事業承継の相続対策は、自社株の評価を下げるだけでは終わらない。誰が経営し、株主総会で投票する議決権を持つか、ほかの家族へ何を残すか、納税や代償金に使う現金を、どう用意するかを一緒に考える。
代償金は、遺産を多く受け取る人が、ほかの相続人へ渡す調整のお金だ。生前の準備は大切だが、死亡後にも、調査・分割・会社手続・納税方法等を考える必要がある。
架空の家族で考えよう。会社を経営する昌夫は、長男の直樹へ株を集めたい。直樹は、従業員や取引先を守りたいと考えている。
娘の麻衣は、会社で働かない自分には、どの財産が残るか知りたい。二人の母は、既に亡くなっている。
金額も仮定として考えよう。兄が会社を継ぐという家族の了解だけで、株式の取得、代表者の選任、妹への配分、税の手続まで、すべて決まるわけではない。
株式と、会社・個人の財産を調べる
定款、株主名簿、登記事項証明書、直近数期の決算書・法人税申告書を集める。
普通株式・種類株式、議決権、会社自身が持つ自己株式、譲渡制限、相続人等へ売渡しを求める定款の条項等を確かめよう。古い名簿や申告書だけでは、今の株主や株数が分からない場合もある。
会社の預金・不動産は、会社の財産だ。経営者個人の遺産と分けよう。
一方、経営者個人が会社へ貸すお金・土地、個人保証等は、株式とは別に調べる。株式を移せば、それらも自動で移るわけではない。
直樹が後継者でも、代表取締役の地位を相続するわけではない。
会社の機関構成と定款に沿い、必要な選任・登記等を進める。銀行口座の権限、許認可、主な契約、個人保証の見直しも、予定に入れよう。
自社株は、取得者の立場から評価する
市場で売買する相場のない株式は、まず、取得者が同族株主等か、そのほかの一定の株主かを判定する。
親族・関係会社を含む議決権、中心的な株主、本人の比率、役員等の条件を調べる。株を細かく分ければ、全員が配当を基に評価する配当還元方式を使える、ということではない。
原則的な評価では、業種、総資産、従業員数、取引金額等から、会社の規模を確かめる。
類似業種の株価と比べる方法、資産と負債から計算する方法、その併用等を使う。土地・株式の保有割合や、開業からの年数等によって、特定の評価会社として扱う場合もある。
利益だけで、株価が決まるわけではない。帳簿の純資産を株数で割れば、そのまま税の評価になるとも限らない。
課税時期の資産・負債、各方式の条件、一時的な項目の調整等を確かめて、試算する。
資産処分、配当、退職金、持株会社等で評価を下げる案は、事業上の目的、税と会社法の手続、資金繰りへの影響も調べる。
どの方法も、必ず株価や税の総額を下げるとは限らない。
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株を集めるなら、家族の権利も考える
後継者へ株を集めれば、意思決定を安定させる方法になる。ただし、株式が遺産の大半なら、ほかの相続人が受け取る財産は少なくなる。
預金、不動産、保険等を含めて配分を考え、代償金を払えるかも確かめよう。
相続人は、直樹と麻衣の二人だけとする。死亡時の預金は500万円、直樹へ生前贈与した株式は、遺留分の計算で5,000万円とする、説明用の例だ。
この贈与は、相続開始前10年以内に、生計の資本としてされたもので、計算へ入れる対象とする。ほかの贈与・遺贈・債務等はない仮定だ。遺贈は、遺言で財産を渡すことをいう。
計算の基となる財産は、5,500万円だ。遺留分は、一定の近い家族に保障された最低限の取り分となる。
麻衣の遺留分は、5,500万円×全体の遺留分2分の1×麻衣の法定相続分2分の1=1,375万円だ。法定相続分は、法律が定める相続の割合をいう。
預金を二人が250万円ずつ受け取るなら、麻衣の不足は、1,375−250=1,125万円となる。
実際には、贈与の時期・性質、計算へ入れる範囲、株式の価額、ほかに受け取る財産や負担等を調べる。
相続税の株価を、遺留分へ自動で使うわけではない。配偶者等の相続人がいれば、割合も変わる。10年を超えた贈与は例外なく対象外、とも考えないようにしよう。
現在の遺留分侵害額請求は、原則として、お金の支払を求める制度だ。
株を返す請求を受けない形でも、直樹に1,125万円の支払資金が必要なら、会社の運営へ影響することがある。納税資金とは別に、比べよう。
子二人だけが相続人となる、本文の遺留分の単純な仮定例。
贈与株式 5,000万円
+ 預金 500万円
= 計算の基 5,500万円
× 2分の1 × 2分の1
↓
1,375万円
遺留分 1,375万円
− 麻衣の預金取得分 250万円
↓
説明上の不足額
1,125万円
直樹が株を持ち続ける案でも、支払資金は別に考える。
贈与は開始前10年以内の生計の資本で、計算へ入れる対象とし、ほかの贈与・遺贈・債務等はない。預金は各250万円ずつ取得する仮定だ。相続税の計算や、実際の請求額を一律に示すものではない。
遺言と民法特例は、使う条件と役割が違う
遺言で株式を受け取る人等を定め、方式、内容、実行する方法を確かめる。
公正証書遺言は、家庭裁判所の検認が不要だ。ただし、内容の有効性や、すべての会社手続まで、自動で保証されるわけではない。本人の意思と家族の状況を反映し、財産や役員が変われば見直そう。
遺言で後継者へ全株式を残しても、ほかの相続人の遺留分は、別に問題となる。
一般に、兄弟姉妹には遺留分はない。相続人の構成を調べ、子・配偶者等の権利を確かめよう。
経営承継円滑化法には、一定の後継者へ贈与した株式等を、遺留分の計算から外す「除外合意」や、計算へ入れる価額を固定する「固定合意」等の特例がある。
対象者全員の合意、経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可等の手続が必要だ。経営者と後継者だけで決める制度ではない。
株式の納税猶予の認定を受けても、それだけで、遺留分の合意ができるわけではない。
昌夫は、会社のためだからと麻衣へ署名を求める前に、各案で受け取る財産と、必要な現金を示すことにした。
事業承継税制は、維持条件も確かめる
法人版事業承継税制は、条件を満たす後継者の対象株式について、税の納付を猶予し、一定の事由があれば免除する制度だ。
特例措置では、議決権を行使できない株式を除く対象株式に係る相続税の、猶予割合が100%となる。遺産全体の税が、すべてゼロになる意味ではない。
特例承継計画の提出期限は、2027年9月30日。対象となる贈与・相続等は、2027年12月31日までだ。
計画の確認、承継後の認定、税の申告、担保、継続報告・届出等は、それぞれ管理しよう。
制度を使う案と、使わない案を比べる。通常の税額、必要な現金、後継者の意思、将来の株式売却・組織再編・廃業、維持条件、取消し時の負担等を並べよう。
税を猶予されても、麻衣へ代償金を払う現金が、自動で生まれるわけではない。
生前贈与でも、贈与税等を確かめる。相続時精算課税は、対象者、年ごとの基礎控除、特別控除、死亡時の加算等を含む制度だ。
すべての贈与が、非課税で終わる仕組みではない。株式を移す時期だけでなく、経営権と、会社法上の実行手続も、一緒に考えよう。
税・代償金・生活費の現金を確かめる
株式の価額、会社の利益、個人の現金は違う。
配当や、会社が自社株を買う自己株式取得等で現金を用意するなら、分配可能額、決議、みなし配当等の税、会社の運転資金を調べる。会社口座から、相続人が自由に引き出す案にはしない。
生命保険は、保険料を負担した人、被保険者、受取人によって、税の種類が変わる。
故人が保険料を負担した死亡保険金を、相続人が受け取る場合は、相続人の受取合計について、500万円×法定相続人の数の非課税限度額を確かめる。相続人以外の受取人には、この非課税枠は使えない。
この例の法定相続人が子二人なら、限度額は合計1,000万円だ。一人ずつ1,000万円ではない。
受取人が直樹なら、麻衣がそのお金を自動で受け取れるわけでもない。契約、支払までの期間、保険料の負担、家族へ残す目的を確かめよう。
納税が難しい場合は、分割払いの延納や、財産で納める物納等も考える。ただし、条件と申請期限がある。譲渡制限株式を、そのまま物納すればよいとは考えないようにしよう。
死亡後にできる対応も残る。生前に準備しなければ何もできない、と諦める必要はない。
相続対策まとめ|何から始める?財産・遺言・贈与・生活資金の準備
相続対策は、税金を小さくする作業だけではない。財産を探せること、分け方を決められ…

株式と経営の引継ぎを、一緒に進める
後継者候補、代表権を移す時期、株式の取得方法、ほかの家族への配分、税額と現金、保証・事業用資産の扱いを、一枚に並べる。
担当者と期限を決め、試算の条件・確認日も残そう。
相続後は、会社の代表者等への対応と、放棄・税の手続を並行して進める。
放棄等の判断は、原則として、自分のために相続が始まったことを知った時から3か月以内だ。準確定申告は、故人の所得税の申告で、義務があれば、相続開始があったことを知った日の翌日から原則4か月以内となる。
相続税の申告・納付は、義務があれば、通常、相続開始があったことを知った日の翌日から10か月以内だ。分割が終わらなくても、税の期限は自動で延びない。
昌夫家は、会社の継続と麻衣への配分を、どちらか一つの選択にしないことにした。株式、遺留分、税、現金の案を、それぞれ比べる。
評価を下げるだけを目標にせず、家族にも会社にも、実行できる引継ぎを考えよう。
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ほかにも確認する手続がある場合は、会社・株式・事業承継の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
事業承継税制の「特例措置」と「一般措置」の違いは何ですか
特例措置は計画提出・対象承継の期限があり、対象株数や相続税猶予割合、後継者の人数等が一般措置と異なる。特例でも会社・後継者等の条件と申告・担保・継続管理を確認する。
自社株を後継者に生前贈与した場合、贈与税はかかりますか
贈与税等の計算を確認する。事業承継税制や相続時精算課税等は、それぞれ対象者・手続・将来の相続への影響が異なり、贈与すれば一律非課税というわけではない。
遺言書で自社株を後継者一人に集中させると、他の相続人から遺留分を請求される可能性はありますか
遺留分権利者の権利が別に問題になる。財産と贈与の算入範囲、価額、受け取る内容等から計算する。請求期間は、相続開始と侵害する贈与等を知った時から原則1年、亡くなってから10年も確認する。
相続税の申告期限までに遺産分割が終わらない場合はどうなりますか
申告義務があれば未分割でも期限内の申告・納税方法を確認する。分割後の修正や更正の請求等には条件と期限があり、未分割を理由に申告を待てるわけではない。
経営者が突然亡くなった場合、会社の株式はどうなりますか
遺言等や相続関係から承継を確認する。共同相続なら準共有の権利行使者指定・通知等を整理する。代表取締役の地位を自動的に相続するものではなく、会社手続は別に進める。



