遺言、任意後見、家族信託は、動く時期と任せられることが違う。本人が内容と結果を理解して決められるうちに、何を、いつ、誰に任せるかを分けて準備する。三つすべてを、必ず契約する話ではない。
以下は、説明用の架空の家族だ。
健夫は、自宅の行先は遺言で決めればよいと考えている。妻の芳江は「あなたが入院して判断できなくなったら、今の生活費は誰が払うの」と尋ねた。娘の千紘と息子の悠太も、家の相続と、生前の管理を一緒に考えていたことに気づいた。
早く確認する目的は、本人の希望を聞き、必要な支援を実際に使えるようにすることだ。認知症という診断名だけで、一律にすべての選択肢が消えるわけではない。既に疑問があるなら、能力を決めつけず、今必要な支払いと既存の契約から調べる。
生前の管理と、死亡後の取得を分ける
生前には、預金の支払い、賃貸物件の管理、施設等の契約、自宅の処分等が問題になる。
死亡後には、誰が何を受け取るか、誰が手続するか、税や遺留分にどう対応するかを考える。遺留分は、一定の近い家族に法律で保障された、最低限の取り分だ。
遺言があるだけで、生前の全支払いを、子が代理できるわけではない。
本人の状態も、する行為ごとに確かめる。民法3条の2の意思能力は、自分がする行為の意味や結果を理解する能力だ。
遺言時の能力や、後見等による権限とは分けて確認する。日常会話ができるだけで、複雑な契約もすべて理解できるとは決めない。
健夫は「自分が亡くなった後の家」と「入院したときの月々の支払い」を分けた。家族が期待する引き継ぐ人と、本人自身が望む住居・介護の希望も別に書く。これが制度を比較する出発点になる。
方法1:遺言で、死亡後の取得を決める
遺言は、法律の方式に従い、亡くなった後に財産を受け取る人等を定める仕組みだ。特定の財産を取る人や相続分等を指定し、分割協議をせずに実行できる場面もある。
ただし、残る財産、曖昧な内容、実行の手続、遺留分の問題が、すべてなくなるわけではない。
遺言をする時には、遺言の内容等を理解できる能力が必要だ。診断名だけで、有効か無効かが決まるものではない。
公正証書にしても、能力や内容について、後日争われる余地が一切なくなるわけではない。本人の意思、説明の経過、財産を正確に特定する資料を整える。
家族が代わりに遺言者となって作成することはできない。健夫が家を千紘へ渡したい場合も、他の家族が望む配分を読み上げてうなずいてもらうだけで済ませない。芳江の居住や生活費、悠太との調整を含め、本人の考えを確認する。
遺言の撤回にも、法律の方式等がある。後の遺言を作ると、前の遺言が必ず全部消えるわけではない。内容が矛盾する部分や、個別の撤回行為を確かめる。
財産や家族関係が変わったら内容を見直し、原本と作成日も管理する。
方法2:任意後見で、将来の代理を準備
任意後見は、判断能力が十分なうちに、公正証書で、任せる人と代理の範囲を決める契約だ。
判断能力が不十分になった後、家庭裁判所が任意後見監督人を選ぶと、契約で定めた代理権が効力を持つ。
施設等の契約、預金管理、税務等を、代理権目録で確かめる。目録は、何を代理できるかを示した一覧だ。
遺言や婚姻等まで、自動的に代理できるわけではない。医療行為そのものへの同意も、費用の支払いやサービス契約とは別だ。後見人が、あらゆる医療行為に同意できるとは考えない。
千紘を受任者にする案なら、千紘が管理を続けられるか、利益相反の場面、報告、報酬を確認する。悠太が離れて暮らしているからという理由だけで、千紘へ全事務を無条件に集めない。監督人の選任を誰がいつ申し立てるかも準備する。
今すぐ支払いを任せたいなら、財産管理委任等を別に検討する場合がある。任意後見契約を作ったことだけで来月の全手続を代理できると考えず、契約と金融機関の対応を確認する。
方法3:信託で、対象財産の管理を準備
健夫が財産を託す委託者で、利益を受ける受益者となり、悠太が管理する受託者となる案を考えてみよう。自宅や一定のお金を、対象にする例だ。
本人の判断能力が低下した後も、有効に設定した信託の目的と権限の範囲で、受託者が管理する。
対象財産、売却や修繕等の権限、お金の保管と支払い、報告、後を引き継ぐ受託者、変更や終了の条件を決める。
契約に含めていない財産も、すべて自動的に管理できるわけではない。融資、口座、登記等、実行に必要な条件も、設計の段階で確かめる。
管理のため受託者へ名義を移すことと、子へ自由に使える利益を贈与することは、違う。
受託者には、利益を受ける人のため忠実に管理し、自分の財産と分け、帳簿や報告等を行う義務がある。信託なら、法律も裁判所も関係なく自由に処分できる、とは考えない。
また、信託財産から施設費を払うことと、本人を代理して施設契約をすることは別だ。信託対象外の財産、本人が他の相続に参加する場合、医療の意思決定等には別の対応が残る。
必要な支援と財産から、方法を比べる
| 家族の困りごと | 確認する仕組み |
|---|---|
| 亡くなった後の家や預金を受け取る人を決めたい | 遺言の方式・内容、遺留分と実行。信託対象があれば条項との整合。 |
| 将来の本人の契約を代理してほしい | 任意後見等の代理権の範囲と発効、今必要な委任等の権限。 |
| 物件の管理・修繕や生活費を渡すことを続けたい | 信託の対象・目的・権限、口座・登記、受託者の管理体制。 |
| 既に判断能力に疑問がある | 現在の能力、既存の制度・契約、必要な法定後見等の支援。 |
不動産が多いから必ず信託、家族関係が難しいから必ず三制度全部、とはならない。適任者の有無、本人の理解、対象財産、必要な権限と費用で検討する。全体は相続対策の確認順序でも整理できる。
健夫が、内容と結果を理解して準備できる場合の例だ。三つすべてが必要という図ではない。
能力と方式を確認して作成
↓
原則、亡くなった時に効力
生前の支払いを、子が代理できる契約にはならない。
十分な判断能力があるうちに契約
↓
任意後見監督人の選任後、契約の範囲で代理
契約書を作っただけで、今すぐ全部を任せられるわけではない。
有効な契約と実行の準備
↓
対象財産と定めた権限の範囲で管理
本人の判断能力が低下した後も管理を続ける設計を、事前に確かめる。
これは本文で説明する改正本体の施行前の制度による整理だ。実際の効力、条件、対象財産、契約・登記・口座等の実行状況を確かめる。信託だけで本人のすべての行為を代理できるわけではない。
本人の生活資金を残せるか確かめる
説明用に、健夫の家の民事上の価額を5,000万円、預金を1,000万円とする。夫婦の年間生活費が250万円、年金収入が200万円なら、この二項目だけで年50万円不足する。
10年では500万円を、預金等で補う計算になる。
医療・介護、修繕、税、制度の費用や物価変動は含めていない。家の価額が高くても、直ちに生活費へ使えるわけではない。節税や子への贈与を先に決めて、本人が使える預金を減らし過ぎないよう確認する。
芳江は、預金をすべて子へ移せばよいという案を見直した。健夫の相続後に芳江が使える資金と、将来の芳江自身の相続も別に考える。夫婦の一次・二次相続を、一回目の税額だけで決めない。
本人が相続人になる場面にも備える
本人が亡くなる時だけが、相続の場面ではない。芳江の意思能力がなく、先に健夫が亡くなって芳江が相続人になると、分割協議で適切な代理等が必要になる。
健夫の有効な遺言により、協議をせず実行できる場合も、芳江側の手続に必要な権限を確かめる。
成年後見人と本人が同じ遺産の相続人になるなら利益相反への対応が必要だ。後見監督人による代表や特別代理人等を確認する。子の一人が父母の両方を常に自由に代理できるものではない。
相続税の申告が必要なら、通常、故人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内に、申告・納付が必要だ。代理の準備や協議が終わるまで、期限が止まるとは考えない。
未分割の申告、後日の特例、登記等の期限も、別に管理する。自己のために相続が始まったことを知った時から、原則3か月という相続放棄の期間とも、違う。
相談の資料と、実行後の確認
- 本人の現在の状態と希望、急ぐ支払いを書き出す。
- 預金、不動産、負債、保険、年金と毎月の収支を一覧にする。
- 既存の遺言、任意後見、委任、信託と登記・口座を確認する。
- 担当候補、権限、報告・監督、費用、引継ぎを相談する。
- 契約後は、登記や口座、原本の保管と発効手続まで確認する。
千紘と悠太は、本人が分かる内容と言葉で説明し、返事だけでなく本人の考えを聞く。意見が変わった場合の見直し先も残す。亡くなった後の手続全体は相続手続の流れで確認できる。
健夫は、遺言を一つ作って終わりとはせず、生前の支払いと亡くなった後の行先を別々に確認することにした。芳江が気にしていた生活費を起点にすると、必要な制度、権限と担当者を具体的に話し合える。
本記事は2026年10月18日時点の制度を説明する。2026年公布の成年後見制度の見直しは、公布から2年6か月以内の政令で定める日に施行される。利用時には施行日と経過措置(新しい制度に切り替わるときの特別な扱い)を確認する。
ほかにも確認する手続がある場合は、生前の全体計画の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
認知症と診断された後では何もできないか
診断名だけでは決まらない。行為ごとの能力、既存の契約と権限、現在必要な支援を確認し、法定後見等も検討する。
家族信託と任意後見をどう使い分けるか
信託財産の管理・お金の受渡しと、本人を代理する法律行為を分ける。対象外の財産や契約、発効、利益相反と報告を合わせて確認する。
遺言は後から変更できるか
遺言時の能力と法定の方式等を確認して撤回・作り直しを検討できる。後の遺言と前の遺言が抵触する部分等を確認する。
遺産分割に一律の期限はあるか
分割全体に一律の期限はないが、相続税の申告・納付、登記、特別受益等の期間制限は別に確認する。放置してよいという意味ではない。
相続放棄はいつまでにするか
原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、家庭裁判所への申述(裁判所に自分の意思を申し出ること)を検討する。家族内の合意だけでは相続放棄にならない。
本記事は一般的な情報である。能力、契約、代理権と税務は、本人の状態、財産と具体的な条項等を確認して判断する。



