自筆証書遺言書保管制度は、自分で書いた遺言書を法務局へ預ける制度だ。紛失や書換えの心配を減らし、亡くなった後に見つけてもらうために使う。保管申請は1通3,900円で、預けた遺言書は家庭裁判所の検認が不要になる。
ただし、法務局へ預ければ、内容が必ず有効になるわけではない。以下の架空の家族の例で、保管と内容の確認を分けて考えよう。
父の良一は、遺言書を古い便箋箱に入れた。娘の香織には「仏壇の下だ」と伝えようとして、やめた。中身を先に知れば、兄の卓也との間で話がこじれる気がしたからだ。
けれど、誰にも言わなければ、箱ごと片づけられるかもしれない。卓也に預ければ、香織は後から「ほかにも紙があったのでは」と不安になるかもしれない。良一が迷ったのは、どう書くかだけでなく、亡くなった後、その紙が家族へどう届くかだった。これは制度を説明するための架空の家族の話だ。
自筆証書遺言書保管制度とは
この制度は2020年7月10日に始まった。対象は、民法968条の「自筆証書遺言」だ。本人が申請し、法務局の担当官が本人確認と、法律で決められた書き方の外形的な確認をして保管する。
法務省によると、原本は遺言者の死亡後50年間、画像データは同150年間保管される。相続人などによる破棄・隠匿・改ざんを防ぎやすくなる一方、遺言書の内容に関する相談や法的な有効性の審査は行われない。
法務省「遺言書保管制度とは?」は、書式などのチェック、保管期間、検認不要という効果とともに、有効性を保証しないことを明記している。
「書いた」「残った」「届いた」は、違う問題
良一がきちんと遺言を書いても、香織と卓也がその存在を知らないまま別の分け方で話を進めたら、父の希望が話し合いに出てこない。見つかった後でも、「預かっていた人が書き直したのでは」と疑い合えば、紙の状態そのものをめぐる争いが増える。
そこで、家族の誰か一人に保管を任せる代わりに、公的な保管所へ預け、原本や画像を管理する。亡くなった後は、権限のある人が証明書や閲覧で内容を確認し、ほかの関係者へ存在を知らせる仕組みも使える。遺言を実際の相続へつなぐ途中で、紙が途切れないようにする工夫だ。
ただし、保管する場所を変えても、例えば「家は子どもに」としか書かれていなければ、どの家を、どの子に渡したいのかという疑問は残る。しまい方の問題と、文章の中身の問題を分けて考えたい。
自宅保管・法務局保管・公正証書遺言を比較する
| 方法 | 作成・保管・発見後の扱い |
|---|---|
| 自宅で自筆証書遺言を保管 | 本人が作成し、自宅等で保管する。自分で作れば公的手数料はかからないが、紛失や発見されないリスクがあり、原則として検認が必要になる。 |
| 法務局で自筆証書遺言を保管 | 本人が作成した遺言書を法務局が保管する。主に方式の書式などの確認があり、保管申請は1通3,900円。保管遺言書の検認は不要となる。 |
| 公正証書遺言 | 公証人が作成に関与し、証人2人以上の立会いが必要になる。原本は公証役場側で保管され、検認は不要。財産額や内容に応じた手数料等がかかる。 |
どの方式が適切かは、財産の内容、推定相続人(今、相続が始まった場合に相続人になると見込まれる人)の関係、遺言者の健康状態、遺言内容の複雑さによって変わる。保管制度は低額で利用しやすい一方、法務局が内容を設計してくれる制度ではない。
保管できる遺言書の条件
ここからは、法務省が現在案内している保管制度の様式に沿う説明だ。2026年6月公布の改正法では押印の任意化や保管証書遺言の創設が定められたが、施行は別に行われる。改正法が成立したことだけを理由に、現在の様式から押印等を省かず、作成・申請時に適用される条件を確認する。詳しくは法務省の遺言制度見直しの案内を参照できる。
民法968条の自筆証書遺言であること
遺言者は、遺言書の全文、作成日付と氏名を自書し、押印する必要がある。財産目録はパソコンで作成したものや登記事項証明書・通帳のコピーなどを添付できるが、自書によらない財産目録の各ページには遺言者の署名・押印が必要になる。訂正方法にも民法所定の条件がある。
法務局の保管用様式にも合っていること
- A4サイズで、文字の判読を妨げる模様や彩色のない用紙を使う
- 上5ミリ、下10ミリ、左20ミリ、右5ミリ以上の余白を確保する
- 片面のみに書き入れる
- 複数ページでは、総ページ数が分かるページ番号を付ける
- ホチキスなどでとじず、封筒にも入れない
「令和○年○月吉日」のように日を特定できない記載は避け、具体的な年月日を書く。民法上の方式を満たしていても、保管制度独自の用紙・余白等の様式に合わなければ、そのままでは預けられない。
法務省「遺言書の様式等」に、民法上の条件と保管制度独自の様式、用紙例が掲載されている。
申請できる法務局と必要書類
保管の申請先は、次のいずれかを担当する遺言書保管所だ。
- 遺言者の住所地
- 遺言者の本籍地
- 遺言者が所有する不動産の所在地
2通目以降の遺言書を追加で保管するときは、最初の遺言書を保管した同じ遺言書保管所に申請する。原本の閲覧や保管申請の撤回も、原本を保管する遺言書保管所で行う。
法務省の現行ガイドブックが案内する主な持参物は、次のとおりだ。
- 所定の様式で作成した遺言書
- あらかじめ記入した保管申請書
- 本籍と戸籍の筆頭者の記載があり、マイナンバー・住民票コードの記載がない住民票の写し等の原本
- マイナンバーカード、運転免許証、旅券など、顔写真付きの官公署発行の本人確認書類
- 手数料3,900円分の収入印紙
外国語で書き入れた遺言書では、日本語の翻訳文も必要になる。書類の発行時期や個別の追加資料を含め、申請前に最新のガイドブックと申請先法務局の案内を確認する。
法務省「管轄/遺言書保管所一覧」と遺言書保管申請ガイドブック(令和7年5月版)で、申請先と持参物を確認できる。
良一は、香織に予約の画面を一緒に見てもらうことにした。申請書の準備を手伝ってもらうことと、申請自体を代わってもらうことは違う。預ける本人が出向いて本人確認を受けるため、娘が父の名でこっそり預けることはできない。
申請は本人の来庁が必要で、予約して進める
- 自筆証書遺言を作成する
- 保管申請書と添付書類を準備する
- 申請先の遺言書保管所を選ぶ
- 法務局手続案内予約サービス、電話または窓口で予約する
- 予約日時に遺言者本人が来庁して申請する
- 手続後に保管証を受け取り、大切に保管する
代理人による保管申請や、郵送による保管申請はできない。遺言者本人が病気などで出頭できない場合、この保管制度は利用できないため、公正証書遺言など別の方法を検討することになる。
手続時間を一律に「1日」「○分」とは断定できない。予約状況、遺言書の枚数、申請書の不備などで変わるため、時間に余裕をもって手続する。
法務省「遺言者の手続」と法務省「予約」で、本人出頭と予約方法を確認できる。
予約を取り直さないために、持参物を具体的に点検する
住民票は「本籍と筆頭者の記載があるもの」と「マイナンバー・住民票コードの記載がないもの」という条件を確認する。本人確認書類は顔写真付きの官公署発行のもので、有効期限があるものは期限内でなければならない。保管申請書の住所・氏名と資料が一致するかも見ておく。
遺言書は封筒に入れて封をしたり、ホチキスで綴じたりせず、ページを分けた状態で持参する。財産目録も片面で作成し、余白には文字やページ番号をはみ出させない。民法上は成立し得る遺言でも、保管用の様式に合わなければ、そのまま預けられるとは限らない。
保管申請の手数料は収入印紙で納める。申請書や遺言書に不備があると、予約日にすべて終わらないこともある。法務省は一部の保管所でメールによる形式面の事前チェックを試行しているため、利用できるかは申請予定の保管所へ確認する。事前チェックも、遺言内容の法的判断を代わりにしてくれるものではない。
法務局の確認は「有効性の保証」ではない
法務局の担当官は、法律で決められた書き方に沿っているかを、遺言書の外形から確認する。遺言の内容の相談や、有効性の保証をする手続ではない。
例えば、次のような問題は保管後も争点になり得る。
- 遺言作成時に意思能力があったか
- 本人の真意で作成されたか、強迫などがなかったか
- 財産や受取人の特定が十分か
- 遺言の内容が法令に反していないか
- 後に作成された遺言との抵触や撤回がないか
- 遺留分を侵害する内容になっていないか
特に、不動産、非上場株式、家族経営の会社、遺留分を侵害し得る分け方、相続人ではない人への遺贈、遺言執行者(遺言の内容を実現するために必要な手続きを進める人)の指定などを含む場合は、保管申請の前に法律・税務の両面を確認する価値がある。
香織は最初、「法務局が受け取ったら、父の書いたとおりに全部決まるんだ」と思った。しかし、例えば財産の指定があいまいだったり、作成時の判断能力に争いがあったりすれば、預けた後も別に検討が必要になる。保管したという事実を、内容の正しさのお墨付きに置き換えてはいけない。
なぜ家庭裁判所の検認が不要になるのか
自宅などで発見された自筆証書遺言は、原則として、遺言者の死亡を知った後に遅滞なく家庭裁判所へ提出し、検認を請求する。検認は、相続人に遺言の存在・内容を知らせ、遺言書の形状、加除訂正、日付、署名などの状態を明確にして、後日の偽造・変造を防止する手続だ。
法務局で保管された自筆証書遺言は、原本と画像データが公的に管理されるため、遺言書情報証明書について検認が不要とされている。これは遺言書保管法11条による民法1004条の適用除外だ。
検認を受けた遺言書も、検認不要の保管遺言書も、それだけで法的な有効性が確定するわけではない。裁判所も、検認は遺言の有効・無効を判断する手続ではないと案内している。
裁判所「遺言書の検認」とe-Gov法令検索「法務局における遺言書の保管等に関する法律」で、検認の性質と適用除外を確認できる。
相続開始後にできる確認と取得
家族が保管証を見つけた場合と、法務局に預けたかどうか分からない場合では、最初の手続が異なる。保管事実の確認用の証明書と、遺言の内容を示す証明書を取り違えないようにする。
| 手続 | 分かること・特徴 | 主な手数料 |
|---|---|---|
| 遺言書保管事実証明書 | 自分を相続人・受遺者等とする遺言書が保管されているかを確認 | 1通800円 |
| 遺言書情報証明書 | 保管されている遺言書の画像情報等を証明書として取得 | 1通1,400円 |
| モニターによる閲覧 | 画像データを閲覧。全国の遺言書保管所で請求可能 | 1回1,400円 |
| 原本の閲覧 | 保管された原本を閲覧。原本の保管所で請求 | 1回1,700円 |
請求できる人、必要な戸籍等、郵送請求の可否は手続ごとに異なる。保管証や通知を受け取っただけで、自動的に遺言書の内容まで分かるわけではない。遺言書情報証明書の交付請求など、決められた手続が必要になる。
良一の死後に香織が「父は法務局へ預けた気がする」と思い出しても、保管の有無を確認するだけの証明書では、誰へ何を渡す遺言かは分からない。中身を確かめるには、遺言書情報証明書の交付請求や閲覧など、目的に合った手続を選ぶ必要がある。通知が来た場合も同じだ。
2種類の通知は、届く条件が違う
遺言者が指定した方への通知(指定者通知)
遺言者が希望して申出をしておくと、遺言書保管官が戸籍担当部局との連携などにより死亡の事実を確認した場合に、あらかじめ指定した方へ遺言書が保管されている旨が通知される。指定できるのは3名までで、推定相続人以外も指定できる。
ただし、指定者通知を受けた人が関係相続人等に当たらなければ、その人自身は遺言書情報証明書の取得や閲覧をできない。通知先は、確実に遺言の存在を伝えたい人と、相続開始後に動ける人を考えて選ぶ。
関係遺言書保管通知
遺言者の死亡後、関係相続人等のうち誰かが遺言書の閲覧または遺言書情報証明書の交付を受けると、その他の関係相続人等に、遺言書が保管されている旨が通知される。死亡しただけで必ず直ちに全員へ通知される仕組みではなく、原則として誰かが閲覧等をしたことがきっかけになる。
通知には遺言書の全文は記載されない。内容を知るには、閲覧や遺言書情報証明書の交付請求が必要になる。
法務省「通知」で、指定者通知と関係遺言書保管通知の条件・対象者を確認できる。
通知を受け取る人が実際に動けるようにしておく
良一が、遺言に何も書き入れていない友人を指定者通知の相手に選んだとする。その友人が相続人、受遺者、遺言執行者等に当たらなければ、通知だけを根拠に中身の証明書を取得できない。「知らせたい相手」と「内容を確認して手続を進められる相手」は、必ずしも同じではない。
父が誰にも保管を伝えず、指定者通知も希望していなければ、子どもが閲覧等をしないまま、関係遺言書保管通知が始まらないこともある。良一は、内容を生前にすべて話すかとは分けて、保管していることや保管番号を誰に伝えるかを考えた。
通知先や受遺者、遺言執行者が転居した場合は、連絡先の変更も届け出る。外国籍の遺言者などでは、戸籍担当部局との連携による死亡確認ができず、証明書を交付した場合に指定者通知が実施される扱いがある。通知を待つだけにせず、保管所と保管番号が分かる情報を、信頼できる人へ伝えておく方法も検討したい。
通知には遺言者の氏名・生年月日、保管所、保管番号が書かれるが、遺言全文は載らない。受け取った人は通知の種類を確認し、法務局の案内に沿って閲覧や遺言書情報証明書の交付を請求する。
3,900円は、家族全員の相続手続が終わるまでの総額ではない
良一が遺言書1通を預け、死後に香織が遺言書情報証明書1通を取得する例なら、保管申請3,900円と証明書1,400円で計5,300円になる。この二つの手数料だけの計算で、住民票・戸籍等の取得、交通、ほかの証明書、専門家への依頼費用などは含まない。
保管の申請を取りやめる手数料が無料でも、書き直した遺言をもう一度預けるなら、新しい保管申請の手数料がかかる。何の手続に対する金額かを見ると、「安く預けられる」と「すべて無料で実行できる」を取り違えずに済む。
手数料の一覧と「変更」「撤回」の注意点
| 手続 | 手数料 |
|---|---|
| 遺言書の保管申請 | 1通3,900円 |
| モニターによる閲覧 | 1回1,400円 |
| 原本の閲覧 | 1回1,700円 |
| 遺言書情報証明書 | 1通1,400円 |
| 遺言書保管事実証明書 | 1通800円 |
| 申請書等・撤回書等の閲覧 | 1件1,700円 |
| 保管申請の撤回 | 無料 |
| 住所・氏名等の変更届出 | 無料 |
住所や氏名など、申請書に書いた事項が変わったら、変更届を出す。ただし、これで遺言書の本文を書き換えられるわけではない。
本文を変えたいときは、いったん保管申請を撤回して原本を返してもらい、書き直した遺言書を改めて預ける方法が案内されている。再申請には保管申請の手数料がかかる。
保管申請の撤回は、遺言そのものの撤回とは別だ。法務局から遺言書を返してもらっても、それだけで遺言の効力が失われるわけではない。遺言を撤回・変更する場合は民法1022条以下も踏まえて整理する。
法務省「手数料」と法務省「遺言者の手続」で、無料となる手続と撤回の効果を確認できる。
複数の遺言を作るときは、古い内容との関係を明確にする
2通目以降を追加で預ける場合は、最初に保管した遺言書保管所に申請する。新しい遺言を預ければ、昔の遺言のすべてが自動的に無効になるとは限らない。前の遺言を全部撤回するのか、一部だけ変更するのかを内容として明確にする。
受取人が先に亡くなった、対象の不動産を売却した、家族関係が変わったという場合は、住所変更届だけで対応できる問題か、遺言内容の見直しが必要かを分ける。新旧の遺言、公正証書遺言、自宅にある遺言も含めて確認すると、亡くなった後の解釈の争いを防ぎやすい。
利用前に確認したいチェックリスト
- 全文・日付・氏名の自書と押印など、民法968条の方式を満たしているか
- A4・片面・余白・ページ番号など、保管制度の様式に合うか
- 財産と受取人を誤解なく特定できているか
- 遺留分、相続税、登記、事業承継への影響を確認したか
- 遺言執行者を指定する必要がないか
- 指定者通知を希望するか、誰を指定するか
- 保管証の存在を信頼できる人へ伝えるか
- 家族関係や財産が変わったときに遺言を見直す予定があるか
書式だけでなく、相続開始後に実際に実行できる内容かを確認する。保管制度は保管と発見の問題を軽減するが、遺言内容の設計や執行上の問題を代わりに解決するものではない。
良一の家族でも、保管制度を使ったから兄妹の意見が全部一致するとは限らない。それでも、「紙があったのか」「誰が預かっていたのか」という疑いを減らし、父が残した内容を同じ資料で確かめる準備はできる。預けて終わりにせず、内容が実行できるか、誰が存在を知って動くかまで考えることが、保管制度を相続につなげる。
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ほかにも確認する手続がある場合は、遺言の作成・解釈・執行の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
法務局に預けた遺言は必ず有効になるか
法務局の確認は主に方式に関する書式などの確認であり、内容の適法性や遺言能力まで保証するものではない。財産や受取人を特定し、実行できる内容かを申請前に確認する。
家族や弁護士が保管申請を代理できるか
保管申請は遺言者本人が来庁する必要があり、代理や郵送ではできない。本人が来庁できない場合は、公正証書遺言など他の方法を比較する。
法務局保管なら検認は不要か
保管制度を利用した自筆証書遺言には検認が不要となる。死亡後は遺言書情報証明書等を取得して手続を進めるが、有効性まで確定するわけではない。
死亡すれば相続人全員に直ちに通知されるか
常にそうなるわけではない。希望して指定した人への指定者通知と、関係相続人等の閲覧・証明書取得をきっかけに行われる通知では条件が違う。
法務局から返してもらえば遺言は撤回されるか
保管申請の撤回だけでは遺言そのものは撤回されない。内容を変更・撤回したい場合は、新旧の遺言の関係を含めて民法上の手続を検討する。
2026年の改正で、すぐに押印を省いてよいか
改正法の成立と施行は別になる。現在公表されている保管制度の案内と、作成・申請時に適用される民法の条件を確認し、成立の報道だけで押印等を省かない。
本記事は一般的な情報を示すものである。具体的な手続や税務は、亡くなった日、財産、資料などを確認して判断する必要がある。



