自筆証書遺言書保管制度は、自分で作成した自筆証書遺言の原本と画像データを法務局(遺言書保管所)で保管する制度です。利用には遺言者本人の来庁が必要で、保管申請の手数料は遺言書1通につき3,900円です。
保管された遺言書について交付される「遺言書情報証明書」は、家庭裁判所の検認が不要です。ただし、法務局が行うのは主に方式についての外形的な確認であり、内容の適法性、遺言能力、遺言の有効性まで保証する制度ではありません。
結論:保管制度の強みは「安全な保管・検認不要・通知」にある
自宅で保管する自筆証書遺言には、紛失、発見されないこと、破棄・隠匿・改ざんをめぐる紛争といったリスクがあります。法務局の保管制度を利用すると、遺言書の原本と画像データが管理され、相続開始後は相続人などが閲覧や証明書の交付を請求できます。
さらに、法務局で保管されている自筆証書遺言に関する遺言書情報証明書は、民法1004条の検認を要しません(法務局における遺言書の保管等に関する法律11条)。検認は遺言書の状態を確認して偽造・変造を防ぐ手続であり、遺言の有効・無効を判断する手続ではありません。
したがって、「法務局に預ければ必ず有効」「相続争いが起きない」「手続がすべて自動で終わる」という制度ではありません。メリットと限界を分けて理解することが重要です。
自筆証書遺言書保管制度とは
この制度は2020年7月10日に始まりました。対象は、民法968条に定める自筆証書遺言に係る遺言書です。遺言者本人が申請し、法務局の遺言書保管官が本人確認と方式についての外形的な確認をした上で保管します。
法務省によると、原本は遺言者の死亡後50年間、画像データは同150年間保管されます。相続人などによる破棄・隠匿・改ざんを防ぎやすくなる一方、遺言書の内容に関する相談や法的な有効性の審査は行われません。
法務省「遺言書保管制度とは?」は、外形的なチェック、保管期間、検認不要という効果とともに、有効性を保証しないことを明記しています。
3つの遺言方式を比較する
| 比較点 | 自宅保管の自筆証書遺言 | 法務局保管の自筆証書遺言 | 公正証書遺言 |
|---|---|---|---|
| 作成 | 遺言者が自分で作成 | 遺言者が自分で作成 | 公証人が関与し、証人2人以上の立会いが必要 |
| 原本の保管 | 遺言者側 | 法務局 | 公証役場 |
| 家庭裁判所の検認 | 原則として必要 | 不要 | 不要 |
| 作成内容の確認 | 公的機関の審査なし | 法務局は主に方式を外形的に確認 | 公証人が遺言内容の作成に関与 |
| 主な費用 | 自分で作れば公的手数料なし | 保管申請1通3,900円 | 財産額や内容に応じた公証人手数料等 |
どの方式が適切かは、財産の内容、推定相続人の関係、遺言者の健康状態、遺言内容の複雑さによって変わります。保管制度は低額で利用しやすい一方、法務局が内容を設計してくれる制度ではありません。
保管できる遺言書の要件
民法968条の自筆証書遺言であること
遺言者は、遺言書の全文、作成日付と氏名を自書し、押印する必要があります。財産目録はパソコンで作成したものや登記事項証明書・通帳のコピーなどを添付できますが、自書によらない財産目録の各ページには遺言者の署名・押印が必要です。訂正方法にも民法所定の要件があります。
法務局の保管用様式にも合っていること
- A4サイズで、文字の判読を妨げる模様や彩色のない用紙を使う
- 上5ミリ、下10ミリ、左20ミリ、右5ミリ以上の余白を確保する
- 片面のみに記載する
- 複数ページでは、総ページ数が分かるページ番号を付ける
- ホチキスなどでとじず、封筒にも入れない
「令和○年○月吉日」のように日を特定できない記載は避け、具体的な年月日を書きます。民法上の方式を満たしていても、保管制度独自の用紙・余白等の様式に合わなければ、そのままでは預けられません。
法務省「遺言書の様式等」に、民法上の要件と保管制度独自の様式、用紙例が掲載されています。
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申請できる法務局と必要書類
保管の申請先は、次のいずれかを管轄する遺言書保管所です。
- 遺言者の住所地
- 遺言者の本籍地
- 遺言者が所有する不動産の所在地
2通目以降の遺言書を追加で保管するときは、最初の遺言書を保管した同じ遺言書保管所に申請します。原本の閲覧や保管申請の撤回も、原本を保管する遺言書保管所で行います。
法務省の現行ガイドブックが案内する主な持参物は、次のとおりです。
- 所定の様式で作成した遺言書
- あらかじめ記入した保管申請書
- 本籍と戸籍の筆頭者の記載があり、マイナンバー・住民票コードの記載がない住民票の写し等の原本
- マイナンバーカード、運転免許証、旅券など、顔写真付きの官公署発行の本人確認書類
- 手数料3,900円分の収入印紙
外国語で記載した遺言書では、日本語の翻訳文も必要です。書類の発行時期や個別の追加資料を含め、申請前に最新のガイドブックと申請先法務局の案内を確認してください。
法務省「管轄/遺言書保管所一覧」と遺言書保管申請ガイドブック(令和7年5月版)で、申請先と持参物を確認できます。
申請は本人の来庁が必要で、予約して進める
- 自筆証書遺言を作成する
- 保管申請書と添付書類を準備する
- 申請先の遺言書保管所を選ぶ
- 法務局手続案内予約サービス、電話または窓口で予約する
- 予約日時に遺言者本人が来庁して申請する
- 手続後に保管証を受け取り、大切に保管する
代理人による保管申請や、郵送による保管申請はできません。遺言者本人が病気などで出頭できない場合、この保管制度は利用できないため、公正証書遺言など別の方法を検討することになります。
手続時間を一律に「1日」「○分」とは断定できません。予約状況、遺言書の枚数、申請書の不備などで変わるため、時間に余裕をもって手続してください。
法務省「遺言者の手続」と法務省「予約」で、本人出頭と予約方法を確認できます。
法務局の確認は「有効性の保証」ではない
遺言書保管官は、保管申請時に民法上の方式に適合するかを外形的に確認します。しかし、法務局は遺言内容に関する相談には応じず、保管された遺言書の有効性も保証しません。
例えば、次のような問題は保管後も争点になり得ます。
- 遺言作成時に意思能力があったか
- 本人の真意で作成されたか、強迫などがなかったか
- 財産や受取人の特定が十分か
- 遺言の内容が法令に反していないか
- 後に作成された遺言との抵触や撤回がないか
- 遺留分を侵害する内容になっていないか
特に、不動産、非上場株式、家族経営の会社、遺留分を侵害し得る分け方、相続人ではない人への遺贈、遺言執行者の指定などを含む場合は、保管申請の前に法律・税務の両面を確認する価値があります。
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なぜ家庭裁判所の検認が不要になるのか
自宅などで発見された自筆証書遺言は、原則として、遺言者の死亡を知った後に遅滞なく家庭裁判所へ提出し、検認を請求します。検認は、相続人に遺言の存在・内容を知らせ、遺言書の形状、加除訂正、日付、署名などの状態を明確にして、後日の偽造・変造を防止する手続です。
法務局で保管された自筆証書遺言は、原本と画像データが公的に管理されるため、遺言書情報証明書について検認が不要とされています。これは遺言書保管法11条による民法1004条の適用除外です。
検認を受けた遺言書も、検認不要の保管遺言書も、それだけで法的な有効性が確定するわけではありません。裁判所も、検認は遺言の有効・無効を判断する手続ではないと案内しています。LegalScapeで確認した相続訴訟実務書も、検認と遺言の効力判断を区別しています。
裁判所「遺言書の検認」とe-Gov法令検索「法務局における遺言書の保管等に関する法律」で、検認の性質と適用除外を確認できます。
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相続開始後にできる確認と取得
| 手続 | 分かること・特徴 | 主な手数料 |
|---|---|---|
| 遺言書保管事実証明書 | 自分を相続人・受遺者等とする遺言書が保管されているかを確認 | 1通800円 |
| 遺言書情報証明書 | 保管されている遺言書の画像情報等を証明書として取得 | 1通1,400円 |
| モニターによる閲覧 | 画像データを閲覧。全国の遺言書保管所で請求可能 | 1回1,400円 |
| 原本の閲覧 | 保管された原本を閲覧。原本の保管所で請求 | 1回1,700円 |
請求できる人、必要な戸籍等、郵送請求の可否は手続ごとに異なります。保管証や通知を受け取っただけで、当然に遺言書の内容まで分かるわけではありません。遺言書情報証明書の交付請求など、所定の手続が必要です。
2種類の通知は、届く条件が違う
遺言者が指定した方への通知(指定者通知)
遺言者が希望して申出をしておくと、遺言書保管官が戸籍担当部局との連携などにより死亡の事実を確認した場合に、あらかじめ指定した方へ遺言書が保管されている旨が通知されます。指定できるのは3名までで、推定相続人以外も指定できます。
ただし、指定者通知を受けた人が関係相続人等に当たらなければ、その人自身は遺言書情報証明書の取得や閲覧をできません。通知先は、確実に遺言の存在を伝えたい人と、相続開始後に動ける人を考えて選びます。
関係遺言書保管通知
遺言者の死亡後、関係相続人等のうち誰かが遺言書の閲覧または遺言書情報証明書の交付を受けると、その他の関係相続人等に、遺言書が保管されている旨が通知されます。死亡しただけで必ず直ちに全員へ通知される仕組みではなく、原則として誰かが閲覧等をしたことがきっかけになります。
通知には遺言書の全文は記載されません。内容を知るには、閲覧や遺言書情報証明書の交付請求が必要です。
法務省「通知」で、指定者通知と関係遺言書保管通知の条件・対象者を確認できます。
手数料の一覧と「変更」「撤回」の注意点
| 手続 | 手数料 |
|---|---|
| 遺言書の保管申請 | 1通3,900円 |
| モニターによる閲覧 | 1回1,400円 |
| 原本の閲覧 | 1回1,700円 |
| 遺言書情報証明書 | 1通1,400円 |
| 遺言書保管事実証明書 | 1通800円 |
| 申請書等・撤回書等の閲覧 | 1件1,700円 |
| 保管申請の撤回 | 無料 |
| 住所・氏名等の変更届出 | 無料 |
住所や氏名など、申請書に記載した事項が変わった場合は変更届出をします。これは遺言書本文を書き換える手続ではありません。遺言内容を変更したい場合は、保管申請をいったん撤回して原本の返還を受け、内容を変更した遺言書について改めて保管申請をする方法が案内されています。再申請には保管申請手数料が必要です。
保管申請の撤回は、遺言そのものの撤回とは別です。法務局から遺言書を返してもらっても、それだけで遺言の効力が失われるわけではありません。遺言を撤回・変更する場合は民法1022条以下も踏まえて整理します。
法務省「手数料」と法務省「遺言者の手続」で、無料となる手続と撤回の効果を確認できます。
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遺言者は、遺言の方式に従い、いつでも遺言の全部または一部を撤回できます。複数の遺…
利用前に確認したいチェックリスト
- 全文・日付・氏名の自書と押印など、民法968条の方式を満たしているか
- A4・片面・余白・ページ番号など、保管制度の様式に合うか
- 財産と受取人を誤解なく特定できているか
- 遺留分、相続税、登記、事業承継への影響を確認したか
- 遺言執行者を指定する必要がないか
- 指定者通知を希望するか、誰を指定するか
- 保管証の存在を信頼できる人へ伝えるか
- 家族関係や財産が変わったときに遺言を見直す予定があるか
書式だけでなく、相続開始後に実際に実行できる内容かを確認してください。保管制度は保管と発見の問題を軽減しますが、遺言内容の設計や執行上の問題を代わりに解決するものではありません。
よくある質問
法務局に預ければ、自筆証書遺言は必ず有効になりますか
いいえ。法務局は民法上の方式について外形的な確認をしますが、内容の適法性、遺言能力や真意まで審査し、有効性を保証する制度ではありません。内容が複雑な場合や紛争が予想される場合は、申請前に専門家へ相談してください。
法務局に保管した遺言書は検認が必要ですか
法務局で保管された自筆証書遺言に関する遺言書情報証明書は、家庭裁判所の検認が不要です。遺言書保管法11条により、民法1004条の検認規定が適用されません。
家族が亡くなれば、法務局から相続人全員へ自動的に通知されますか
常に自動で全員へ通知されるわけではありません。指定者通知は遺言者が希望して対象者を指定した場合に行われます。関係遺言書保管通知は、遺言者の死亡後に関係相続人等の一人が閲覧または遺言書情報証明書の交付を受けたことをきっかけに、その他の関係相続人等へ送られます。
保管申請は家族や弁護士が代理できますか
できません。保管申請は遺言者本人が遺言書保管所へ出頭して行う必要があり、代理申請や郵送申請は認められていません。
法務局に預けた遺言書の内容を変更できますか
住所・氏名等の変更届出で遺言書本文を書き換えることはできません。内容を変えたい場合は、保管申請を撤回して原本の返還を受け、遺言書を変更した上で再度保管申請する方法が案内されています。保管申請の撤回だけでは、遺言そのものを撤回したことにはなりません。
自筆証書遺言書保管制度と公正証書遺言はどちらがよいですか
一律には決められません。費用を抑え、自分で作成した遺言を安全に保管したい場合は保管制度が選択肢です。内容が複雑、紛争のおそれが高い、本人が法務局へ出頭できないなどの場合は、公正証書遺言を含む別の方法を比較してください。
この記事の主な確認資料
- 『第3版 実務 相続関係訴訟 遺産分割の前提問題等に係る民事訴訟実務マニュアル』(日本加除出版、2020年)
- 『ケース別 遺言書作成のポイントとモデル文例』(新日本法規出版)
- 『相続実務が変わる!相続法改正ガイドブック』(日本加除出版)
- 法務省「自筆証書遺言書保管制度」
- 法務省「遺言書保管申請ガイドブック(令和7年5月版)」
- 裁判所「遺言書の検認」
- e-Gov法令検索「民法」
- e-Gov法令検索「法務局における遺言書の保管等に関する法律」
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法律・税務アドバイスではありません。制度・手数料・必要書類は変更されることがあるため、申請前に法務省・申請先法務局の最新案内をご確認ください。具体的な遺言内容は、事情と資料を確認できる弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。



