相続税の債務控除:手元に残る正味の財産を考える

相続税の債務控除|借入金・保証債務・未払税・葬式費用の範囲

相続税では、死亡時に存在した亡くなった人の債務で、確実なものを差し引ける。葬式費用は、債務とは別に範囲を判定する。

死亡後の出費なら、何でも引けるわけではない。死亡時の存在、支払義務と金額、実際に負担する人を調べ、債務と葬式費用を分けて、残高証明や請求書を申告書と照らし合わせよう。

根拠は相続税法13条・14条、国税庁No.4126だ。

父の葬儀が終わり、娘の晴香は実家の食卓に請求書を広げた。母の文子が用意したのは、父名義の預金の残高証明と、銀行から届いた借入金の明細だった。

「預金は6000万円ある。でも、ここから2000万円返すんでしょう。それでも6000万円もらったことになるの?」

借金を返す2,000万円は、自由に使えるお金ではない。そこまで含めて同じ税額を計算したら、手元に残る財産との違いが生じる。

晴香は、葬儀代、お墓代、父の入院費、自分が仕事を休んだ分も気になった。

家族が負担したお金なら、全部引いてよいのだろうか。

ここから先は、この架空の家族を例に、引けるお金と引けないお金の境目を見ていく。

預金6,000万円と、借金2,000万円で考える

借金のない家族Aと、借金のある家族Bを比べよう。どちらも預金6,000万円を引き継ぐ。

Bだけは、亡くなった人の確実な借入金2,000万円を、相続する人が返す仮定だ。

  • 家族A:預金6000万円 − 借金0円 = 差し引き6000万円。
  • 家族B:預金6000万円 − 借金2000万円 = 差し引き4000万円。

Bは、返済に使う2,000万円を自由に使えない。そこで、財産のプラスと、返すマイナスを合わせて、得た利益を捉える。

これが債務控除の基本の考え方だ。「控除」は、この計算から差し引くことをいう。

文子と晴香の家族に、ほかの財産・贈与・保険金等はなく、父の確実な借金2,000万円を家族が負担するとしよう。

6,000万円から2,000万円を引き、4,000万円になる。法定相続人が妻と子の2人なら、基礎控除は4,200万円で、この単純な例に相続税はかからない。

借金を引かず、6,000万円だけを見る時とは、結論が変わる。

国から2,000万円を返してもらう制度ではない。税の計算の土台が小さくなるだけで、銀行へ返す義務は残る。

税金がかからないことと、返済の負担が軽いことは、別だ。

人数による基礎控除の考え方は相続税の基礎控除、そこから税額を出す順序は相続税の計算方法で、同じように数字を追って説明している。

「死亡後に払った」だけでは控除の根拠にならない

晴香は、父の入院費の請求書も並べた。亡くなるまでの治療で、父が払うべき未払分なら、請求書が後から届いただけで、対象外にはならない。

いつ払ったかだけでなく、死亡時に、誰が何を払う義務を負っていたかが大切だ。

住宅ローン、事業の借入れ、カード残高、買掛金、未払医療費・家賃、預り敷金等は、控除の候補になる。

買掛金は仕入れ等の未払代金、預り敷金は借主等から預かったお金だ。候補に挙がれば、必ず控除できるわけではない。

死亡時に存在したか。亡くなった人自身の債務か。支払義務と金額が確実か。この三つを調べる。

死亡後に請求書が届いただけでは、その人の債務と決まらない。契約名義、使い道、死亡時残高、返済状況、相続人との負担の分担も確かめよう。

金額がまだ決まらなくても、債務の存在が確実なら、相続開始時の状況で、確実と認められる範囲を見積もる取扱いがある。

家族間で形式だけ作った債務、支払う予定のないもの、亡くなった人以外の債務は、控除できない。

未払税金は、誰の税かを確かめる

亡くなった人に課される所得税、住民税、固定資産税等は、死亡時に金額が未確定でも、死後に相続人等が納める一定の額を控除できる場合がある。

準確定申告で納付する所得税も、申告書と資料を照らし合わせる。準確定申告は、亡くなった人の所得税を、相続人等が申告する手続だ。

相続人自身の責任で生じた延滞税・加算税、今回の相続税、相続税申告の税理士報酬は、亡くなった人の債務ではない。

通知書の対象年度、納税義務者、納期限、既に払った額を調べよう。「税金の未払」と一まとめにしない。

葬式費用は債務とは別の枠で判定する

国税庁No.4129は、控除できる葬式費用の例として、火葬・埋葬・納骨、遺体・遺骨の回送、通常の葬式に欠かせない通夜等、読経料等を挙げている。

文子は、お墓の見積書を見つめた。「父を送るために使ったお金なのに」と思う。

気持ちの上では一続きでも、税法は、通常必要な葬送の費用と、お墓の取得や後日の法事を分ける。

死後の出費を何でも引くと、家族が選ぶ支出で課税額が際限なく変わる。そのため、葬式費用として認める範囲を、別に定めている。

香典返し、墓地・墓石の購入や賃借、初七日等の法事費用は、含まれない。

葬儀社の一括請求も、式、飲食、返礼、法事、墓地関係を、明細で分けて確かめる。領収書のない寺院等への支払は、日付、相手、目的、金額を記録しよう。

合計額だけで判断せず、控除できる項目と、できない項目を一行ずつ分ける。これが葬式費用を申告するための作業だ。

保証契約だけでは、控除は決まらない

父が友人の借金の保証人でも、友人が返せば、家族が代わりに払う必要はない。

代わりに払った場合も、原則、友人へ返還を求める権利がある。これを「求償権」という。

保証額2,000万円と書かれた契約と、家族の財産が確実に2,000万円減ることは、同じではない。そのため、通常は確実な債務として控除しない。

例外は、相続開始時に、本来返す人である主債務者が返済できず、保証人が払わなければならない場合だ。

さらに、求償しても返してもらえる見込みがないことも必要になる。両方を満たす範囲を調べる。

保証契約や、将来返せないかもしれないという不安だけでは足りない。

相続開始時の返済能力、保証人が払う必要、求償で回収できる見込みを、決算書、返済記録、倒産手続資料等で確かめる。債務超過の数字だけで、返済不能とは決めない。

連帯債務と保証債務を混同しない

亡くなった人が連帯債務者なら、本人の内部の負担部分を調べる。合意があればその内容を、なければお金を使い利益を受けた人等から検討する。

お金の支払を求める権利がある人を、債権者という。その人へ負う責任の全額と、相続税で引く内部の負担額は、同じとは限らない。

ほかの連帯債務者が返済できず、求償しても戻らない部分等は、別に確かめる。

物上保証は、他人の借金のために、自分の財産を担保にすることだ。担保が実行される可能性と、求償権を確かめる。

登記に抵当権があるだけで、土地評価額の全部を債務控除することはできない。

お墓等の未払代金は、原則引けない

生前に墓地・墓石・仏壇等の非課税財産を買い、代金が未払のまま亡くなった場合、その代金は原則、控除できない。

財産の側で非課税にし、借金の側でも引くと、課税価格が二重に減るためだ。

事業用借入金、賃貸物件の敷金、保険契約者貸付等は、対応する財産や権利の評価と一緒に調べる。

契約者貸付は、生命保険の契約を基に借りるお金だ。財産か債務の片方だけを計上しないよう、申告前に一覧で照らし合わせよう。

誰の財産から引くかも確認

債務や葬式費用は、控除できる人が実際に負担する分を、その人の取得財産から引く。

対象は一定の相続人や包括受遺者等だ。包括受遺者は、遺言で全部、または全体の何分のいくつという割合で財産を受け取る人をいう。

住所・国籍等によって範囲が限られる場合もある。家族の債務合計を、好きな一人へ寄せる計算にはしない。

相続放棄をした人は、原則、相続人としての債務控除を使わない。

ただし、相続税基本通達13-1には、遺贈で財産を受け取り、実際に葬式費用を負担した場合の取扱いがある。

すべての費用が一切控除できないとは決めず、財産を受け取る理由と、実際の負担を確かめる。

税の控除と、相続放棄の判断を分ける

債務控除は、相続税の課税価格を減らす制度だ。借金を返す義務は消えない。

借金が財産より多い可能性があれば、自分のために相続が始まったと知った時から原則3か月以内に、放棄・限定承認・単純承認を比較する。期間を延ばす申立てが必要かも確かめよう。

相続税がゼロでも民事上の返済負担が残る場合があり、反対に控除対象外の保証債務でも民事上引き継ぐ可能性がある。借金の調査と期限については相続放棄と借金も確認してほしい。税額の計算と、そもそも相続するかどうかの判断は、同じ机の上で同時に進める必要がある。

申告前にそろえる資料

申告書を作る前に、死亡時の債務と実際の負担を確かめる資料を集めよう。

  • 金融機関の死亡日現在残高証明・返済予定表
  • 契約書、請求書、領収書、口座明細
  • 固定資産税・住民税等の納税通知書
  • 準確定申告書と納付・還付計算
  • 葬儀社明細、火葬・搬送・寺院等の支払記録
  • 保証契約、主債務者の決算・返済・倒産手続資料
  • 共同債務者間の合意とお金の使い道を示す書類

申告書第13表では、負担者、債権者、債務の種類、金額を整理する。所得税の準確定申告の必要経費と相続税の債務控除は別の税目の計算であり、それぞれの条件を満たせば双方に反映できる場合がある。一律に重複として排除せず、同じ相続税の計算で二重に控除していないか、亡くなった時の未払額と資料を照らし合わせる。本人申告の全体工程は相続税申告を自分で行う手順も参照したい。

保険での返済を、二重に引かない

文子は、自宅の住宅ローンも気になった。団体信用生命保険は、借りた人の死亡等で、保険金を返済に充てるものだ。

残高1,000万円を保険で全額返す契約なら、家族は、その1,000万円を自分の財産から返さずに済む。

さらに借金として引けば、実際にはない負担まで差し引くことになる。

死亡で団体信用生命保険から返済され、相続人が払う必要のない住宅ローンは、その分を債務控除しない。

死亡時の残高だけで決めず、保険で返済される額と、金融機関の確定残高を調べる。保険手続が途中でも、二重に引かない。

保険で返済される分を、もう一度引かない

本文の住宅ローンを説明用に取り出す。死亡時の残高1,000万円が、団体信用生命保険で全額返済され、家族が払う必要のない契約という仮定だ。

残高証明の数字だけでは決めない

住宅ローンの残高
1,000万円
↓
保険による返済
1,000万円

保険の対象、弁済される額、手続の結果を金融機関へ確かめる。

このローンで控除する額

家族の返済負担
0円
↓
この分の債務控除
0円

残高1,000万円を、さらに遺産から差し引く計算にはしない。

先の預金6,000万円・借金2,000万円の比較とは別の例だ。全額が保険で返済されるという条件を外し、全部の借入金へ同じ結論を当てはめない。

生命保険の契約者貸付は、死亡保険金等から差し引かれる場合がある。

亡くなった人が保険契約者で、貸付金等を保険金から引いた場合は、その分を除いた保険金を取得したものとし、引いた分の保険金と債務は、なかったものとして扱う。

保険金を減らしたうえで、同じ貸付金をもう一度債務控除しない。契約者が別の人なら扱いも違うので、支払計算書と契約を確かめる。

申告後に債務が見つかったら

申告後に、死亡時の確実な債務が見つかり、税額等が減るなら、更正の請求の可否と期限を調べる。多く申告した税額等を直すよう、税務署へ求める手続だ。

反対に、引いた債務が存在しない、求償で返してもらえる等と分かり、税額が増えるなら修正申告を検討する。

後から払ったというだけで、処理を決めない。

死亡時に存在したか、確実だったか、申告時に分からなかった理由も、資料に残そう。

出ていくお金を、三つに分ける

晴香は、「父の確実な支払義務」「葬式費用」「それ以外」の三欄を作った。

借入金、入院費、葬儀社の明細を、それぞれへ分けていく。

お墓代も、母にとって大切な支出だ。ただ、相続税では差し引けない。

住宅ローンは、残高に加え、保険による返済も銀行へ調べる。葬儀は、請求合計だけで決めず、内訳を取り寄せることにした。

誰が実際に返すか、預金をどう分けるかも、これから話す必要がある。

それでも、「出費だから全部引けるはず」から、「誰の義務で、いつ存在し、誰が負担するか」へ、話を進められる。

迷う書類は、捨てずに残そう。契約名義、死亡時残高、請求の対象期間、実際の負担者をそろえると、税理士等への質問も具体的になる。

ほかにも確認する手続がある場合は、相続税の申告・納付・調査の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。

よくある質問

保証契約書があれば控除できるか

通常は控除しない。相続開始時の弁済不能、保証人の履行の必要と求償の回収見込みを確認する。

葬儀の支出はすべて控除できるか

通常必要な葬式費用と、香典返し・墓地墓石・法要などの対象外を内訳で分ける。

準確定申告の経費と債務控除は併用できないか

別税目なので一律に排除しない。各制度の条件と亡くなった時の未払額を確認する。

相続放棄をすると葬式費用も必ず控除不能か

遺贈で財産を取得して現実に負担した場合の通達上の扱いがある。取得原因と実負担を確認する。

この記事は一般的な情報を説明するものだ。個別の判断は、相続関係、財産、契約、取引記録などの資料を示して弁護士・税理士へ確認したい。

この記事の読み方

相続の制度は、家族の状況と財産の中身で結論が変わります。

法律・税金・手続きを合わせて読む

税金の計算と、家族の合意・登記・支払資金をあわせて考えるための一般的な解説です。

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