家を売らずに相続する:相続税・代償金・生活費を分ける

家を売らずに相続するには?相続税・代償金・生活費を分けて考える

父の四十九日を終え、千春は玄関の柱に残った身長の印を見ていた。「ここに住み続けたい」。弟の拓也も、家を壊したいわけではない。けれど、自分の住宅ローンと子どもの進学費用がある。「姉ちゃんが家を取るなら、僕の分はどうなる?」。そこから、話が進まなくなった。

母はすでに亡くなり、相続人は父と同居していた千春と、別居する拓也の二人。これは架空の家族だ。千春は、相続税を安くできれば家を残せると思っていた。ところが、税金を試算した後も、弟へ渡すお金が足りない。

家を売らずに相続できるかは、「相続税」「ほかの相続人へ渡すお金」「住み続けるためのお金」を分けて考えると見えてくる。税金がゼロでも、残る二つが解決するとは限らない。反対に、遺産に現金が少ないだけで、すぐに家を売るしかないと決まるわけでもない。

最初に作るのは、家の値段だけでなく三つのお金の表

家は、一部分をちぎって渡せる預金とは違う。庭先を指して「弟の分はこの辺り」と決めても、その土地を別々に使えるとは限らない。一人が家を引き継ぐなら、ほかの人の取り分を何で確保するかが問題になる。

分けて確かめるお金 誰に・何のために払うか 主に考えること
相続税 国へ納める税金 財産評価、基礎控除、特例、申告と納税の期限
代償金など 家を取らない相続人の取り分 家の評価、ほかの遺産、合意した分け方、支払える額と時期
暮らしと家の維持費 自分の生活、修繕、固定資産税など 相続後の収入、手元資金、屋根や設備の修繕予定

千春が最初に書いた表には「相続税」しかなかった。拓也の問いを聞いて、二行目を書き足した。さらに屋根の見積書を見つけ、三行目も必要だと気づいた。三つを一つの「相続の費用」にまとめてしまうと、どこに不足があるのか分からなくなる。

小規模宅地等の特例は、家を残すためにどう役立つのか

現金5,000万円を受け取った人は、その一部を納税に使える。一方、同じ評価額の住まいを受け取っても、台所や寝室の一部を切り取って税金として渡すことはできない。多額の税金を用意するために土地を売ることになれば、残された人の住む場所まで失われかねない。

小規模宅地等の特例は、一定の住まいや事業の土地について、その生活や事業の基盤を守るため、相続税を計算するときの評価額を下げる仕組みだ。自宅の土地について使う「特定居住用宅地等」では、条件を満たすと330㎡まで80%減額される。建物の評価額まで80%下がる制度ではない。

千春の家族について、次のように仮定してみよう。数字は制度の仕組みを示すための例であり、実際の土地評価や適用の判断は個別に行う。

財産 特例を使う前の相続税評価額 特例を使った後
自宅の土地200㎡ 4,000万円 800万円
建物 500万円 500万円
預金 1,000万円 1,000万円
合計 5,500万円 2,300万円

父が住んでいた土地の全体が対象となり、同居していた千春が取得し、申告期限まで住み続け、保有し続けるなどの条件を満たして、適切に申告する前提だ。ほかに加算する贈与、債務(借金など、支払い等をしなければならない義務)、ほかの特例などはないものとする。

相続人が子二人なら、基礎控除は3,000万円+600万円×2人=4,200万円。この例では、特例適用後の2,300万円が基礎控除以下になるため、相続税はかからない。ただし、特例を使って初めて税額がゼロになるので、相続税の申告が必要だ。「税金がないから何も出さなくてよい」と考えると、肝心の特例が使えなくなることがある。

同居の事実、土地の使い方、誰が受け取るか、分割や保有の状況で結論は変わる。住民票を移すだけで条件がそろうわけでもない。具体的な条件は小規模宅地等の特例の条件と申告方法で整理している。基礎控除だけで申告不要になる場合との違いは、基礎控除の計算も確認してほしい。

「税金ゼロになった」それでも、弟へ渡す2,000万円は残った

試算を見た千春は、ほっとして拓也に伝えた。「税金はかからないかもしれない」。拓也はうなずいた後、言いにくそうに聞いた。「それはよかった。でも、僕の取り分とは別だよね」。

ここで、二種類の値段を分ける必要がある。先ほどの800万円は、特例を使った後の相続税を計算するための土地の評価額だ。家族の間で家をいくらと評価して分けるか、実際に売れる値段がいくらかとは別の話になる。

今度は、家族が話し合いに使う土地・建物の評価額を合わせて5,000万円、預金を1,000万円と合意したと仮定する。合計6,000万円を、二人が3,000万円ずつになるように分ける案だ。これは一つの合意案であって、必ずこの評価額や分け方にしなければならないという意味ではない。

分け方 千春 拓也
まず取得する財産 家5,000万円 預金1,000万円
差をそろえる支払い 拓也へ2,000万円を払う 千春から2,000万円を受け取る
支払いを反映した取り分 3,000万円 3,000万円

このように、家を受け取る人がほかの相続人へお金を払って調整するのが代償分割(一人が家などを受け取り、ほかの相続人へ調整のお金を払う分け方)だ。家そのものを売らずに分けられる一方、払う人には資金が必要になる。仕組みは代償分割と代償金(遺産を多く受け取る人から、ほかの相続人へ渡す調整のお金)の決め方で詳しく説明している。

千春の自分名義の預金は500万円。全部を使っても1,500万円足りず、全部使えば今度は自分の生活費が残らない。相続税の特例で解けたのは、最初の表の一行目だけだった。

家を残す案は、誰か一人の我慢ではなく、払える形まで考える

千春には、父の通院を支えながら暮らした時間がある。拓也には、すでに契約した住宅ローンがある。「家を残す」という希望が大切でも、それだけで弟が支払いを何年も待てるとは限らない。二人は、何を守りたいのかと、いくらなら動かせるのかを別々に紙へ書いた。

  1. ほかの遺産を使えるか。預金、有価証券、ほかの不動産を含めて配分を組み直す。ただし、すでに使う予定のあるお金や売却費用・税金を無視しない。
  2. 支払時期を話し合えるか。一部を先に払い、残りを分割する案もあるが、受け取る人の同意が必要だ。各回の金額と期日、払えなくなった場合の扱い、担保などを具体化する。「そのうち払う」では、相続後も不安が残る。
  3. 借りても暮らしを維持できるか。融資が受けられるかは金融機関の審査次第で、相続した家があれば必ず借りられるわけではない。返済額だけでなく、生活費、修繕費、固定資産税を払った後の余裕を見る。
  4. 土地の一部を分ける案は現実的か。庭などを分筆して売る案には、道路への接し方、残す家の利用、境界、測量費用などの確認が必要だ。単に面積を半分にすれば使いやすさも価値も半分になるとは限らない。分筆と測量の費用・注意点も関係する。

土地の売却を考えるなら、小規模宅地等の特例に必要な保有・居住期間との関係も先に確かめたい。分割案を作ってから「その売り方では特例の前提が崩れる」と気づくと、税金の計算からやり直すことになる。

生命保険金がある場合も、受取人が誰かを確認する。指定された受取人の固有の財産となるのが原則で、遺産の預金と同じように全員で分ける現金とは限らない。税金の非課税枠があっても、そのお金が自動的に代償金へ回るわけではない。保険金の非課税枠と受取人の違いを踏まえて話す必要がある。

延納は税金を分けて払う制度。弟への支払いは延ばせない

拓也が「税金を分割で払う制度があるらしい」と調べてきた。それが延納だ。相続財産に土地などが多く、税金を一度に現金で用意するのが難しい場合のために、一定の条件の下で、年賦で納めることを認める仕組みである。

相続税額が10万円を超え、金銭で一時に納めることが困難であることなどが必要で、対象もその困難な金額の範囲内だ。期限までの申請や原則として担保が必要になり、延納中には利子税もかかる。担保が不要となるのは、延納税額が100万円以下で、かつ延納期間が3年以下の場合などで、利用できるかは個別に確認する。詳細は延納の条件・担保・申請期限にまとめている。

延納で分けて払えるのは国へ納める相続税であり、弟へ渡す代償金ではない。千春の例のように相続税がゼロなら、延納を使って弟への2,000万円を待ってもらうことはできない。それは拓也との合意として、別に考える話だ。

延納でも金銭納付が難しいとき、一定の相続財産で納める物納を検討する場面はある。しかし、どんな財産でも受け付けてもらえるわけではなく、申請と審査がある。残したい家そのものを国へ納めれば、その家を手元に残すことにはならない。物納が認められる条件を、延納との順序も含めて確認したい。

配偶者がいる家族は、今回と次の相続を一緒に見る

千春の母はすでに亡くなっていたが、夫婦の一方が存命なら、配偶者の税額軽減も重要になる。夫婦が一緒に築いた財産や、残された配偶者の生活への配慮などから設けられた制度だ。

ただし、配偶者の税金が少ないことと、その家族全体で最も暮らしやすい分け方になることは同じではない。配偶者自身の財産、これからの生活費、その配偶者が亡くなったときの相続まで見る。制度は配偶者の税額軽減、数字を使った比較は一次相続と二次相続を合わせた試算で説明している。

最後に確認するのは「相続した日」ではなく、その後も住めるか

千春は、家を取る案の横に、自分の毎月の収支を書いた。修繕用のお金を残すと、代償金へ回せる額は最初の想定より少なくなった。拓也も、自分に必要なのはいつまでにいくらかを伝えた。まだ、家を残せるという結論は出ていない。ただ、「姉は家を独り占めしたい」「弟は売りたいだけ」という言い合いからは離れられた。

  • 相続税のための評価と、遺産分割で使う家の評価を分けたか。
  • 特例を使う人と、その人に必要な条件・申告を確認したか。
  • ほかの相続人へ払う金額だけでなく、支払時期と資金の裏付けがあるか。
  • 納税や代償金の後に、生活費と家の維持費が残るか。
  • 土地を売る・担保に入れるなどの案が、特例やほかの権利にどう影響するか確認したか。

家を残すというのは、名義を変えた日に鍵を持っていることだけではない。その後の暮らしを続けられることまで含む。制度を使う順番も、家族が合意する分け方も、この三つのお金を並べてから考えたい。

関連する手続を、次の段階まで確認する

所有権をすべて取得する以外に、配偶者が住み続ける権利を設定する案も比較できる。 配偶者居住権の条件と生活資金で詳しく確認できる。

ほかにも確認する手続がある場合は、不動産の登記・分割・処分の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。

よくある質問

相続税がゼロなら家を売らずに済むか

必ずしもそうではない。家を取らない相続人への代償金と、相続後の生活費・維持費も別に確かめる必要がある。

小規模宅地等の特例で税金がゼロになる場合も申告するか

特例を使って初めて税額がゼロになる場合は、相続税の申告が必要だ。取得者や土地の利用、居住・保有などの条件も確認する。

特例で下がった土地評価額をそのまま遺産分割に使うのか

自動的には使わない。相続税の計算上の評価と、家族が遺産分割で合意する評価、実際の売却価格は分けて考える。

代償金は相続税の延納で分割払いにできるか

できない。延納は国に納める相続税の制度だ。代償金の分割払いには、受け取る相続人との合意などを別に整える。

家の一部の土地を売れば解決するか

道路への接し方、残す家の利用、境界や費用を確認する必要がある。売却時期によっては税の特例の居住・保有条件にも影響する。

物納なら家を手元に残せるか

その家自体を物納すれば、家は手元に残らない。延納によっても金銭納付が難しいことなどの条件があり、申請と審査も必要だ。

制度・手続の確認先

この記事の読み方

相続の制度は、家族の状況と財産の中身で結論が変わります。

法律と税務を分けずに確認

相続税申告、相続登記、不動産処分、遺産分割が同時に動く場面を前提に、弁護士・税理士の両面から整理しています。

個別事情で変わる点を重視

期限、特例、評価、分割方法はケースによって変わります。本文では一般的な考え方を示し、個別判断が必要な箇所は留保しています。

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