有状態にある。この状態で家全体を第三者へ売るには、共同相続人の意向をそろえ、売主となる人・持分・代金の分け方を明確にしなければならない。
晴美が鍵と納税通知書を持っていても、それだけで家全体を一人で売れるわけではない。管理の窓口と所有者は別だ。
「代表者が売って後で分ける」で済ませず、遺産を売ってお金を分ける「換価分割」にするのか、一人が取得してから売るのかを決める。誰が売主になり、費用を払い、代金を受け取るのかまで確認する。
必ず一人の名義へまとめなければ売れないわけでもない。共同で売る方法もあり、分割の内容と実際の登記・売買の流れが一致するよう整理する。売却後に代表者からほかの人へお金を渡す場合も、その理由と割合を示せるようにしておく。
自分の共有持分(共有している財産について、一人ひとりが持つ権利の割合)だけを処分することは法的には可能だが、第三者が共有関係へ入ることになる。残る相続人との紛争や価格の低下につながる場合があり、実務上は選びにくい手段だ。共有不動産の持分売却と共有物分割の手続きでは、共有状態を解消する方法を整理している。
相続登記は、権利を示す準備と申請義務を分けて確認する
登記は、その不動産について誰にどんな権利があるかを外から確認する仕組みだ。父の名義のまま何代も相続が重なると、将来の売却や管理のために誰を探し、誰の同意を得ればよいかが分かりにくくなる。相続登記(相続で受け継いだ不動産の名義を変える手続き)の義務化にも、所有者が分からない土地を増やさないという背景がある。
2024年4月1日から相続登記は義務化された。相続の開始と、それにより自分が不動産の所有者になったことを知った日から、原則3年以内に申請する。遺産分割で取得した場合の追加の義務もあり、原則として分割成立から3年以内に結果を登記へ反映する。正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象となる。施行前の相続にも経過措置(新しい制度に切り替わるときの特別な扱い)があるので、「古い相続だから関係ない」とはしない。
売買の相談や査定を受け始める時期と、所有権移転のために登記を整える時期は区別する。2024年に初めて売却前の相続登記が必要になった、という話でもない。晴美と健太は、売却案と並行して戸籍・遺言・名義を調べ、いつどの登記をするかを整理した。
ここで一つ、混同しやすい制度がある。相続人申告登記は、遺産分割がまとまらない間に基本の申請義務を簡単な方法で果たすための制度だ。ただし、所有権移転を公に示すものではない。相続人申告登記を済ませただけでは実家を売ることはできない。売却時には別に、相続登記を完了させる必要がある。
空き家になった実家に、どんな費用と管理が発生するか
固定資産税は、毎年1月1日の所有者を基準にかかる税金だ。相続したから新しく生まれる税ではない。
亡くなった人にかかっていた税金、翌年度以降に払う税金、売った年に売主と買主で分担するお金を分けて確認する。売買契約で日割り精算をしても、それは当事者の間の調整であり、税法上の納税義務がそのとおり変わるわけではない。
空き家だからといって、直ちに土地の住宅用地特例が外れるわけではない。ただし、管理不全空家等または特定空家等として市区町村から勧告を受けると、敷地が住宅用地の特例措置の対象外になることがある。倒壊・衛生・景観・防犯上の問題を放置しないために、換気、漏水点検、樹木の管理、火災保険の継続、近隣への対応を含む管理の計画を立てておく。
売却を検討しながら実家を保有し続ける期間が長くなるほど、こうした管理コストは積み上がる。「いつ再検討するか」を決めずに先送りするなら、誰が鍵を持ち、誰が費用を払うかを書面で決めておくと、管理の空白を防げる。
二人は、実家にかかる費用の概算も書き出した。説明用に、管理の外注・光熱費などが月2万円、固定資産税などが年12万円、交通費が年6万円とすれば、合計は年42万円、二年では84万円だ。地域の相場やこの家の見積額ではなく、費用を並べるための仮の数字である。さらに晴美自身の作業時間は、この金額に入っていない。
「残したい」という希望に、誰がこの負担を引き受けるかまで添えて話す。健太も、帰省のたびに泊まれる場所があることと、一年を通して家を保つことは同じではないと気づいた。管理費の分担は自動的にこの表の通り決まるものではないので、支出内容と立替記録を示し、合意する。
「売値から相続時の評価額を引く」では計算が合わない
実家を売ったときの譲渡所得は、譲渡価額から取得費・譲渡費用・適用できる特別控除を差し引いて計算する。ここで多くの人が引っかかるのが、取得費の扱いだ。
相続した不動産では、亡くなった人の取得時期と取得費を引き継ぐのが原則だ。相続税評価額をそのまま取得費にするわけではない。親が何十年も前に購入した不動産なら、当時の売買契約書や建築請負契約書、領収書、登記事項、ローン資料を探す作業から始まる。
取得費が分からない場合には、譲渡価額の5%を概算取得費とする方法がある。実額の取得費が売価の5%を上回るなら、概算取得費を使うことで税負担が増える。実額を確認できる資料を先に探す。解体費・仲介手数料・測量費などが譲渡費用に当たるかは、支出の目的と証拠で個別に判断する。土地の分筆費用と測量・登記の内訳も、売却準備の段階で参考になる。
例えば売却額2,800万円、父の取得費を引き継いで建物の減価償却なども調整した取得費900万円、譲渡費用100万円と仮定すると、特別控除前の譲渡所得は1,800万円だ。相続時の評価が2,500万円だったとしても、2,800万円−2,500万円=300万円で済むという計算ではない。
父の購入時から相続時までの値上がり分を、相続を挟んだからといって全部消してしまわず、取得費を引き継いで売却時に計算する。そのため、売るか迷っている間にも昔の契約書を探す意味がある。ただし、土地と建物の内訳や建物の減価償却などを含め、900万円という数字も資料で確かめる必要がある。
空き家の3,000万円特別控除——条件を一つずつ確かめる
亡くなった人の居住用財産(空き家)に係る譲渡所得の特別控除は、一定の条件を満たすと譲渡所得から最高3,000万円を控除できる制度だ。2024年1月1日以後の譲渡で、その家屋・敷地を取得した相続人が3人以上の場合、各人の控除上限は2,000万円になる。
この控除は、放置される空き家を減らすため、一定の古い自宅について耐震化や除却を伴う売却を後押しする仕組みだ。相続した不動産なら何でも、思い出が詰まった家なら何でも使える制度ではない。主な確認項目は次のとおりで、個別の例外や必要書類も確認する。
- 2027年12月31日までの譲渡であること
- 相続開始直前に、原則として亡くなった人が一人で住んでいた家屋であること(一定の老人ホーム等への入所には例外あり)
- 1981年5月31日以前に建築され、区分所有建物ではないこと
- 相続から譲渡まで、事業・貸付け・居住に使われていないこと
- 亡くなってから3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること
- 売却代金が合計1億円以下であること(分割売却やほかの取得相続人の売却分など、合算が必要な場合がある)
- 家屋を耐震基準に適合させて敷地と売るか、家屋を取り壊して敷地を売ること
2024年1月1日以後の譲渡では、売却後、翌年2月15日までに買主が家屋を耐震改修または全部取り壊す場合も対象になり得る。ただし、買主の対応を前提にするなら、契約書に期限・工事・証明書取得への協力を具体的に書き込まなければならない。「買主がやってくれるだろう」と口頭で済ませると、条件を満たせないまま期限が来る。
確定申告には、市区町村が出す「被相続人居住用家屋等確認書」などが必要だ。ただし、その確認書を取るだけで、税控除の条件をすべて満たしたことにはならない。
晴美たちの父の相続は2024年5月20日なので、相続から3年を経過する日の属する年末は2027年12月31日となる。現行制度の適用期限も2027年12月31日である。だから2028年までゆっくり売ればよい、と考えてはいけない。契約・引渡しの扱いと、買主が工事をする場合の翌年2月15日の期限も、売買前から確認する。
先ほどの仮の譲渡所得1,800万円について、晴美たちが取得し売却する形と各人の条件をすべて確認し、控除を全額使えると仮定すれば、その譲渡所得がゼロになる場合がある。ただし3,000万円のお金をもらえるのでも、使わなかった控除分が返金されるのでもない。必要な所得税の確定申告をして使う制度だ。
条件の詳細は空き家の3,000万円控除、いくつもある期限の整理は相続不動産の売却期限で扱っている。
空き家控除と取得費加算——どちらを使うかは試算で決める
相続等で財産を受け取った本人に相続税が課税され、相続開始の翌日から相続税申告期限の翌日以後3年を経過する日までにその財産を譲渡した場合、一定の相続税額を譲渡所得の取得費へ加算できることがある。一般には亡くなってから3年10か月以内が目安だが、正確な期限は申告期限から計算する。
空き家の3,000万円特別控除と、この取得費加算は、同じ譲渡について重ねて使えない。控除の名前だけで選ばず、取得費・相続税額・譲渡価額・共有者数・工事費を入れて両方の税額を試算する。どちらが有利かは、物件ごとの数字を当てはめるまで分からない。
売る・貸す・保有するを手取りで比較する手順
選択肢を比べるには、同じ前提で数字を並べる必要がある。順番に確認していくと、判断の材料が揃ってくる。
- 権利を確認する:遺言、戸籍、登記事項証明書、抵当権、境界、未登記建物を確認する
- 現況を確認する:雨漏り、耐震性、残置物、接道、建て直しができるかどうか、測量の必要性を確認する
- 複数査定を取る:現況売却、解体後、更地、買取りの価格と条件を同じ前提で比較する
- 期限を一枚に並べる:相続登記(取得を知った日から3年以内)、相続税申告(相続が始まったと知った日の翌日から10か月)、空き家控除の譲渡期限、取得費加算の譲渡期限を一覧にする
- 手取りを比較する:売却価格だけでなく、税金・仲介・測量・解体・残置物処分・維持管理費を差し引いた手取りで比べる
思い出や将来の利用可能性は、税金と同じく重要な判断要素だ。ただし、結論を先送りする場合も、誰が鍵を持ち、誰が費用を払い、いつ再検討するかを書面で決めておくと管理の空白を防げる。
固定資産税の通知書や登記事項証明書は調査の入口になるが、それ一枚で相続人全員が分かるわけではない。戸籍や遺言なども集め、権利と登記の状況を確認する。相続したマンションの売却手続きでは、登記から税金・管理費の特例まで、物件種別ごとの流れを確認できる。
晴美と健太は、その日に売るとも残すとも決めなかった。健太が管理サービスの見積りを取り、晴美は古い購入資料を探す。固定資産税と管理費の立替えも記録し、二か月後に、売却・賃貸・保有の費用と利用予定を並べ直すことにした。
家を残したい気持ちは、片付ければ消えるものではない。だからこそ、気持ちを持つ人と費用を払う人、作業する人が違うまま話を止めない。管理を続ける条件と見直す時期をそろえることが、この家族が次へ進むための最初の合意だった。
確認に使った公的資料
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売れない土地を手放したい場合は、建物や境界等の条件と費用を確認する。 相続土地国庫帰属の申請手順で詳しく確認できる。
ほかにも確認する手続がある場合は、不動産の登記・分割・処分の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
相続人申告登記だけで売却手続が終わるか
所有権の移転を公に示す登記ではない。売却に必要な相続登記を別に整える。
空き家控除は必ず3000万円か
条件があり、2024年以後の譲渡で取得相続人が3人以上の場合は各人最高2000万円になる。
買主の解体でも控除を使えるか
2024年以後の譲渡では翌年2月15日までの全部取壊し等で対象となる場合がある。契約と証明を確認する。
空き家控除と取得費加算は併用か
同じ譲渡に重ねて使えない。各条件と期限を確認し、両方の税額を試算する。
この記事は一般的な情報を説明するものだ。個別の判断は、相続関係、財産、契約、取引記録などの資料を示して弁護士・税理士へ確認したい。



