調停の日に合わせて仕事を休み、資料をそろえて家庭裁判所へ行った。それなのに、相手の兄は来ない。電話も手紙も無視され、裁判所からの呼出しにも応じないとなれば、「協力しない人が得をするのか」と感じるのも無理はない。
ただ、欠席した相手の希望が通るわけでも、こちらの案が自動的に採用されるわけでもない。遺産分割調停で合意の見込みがなくなれば、不成立となり、原則として審判へ移る。そこで問われるのは、欠席への怒りの大きさではなく、どの財産を、どの根拠で、どう分けるのかだ。
以下では、呼出しを無視された後の流れと、手続を前に進めるための準備を整理する。まだ調停を申し立てていない場合や、相手の住所自体が分からない場合は、出発点が異なる。
まず、私的な連絡と裁判所の呼出しを分ける
「返事がない」という言葉には、三つの状態が混ざりやすい。家族からの手紙に返事をしない人、裁判所の呼出しに応じない人、郵便が届かず所在も分からない人だ。
- 家族からの連絡を無視している:相続関係・遺産・提案を整理し、協議できなければ調停を検討する。
- 調停の呼出しに応じない:裁判所に連絡状況を伝え、期日の進め方と必要資料を確認する。
- 住所や所在が分からない:戸籍の附票などによる調査を進め、必要なら不在者財産管理人等を検討する。
どの場合も、沈黙を「相続しないという同意」に読み替えることはできない。必要な共同相続人を外して協議書を作ったり、代わりに押印したりすれば、解決したつもりの手続を後でやり直すことになる。
調停を欠席されると、何が起こるのか
1.一度の欠席だけで決着はつかない
欠席の事情、呼出しが届いているか、今後参加する意思があるかによって、裁判所の対応は変わる。病気や日程の問題がある場合と、話合いそのものを拒絶している場合は同じではない。「何回欠席したら必ず不成立」という回数だけの基準で考えない方がよい。
申立人としては、相手へ連絡した日、返答の内容、返戻された郵便などを時系列でまとめる。裁判所から求められた資料は予定どおり提出する。相手が来ないからといって、自分まで期日を無断で欠席してよいわけではない。
2.合意の見込みがなければ不成立になる
調停は話合いによる解決を目指す手続だ。相手が参加せず、合意を作れる見込みがなければ、調停委員会は不成立として事件を終えることができる。出席していても、分割案が折り合わなければ同じことは起こる。
遺産分割調停が不成立となった場合は、原則として新たな申立てをしなくても審判手続が始まる。これは「家族の話合いができないので、解決を諦める」という意味ではない。合意を目指す段階から、裁判所の判断を求める段階へ進むということだ。
不成立と、自分で申立てを取り下げることは別なので注意したい。取下げをすれば同じように自動で審判へ進む、と考えてはいけない。相続開始から10年を超える場合の取下げの制限や、特別受益・寄与分の扱いにも関係するため、取下げ前に確認が必要だ。
3.審判は全員の賛成がなくても行われる
審判では、裁判官が財産の種類や性質、各人の事情、提出された資料などを踏まえて分割方法を判断する。全員の合意は成立要件ではない。したがって、一人が反対や欠席を続けるだけで、永久に分割を阻止できる仕組みではない。
一方で、「相手が反論しないから、こちらの言い分を全部認めてもらえる」という手続でもない。自宅を取得したいなら、その理由や評価額、他の相続人へ払う代償金の原資などを説明する。親の介護をしたという主張なら、具体的な内容や期間、それを裏付ける記録を整理する。
調停で出した資料も重要になる。審判へ移った後に一から話せばよいと考えず、調停中から根拠をそろえておく方がよい。
欠席に罰則はある?「5万円以下の過料」の意味
家事事件手続法は、呼出しを受けた事件の関係人が正当な理由なく出頭しない場合について、5万円以下の過料を定めている。調停にも準用される規定だ。
ただし、これは相続権を失わせたり、相手の相続分をこちらへ移したりする制度ではない。過料と刑事罰である罰金も別のものだ。欠席したら必ずその場で5万円を払わせられる、という説明は正確ではない。
目的が遺産分割なら、相手への制裁だけに力を使うより、合意の見込みがあるのか、審判に向けて何が不足しているのかを裁判所と確認する方が、解決に直結する。
審判に備えて、主張と資料を対応させる
分厚い資料を出すだけでは、何を判断してほしいのか伝わりにくい。次のように、主張ごとに根拠を対応させると整理しやすい。
- 誰が当事者か:戸籍、相続関係図、遺言、相続分譲渡等の資料。
- 何が遺産か:登記事項証明書、残高証明書、取引履歴、証券会社の資料。
- いくらと評価するか:査定や評価資料、評価時点、その額を使う理由。
- 誰が何を取得するか:具体的な分割案、居住・利用状況、売却や代償金支払いの実現可能性。
- 特別受益・寄与分を主張するか:送金記録、契約書、介護の記録等と、その法的な位置付け。
例えば「実家は自分がもらい、兄には後で払う」という案でも、支払額も期限も原資も不明なら、判断できる材料が足りない。住み続けたいという希望と、他の相続人の取得分をどう確保するかを一緒に示すことが必要になる。
遺言の有効性や、不動産が本当に被相続人のものだったかなど、分割の前提に争いがある場合は、別途訴訟での解決が必要になることもある。相手の欠席だけが遅れの原因とは限らない。
呼出状が届かない場合は、所在調査へ戻る
住所は分かるのに返事がない場合と、住所地からいなくなり、容易に戻る見込みもない場合は区別する。後者では、不在者財産管理人を選任し、その人が本人に代わって手続に関わる方法を検討する。
管理人が遺産分割協議や調停を成立させるには、家庭裁判所の権限外行為許可が必要になる。不在者の利益を守る制度なので、「来ない人の分をゼロにするための代理人」ではない。
返戻封筒の理由も確認したい。「あて所に尋ねあたりません」と「留置期間経過」では、分かることが違う。後者だけで居住していないと決めつけることはできない。所在調査の経緯を保存し、裁判所へ説明できる形にする。
これから調停を申し立てる場合の入口
共同相続人の一人または数人が、他の相続人全員を相手方として申し立てる。包括受遺者や相続分譲受人がいる場合も、当事者の範囲を確認する。申立先は、原則として相手方の一人の住所地の家庭裁判所、または当事者が合意で定める家庭裁判所だ。
裁判所の案内では、申立費用は被相続人一人につき収入印紙1,200円と連絡用の郵便料。戸籍・登記資料の取得費、鑑定等の費用や弁護士費用は別に考える必要がある。郵便料と提出書類は申立先の最新案内を確認する。
申立て前の手紙には、誰の相続か、分かっている財産、資料共有の方法、回答先を示す。回答期限を書いても、期限までに返事がなければ同意したことになるわけではない。内容証明も、合意を作る道具ではなく、差し出した文面等を記録する手段だ。
調停をしていても、税・登記・不服申立ての期限は進む
相続税の申告が必要なら、未分割でも原則として相続開始を知った日の翌日から10か月以内に申告・納付する。未分割として計算し、分割後の修正申告や更正の請求、特例のための分割見込書などを税理士と確認する。
不動産を相続したことを知った日からの相続登記の申請義務にも注意が必要だ。調停中だから当然に期限が止まるわけではない。期限内の登記が難しい場合は、相続人申告登記等の対応を確認する。相続放棄や遺留分の期限も、調停の予定とは別に管理する。
遺産分割審判に不服がある場合、即時抗告の期間は原則として告知を受けてから2週間だ。届いた審判書をそのままにせず、受取日を控えて早めに相談する。即時抗告は、審判をした家庭裁判所に抗告状を提出する。
「来てくれない」から、次に判断してもらうことへ
相手の返事を待ち続ける時間は、気持ちの負担も大きい。ただ、手続の進め方まで相手任せにする必要はない。呼出しの状況、遺産目録、希望する分割案、不足する証拠を整理すれば、次に確認すべきことが見えてくる。
相談するときは、裁判所から届いた書類と事件番号、次回期日、これまで提出した資料、相手との連絡記録を持参すると話が進みやすい。欠席が続く場合だけでなく、実家の取得や使い込みなど複数の争点が重なっている場合も、審判まで見据えて準備したい。
状況に応じて確認したい記事
公的資料・根拠
よくある質問
調停を一度欠席したら相続権を失いますか
一度の欠席で相続権が消えるわけではない。欠席の事情や参加の見込みを確認し、合意の見込みがなければ不成立から審判へ進む。
相手が来なければ自分の分割案が認められますか
自動的には認められない。財産の範囲・評価、取得希望、代償金の原資など、希望する分割の根拠を示す必要がある。
調停不成立の後に再申立ては必要ですか
遺産分割調停の不成立では、原則として新たに申し立てなくても審判が始まる。自分で申立てを取り下げる場合とは異なる。
呼出しの無視に過料はありますか
正当な理由のない不出頭について5万円以下の過料の規定がある。ただし、相続分の喪失や申立人への自動的な勝訴を意味しない。
審判に不服がある場合の期限はいつですか
原則として告知を受けてから2週間以内に即時抗告する。届いた書類と受取日を確認して早めに相談する。
本記事は一般的な情報提供です。個別の対応は、相続開始日、財産・家族関係の資料を示して弁護士・税理士等へ確認してください。



