付言事項は、遺言で配分を決めた理由や、家族への感謝を添える文章だ。願いを書くだけで、家族の権利や義務を自由に変えられるわけではない。
以下は、遺言に思いを添える架空の家族の話だ。人物・金額は説明用である。
博は、妻の由紀に自宅を残したいと考えている。長男の修は、自分と妹の香織への配分が少ない理由も知りたいと言い、香織は「母の住まいは守りたいが、家族でどう負担するかは話しておきたい」と考えていた。
財産を誰に渡すかを決める本文と、気持ちを伝える付言は、役割が違う。博は「由紀を大切にしてほしい」と書くだけで済ませず、誰が家を取得し、費用や手続をどう担うかを先に整理することにした。
付言事項には原則として法的拘束力がない
民法960条は、遺言が法律で定める方式に従って作成されなければならないと定めている。さらに、遺言によって法律上の効果を生じさせられる事項も、法律が認めるものに限られる。
これに対し、次のような希望やメッセージは、一般に付言事項と呼ばれる。
- 家族への感謝や謝意
- 遺言を作成した理由や財産配分を決めた経緯
- 相続人同士で協力してほしいという希望
- 葬儀、納骨、供養などに関する希望
- ペットやデジタルデータの取扱いに関する希望
希望を書くだけで、相続人や財産を受け取る人へ、法律上の義務を自動的に負わせることはできない。
希望を確実に実現したい場合は、負担付遺贈や死後事務委任契約など、内容に合う方法を検討する。
遺言執行者(遺言の内容を実現するために必要な手続きを進める人)を指定しただけで、法律上の遺言事項でない希望のすべてを実行できるようになるわけではない。
特にペットの世話は、付言だけに頼らず、ペット信託で飼育費と役割を決める方法も比較する。
題名ではなく、記載内容で法律上の効果が決まる
「付言事項」という見出しでも、内容が法律で認められた遺言事項で、作り方のルールも満たしていれば、法律上の効果が認められる場合がある。
反対に、本文に書けば何でも強制できるわけではない。見出しだけでなく、書かれた内容と遺言の方式を確認する。
主な法定遺言事項には、次のようなものがある。
- 相続分の指定
- 遺産分割方法の指定
- 遺贈
- 遺言執行者の指定
- 推定相続人の廃除または廃除の取消し
- 認知
- 祭祀財産の引継ぎ者の指定
「長男に自宅を相続させる」「Aを遺言執行者に指定する」といった法的に実現したい内容を、単なるお願いのように曖昧に書くべきではない。法律上の効果を持つ本文と、拘束力のない付言を見出しでも文章でも分ける。
付言が遺言の解釈資料になることはある
遺言の文言に複数の読み方がある場合、裁判所は遺言書全体の記載、作成時の事情、遺言者の置かれていた状況などを考慮して真意を探る。付言に書き入れた作成理由や事情が、その解釈の資料になることはある。
ただし、付言だけで、方式を満たさない財産処分を有効にしたり、明確な遺言本文を自由に変更したりできるわけではない。本文と付言が矛盾すると、かえって遺言で伝えたい内容が不明確になるおそれがある。
財産配分の理由を書くときの注意点
法定相続分(法律で決められた相続の割合)と異なる配分をした理由を付言で説明することはある。しかし、理由を詳しく書くことが常に紛争防止につながるとは限らない。
- 確認できない贈与額や介護状況を断定しない
- 特定の相続人への悪口、人格批判、制裁的な表現を避ける
- 遺留分を請求しないよう一方的に求めても、権利を使うことを法的に禁止できないことを理解する
- 遺言本文の財産・取得者・割合と矛盾させない
- 家族の病歴、借金、離婚歴など必要のない私的情報を書きすぎない
- 将来変わる可能性のある事情を断定的に書かない
事実を書き入れる場合は、日付、金額、資料と整合するかを確認する。説明の目的は誰かを責めることではなく、遺言本文を決めた背景を誤解なく伝えることだ。
博の場合は、「妻が住み続けられるよう自宅を妻へ渡すと決めた。修と香織への感謝が少ないという意味ではない」と、自分の理由を短く伝えることが考えられる。これはこの架空の例の説明用の文章であり、博本人が理解し、そう思っていることが前提だ。
修が「自分は何もしていないと書かれたように感じる」と話すなら、他の子を評価する文より、本人が受けた支援や配分の目的を書く方が意図を伝えやすい。付言を長くしても、本文の取得者や対象財産が曖昧な問題を補えるわけではない。
付言の文例は、その家族の事情に合わせて短く整える
以下は書き方を考えるための架空の例であり、実際に使うときは遺言本文と事実関係を合わせて確認する。
配偶者の住まいを守りたい場合
「妻が住み慣れた家で生活を続けられることを願い、自宅は妻に引き継がせることにした。子どもたちへの気持ちに差をつける意味ではない。」というように、目的を簡潔に伝える。自宅の取得者や物件の特定は、法的効力を持つ本文で明確に定める。
介護や生活の支援への感謝を伝える場合
「通院や日々の暮らしを支えてくれたことに感謝している。その支えも考えて、本文の配分を決めた。」など、本人が受けた支援を書く。他の家族を一律に「何もしなかった」と非難したり、裏付けのない金額を列挙したりする必要はない。
葬儀や供養について希望を残す場合
「葬儀は家族で無理のない範囲で行ってほしい。詳しい希望と連絡先は、別のノートにまとめてある。」といった伝え方が考えられる。希望を知るだけでは動けないこともあるため、担当者や費用、ノートの保管場所は生前に共有しておく。
遺留分を求めないでほしい、という文章の限界
付言で理由を伝えることはできても、「遺留分を請求してはいけない」と書くだけで権利を消すことはできない。偏った配分をする場合は、付言の言葉を強くするより、請求を受ける可能性や支払いに充てる資金を検討する方が、実行時の問題を把握しやすい。
「長男には以前、十分に渡してある」と書く場合も、何をいつ渡したのかを資料と合わせて確認する。書き入れただけで、生前贈与の事実や特別受益(遺贈や一定の生前贈与など、相続の取り分を考えるときに含める特別な利益)の評価が確定するわけではない。争いそうな事実を付言の断定だけで処理しないようにする。
博の財産を自宅3,000万円と預金600万円、相続人を妻の由紀と子の修・香織だけとする。贈与、借金などの債務、特別受益等による調整はないという仮定だ。
由紀に家、子に預金を各300万円渡すとする。子一人の遺留分は、3,600万円×1/2×1/4=450万円。受け取る300万円との差は、一人150万円になる。
「遺留分を求めないでほしい」と付言に書いても、この条件での不足は消えない。家の価額3,000万円をそのまま支払いに使えるわけでもない。博たちは、評価の確認、現金の確保、配分の見直しを検討する。これは民事上の保障額の単純な例で、税額や実際の請求額を確定したものではない。
博の財産は自宅3,000万円+預金600万円。相続人は妻の由紀、子の修・香織だけで、贈与・債務などの調整はない仮定だ。
由紀:自宅3,000万円
修:預金300万円
香織:預金300万円
3,600万円 × 1/2 × 1/4
受け取る300万円との差は一人150万円。
「妻の住まいを守りたい」と伝えても、子の遺留分を求める権利を消すことはできない。
家の評価額と、支払いに使える現金も別だ。これは税額や実際の請求額の確定ではなく、配分案と資金を点検するための単純な例である。
作成時に確認する順番
- 誰に何を取得させるかを、法律上の効果のある遺言本文で確定する
- 遺留分、相続税、登記・名義変更など実行面を確認する
- 遺言執行者や死後事務を担う人を決める
- 付言に書く理由・感謝・希望を本文と矛盾しない範囲に絞る
- 特定の相続人を攻撃する表現や、証拠のない事実を削る
- 自筆証書遺言または公正証書遺言の方式を満たしているか確認する
自筆証書遺言の保管と検認
自筆証書遺言を法務局の自筆証書遺言書保管制度で保管すると、紛失・改ざんの防止や、相続開始後の通知・閲覧に役立ち、家庭裁判所の検認も不要だ。ただし、法務局は遺言内容の相談には応じず、保管によって遺言の有効性が保証されるわけでもない。
法務局で保管されていない自筆証書遺言などは、原則として家庭裁判所の検認が必要だ。検認は遺言書の状態と内容を明確にして偽造・変造を防ぐ手続であり、遺言の有効・無効を判断する手続ではない。
本人の言葉か、本文と矛盾しないかを最後に確認する
作成を支援する家族が文章を整える場合も、家族自身の要求を本人の希望として書き込まない。本人が内容を理解し、自分の意思として説明できることを確認する。付言の文章が整っていることと、遺言能力があることは別の問題だ。
見直しでは、本文に書いた受取人、財産、割合と付言を読み合わせる。本文を変更したのに、昔の配分を前提とする理由だけが残ると、解釈が難しくなる。遺言を書き直す場合は、付言も一緒に更新する。
博は、本文の配分を見直すとき、付言も由紀・修・香織の現在の状況に合うか読み返すことにした。由紀には家を残す理由を、子には感謝を伝える。そのうえで、それぞれが持つ権利や支払いの問題は別に確認する。付言にすべてを背負わせないことが、実行できる遺言を考える出発点になる。
公的資料
ほかにも確認する手続がある場合は、遺言の作成・解釈・執行の関連ガイドから目的に合う説明を探せる。
よくある質問
付言事項には法的効力があるか
感謝や葬儀の希望など、法定の遺言事項ではない付言に、原則として法的な強制力はない。ただし、見出しが付言でも内容が法定遺言事項に当たり方式を満たせば、法律上の効果が認められる場合がある。
付言で財産の分け方を決められるか
財産を受け取る人を決めたい場合は、法的効力を持つ遺言本文に明確に書き入れる。付言は、その理由や思いを補うものとして整える。
付言を書けば相続争いを防げるか
希望や背景を伝える助けにはなるが、争いを防ぐ保証はない。確認できない事実の断定や、家族への非難が新たな争いの原因になることもある。
遺留分を請求しないよう付言で命じられるか
そのように書き入れるだけで、遺留分の権利を使うことを禁止することはできない。理由の説明と、請求を受けた場合の資金等の準備を分けて考える。
葬儀や納骨の希望を確実に実現するにはどうするか
付言に書くだけで終えず、担当者、費用、希望を確認できる時期を整理する。必要に応じて死後事務委任契約など、実際に任せる方法を検討する。
本記事は一般的な情報を示すものである。具体的な手続や税務は、亡くなった日、財産、資料などを確認して判断する必要がある。



