相続した不動産すべてに共通する、売却の期限はない。ただし、登記の義務、相続税の申告、売却時に使う税の特例には、それぞれ別の期限がある。
一つの期限へまとめず、売却までの予定表へ並べよう。
登記は3年以内でよいと聞き、由紀は弟の誠へそう伝えた。父の家を売る話は、来年でもよいのかと、誠は書類を閉じかける。
ところが、ほかの紙には、相続税の10か月、空き家の売却期限も書かれていた。
母は既に亡くなり、父が亡くなったのは2025年9月20日だ。家には、誰も住んでいない。
由紀は、家の鍵を返すような気がして、売却をためらっている。遠方の誠は、見回りを続けられるか心配だった。これは、架空の家族の話だ。
登記前でも、査定や資料集めを進める
由紀は、名義を変えてからでないと、不動産会社へ相談もできないと思っていた。
しかし、査定、父の購入資料探し、相続人の話合い、税の試算は、並行して進められる。
買主へ権利を移して登記するには、相続による権利関係と登記を整える必要がある。相続登記は、相続で受け継いだ不動産の名義を変える手続だ。
ただし、相続登記が終わっていないだけで、売買契約が一律に禁止されるわけではない。誰が、どの条件で契約し、いつ登記と引渡しをするかを、具体的に決めていこう。
父名義のまま相続人を確かめず、「自分が長女だから売れる」と進めるのも違う。契約を急ぐ前に、売却に必要な権利と協力がそろうかを確認する。相続登記・名義変更の手順も参考になる。
なぜ登記と家族の合意が必要なのか
家の鍵を持つ人と、家の所有者は、同じとは限らない。買主から見れば、長女が「父の家なので売ります」と言っても、別の相続人が後で「売る話は聞いていない」と言うようでは安心して代金を払えない。
戸籍等で相続人を調べ、遺言を確かめ、必要な分割や売却の合意を得る。
登記は、権利を外から確かめられる形にする手続だ。家族内の理解と、買主等の第三者へ示す権利の記録を、つなぐ役割がある。
由紀と誠が共同相続した、未分割の家全体を売るなら、原則として二人の合意が必要だ。一人が反対しているのに、ほかの一人だけで家全体を売ることはできない。
ただし、売る前に、必ず一人へ遺産分割するという意味ではない。共同で売って代金を分ける、換価分割という方法もある。
家全体を売ることと、自分の共有持分だけを処分することも違う。共有持分は、共有財産について各人が持つ権利の割合だ。
持分の処分で、共有関係と、残る相続人の利用へ、どのような影響が出るかも考える。合意できなければ、調停・審判等を検討し、連絡先が分からない場合も、それに応じて対応する。
三つの期限は、目的が違う
期限・条件
原則として、相続による所有権の取得を知った日から3年以内。古い相続の経過措置や、分割後の申請義務もある。
期限の目的
所有者を分かるようにするための申請義務だ。売却の特例の期限を延ばすものではない。
期限・条件
原則として、故人の死亡を知った日の翌日から10か月以内。
期限の目的
相続税が必要な場合の期限だ。売れずに現金がない、未分割だ、という理由だけで自動的には延びない。
期限・条件
空き家特例と取得費加算では、期限が違う。制度の適用期間と、個別の条件も確かめる。
期限の目的
一般的な売却の締切ではない。特定の税の扱いを使うための期限だ。
相続登記は、2024年4月1日から義務となった。正当な理由なく申請義務に違反すると、10万円以下の過料の対象となり得る。過料は、金銭を納める制裁だ。
2024年4月1日より前の相続で、既に取得を知っていた場合は、原則として2027年3月31日が期限となる。これは、新制度へ切り替えるときの、経過措置による期限だ。
相続人申告登記で、基本的な申請義務に対応できる場合もある。
ただし、これだけで誰が家を単独取得したかは決まらず、売却の所有権移転登記まで終えられるわけでもない。申請義務への対応と、遺産の分け方を決めることを、分けて考えよう。
登記費用も、資金表へ入れる。相続による所有権移転登記の登録免許税は、原則として、固定資産税評価額×0.4%で計算する。売却価格の0.4%ではない。
免税の対象となる土地や、司法書士へ頼む報酬等は、別に確かめる。
相続税と、売却益への税を分ける
誠は、相続税を調べたのだから、売るときの税は考えなくてよいと思っていた。
相続税は、財産を受け継ぐことへの税だ。一方、譲渡所得への所得税等は、売却益について計算する。一方がゼロでも、もう一方もゼロとは限らない。
家と土地を3,200万円で売り、父から引き継ぐ取得費が1,000万円、譲渡費用が200万円と仮定する。
取得費は、減価償却等も反映して確認済みとした、説明用の例だ。減価償却は、建物等の使用による価値の減少を、費用として計算する仕組みとなる。
特例前の譲渡所得は、3,200万円−1,000万円−200万円=2,000万円だ。
売却代金3,200万円を、すべて自由に分けられる現金とは考えないようにしよう。仲介・測量等の費用、必要な税、残る借金等を確かめ、手取りを見込む。
取得費と取得時期は、原則として父から引き継ぐ。相続日の時価や相続税評価額を、そのまま買値として引くわけではない。
昔の契約書や領収書を探すのは、父が買ってからの値上がりを計算するためだ。建物は、減価償却も確かめる。
取得費が分からない場合などには、売却代金の5%を概算取得費とする扱いがある。所有期間の長期・短期の判定も、父の取得時期を引き継いで売却年の1月1日時点などで確認する。具体的な税計算は相続不動産の売却税金で整理している。
税の特例は、登記と別の期限を見る
空き家特例は、条件を満たす親の古い住まいを売る場合に、譲渡所得から最高3,000万円を引く仕組みだ。一定の場合は、上限2,000万円となる。
居住・利用、建築時期、耐震・取壊し、価格、取得者、買主との関係等の条件を確かめる必要がある。
売却期限の条件は、死亡から3年を経過する日がある年の、12月31日までだ。ただし、現在の制度自体の適用期間は、2027年12月31日までとなる。
父が2025年に亡くなったことだけを見て、2028年末までよいと予定を立てると、制度の期間を見落とす。将来延長されることを、前提にしないようにしよう。
2024年以後の譲渡では、条件を満たせば売った年の翌年2月15日までの耐震改修や全部取壊しを使う方法もある。買主が工事をするなら契約と実施の確実性、証明書類まで確認する。詳細は空き家特例の条件と期限で説明している。
相続税が課税された人には、一定期間内に相続財産を売ると、相続税のうち一定額を、取得費へ加えられる特例もある。
通常は3年10か月と説明されるが、正確な対象期間は、相続開始の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までだ。ほかの条件も確かめる。
加算できる額を80万円と仮定すると、先ほどの取得費1,000万円へ足し、譲渡所得は2,000万円から1,920万円となる。80万円が、そのまま戻るという意味ではない。
取得費加算と空き家特例は、同じ不動産の譲渡では併用できない。両方を足して引く計算は、しないようにしよう。
二つの特例のうち何を使えるか、比較した結果どうなるかを、売る前に試算する。申告の時期や必要書類も含めて日程へ入れる。
名義・相続人・お金から、段取りを組む
由紀と誠は、一枚の予定表へ、作業と担当を書き出した。
すべてそろってから次へ進むと、税の確認が契約後になるかもしれない。先に必要な情報を並べよう。
- 戸籍・遺言で相続人と権利を確認する。誰が署名すればよいのかを思い込みで決めない。
- 不動産を特定する。登記事項証明書、固定資産税の明細、自治体の名寄帳などを使う。名寄帳はその自治体の課税情報なので、全国の不動産を一枚で漏れなく分かる書類とは限らない。
- 分割か共同売却かを話す。売却代金の分け方だけでなく、草刈りや査定、購入資料探し、費用を立て替える人も確認する。
- 査定と税の試算を並行する。希望価格だけでなく、売却までの期間、境界・測量、建物の状態、費用、特例の条件を見る。
- 登記・契約・引渡し・申告の日程をつなぐ。買主へ権利を移せる状態と、使いたい特例の工事や証明を準備する。
マンションなら管理費や修繕積立金など、土地建物とは違う確認もある。相続したマンションの売却も参照してほしい。相続全体の期限は相続手続の期限一覧へ整理している。
売るまでの負担と、放棄後も確かめる
売却方針が決まっても、買主が見つかるまで家の負担は続く。固定資産税、見回り、草木や雨漏りへの対応について、誰が何をするかを決め、支出の記録を残したい。空き家の固定資産税も関係する。
相続放棄は、手間がかかる家だけを外す手続ではない。原則として、最初から相続人でなかった扱いになる。
ただし、放棄時に現に占有している相続財産は、相続人や相続財産清算人へ渡すまで、自分の財産と同じ注意で保存する義務がある。清算人は、相続人がいるか明らかでない場合に、遺産を管理して借金の支払い等を進める人だ。
家を占有しているか、何を引き渡すかも調べず、放棄した日からすべて無関係になるとは決めないようにしよう。
由紀は、売却の相談前に、父の机を片付けなければと思っていた。相談しながら探せると分かり、誠は購入資料探しを引き受けた。
売るか、いくらで売るかは、まだ決まっていない。それでも、3年あるから大丈夫という一つの数字から、家族が動ける予定表へ変わり始めた。
ほかにも確認する手続がある場合は、不動産の登記・分割・処分の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
相続した不動産は必ず3年以内に売らなければならないか
一般的にすべての相続不動産へ共通する売却期限ではない。相続登記の申請義務と、売却時に使いたい税の特例の期限を分けて確認する。
相続登記が終わるまで査定や売却相談はできないか
査定・相談・税の試算などは並行して進められる。売買契約が一律に禁止されるわけではないが、買主へ権利を移せる登記と日程を整える必要がある。
遺産分割で一人の名義にしないと売れないか
必ずしもそうではない。相続人が共同で売り、代金を分ける方法もある。未分割の不動産全体を売るなら、原則として全員の合意が必要になる。
相続税を調べたら売却時の税金は考えなくてよいか
相続税と、売却益に対する譲渡所得税などは別の税金だ。引き継ぐ取得費、売却費用、所有期間、特例を確認する。
空き家特例と相続税の取得費加算は両方使えるか
同じ不動産の譲渡について併用できない。使える条件と計算結果を比較し、申告と売却の日程も確認する。
相続放棄後も保存が必要になる場合はあるか
放棄時に現に占有する相続財産について、相続人や相続財産清算人へ引き渡すまで保存義務が残る。広い管理義務と同じに扱わず、占有などの事情を確認する。



